わからん
2024-12-25 17:54:58
13523文字
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【WLDP】爆弾配達RTA

クリスマス・イヴの夜に仕事で爆弾を配達しまくるデのウルデプ
デがモブに体を触られたり(モブはすぐ死ぬ)ヴァと電話したりしています
ウは最後だけ出てきます 全体的にCP要素は薄めです




 室内から聞こえてくる話し声はいっこうに止まる気配が無かった。
 ロープを掴んでぶら下がりつつ突入の瞬間を狙っているが、これでは埒が明かない。背中に背負っている袋が重く、背負い直すとがちゃがちゃと音を立てて中身が揺れる。元からじっとできない性分なのだ。耐えかねて目の前の窓枠を掴んで横へ引くとあっさりと開いた。窓が開いたことで、話し声がより鮮明に聞こえてくる。
 声は興奮してだんだんと大きくなっていった。どうやら話しているのはリーダー格の男で、部下に演説しているようだ。作戦の決行は今夜零時。今日が俺たちの命日と思え。仲間のために、ボスのために、その命を躊躇いなく投げ出すんだ……
 限界だった。ウェイドは鼻を啜り、寒さに耐え切れず盛大なくしゃみをした。
 話し声がぴたりと止まる。マスク越しに鼻をごしごしと擦って顔を上げると、窓の外で宙に揺れるウェイド——デッドプールへと、室内の悪党たちの視線が一斉に向けられていた。
「うー寒い……。あ、演説終わった?」
 返事は無い。皆、鳩が豆鉄砲を食らったような、唖然とした表情で彼を見ている。
 無理もないとは思う。今日のデッドプールはおめかしをしてきたのだ。頭のてっぺんから爪先までをいつもの赤いスーツで覆った上から、さらに赤い服を着込んでいる。白いファー付きの……要するにサンタクロースの格好だ。その姿に相応しく頭にサンタ帽を被り、背中に白くてでかい袋を背負っている。欲を言えば髭も装着したかったのだが、動きにくい上にスーツにくっつけることができなかったので諦めた。
 何でかって? 今日が十二月二十四日、聖なるクリスマス・イヴだからだ。
 くしゃみは想定外だったが、こっちに気づいてくれたなら良しとする。自分ひとりが注目されるのはどの場面でだって気分が良い。ホッホッホー、とウェイドは奇妙な笑い声を上げながら窓枠に腰掛けた。
「こんばんは。いやあ、連日寒いね。こんな日に夜遅くまでお仕事ご苦労様」
 沈黙。
 背中の袋に手を突っ込み、その中からひとつを引っ張り出して手を振る。
「良い子のきみたちにサンタからプレゼントだ。メリークリスマス——オラア! 死ね!」
 やっと事情を把握した男たちがウェイドを撃とうとしたが、彼は手の中のものを投げつけると同時に窓枠を蹴って宙へ躍り出た。ロープを掴むと、ものすごい速度で上に引っ張り上げられて男たちの視界から姿を消す。何人かが窓枠に殺到して上を見たが、その時にはウェイドの姿はとっくに消えていた。
 一方、部屋の中——ウェイドによって投げ込まれた物は高い放物線を描き、演説をしていたリーダー格の男の足元に転がった。
 彼や周囲の仲間たちは訝しげな表情を浮かべてそれを見下ろした。縦長の楕円形をしていて、色は黒い。手のひらに収まる大きさで、表面には四角い出っ張りがマンゴーのように規則的に並んでいた。黒いマンゴーの近くにはてっぺんから抜かれたと思しきピンが転がっていて——
 その正体に気付いた彼らが叫び、逃げ出す暇も無かった。
 あたりは閃光に包まれて何も見えなくなった。

 屋上に舞い戻ったウェイドは踵を返し、一目散に駆け出した。右手に持った装置へロープが高速で巻き取られていく。今日に備えて間に合わせの素材で作ったフックショットもどきだが、これが案外に使い心地が良い。蜘蛛の彼を少し思い出すし、使用するたびに肩の関節が脱臼して手首から首の骨まで粉砕骨折することを除けば、普段使いしてもいいくらいだ。
 数秒後に背後で派手な爆発が起き、ウェイドの背中を照らしたが、本人は意にも介さない。助走をつけて屋根の縁から飛び上がり、近くの建物に移って再び走り出す。
「今ので五つ目——
 あと何件? と口に出したところで答える者はいない。全速力で屋根の上を駆け、飛び移り、飛び移って、とにかく飛び移る。地面よりもこっちを通るほうが断然効率がいい。次の目的地からの最短距離を頭の中で描きつつ、速度を緩めずに駆け抜ける。
 彼はとにかく急いでいた。普段のような余裕が無い様子は、よほど切羽詰まった事情があることを伺わせる。
 手段なんて選んでいられない、とにかく急がないと——彼の頭はそのことでいっぱいだった。

 凄腕の傭兵・デッドプールが聖なるクリスマス・イヴに爆弾魔と化しているのは歴とした理由がある。
 事の発端は前日——十二月二十三日の昼過ぎに、ウェイドの元に飛び込んできた一本の電話だった。アルと一緒にテレビを見ていたウェイドは着信に気付くと端末を掴み、キッチンへ移動して応答した。相手は半年前にも依頼を受けたあるマフィアの秘書で、紛争中である敵対マフィアを殲滅してほしいという内容だった。小競り合い程度に何年も揉めていたのが、ここ数ヶ月で一気に激化して両者ともに被害が甚大らしい。これ以上の被害は出したくない。今年起きた禍根は今年中に絶っておきたいから期限は今年中。援助は惜しまない、手段はそちらに一任する……
 有り体に言えば数ヶ月に一度くらいは入ってくる皆殺し案件で、組織ひとつとなるとかなり大規模なタイプの仕事だ。日程がやや厳しめだが年末までは空いていたし、クリスマスが過ぎたら早速取り掛かろうと思って快く引き受けた、のだが。
 敵対マフィアが二十五日になると同時に一斉攻撃を仕掛けてくる——その筋で確かな情報屋からとんでもない特ダネが舞い込んできたという連絡が来たのが、ウェイドが仕事を引き受けてわずか数時間後。つまり、二十三日の日没頃だった。向こうはどうやら、構成員総出で捨て身の特攻をかますつもりらしい。奴らは数人のグループに分かれて周囲の建物に潜伏、二十五日の零時を回った瞬間に自分たちのテリトリーへ攻め込み、壊滅させようという目論見だ。
 この特攻は何としてでも止めなければならない。しかし、あまりにも急すぎるゆえに、こっちは防衛の準備しかできない。だから、仕事は二十四日の夜に完遂してくれないか——と半ば泣き付かれるかたちで秘書が頼み込んできた。
 常識的に考えれば無理だ。一日足らずで作戦の立案と遂行など自殺行為だった。それに、二十四日の夜には家でクリスマスパーティーをするという予定が入っている。その前には同居中であるローラやローガンと一緒に街のイルミネーションを見に行こうと約束していたし(アルには人混みが嫌だと断られた)、ウェイドにとっても大事なイベントだった。
 断りの言葉を言いかけた瞬間、秘書は報酬を三倍に吊り上げると宣言した。元の値段が高額だっただけに、三倍ともなれば途方もない金額だ。こっちは組織としての存続がかかっている、全財産を擲ってでもあなたを頼る——さて問題。そこまで頼りにされていると言われてから、やっぱり無理だと言える方法がある? 答え、無い。絶対に無い。本音を言うと今年一番嬉しかった言葉の一つだった。
 通話を終えてすぐにローラとローガンへは事情を話し——二人とも顔を顰めてはいたが——ウェイドが仕事に行くことを渋々承諾してくれた。イルミネーションには間に合わないから二人で行ってほしい、二十四日が終わるまでには絶対に仕事を終える、けど確実に帰りが遅くなるからクリスマスパーティーはアルと三人で始めちゃっててくれ……
 自分の言っていることがめちゃくちゃなのはウェイドも分かっていた。約束が口約束で終わるであろうことも。
 最善は尽くすつもりだった。敵が二十五日までどこに潜伏するかは判明していない。クライアントが接触したという情報屋からさらに情報を買い上げ、敵の所有するアジトを片っ端から回ることに決めた。そうなると肝心の戦闘にはあまり時間をかけられない。狙撃も考えたが銃弾の消費が馬鹿にならないし、複数人集まっている場で一人ずつ狙い撃つのは現実的に考えて不可能だ。だから必然的に接近戦となる。かつ、複数人を一撃で木っ端微塵にやっつけられるような武器……かつ低コスト……手軽にたくさん調達できるものは——
 こうして、効率性を重視し熟考を重ねた結果、普段のスマートさとプライドを一切捨て去った爆弾魔のデッドプールが爆誕したのだった。

 十年以上も前の話になるが、日本のゲームにどっぷり浸かっていた時期がある。
 当時使っていたゲーム機は上と下でダブルスクリーンになっているあれだ。3D機能はまだついてないほう——話が逸れた。ウェイドが夢中になったのは某配管工の2Dアクションゲームだった。寝る間も惜しんで挑み続け、クリア後はステージごとのタイムを縮めることに全身全霊を捧げた。
 これが案外に難しい。タイムアタックにおいて最も重要なのは効率性だ。いかに立ち止まらず、減速せず、最高速度を保ったままゴールまで駆けられるか。つまり、途中の障害物にぶつかったらアウト、障害物やエネミーにぶつかるまいと減速したり立ち止まったらアウト、余分なエネミーを踏んで倒してしまったら減速してアウト。
 どう駆け抜けるか? どのタイミングでジャンプするか? 最短ルートは? コンマ一秒の狂いも許されない。何十、何百回とトライアンドエラーを繰り返して理想のプレイに近付いていく。そうやって目標を達成したときの快感は何物にも変え難い。一度の走りはたった数十秒であれど、ベストを尽くすためには何千倍の練習を重ねる必要があるのだ——
 今の状況は、それらの練習無しに本番を一発で走っているようなものだった。
 両マフィアのテリトリーと行くべき場所へのルートは頭の中に叩き込んでいる。だが、実際にルートを走るのとはまた別問題だ。紙面上の地図は高低差など考慮されておらず、工事だとか封鎖だとか渋滞だとか予期せぬ封鎖も待ち構えている。そのたびに持ち前の身体能力と力技でイレギュラーなルート変更をこなし、当初の予定より遅れは生じているものの、デッドプールの爆弾配達は概ね順調だった。
 爆発、爆発、爆発……頭の中で開いた地図で、回った地点にバツをつける。背中の袋に詰めた爆弾も着実に数を減らしつつあった。残り——四地点。
 走っている途中に腰のポーチに突っ込んでいた携帯端末が震えた。誰からの通知なのか確認する暇は無かったが、ローラかローガンだろうと思う。仕事に出る前も心配してくれて、無理だけはするなと何度も念を押された。本当は言ってほしくないと告げていた二人の悲しげな表情を思い出すたび、胸の奥が鋭く痛む。
 端末は何度か震えて沈黙した。
 屋上のコンクリートを蹴り、隣のマンションへ飛び移った。給水塔の支柱にフックショットから発射した鉤爪を食い込ませ、ロープの射出とともに飛び降りる。二階分降りた先の窓ガラスを肘で叩き割り、間髪入れずに爆弾を投げ入れてロープの巻き上げを起動させる。数秒後に足元で爆発が起き、男たちの悲鳴が聞こえてきた。
 残り三地点。
 屋上へ戻って周囲を見回すと、はるか遠くの街並みで大きく広がっている光が見えた。街の中央部だ。通りの店や街頭樹をイルミネーションで光らせているから、真っ暗なこの地域からでもよく見える。綺麗だった。近付いたらもっと色とりどりに輝いて美しいことだろう。ローラとローガンはあそこで電飾された街を見て回っているはずだ。そして自分も——。ウェイドは首を振り、ロープを回収して走り出す。
 三————残り、一地点。
 敵対マフィアのボスだ。
 ……奴のアジトであるビルへの突入方法は何パターンか検討したが、どれも失敗するだろうと結論付けた。窓は防弾使用で分厚く、外からの強行突破が難しい。爆弾も良い効果は望めないだろう。つまり、内側から攻める必要があった。無論護衛はいるだろうし、セキュリティシステムだって鉄壁に違いない。ここで必要になるのは暴力による強行突破——つまり、いつものデッドプール・スタイルだ。
 いくつかの戦闘を経た。単調になるので描写は避けるが、つまりはあまり手応えがなかったということだ。時間をかけたくなかったので本気で殺しにかかったとも言う。日付が変わるまで、あとどれくらいの時間が残されているだろう? ホールを横切った時にちらりと掛け時間を確認すると、零時まであと一時間も残されていない。エレベーター前にいた護衛は刀を投擲して瞬殺、エレベーターの中にいた要人っぽいご老人どもも頭を撃ち抜いて瞬殺。刀とデザートイーグルに付いた血を拭い、最上階に出ると右手側は一面がガラス張りだった。遠くにはあのイルミネーション群が見えたが、見惚れている暇は無い。
 廊下は照明が落とされており真っ暗だった。侵入車を警戒しているのか、ボスはいないというカモフラージュか? いずれにせよ、暗闇に紛れられるのなら都合が良い。月明かりを頼りに前へ進み、一際豪華そうな扉の前で立ち止まってノックする。ここまで来て隠れるのは性に合わなかったので——扉が僅かに開いた。その隙間から伸びてきた手がウェイドの腕を掴み、ものすごい力で内側へ引っ張り込んだ。
「うお、」
 部屋の中は廊下よりも暗く、ウェイドの視界は黒一色に塗り潰されていた。頼りになるのは嗅覚と聴覚と触覚のみだったが、彼の感覚は自分の体が置かれている状況を正確に把握していた——つまり、誰かに力の限り抱きしめられている。
 予想外の事態に、ウェイドの思考回路が束の間フリーズした。
「とても心細かったんだ……
 耳元で聞こえたのは男の声だ。おそらくは標的であるボスだろう。だが、敵に対してこんな、恋人に言うような甘い声色で囁きかけてくるだろうか? それにしても、腹や胸に押しつけられた筋肉の感触からしてこいつの体はかなり良い……いやいや、こんな状況になんて邪な考えを。
「いつ自分が死んでしまうかわからない。そんな恐怖に襲われた経験なんて、きみは無いだろう」
 状況が掴めた。奴はデッドプールを自分の情人だと勘違いしているようだ。都合がいいのか悪いのか、兎角正体がばれてはまずいとだんまりを決め込む。ボスの腕の中で大人しくしていると、背中に回されていた腕が下に落ちていき、ウェイドの体を撫で回し始めた。
「慰めてくれよハニー。着てるのはドレスじゃないね、ボンテージ? いいね、クリスマスにぴったりだ。この恐怖を忘れさせて——
 部屋の電気が点いたと同時に、ウェイドはボスの口目掛けて掌底を叩き込んだ。ゼロ距離から攻撃を食らったボスは、目を白黒させながらその場に昏倒する。鼻血を垂らして呆然と天井を見上げ、その口には爆弾がウェイドによって突っ込まれていた。事態を把握した彼は爆弾を掴んで引き抜こうとしたが、相当奥に食い込んでいるので容易に引っ張り出すことはできない。頰を裂かない限り無理だろう。ウェイドはボスの体を跨いで顔を覗き込み、眼前に中指を突き出した。
「残りはあんた一人だけだ。爆発しろクソ野郎」
 爆弾のピンを放り投げて逃げ出そうとした瞬間、背後から腰を掴まれて引き戻される。頰がリスのように膨らんだボスの目には苛烈な殺意が燃え上がり、それはウェイドにとっても見覚えがあるものだ。——瀕死の獣。死を自覚した上で、敵に一矢報いるためだけに捨身の特攻を覚悟した瞳……
 次の一手を逡巡したコンマ一秒にも満たない空白が、その後の展開を決定付けた。
 ウェイドの腰を捕まえたボスは彼の体を引きずり、部屋の一方向へ全速力で駆けていく。その先には壁一面に広がる窓があった。裏社会の街を一望でき、遥か遠くにはイルミネーションの洪水が見える。ボスは窓に近付いても速度を緩めない。一層がむしゃらに手足を動かす。
「おい嘘だろ、待て——待て待て待て!」
 ウェイドが暴れるもボスの力はあまりにも強く、寧ろ拘束が強くなっていくばかりだった。ミュータントかよ、と渾身の力で相手の腕を殴るがびくともしない。
 焦りが視野を狭くしていた——刀や銃を使うことが思い浮かんだときには、既に手遅れだった。
……畜生——
 ボスが窓を突き破って空中に躍り出る。
 ウェイドたちの体は重力に従い、地面に向かってまっさかさまに落ちていく——その最中に一際強い閃光が走ったかと思えば、轟音とともに巨大な爆発が起こり、ビルの防弾ガラスを震わせた。

「死んでる?」
「死んでる。あの高さから落ちてきたんだぜ、即死だろ」
「さっきの爆発に関係が?」
「さあな。……どうする?」
「どうするも何も、金目の物が無いか探ろう。とっとと漁って退散だ」
「よし来た。早速だ、腰に良いもの持ってる——
 複数の手が顔や体に触れてきた瞬間、ウェイドは腰のホルスターからデザートイーグルを抜き、宙に一発ぶちかました。
 周囲から複数の悲鳴が上がる。そちらをろくに確認しないまま、ウェイドはもう一丁の安全装置も外すと立て続けに発砲した。すべて出鱈目な方向を狙ったが、追い剥ぎどもを追い払うには充分だ。足音が遠ざかっていき、ウェイドは両腕を下ろすと体を起こした。スーツは無事だったが、サンタの衣装はぼろぼろになっていたので引き裂いて放り投げる。
「いってえなクソ……
 両足とも変な方向へ複雑に折り曲がっており、ウェイドは片足ずつ掴むとまっすぐに折り曲げ直した。バキボキと音を立てながら足の骨が治癒されていく。無意識のうちに庇っていたのか、右足の回復が左足よりも早かった。慎重に立ち上がり、左足を庇いながらウェイドは歩き出した。
 ついさっきまで縦横無尽に街を駆け回っていたのが嘘のように、彼の歩みは遅々として進まない。足のみならず、全身が火傷を負い回復途中にあった。一歩踏み出すたび、体を僅かでも動かすたびに、全身の皮膚が引き攣れたような鋭い痛みを発する。途中で二、三度気を失って倒れ、再び起き上がることがあった。近くの建物の外階段を上り、屋上へ出た頃には幾分か回復してまっすぐ歩けるようになっていた。
「だけど、もう駄目だな」
 ウェイドは眼下の景色を見下ろしながら呟いた。「時間切れだ——
 遠くに見えていたイルミネーションの光がふっと消えた。それきり何も見えない。……環境に考慮するためだと市長が言い出して、街のイルミネーションは零時を過ぎると一斉に消される仕組みになっている。今この瞬間、ウェイドたちの住む街は日付を越えた。二十四日から二十五日へ——ローラたちとの約束を、守れなかった。
「あーあ」
 屋上の縁に腰掛け、後方へ両手をついて空を見上げる。真っ暗だ。イルミネーションが消えても街は眠らない。ビル群の明かりによって星は見えず、人工衛星と思われる小さな点が頭上を横切っていくばかりだ。
 ウェイドは腰のポーチを探り、携帯端末を取り出した。画面はひびだらけで所々が焼け焦げ、案の定電源が入らなかった。端末を空中へ放り投げた後に自らも身を投げ出し、ウェイドの体は再び地面に叩きつけられた。……
 もしものことを考えて、予備の携帯をケイブに保管していた。
 その端末を使って任務完了の連絡を入れると、秘書は泣きながら感謝を伝えてきた。本来ならうちの長から直接礼を言うべきだろうが今回の襲撃の件であちこちを飛び回っており生憎と不在だ、報酬金は明日……いいや今日中にすぐ振り込む、本当にありがとう——曖昧な相槌を打ってウェイドは通話を終了させた。
 真っ暗な部屋の中、真っ黒な画面にマスクを脱いだ自分の顔が映り込んでいる。端末の電源を入れ、キーパッドを呼び出した。部屋中を歩き回りながら彼の親指は淀みなく動き、入力し終えると端末を耳元に押し当てる。コール音が数回鳴り響き、相手が応答した。ぴたりと足を止める。
「ああ、ローラ……本当にごめん、間に合わなかった。今終わったから——
『待って。ウェイド、落ち着いて』話を遮った声はローラではなかった。『いい? あなたは番号を間違えてる。私はローラじゃない』
……ヴァネッサ?」
 そう、と相手が応え、ウェイドは片手で顔を覆って天井を振り仰いだ。電話口でなければ大声で叫んでいた。鼻の奥がつんと痛んだ。がっくりと項垂れて鼻をすする。
「ごめん。こんな夜遅くに間違い電話とかマジで最低……
『大丈夫。気にしてない。ローラに電話するつもりだったの?』
「そう。キーパッドからローラの番号を打ったつもりだったんだけど……動転してて、無意識に違う番号を打ってた——
 もしかして自分は恥ずかしいことを言っているのでは? ウェイドはぴたりと口を閉ざし、ごめん、ともう一度呟いた。いいの、と先ほどと同じトーンでヴァネッサが答える。
『話してみて』
「うん?」
『何があったのか話してみて。泣きそうな声だった』
「いや……いいや、遠慮しとく。今日はクリスマスで俺の話は相応しくないし、きみの大事な時間を割くほどのものじゃない」
『彼は仕事で外出中』
 意図が掴めずに聞き返すと、仕事だとヴァネッサは繰り返した。『要人との外せない会食があるから一緒に過ごせないって。だから今日は一人』
……。ウソ」
『大マジ』
——クリスマス・イヴの夜に会食? 予定を組んだやつも同席してるやつもヤバすぎだろ、みんな狂ってる。そんな会社は辞めるべきだ。プライベートの時間を大切に思わないブラック企業はじきに潰れる」
『私もそう思う。一人ぼっちのクリスマスね、私もあなたも』
 口を開いたまま、ウェイドの口からは肯定とも否定とも取れない呻き声が出ただけだった。何と答えるべきか——そうだね? お互い一人で寂しいね? いいや、ヴァネッサと俺は違う……彼女を傷付けてどうする。それに、沈黙した時点で、ヴァネッサにはこちらの迷いなど筒抜けだった。彼女はすぐに話題を切り替え、話を聞かせてとウェイドを催促する。
 観念したウェイドは重たい口を動かし、事の顛末を手短に語るにとどめた。ローラ、ローガン、アルの三人とクリスマス・パーティーを開く予定だった。なのに、パーティーの前日にデカい仕事の連絡が入ってしまった。二十四日中に終わらせると約束して仕事に行ったのに、間に合わせることができなかった……
 ヴァネッサの沈黙はそう長くなかった。
『あなたは遅れてなんかない』
「最後にヘマしたんだ。気を失ってる時間がなければ確実に間に合ってた」
『ウェイド』
 ぴたりと口を閉じる。静かな——怒っている声だ。この声色で名前を呼ばれると、何も言い返せなくなってしまう。
『今何をすべきか、わかってるでしょ』
……。わかってる」
『話して』
「家に帰って三人に謝る」
『なら今すぐ電話を切って、走って』ヴァネッサは厳しい口調で言い、それから我に返ったように溜息をついた。『ごめんなさい。あなたの問題なのに口を出して』
……いいんだ。おかげで目が覚めた」
 ウェイドは呟き、ゆっくりと肩を回した。彼女の言う通りだ。泣き言を口にする暇があったら、約束を破ったことを償うべきだ。
 強張っていた筋肉がほどけていく。怪我もほとんど治り、走ることに問題は無さそうだった。あのね、とヴァネッサが言う。
『私が三人の立場だったら、クッキーを焼いて先に寝てるかな』
「へえ……
『ミルクと一緒に、クリスマスツリーのそばに置いておく』彼女の声は穏やかだった。『私のサンタさんお帰りなさい、食べてってメモを残してね。誰もあなたを怒ったりしない』
 ウェイドは首を傾げて天井を振り仰ぐ。既視感を覚える話だった。
……いつかの夜にきみがやってた。クリスマスじゃないけど」
『そうかも。嬉しかったでしょ』
「嬉しかった。すごく……大声で泣いたくらいには」
『泣きながらベッドに入ってきたときは本当にびっくりした。覚えてる? 赤ちゃんみたいにお腹に抱きついてきて——
「恥ずかしいからそれ以上はマジでストップ」
 電話口から控えめな笑い声が聞こえてくる。自分の口角も僅かながら緩んでいるのにウェイドは気付き、ふと指先を目尻に押し付けた。
「部屋に帰るまでは、別れるべきだって本気で思ってたな」
……そうなの?』
 ヴァネッサは笑うのを止めて相槌を打った。
「ああ。恋人が自分にとってどういう意味を持つか、身をもって思い知った。俺の仕事のことも……。いくら約束を交わしても破ってしまう可能性が常に付き纏うし、何度だってきみを傷付けてしまう。あのときも一緒に出かける約束をしてたんだ」
『そうだったっけ』とヴァネッサはウェイドの真剣な声に反してあっけらかんと答えた。『もう忘れた。でも私は怒っていなかったし、あなたが無事で帰ってきてくれたことが一番嬉しかった。泣かれたのはさすがにびっくりしたけど』
「俺が泣いてたのはマジで忘れて……
『きっと、そういうものなのよ。今となってはぜんぶ思い出話でしょう、ウェイド。あなたは、あなたが愛する人に愛されてる自信を持って』
 ——やっぱり、彼女には敵わない。
 ヴァネッサの話に頷きながら、ウェイドは全身の調子を確かめた。肩も足も問題無し。彼は肩と頬で挟んでいたスマホを掴み、黒い液晶画面を見下ろした。
「ありがとう。久しぶりに話せてよかった」
『こちらこそ。……メリークリスマス。ウェイド』
「メリークリスマス、ヴァネッサ」
『家族との時間を大切にね』
「きみのことも同じくらい大切に思ってる。一日中ずっと。寝ても覚めても——ごめんクソ重いこと言った!」
 電話口でヴァネッサが弾かれたような笑い声を上げた。つられてウェイドの口角も上がる。手探りで言葉を探し合っていたような緊張感が薄れていくのを感じていた。それは自分だけでなくヴァネッサもだろう。
「悪い。重いよな、こんな……
『いいの。重いなんて、そんなこと』
……ついでにもう一つ余計なお節介を焼いていい? 彼氏の職場がマジで心配だから、一度話し合ったほうがいいと思う」
 そうねとヴァネッサが囁いた。『私も気掛かりだった。話してみる——ありがとう』
「うん。……じゃあ、また」
『またね。おやすみ。よい休日を』
「おやすみ、ヴァネッサ——
 電話を切り、ウェイドはマスクを被り直すとケイブから飛び出した。
 体はとても軽かった。目印であるイルミネーションはとうに消えていたが、頭上に昇る月が、夜の街を照らしてくれている。

 アパートを見上げるとどの部屋も真っ暗で、三人は眠りについていたようだった。
 いつものように窓の鍵が開いていたので、そっと開いてアルの部屋へ滑り込み——はたと動きを止める。アルの隣には既に先客がいた。メリー・パピンズとローラだ。ローラは体を丸めてユニコーンのぬいぐるみを抱きしめている。なぜと思ったが仕方ない。リビングで寝よう。
 ウェイドは爪先で歩きながら部屋を横切った。部屋の隅のクローゼットから自分の服を取るためだ。抜き足差し足で進み、ローラの足元、つまりベッドの脇に白い箱が置かれていることに気付いた。赤いリボンで結ばれ、リボンの隙間にカードが挟まっている。
(ははあ、なるほどね。ローガンの奴やるな)
 ウェイドは思わずマスクの下で笑みを浮かべた。しかし、近付いて見てみると、カードの宛先はローラではなかった。自分の名前が書いてある。ウェイドはリボンの隙間からカードを抜き、二つに折り畳まれていたのを開いた。文字は月明かりに照らせば容易に読める。
『ウェイドへ
 メリークリスマス! おはよう。お仕事お疲れさま(挨拶が多くてごめん)。
 起きて足元にプレゼントが置いてあるなんて驚いた? 驚いてくれてると嬉しい——
 ウェイドはカードを閉じ、素早い動作で元の場所に戻すと、服を取らずに窓から外へ逆戻りする。外階段から共用の廊下へ飛び移り、玄関に鍵を差し込んで帰宅した。
 見てはいけないものを見てしまった罪悪感と自分が許されていることへの安堵、それと無性に叫び出したい何やらの衝動で心臓がばくばくと早鐘を打っている。
 リビングで寝るのは絶対に駄目だ。夜遅く帰ってきた奴が共用スペースで寝てたら、三人とも気を遣ってしまうだろう。それに、職業柄、誰かが近付いてきたら反射的に起きてしまうだろう。狸寝入りを装うならベッドが最適だった。リビング以外となると今は空いているであろうローラの部屋——は論外だ。消去法で一箇所しか無い。
 リビングを横切りかけて立ち止まる。部屋は暗かったが唯一、一週間ほど前に壁際に設置したクリスマスツリーの電飾だけが消されていなかった。赤や黄、青、緑と点滅して周囲の壁と床を淡く照らしている。その前に小さなテーブル——おそらくは簡易的な組み立て椅子を並べたものだ——があり、クッキーが数枚置かれていた。
 クッキーが載った皿の隣にはミルクが入ったコップと、二つに折り畳まれたメモが置いてある。先ほど見つけてしまったメッセージカードと同じく、「ウェイドへ」と書かれていた。拾い上げ、開いて目を通す。
私を食べてEat me 飲んでDrink me ※体は変化しません。どっちが大きくなって小さくなるんだっけ?』
……甘い」
 ウェイドは床の上に座り、クッキーをかじった。ジンジャーマンの形に焼かれたアイシングクッキーは甘かったが、運動した後の体にはちょうどよかった。
 皿とコップを空にして、今度こそ客室の扉を開けた。ベッドの上の毛布は膨らんでおり、寝息に合わせて規則的に上下していた。毛布をめくると、こちらを向いて寝息を立てているローガンの顔が見える。手前のスペースへ無理やり体を押し込みかけ、そういえばスーツのままだったと慌てて装備を外し——その前にブーツ——いいやベイビーナイフ——ていうか装備一式——と忙しなく動き回っていると、ローガンが鼻から大きく息を吐いた。ヘーゼルアイが薄く開かれている。
「帰ったか」
「あー……悪い。朝起きたらビックリさせようと思ってた。リビングで寝る」
「いい。ここで寝ろ」
 ローガンが毛布の端を持ち上げたのを見て思考が停止する。……何だって?
「早く入れ。寒い」
 上半身を脱いだスーツが足元まで滑り落ちて一気に肌寒い。足元に絡まりついたスーツを部屋の隅へ蹴飛ばし、下着一枚でベッドに近付くウェイドに対して、ローガンは何も言わなかった。おそるおそる毛布の内側へ潜り込む。ローガンは毛布を下ろすと寝返りを打ち、ウェイドには彼の逞しい背中と寝乱れた後頭部しか見えなくなった。
「明日は昼まで寝てろ」呂律の怪しい声が言う。「今が何時かは知らんが、遅いだろ」
「ね……寝てる。ガチ寝する。昼の十二時までぐっすり寝てるからお気遣いなく。あんたが部屋から出たり、逆に部屋に入ってきたりしても絶対に寝てるから」
「仕事は終わったか」
「ばっちり。完遂した」
 そうか、と応えた声はほとんど吐息に近い。対してウェイドには全く眠気が訪れていなかった。ローガンの背中を見つめたまま口を開く。
「ヴァネッサと電話したんだ」
 返事は無い。何かの反応を求めて話しかけたわけでもなかった。頭の中を整理したかったのだと思う。
「久しぶりに声を聞いた。元気そうでよかったよ。彼氏が仕事で外出してるって聞いてマジかよと思ったけど……今日の仕事について詳しく話してなかったよな。組織ひとつを丸ごとぶっ倒してきた、超短時間で。今日は人生で一番爆弾を使った日だったね。クリスマス・イヴだったし、本物のサンタクロースみたいに煙突から突撃して爆弾をプレゼントしたかったが——
「明日聞いてもいいか」不機嫌そうな声が話を遮った。「頼むから寝させてくれ」
「無理。あんたと同じベッドで寝ることに興奮して全然眠れない」
 溜息が聞こえた。寝返りを打ってウェイドを見たローガンと目が合う。本当に眠そうだった。目が半分も開いていない。ローガンは右手を挙げ、ウェイドの頰をべちりと叩いた。そのままべちべちと叩き続ける。
「おーい。痛えんだけど」
 ローガンは掌を持ち上げては下ろすことを繰り返し、頰の上に置いてじっと動かなくなった。不意に親指がウェイドの目の下を撫で、さらに上へ移動しようとした。反射的に閉じた目蓋の上を指の腹が撫でさする。ローガンの手はウェイドの肌よりもずっと温かかった。
「おやすみ。デッドプール」
……おやすみ、ウルヴァリン」
 しばらく経って指が離れていく——というよりは、寝返りを打ってウェイドに再び背中を向けたのだろう。今度こそ寝息が聞こえてくる。
 目蓋を開けることもできたが、ウェイドは目を閉じたまま眠気が訪れるのを待つことにした。
 正午まで寝ると言ったのは冗談だ。しかし、普段よりもずっと遅い時間帯に起きることになるだろう。
 自分が目を覚ましたとき、隣で眠っているローガンの姿はきっと無い。彼のベッドはウェイドひとりが占領している。
 昼近くまで惰眠を貪った——あるいはそのフリをした——後、すっきりした頭でベッドから下りたウェイドの足元には、自分宛てのプレゼントが置かれているはずだ。白い箱に赤いリボン、そして自分宛てのメッセージカード——サンタクロースからのプレゼントを手にリビングへ出て、自分たちは一日遅れのクリスマス・パーティーを始めるだろう。