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溶けかけ。
2024-12-26 00:11:33
2568文字
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ほぼ日刊
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君への労い
サンタさんをお持ち帰りしたヌヴィレットの次の日のお話。
カンムリガラのリズミカルな囀りと暖かな日差しにフリーナはゆっくりと目を覚ます。嗅ぎ慣れない、でもどこか落ち着く香りは遠い昔からよく知っている気がした。
「四百年くらい前の流行りかな
……
」
天井から壁紙、調度品に至るまで。今ならアンティークとも言えるかもしれない。
毛布を捲り、ベッドから両足を下ろす。よく見れば、ベッドの横にスリッパが置かれていた。スリッパに足を通し、扉へと向かう。
「わっ
……
!」
「っと、すまない。怪我はないか?」
扉が外側に開き、バランスを崩したフリーナは黒に包まれた。
「あ、ありがとう
……
」
「こちらこそ、自宅とはいえ、君がいる部屋に無礼にも立ち入った私が悪かった」
ヌヴィレットはフリーナを立たせると「朝食は?」と問うた。彼の服から焼きたてのパンの香りがして、フリーナの腹の虫がくぅ、と鳴いた。
「ふっ
……
」
「わ、笑うなよ! 昨日から殆ど食べていないんだから仕方ないだろ
……
」
フリーナがしょんぼりと項垂れる。
「君の舌に合うものかは分からないがね」
「ふふん。お手並み拝見といこうか!」
「どうだね?」
「ぐぬぬ
……
悔しいけど、美味しい」
コンソメスープを一口含んだフリーナが唸る。ヌヴィレットが僅かに得意げな顔をした。
「これは稲妻の水で作ったものだ。深みがあり、口当たりもまろやかでスープを作るのに────」
水談義を始めようとしたヌヴィレットの口をフリーナが摘む。なんだかアヒルみたいだ。
「ストップ。キミの水談義はあとにしてくれ。せっかくマジックを楽しんでいる時に種明かしをされたら興醒めだろう?」
「ふむ。それもそうか
……
」
少し残念そうなヌヴィレットには悪いが彼の水の話は長いのだ。正直、食事中はそちらに集中したい。
しばし、無言の時間が続く。先に口を開いたのはヌヴィレットだった。
「君を労いたいと思ったのだが、何か欲しいものはないだろうか?」
フリーナが咽る。彼は唐突に何を言い出すのだろう。
「けほっ、けほっ
……
」
「大丈夫か?」
ヌヴィレットがフリーナの背を擦る。誰のせいだと思っているんだ。ヌヴィレットはフリーナの横に跪くと紙ナプキンで彼女の口を拭く。慈しみの籠もった瞳にフリーナの頬が熱を持つ。
──なんて顔をするんだ。
思わず目を逸らす。何故、こんなにも彼のことを意識してしまっているのか分からない。
「そ、それより、なんで労いたいなんて思ったんだ?」
強引に話題を逸らす。彼の顔をまっすぐに見られない。
「サンタクロースとして一晩中フォンテーヌを駆け回った君には何か報奨があるべきだと思ったのだ」
「それで労いってこと?」
「そうだ」
「それって何でも良いのかい?」
「私に出来る範囲でなら」
「少し考えさせてくれ!」
フリーナは突然立ち上がると足早に部屋へと駆けていく。扉を乱暴に開け閉めし、扉の前で座り込む。早鐘を打つ心臓がやかましい。────そうだ、プレゼント!
現実逃避を探したフリーナは昨夜ヌヴィレットからもらったプレゼントが未開封だったことを思い出す。プレゼントはフリーナが眠っていたベッドの枕元にあった。
「これか
……
」
リボンを解き、包み紙を破る。中に銀色に輝く指輪が一つ。
「〜〜〜〜っ!」
フリーナは蓋を閉じると走り出す。先ほどの部屋に戻れば、ヌヴィレットが腕まくりをして、洗い物をしていた。
「どうかしたか?」
ヌヴィレットは手を布巾で拭いながら首を傾げた。
「どうかしたか、じゃない! これはなんだい!? これを贈る意味をキミは理解しているのかい? まだ告白すらしていないのに一足飛びに婚約なんて
……
!」
フリーナは指輪を見せる。ヌヴィレットは不思議そうな顔をしながら「時計だが?」と答えた。
「そう! これは指わ
…………
え? 時計?」
自身の手の中にある指輪をもう一度見る。よく見れば、台座の部分には宝石──ではなく、時計の文字盤が嵌っていた。
「うわあああ! 僕を見るなあああ!」
ヌヴィレットの目を隠そうと手を伸ばす。しかし、悲しいかな、身長差は覆せない。ヌヴィレットはフリーナの腕を掴むと優雅に微笑んだ。
「何故、君がそんな勘違いをしたのか、お教えいただきたい」
「嫌だ! 絶対に言うもんか!」
口を閉ざすフリーナの腕を引き、耳元に口を寄せる。
「君が言いたくないと言うのならば無理にとは言わない
……
。だが、いつかは聞かせてもらいたいものだな」
それだけいうとヌヴィレットは鼻歌でも歌いそうなほど機嫌良さそうな様子でキッチンへと戻っていった。
「フリーナ殿?」
ソファの上で寛いでいたヌヴィレットが姿勢を正す。もう少し引きこもっているものだと思っていたのだが、意外と立ち直りが早かったようだ。
「そ、その
……
さっき言ってた報奨のことなんだけど
……
」
フリーナはヌヴィレットの膝の上に向かい合うように座ると恥ずかしそうに目を伏せた。
「
……………………
頭を撫でてくれないか
……
?」
精一杯の勇気を振り絞り、フリーナは蚊の鳴くような声で囁いた。今ばかりは耳が良くて良かったとヌヴィレットは思う。そうでなければ、初めての彼女のわがままを聞き逃してしまっていただろうから。
「こうでいいだろうか?」
メリュジーヌたちにするように、細心の注意を払いながらフリーナの頭を撫でる。柔らかな髪の感触が気持ちがいい。
「誰かに褒めて欲しかったんだ」
頭を撫でられながら、ぽつりとフリーナが呟いた。
「ありがとう、ヌヴィレット。最高のクリスマスプレゼントだったよ」
フリーナが微笑む。僅かに目元が赤く染まり、目の端に涙が溜まる。
「ヌヴィレット?」
不意にヌヴィレットの顔が近づく。驚いたように目を丸くするフリーナの下目蓋にキスをして、雫を吸い取る。
「
……
すまない。君の泣き顔を見て、居ても立ってもいられなくなってしまった────フリーナ殿?」
凍結反応をしたように固まってしまったフリーナの目の前で手を振る。彼女は胡瓜を背後に置かれた猫よろしく、大きく後ろに飛び退ると奇声を上げて、走り去った。
逃げられてしまった。ヌヴィレットは名残り惜しく思いながら膝の上に残る温度を撫でた。
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