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ななき
2024-12-26 19:04:59
2860文字
Public
吸死
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愛とかなんとかn年目
(ドラロナ)
三十年後ドラロナ習作。
恋の手前に愛があった吸血鬼とその恋人の三十年後。
.
25.3.4 修正
「愛してる」と言えなくなることがあろうとは。
恋人という関係になったのは、若造が本当に若造だったころだ。それから三十年、幾度も口にしてきた。それはすぐに不安がる誰かのためであり、そういうものだと思っていたからでもある。両親もそれが常だったし、ジョンにも当然、共に過ごした二百年で何度となく伝えてきた。
大切なもの達へ親愛を込めて手渡す言葉。「愛してる」はそういうものだったのだが。
「愛しているよ」
いつものようにキッチンから言葉をなげると、窓際にいたロナルド君が振り返った。その目尻に柔らかな笑い皺を認めて、瞠目する。いつのまに。
「知ってる。俺も愛してるよ」
いつものように返ってくるのは自己肯定感の低さなど微塵も感じない回答で、しかし知っている。その余裕はきっと三秒も持たない。見ている間にも彼は、ふは、と噴き出した。ほらな。いつも通りのやりとりで、いつも通りはにかむ彼に、ジョンを抱えた時のようにじんわり暖かくなる。
ロナルド君が続けて何か言おうとこちらを向いた、その時だ。窓の外、街の明かりが偶然に彼を縁取った。きらきらと騒がしく、そして美しく。
計算されつくした映画のワンシーンのような光景に、私の心臓は驚いたらしい。ひとつ、とんでもなく跳ね上がった。驚いて死ぬ間すらなく、急に世界が
夜のように
明るくなる。明るさの中心は、共に暮らして三十年目のただひとり。
不思議そうに首を傾げるあどけなさに、なぜか脈絡なく彼の目尻の可愛らしい鳥の足跡を思い出す。それはさらになぜか、昨晩も散々乱れさせた彼の吐息の記憶に繋がった。たしかに年月は彼を美しくするばかりで、私は彼を愛して
……
愛!?
その単語でとうとう狂ったように心臓が鳴りだした。片栗粉を片手に無言で死んで、戻って、しかし治らない。うずくまる私を訝しんだのだろう、ロナルド君がキッチンへ入ってくる気配がした。
気配がうるさいんだよ。いくつになろうが大ベテランと呼ばれようが底抜けのお人好しで馬鹿で阿呆で誰より面白い、私の人間は。
「どうした?」
促されて立ち上がる。これまた促されて顔を上げると正面から分厚い手のひらで頬を包まれた。私を見つめる気遣わしげな青に、頬が燃える。咄嗟に全力で腕を突っ張って逃げ、
「あ? おい、暴れんな」
……
られるわけがなかった。腐ってもどころか腐るつもりすらない現役退治人だ。か弱い吸血鬼など慣れた手つきで易々と抱き込んで固定してしまう。
死なない力加減を熟知されていることがいたたまれないし心臓はまだうるさいし、間近い体温と肌の香りに胸がぎゅうぎゅう締めつけられているのに死ねない。伸ばした髪で引っ張られ死しないようにそっと横にはらう真似までしやがってこのロナ造!
「うるさいうるさい離せ離れろ! ジョン! ジョン助けてゴリラに食われる!」
もがいてみた所で力の差は如何ともしがたい。腕も胸板もビクともしなかった。
「誰が砂なんか食うかよ! 大体どっちかというと俺がお前に食われて、」
「ぎゃーー!! 何言い出すんだ黙れバカ造!セクハラシルバー!!」
「いやお前、本当に今更どうした」
腕の枷が緩んだ隙に飛び退いた。飛び退いたはいいが、ここはキッチンの行き止まりだ。これ以上の逃げ場がない。
ロナルド君が、一歩、こちらへ踏み出す。私は壁に貼りつく。ジョン! 必死で呼んでも頼みの綱はダイニングテーブルで、ヌー? と小さな頭を傾げている。
ほんの二歩で退治人は私を追い詰め、太い腕を壁について逃げ場を塞いでしまう。さっきまで抱きしめられていた背中は甘く痺れていて、耳奥には低い声が絡んでいる。そのことにまた混乱してわからなくなる。私は、どんな顔をしてこの男と暮らしていた? 思い出そうとすれば、情けないところばかり見せていたように思えてきて気が気でない。私はいつでも完璧で畏怖くて最近はダンディーだが、ロナルド君の前ではもしかしたらほんの少し足りなかったのではという気がしてくる。
こんなのはまるで
……
!
「ドラルク?」
大袈裟なほど身体が跳ねた。頬がまた熱くなる。それでも、侮られてたまるかと気合いを振り絞って上げた視線の先でロナルド君は。
ニンマリと悪い笑みを浮かべていた。イタズラへの効果的な報復を思いついたときとそっくりな、たまらなく嬉しい時の。くそ。その目尻の皺、とんでもなくセクシーだよ。
宣告が下る。
「お前、やあっと俺に惚れたな」
――
こんなのはまるで、恋、じゃないか。
ゆるりとまた腕が絡みついて暖かい檻に閉じ込められる。
「ずっと愛してはくれてたけどなあ。惚れてるかは微妙だったもんな。自分でも気づいてなかったんだろうけど」
「な、そんな、」
我儘も面倒もあらゆる欲も全部お互いに預けて、明日も隣にいることを疑わなかった。これが愛でなれけばなんだというのか。
――
でも、こんな熱は知らなかった。
捕らえておきたい。すべてを知りたい。どこにも行かせず抱きしめたいのに視線から逃げ出したい。どうしても何をしてでも全てを対価に投げ打ってでも愛されたい。愛されないなら世界に価値はない。
「俺はずっとお前に惚れてたよ」
ところがなんと、この男が恋人と呼ぶのは愛していると喘ぐのは三十年前から私だ私だけだ良かったブラボーさすが私!
しかし歓喜する思考とは裏腹に、言葉は何も出て来なかった。腕の中で口を開閉するだけの私の耳元に、男が囁いた。
「
……
愛してるぜ」
それは、つい先刻聞いたものと同じ音とは思えなかった。どろりと重い致死量の甘さに沈められる。閨でだってこんな声は聞いたことがない。隠していた? 違う。私が、見えていなかった、だけ、か。
「ん? いつもみたいにお返ししてくれねえの?」
「あ、ぅ、
……
」
ダメだった。胸の所で言葉が立ち往生する。何度となく口にしてきた言葉なのに、まるで変わってしまった。春の夜のように凪いでいた言葉が、今や身を焼き尽くす炎のように激しく燃えていた。こんなもの、口に出したら死んでしまう。
「うう゛ーー!!」
わけのわからない悔しさで目の前の恋人の背中に爪をたてると、笑った気配と共に檻が解かれた。
「ま、安心しろや。そのうちまた言わせてみせるから」
ひとまずこれで話は終わりにしてやるよと一方的に離れていく温度に、ようやく口が動いた。
「な、何が言わせてみせるだこの間までほっぺにちゅーで真っ赤になってプルプルしてたくせになぁにを余裕かましとんのじゃ今すぐ言えるが!? ああ言えるとも、あい、っあ、
……
」
微笑する青い瞳を意識した途端にまた言葉が詰まって出てこなくなった。
ヌフフ、と世界一の丸が笑う。なんだもう少しじゃねえか、なあジョン俺もう待たなくて良さそうだぜ、と笑う三十年目の恋人の背中を、手が崩れるのも構わずひっぱたいた。
私だって恋してるし愛してるわバーカ!!
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