花雲
2024-06-18 19:12:27
4669文字
Public 高銀
 

ゆめうつつ

完結後高銀のとある夜です。高銀の日おめでとうございます。

10年以上眺めて生きてきた、銀時の涙。
そいつが今、俺のために流れている。
あんなに憎らしかった一滴が、再び銀時の頬をぬらしている。
なのに何故だろうな。虚しいどころかこんなにも、心が震えてしまうのは。
体温を失っていく身体とは相反して、心は 魂は熱く燃え滾っていた。
ずっと求めてきた最後のピースを、やっと見つけたんだ。
俺の渇望が滔々と満たされていくのを実感する。
宇宙でふわりと浮かんでいるような、果てしない充足感。
欠けた月が満ちるように、それは初めから、探すまでもなくここにあったんだ。
今までも、そしてこれから先も、俺達が独りになることはない。
その確信と喜びが、俺の魂を揺らしていた。

──もう、死んでもいいと思った。
これ以上なんて、俺にはないと。
本気でそう思っていたんだ。

銀時の、あの面を見るまでは



ぬるい雫が額から流れ落ちた。焦燥から滲み出てくる嫌な汗だ。
どうやら呼吸を忘れていたらしい。ゆっくりと息を吸い、肺に酸素を送り込んだ。
いつの間に眠っていたのだろう。頭上のもう見慣れてしまった天井で、現在地を確認する。そっと視線だけ横に向ければ、ぼんやりと浮かび上がる白い頭があった。
まぬけ面がよく見える。眠っているようだが、気配に敏い男だ。呼吸の乱れに気付かぬはずはないと高杉は思った。だが、わざわざ起こして話し込む気分でもない。
銀時なりの気遣いを有難く受け取ることにして、このまま眠ってしまおう。
そう思い額の汗を拭おうとして、右手に触れる “なにか” に気がついた。
そこにあったのは、銀時の手のひらだった。体温が伝わるほど近くに、左手を伸ばしてきていたらしい。そっと寄り添うように、2人の手の甲はふれあっていた。

高杉がわずかに小指を動かすと、隣の左手もすぐに反応した。やはり狸寝入りだったようだ。静かに自分の布団に戻ろうとする左手を、高杉は無言で捕まえた。
驚いた銀時は咄嗟に手を引くが、手首をガッチリ押さえて動きを封じられてしまう。
「ちょっ 高杉?」
たまらず小声で呼びかけてみるも、返事は返ってこない。逃がす気はないとわかるが痛みを訴える程の力強さではなかった。様子を伺うことにした銀時が抵抗をやめると、褒めるように力がもう一段ゆるくなる。無言のまま、ゆっくりと2人の手が元の位置まで戻されていった。そして銀時が自ら手を伸ばした場所よりもさらに先、高杉の腰横にまで到達したところで、ようやく動きが止まった。
やっと満足したのかと思いきや、手首を掴んでいた高杉の手が今度は下に下りていった。ゆるく開いていた銀時の手は包み込まれてしまう。
「なにしてんのお前」
「手ェ繋いでる。」
言うまでもないズレた返答に銀時の顔が引きつる。だがもう夜も深い。さすがに今から喧嘩をおっ始める気にはならなかった。その理由を聞いてんだけどと呆れながら「あっそ」と短く返す。驚いて目を開けてしまったのを少し悔やんだ。せっかく気持ちよく寝ていたのに眠気が遠のいたじゃないか。もっとも隣の寝息が荒れだした時点ですでに起きてはいたのだが。銀時は腹いせに高杉も道連れにすることにした。
上を向いたまま、茶化すように話しかける。
「先に寝ちまうなんて珍しー お疲れだった?」
朝早かっただけだ。お前も寝てんじゃねェか 起こせよ」
「感謝が先だろーが 寝かしてやったんだぞコッチは」
大人が並んで目を閉じて、なぜか手は繋いだまま交わしていた応酬が急に止まる。
それはそうだな、と高杉があっさり認めたのは、銀時の主張が事実だったからだ。
確かに、2人での晩酌を終え万事屋に帰ってきた時点で眠気に襲われていた。腹がふくれ酒もまわったうえ風呂にまで入ってしまえば、もう逃れようもなく。銀時を待つ間に寝てしまったというわけだ。今日のためにと根詰め過ぎて当日このザマでは本末転倒だな。別に今更そんなことで恥じたりはしないが、せっかくの逢瀬だ。文字通り寝過ごしてしまうのは勿体なく感じる。ならば、今この状況だからできることをしよう。天邪鬼な男がひっそりと伸ばしてきた手を、高杉が見過ごすはずもなかった。
ブツブツ文句を垂れながらも逃げようとはしない左手を、やわらかに包み込む。
反応を見逃すまいと、高杉は顔を横に向けた。
「ありがとうよ」
「お゛ぇ゛ッ 変なもん食った? 病院いく?」
素直に応えてやるとこれだ。無言で蹴りを入れて黙らせておく。小さく「暴力反たーい」とだけ返ってきた。銀時はなおも目を閉じたまま、こちらを向こうともしない。かわいげの無さは相変わらずだな、高杉は苦笑する。
実のところ、密かに楽しんでいたのは銀時も同じだった。いま現在のこの状況はもちろん、万事屋でくつろぐようになった高杉を見ることも、面白いに決まっていた。
初めは玄関前で話して土産を置いて帰るだけだったのだ。そこから次第に飲みに誘われるようになって、そのまま一夜を共になんて日もでてきた。けど別に、毎回必ずヤるわけでもない。寝落ちてしまったり、明日は仕事だからと断る日だってある。
いい歳こいた野郎同士のお付き合いなんだから当然だろう。
再会した途端 背後から刀で脅してきやがった男が、今や隣で寝ているのだ。
いまだに、夢なんじゃないかと思うときがある。
確かに一度、今生の別れを覚悟した相手だった。
身体を 魂を引き千切られるような痛みを、二度も経験するとは思わなかった。
くだらない喧嘩も、飽きるほど重ねた試合も、もうできなくなる。
だからこそ一言でも多く、声に乗せて届けたかった。
あふれそうになる涙をこらえて、笑ってやったんだ。
高杉晋助を、ほんとうの意味で失くさないために。

ターミナルから戻ってきた後のほうが、しんどさはじわじわ増していった。
けれど松陽の時とは違い、苦しさに潰されることはなかった。かえれる場所があったからだ。溺れかけたときには手を貸してくれる、頼れる人達が銀時の周りにはたくさん居る。支えられ護られていることを実感した。独りではないから、悲しみとともにまた歩き出せたのだ。
それでも一週間ほど、銀時の表情は暗かった。それに気づけたのは一番身近な新八達だけだったが、彼らの前で隠しきれない程度には気落ちしていたことになる。
あれだけの狼藉を働いておいて、高杉は再び銀時の前に現れたのだ。
のこのこと、までは言わないが「詐欺だろ!」と叫びたくなった銀時の気持ちは察するに余りある。仲良く布団を並べて寝るなんて間柄になるまで、当然それなりの時間を要した。幾度となく口説き続けた諦めの悪い男の話は、またいずれ

高杉からのストレートな物言いは珍しくはなかったが、一方的に受けたままというのも癪だった。夜はあらゆる輪郭を曖昧にする。ねむいし暗いから、しっかり面と向かわなくても良い。そんな言い訳をしやすいのが銀時には都合がよかった。
闇夜に背中を押してもらい、すぅっと息を吸い込む。
「夢見悪ィんだろ、俺と居ると」
そっぽを向いたまま銀時が呟いた。2人とも湿っぽい話は嫌いだ。らしくないと思われるのを承知で投げかけた。予想外の言葉に、高杉の反応が遅れる。
……は? お前は関係ねェ」
「いーや 関係あるね」
「銀時、」
「解るんだよ」
否定の言葉を銀時は遮った。その声は柔らかく、けれど芯のあるしなやかな色をしていた。真っ直ぐ相手に向けられ、受け手の心中を射るような。
わずかに乗せた “聞いてほしい” という想いを、高杉は聞き逃さなかった。

「俺も同じだから。」

開けていた口が固まる。喉元まで出かかっていた反論も止まった。
そうだ、少し考えれば解ることだった。内臓を捩じ切られるような痛みを、やるせなさを味わってきたのは高杉だけではない。苦しみの渦中にはいつだって銀時がいた。己が脂汗をかくような夢を見てしまうのなら、銀時だって同じはずだ。
失念していたつもりはないが、本人から言われてしまえば返す言葉がなかった。
っ そうか
「まぁこれでも だいぶ減ったほうだけどなー」
他愛もない話をするような穏やかな声色に、少しだけ安堵する。
……嫌なら はっきり言え」
そう伝えておきながら、高杉はじんわり身体がこわばっていくのを感じた。自省なんぞいつでもできる。それよりも今、すべき事はなんだ。そう考えたうえで選んだ言葉だったのだが、いざ口にすると駄目だったらしい。それが隣の男にバレないはずもなく、「言われなくともそうしてるわ」と笑われてしまった。
だがそのおかげか、銀時が顔を動かした。横から上に向きを変えたので表情が見やすくなる。まぶたは下りたままだが口元はにこやかだった。
さっきから手に力がこもってるくせによく言うぜ、と銀時は呆れた。
“嫌だ”と言われたとして、高杉がすんなり受け入れるとは到底思えない。
そう揶揄ってやることもできたが、やめておいた。こんな話をもちだしたのは、高杉に“仕返し”をするためだ。目的を再確認して、 心を決める。
悪夢 こいつは 一生付き合っていくもんだって、もうわかってんだろ?
 お互いのツラ見りゃ その回数は増えるかもしれねェってことも」
それでも、と銀時は続ける。

「俺ぁそれでも、お前に会いたいと思うよ。」

はっ、と息が詰まる。一瞬の静寂の中、その音だけがやけに響いた。
普段の銀時なら絶対に言わないことだった。やはり恥ずかしくなったのか「そっちはどうかしらねーけど」などと付け加えだした。尻すぼみに小さくなっていく声を聞きながら、高杉は大きくため息をついた。
愚問だ。ほんとうに今更すぎる。
だがそんなことでも、実際に言葉にされると威力がある。今さっき体感したことだ。
高杉は遠慮せず右手を強く握りしめた。途端に隣から悲鳴があがる。
「い゛ってェ! 離せバカヤロー!」
痛みに目を覚ました銀時はその元凶を睨みつけた。だが待ち構えていた高杉には効果がないようだ。「やっとこっち向いたな」と笑われ、露骨に嫌そうな顔になる。
「俺も同じだ。離してやるつもりはねェ 諦めろ。」
お構いなしにそう告げると、今度は一気に距離を詰めた。
思いっきり顔を寄せて、銀時の2つの眼を捕まえる。

こんな想いをするくらいなら、出会わなければよかった?
笑わせるな。ご生憎様、悔いたことなど一度たりともない。

“ 悩んで迷って 君は君の思う侍になればいい ”
何度も繰り返した、とっくに身体に馴染みきった言葉を反芻する。
己が欲しい答えは、誰かに与えられるものではなく、自ら掴み取るものだ。
この両眼と両腕で、好きなように見つけ出していい。
刻み込まれた教えが、優しく心を撫でる。
高杉晋助 おれの人生は、坂田銀時 おまえと出逢って始まったのだ。

「何度だって、俺はこの人生 みちを選ぶよ。」

それこそが、俺が俺である証だから。
確かめるように、その名前を呼ぶ。負けじと見つめ返してくる銀色に、ますます愛しさが募る。鼻先がふれあっても、お互いに引く気はないようで。
何か言いたげだった銀時の唇を、高杉はそっとふさいだ。
さりげなく手も動かして、指と指が絡み合う形にされていく。
恥ずかしいヤツ、と銀時は思った。でも何も言わず、ぎゅっと握りかえしてやる。

たまには、こんな夜があってもいいか。
繋いだ手のぬくもりでも、2人は通じ合っていた。


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