花雲
2022-09-04 17:00:39
2715文字
Public 高銀
 

きらいじゃない

バレンタインの話。完結後のふたり。初めて書いた小説もどきを供養。

 晩飯後の皿洗いを済ませ、適当につけたテレビをぼんやり眺める。
先週までの豆まきと恵方巻は見る影もなく、世間の注目は既にチョコレート一色に染まってしまったようだ。
「節分の次はバレンタインか、忙しねェなァ」
行列必至な人気店のランキングから、手作りならまだ間に合う!お役立ちグッズの
紹介というお決まりの流れ。毎年恒例だな、なーんて野暮なツッコミはなしだ。
短期間で過ぎ去る盛り上がりとはいえ、それで経済が回るのだから馬鹿にはできない。タダで甘いモンが食えるなんて最高だしな。もらえるアテは無ェけど。
「好きに騒げる口実が欲しいんだろ。ガキに限らず、誰もがな」
ソファーの隣りで高杉が茶を啜りながら言った。あ、コイツ興味ねェなと顔を見なくとも伝わってくる。知らない若者のノロケ話より食後の一服の方が大切らしい。

 なぜこの男が万事屋 うちにいるのか、答えは実に単純明快。
コイツが、今日の依頼人だからだ。
 指定された日にちと場所で、食事を共にする。何をどこで食うかは先方の気分次第だが、必要経費は全額むこう持ち。ご指名は高確率で俺ではあった、けど予定が合うなら新八と神楽も連れて来いと言われる日もあったし、今月ピンチなんだと強請れば3人と1匹分の飯にありつける。いろんな意味でおいしい仕事だった。
 しかしながら一つだけ、予想外だったことがある。
俺はてっきり、“店で食う食事” に同席するお仕事だと理解していたのだが、
どうやら先方の選択肢には “手料理” が含まれていたらしく──

 ん? 手料理って、一体だれの?

 ……あぁ、“俺の” か。

しかも手間賃は上乗せして支払うときた。なるほど、抜け目ない。
それなら弊社社長の和食なんかもオススメですが、いかがです?
──機会があれば頼む、ですか。あぁ そう……
やっぱりそこも、指名制な感じ?

 いろいろ言いたいことはあるが、ざっくりとした経緯はそんな感じだ。
そして本日のご依頼は、“万事屋で、俺の料理” というわけだった。
材料費は浮くうえに手間賃つきという好条件、断れるはずもなかった。
旨い飯屋ならいくらでも知ってるくせに、なぜわざわざ万事屋 うちに来るんだろう

 いつの間にか人気チョコランキングは終了し、街頭インタビューが始まっていた。
まぁ俺自身も大して興味はなかったんだが、他に見たい番組があるわけでもなく。
あと2日でバレンタインですが、ご予定は?なんてドストレートな質問を惰性に眺め続ける。リア充にしか縁のない話題とはいえ、それぞれの思い出を語るその表情は、みな一様に輝いて見えた。
 理由が欲しい気持ち、正直わからなくはないと思う。
流石にしたくない事をする気にはならないが、行動を起こすきっかけには大いになり得る。取ってつけたようなものでも、無いよりはマシだ。

お前はいらねぇの、そーゆー口実」
祭り好きじゃなかったっけ?なんて煽りも過ったが、アホ臭ェと切り捨てられるオチが丸見えなので止めておこう。人に何かを渡すということは、それなりに理由があるってことだろう。
つーかさっきの声に出てた? 別に聞くつもりはなかったんだけど。さりげなく反応を伺おうと耳を澄ませば、フッと鼻で笑われたのがわかった。
「風物詩に乗るのも悪くはねェが、俺ァてめぇの望みぐらい自力で叶える」
だろうな、という返答だった。聞くまでもなかったな、と思う。
ふーんと適当な相づちを入れておきつつ、なんとなくテレビからは目を逸らさない。
短い沈黙の後、コトリと小さな音がした。湯飲みを机に置いたのだろう。
寝る前だし厠にでも行くのかな、つーか俺が行こうかな。

「くれてやるよ、チョコレート」
突然の申し出に思わず疑いの目を向ける。いきなりどうした。
要らない訳はないが、急すぎやしないか。
え、マジで言ってる?」
女子が群がるバレンタインコーナーに、コイツが? と想像して危うく噴き出しかける。
いや、ちょっと待った。ということはつまり、明後日また来るつもりなわけ?
「流石に当日は無理だが、そうだな 来週中には来てやる。それぐらい待て」
今のは確実に口に出してないんだが、なぜか答えが返ってきた。
つーか最初から決定事項かよ、交渉権なしかい。今さら冗談だなんて言い出したらブッ飛ばすが、なんか俺がチョコを催促したみたいになってねーか? ただの独り言だったんですけど。
「銀時、」
腑に落ちない感丸出しで黙り込んでいると、名前を呼ばれた。
これはアレだ、こっちを向けという呼びかけだ。
「なに」
意味もなく無視するのも不自然だしな、うん。素直に従ってやることにした。

 ──のだが、すぐ後悔するハメになった。
顔を上げた瞬間、完全に目が合ってしまったのだ。待ち構えていやがったなと気づいた時にはもう遅かった。視線が重なるとニヤリと白い歯をのぞかせる。
そのくせ目尻は下がり、目に見えて嬉しそうな表情をしやがるから……、どうにもむずがゆい気持ちになった。
先に逸らした方が負けな気がして、じっと見つめ返してやる。なんのつもりだよ。

「来週もここに来るのは、俺がお前に会いてェからだ。
 俺は俺がしたいことしかしねェ」
……人の視線を奪っておいて、言うことがそれ?
恥ずかし気もなくよく言えるよな。呆れを通り越して感心しそうになる。

 こんなセリフを真顔で宣う、それが高杉晋助だった。
うんざりする程、よく知っていた。

「さらに言やァ お前の飯も目当てだな。
 特に南瓜の煮物は絶品だった。また作ってくれ」
バレンタインなんざ ただのついでだと、高杉は笑った。
 食後にちゃんと感想を述べるとは、なかなか気が回る野郎だ。
手料理を褒められて悪い気はしない、誰だってそうだろ?
つまり口元が緩んでしまうのは抗いようのない生理現象だ。
それを隠そうと下を向くのも致し方ないと言えよう。
すかさず、ガラ空きになった額にやわらかい唇が触れた。
髪をすく手つきも優しくて、耳まで朱に染まっていくのが自分でもわかった。
 あぁ、クソっ
眼前の男は俺の反応にご満悦のご様子。もはや楽しげな声を隠そうともしない。
上機嫌でなりよりだよ。

 高杉 コイツのこういう顔は、きらいじゃないと思う。
どこで誰と生きようが構やしないが、これだけは手放す気になれなかった。
もう一度、もう一度だけと、性懲りもなく願ってしまう。
それこそ 初めて見た、あの日からずっと。

 両腕に包まれるこのぬくもりごと、
何度うまれ変わっても、忘れられそうになかった。


※転載・使用禁止。 Copyright © 花雲.
※Do NOT re-upload my works.