はなれ
2024-12-25 23:26:16
2811文字
Public カカアル(+アン)
 

ポーカーフェイスで欺いて

建前がないと団長を誘えない情報屋と、そういう所もまるっとお見通しな団長のカカアル

 どうしたって暗闇に目立つ銀髪が、月にかかる雲のようにこの夜に馴染んでいる。
 幽霊猟犬の団長、カカロは、部下も連れず捨てられた追放者の拠点を歩いていた。
 崩れた外壁の近くに座り込んだならず者たちは、酒瓶を手に盛り上がっている。
 やたら身なりのいい男もいた。どこかの貴族だろうか。ただ、こんな夜更けにこんな場所にいるということは、後ろめたい何かがあるのだろう。
 ここは、いかにも、という場所だ。
 日の当たる世界ではなく、薄暗い闇に親しむ者たちの憩いの場。
 だから、そういう場所には、そういう者が集まる。それだけの話。
 カカロの用があるのは、この路地の奥。
 簡単に外から見えない路地の片隅、人工灯の光だけが唯一の標となる場所に、その男はいた。
「また君の負けだ。俺としても君が勝てるまで付き合ってあげたいが……後ろのお客様がしびれを切らしていてね。そろそろ降参してくれるかい?」
 サングラスを押し上げながら男――アールトが微笑むと、トランプを手に震えていた追放者は大層しょぼくれた様子でカカロの横を通り過ぎて行った。
「やあ、団長様。いらっしゃい」
「俺を厄介払いに使うな。高くつくぞ」
「今のは必要経費だろう? 君だって俺と話せないと困るくせに」
 胡散臭い笑顔に一つ鼻を鳴らして、カカロはアールトの待ち構えるテーブルの前に座った。
 桃色のテーブルクロスが引かれている上に、トランプの残骸が散らかっている。
 この世界には、いわゆる、裏社会でしか手に入らない情報というものもあるのだ。
 アールトはその筋の情報を、こうした賭け事で手に入れることが多い。
 スリルを求める手合いが多いので必然的にそうなってしまう訳だが、彼の身の上を少しでも知っていれば、気にせずにはいられなかった。
「こういう手段は、好まないと思っていたが」
「別に好きでも嫌いでもないよ。思う所は……あるにはあるけど。俺は商売に私情を持ち込まない主義なんだ。皮肉にも、俺の力はこの手のことに相性がいい」
「なるほど。お前は口も達者だからな」
「よく回る口はお気に召さない? いっそのこと塞いでみる?」
「却下だ。話せなくなっては困る」
「素直じゃないなあ」
「首尾は」
「君を満足させるだけの収穫はあったと思うよ」
「なら仕事の話といこう」
 今日来た役割を果たそうとカカロが真面目な顔をすると、その眼前に手を出してアールトが待ったをかける。
「折角だし、運試しといかないかい? 御贔屓様」
 ルールは簡単。普通のブラックジャックだ。
「君が勝ったら仕事の話をしよう」
「お前が勝ったら?」
「今夜は何もしない」
……このゲームに何の意味がある」
「何も? ただの遊戯さ」
 アールトはこなれた手つきでトランプを集めると、長い指先を器用に動かしカードをシャッフルし始める。
 好きなタイミングで止めていいよ。とアールトに言われたので、カカロは一呼吸数えてアールトの手を止めさせた。
 二枚の手札が配られる。
 ――してやられた。
 カカロが眉根を寄せて顔を上げれば、アールトが表情の読めない笑顔で楽しそうにしている。
「ヒット? スタンド?」
……スタンド」
 観念したように呟けば、サングラス越しにアールトがようやく心からの笑みを浮かべた気がした。
 カカロは投げ捨てるように手札を開示する。
 カカロの手札はスペードのAとハートのJの計21。
 対するアールトの手札はダイヤのK、ハートの6に、クラブの8。計24でバースト。
「残念。俺の負けだ」
 アールトはおどけたように肩を竦める。
 実に無意味で無価値な手品だった。
 最初から、アールトはカカロを勝たせるためにイカサマをしていたのだから。
「それじゃあ話の続き……とは言っても、お望みの情報はデバイスに送っておいたから確認してくれ」
 とある組織の裏取引の帳簿。次の密会の日時と場所。構成員の身の上、などなど、頼んでいた情報が送られていることを確認して、カカロはデバイスを元に戻した。
「確かに受け取った。今回の報酬は……
「いつもの口座にいつもの金額でいいよ」
「いや、止めた」
「ちょっとちょっと、それは話が変わってくるぞ!」
「対価は別のもので支払おう」
……代わりに君は何を差し出すっていうのさ」
「俺の一夜を、お前に」
「わーお、刺激的なお誘いだ。それ本気で言ってる? 君との一夜にシェルコインと同等の価値があるとでも?」
「ああ。少なくとも、今のお前にとっては」
 カカロはテーブルの上に乗り上げ、慣れた素振りでアールトのサングラスを外すと、左頸部に刻まれた音痕をくすぐる。
「小細工をしてでも、俺を引き留めたかったんだろう?」
 アールトはビクリと体を跳ねさせ、先ほどまでの余裕が嘘のように唇を尖らせて押し黙った。
 情報屋らしからぬわかりやすい態度に、今度はカカロが笑みを浮かべる。
 仕組まれたカードゲームの真意を、カカロは気付いていた。
 アールトはわざと完璧な手札を配って、カカロが勝つか負けるか、賭けていたのだろう。
 あの時戯れにヒットを選んでいれば、共にバーストして今宵はお開きになっていた。
 でも、カカロはそうしなかった。
 無意味なカードゲームに込められた、少しでも共にいる時間を伸ばしたいという本心は、霧のイカサマなんかでは隠しきれないのだ。
「なあ、アールト」
 カカロは耳元に顔を寄せ、犬よろしく脈打つ音痕を舌でなぞる。
 アールトは鼻にかかったような吐息を零し、両目を羞恥に潤ませた。
「っ、わかった、わかったよ。降参だ。だから、ここじゃ、嫌だ……
 しおらしく伏せられた瞳を見て、カカロはさっさと身を離す。
 アールトはバラバラにされたトランプをしまい、しわくちゃのテーブルクロスを大事に畳んだ。よく見れば、端に小さく愛らしい羊の刺繍が施されている。踏み荒らしてしまったが、もしやこれは、彼の相棒の持ち物だったのだろうか。
「一応俺のだよ。貰い物だけど」
「まだ何も言っていないが」
「視線がうるさい」
「悪かったな」
 アールトの返事にカカロの透き通った瞳がやわく歪み、気恥ずかしくなったアールトは手早く店を片付けた。もうここに来ることはないだろう。
……本当は、仔羊の騎士様がいなくて寂しかったんだ。お姫様なんて柄じゃあないが、十二時を過ぎても手放さないでくれるかい?」
「それは新たな契約か?」
「君も大概よく吠えるよね」
「煩わしければ塞げ」
「そういうの、意地が悪いって言うんだよ」
 アールトは背を向けて歩き出したカカロの首元に手を回すと、ひと際暗い路地の影にその長身を引きずり込む。
 驚き固まった姿に気を良くし、まぬけに開いた唇に噛みつくと、アールトは妖しく微笑んだまま、小さく「わん」と呟いた。