とはり
2024-12-25 17:25:05
5103文字
Public DF
 

感傷の小箱

クリスマスに斑がこはくにオルゴールをプレゼントする話

2023年の書き納めはこれだったらしい
三毛縞斑がクリスマスプレゼントに自作のオルゴールを贈る男だということかこの年のクリスマスキャンペーンで明かされてたまげた勢いで書いた記憶
これのせいで2023年に三毛縞斑から何をプレゼントされたかだけははっきりと記憶に残ってしまっているし、多分これからも忘れられないんだと思う

2024年のデートコースも好みだったので、とっとと後ろに相棒乗せて夜空のコースを駆け抜けていってください

「メリークリスマス! こはくさんにはこれをあげよう! 綺麗な音のするオルゴールだぞぉ」
「へぇ、随分と洒落とんなぁ。おおきに」
 DoubleFaceが解散したその年のクリスマスの夜、斑はこはくを寮の共有スペースに呼び出していた。
 斑から渡ったアンティーク調の装飾が施された新緑の宝箱は、こはくの手のひらの上で室内灯を反射して鈍い光を放っている。手の上の箱を様々な角度から眺めるこはくの目の輝きを見るにそれなりに気に入ってくれたらしい。斑は内心胸を撫で下ろした。
「珍しく呼び出すから何事か思うたけど、こんなん用意してくれとったとはなぁ」
 こはくがしみじみと呟く。
 解散してからはES内やスタジオですれ違えば世間話を交わす程度で、二人でじっくり話す時間はほとんどないに等しかった。ホールハンズだって、今回の連絡がなければ年単位で動かなかったかもしれない。
「渡せてよかった。来てくれないかと思ってたからなぁ」
「は? わしを何やと思っとるん。そんな薄情な奴やと思われとったとは心外やなぁ」
「ははっ。それもそうだなぁ。これは失敬! 来てくれて嬉しかったぞぉ」
「ん。よろしい」
 満足そうに深く頷いたこはくは再びオルゴールへと視線を向けた。
「オルゴールっちことは、曲が流れるんよな? 何の曲が入っとん?」
「開いてみてのお楽しみだなぁ」
 箱の底面を指で叩いて示す。そこには機構を動かすためのゼンマイがある。こはくがネジを回すとカチカチと時を刻むような小気味良い音がする。ある程度回したところで、宝箱を開けるようにそっと蓋に手をかけたこはくは、中からこぼれだした音に目を大きくした。
……『ネビュラ』やね」
 懐かしむように目を細めたこはくの表情に斑もまた同じように表情を緩めた。この曲に込めた思いは二人同じ形で重なっていると思えた。DoubleFaceの最後を飾るに相応しい曲だと感じている。目の前にいる相棒もそう思ってくれたらいい。
 斑は手の中に潜ませていたもうひとつ同じデザインのオルゴールの表面を親指で撫でながら、曲に耳を傾けるこはくのつむじを眺めていた。
 こはくが見つめるオルゴールはこの世に二つある。デザインは全く同じだが、中身だけが異なっている。こはくのオルゴールからは『ネビュラ』、斑のものからは『=EYE=』が流れる。どうしてお揃いのオルゴールなんて用意したのか、斑自身もよく分からなかった。自分の中にある得体の知れない衝動が二つのオルゴールを生み出した。実は同じものを持っているのだとこはくに明かすつもりは一切ない。

 年が明けてそれからしばらく。年末年始の賑やかさに引っ張りだこだったお祭り男は、遅れてやってきた正月休みを利用して海外を飛び回っていた。
 ようやく母国に腰を落ち着けた斑は久々の自室のベッドに転がって、空っぽの胃を擦っていた。帰国の便が遅れ、夕食を食べ損ねたまま時計は二十二時を回り、もはや夕食という時間ではなくなってしまった。
「ん?」
 今から何を食べようかと思案しながら寝返りをうつと、サイドテーブルに置いていた例のオルゴールが視界に入るが、微かな違和感を覚えて首を傾げる。具体的に何がとは言えない。場所が動いているような気がするのはきっと同室の誰かが触ったのだろう。オルゴールを持ち帰った当時、同室の宙やスバルから興味深そうに声をかけられて「気になるならいつでも開けてくれていい」と伝えていた。渉はオルゴールに興味があるかは知らないが、不在の間にオルゴールに触れたのが同室の誰かなど大きな問題ではない。
 問題はオルゴールそのものが放つ違和感だ。クリスマス当日、部屋に持ち帰ってからは触らずに置きっぱなしにしていた。あまり開く気にはなれなかったからだ。そうして自分の部屋にずっと置いていたはずなのにこのオルゴールはどこか馴染みきらず周りの風景から浮いている気がする。
 ほんの少し過った予感が、斑にオルゴールを手に取らせた。
 斑自身では蓋を開けたことのないオルゴール。斑にとってはただのインテリアと化していたオルゴール。手探りで摘まんだゼンマイを回して、そうっと蓋を開いてみると流れるのは星の瞬きのように美しいメロディー。
 『ネビュラ』だった。
 自分のオルゴールは『=EYE=』が流れるものだったはず。
 予感が確信に変わりつつあった斑はすぐに部屋を出て廊下を早足で抜けてある場所へと向かう。目的の場所には一分と経たず到着した。目の前の扉を前にして握りしめた拳に思わず力が入った。
 一呼吸置いてノックするとややあって「はぁい」と気の抜けた声が扉の向こうから聞こえてきた。ガチャリと開いた扉の向こうから桜色の髪が姿を現す。
「ん、来たん」
 斑の姿を映して一瞬わずかに目を見開いたが、それ以上のリアクションはなく、こはくは口をもぐもぐと動かしてから飲み込んだ。何か食べていたらしい。
「入っても?」
「あかんっち言うたら帰るんか?」
 呆れたように息を吐いたこはくは扉の隙間を広げて、斑を招き入れる。
 体を滑り込ませて部屋をざっと見回す。ローテーブルの前で胡座をかいて、湯気の立つ器を口もとに運ぶジュンと目が合った。
「三毛縞さんじゃないですか。お疲れ様です」
「おや、ジュンさん! 食事中にすまないなぁ! お邪魔するぞぉ」
「用が済んだらさっさと帰ってやぁ」
 再び食卓へと腰を下ろしたこはくへの返事もそこそこに視線を動かす。チェストの上に目的のものはあった。
 斑が贈ったオルゴール。それに手を伸ばして手のひらに乗せる。底を指先で撫でて見つけ出したゼンマイを捻る。カチ、カチ、とゼンマイの回る音がひとつふたつ、カウントダウンのように斑の耳の奥に響く。とうとう最後まで回しきってしまったオルゴールを前に、ひとつ唾を飲んで恐る恐る蓋を持ち上げた。
 シャラン、とオルゴールが目覚める音がする。続いて、三つの音符が等間隔に鳴り響いた。
 流れたのは斑の予想通り『=EYE=』だった。
 認識した瞬間、蒸された夏のアスファルトのむせ返るような匂いが鼻の奥で蘇る。路地裏の暗がりが網膜の裏に浮かび上がる。斑とこはく、二人が出会ったあの日が。オルゴールの底から噴き出してくる。
 はじまりのうた。苦い味が舌の根から染み出てくる。こはくをビジネスパートナーだと割り切って冷めた感情を隠そうともしなかったあの頃の自分を思い返して居たたまれない気持ちになってしまう。それでいて、ソロで活動していた自分が二人でユニットとしてパフォーマンスをした時の、ステージ上で誰かに背中を預けて踊ることへの高揚感も滲み出して心臓を震わせるのだから始末が悪い。
 だから、この箱を開けなかったのだ。大切で思い出深いこの曲がもたらす複雑な感情にひとりで向き合うことを避けていたのだ。
 この箱は今、この場所で開かれるために生まれたのかもしれなかった。それを知ってか知らずか、斑の手の中から小箱を救い出した誰かがいるのだ。
「君、これ……
「見た目は同じやのに思ったより気づくの早かったなぁ」
 悪戯がバレた子供のように肩を竦めたこはくの返答は斑の確信を裏付けるものだった。彼がオルゴールを入れ替えた当人そのひとだ。
……
 何故、と理由を聞いたところで彼は素直に答えてくれるだろうか。斑のどこまでを知って、こはくはこの行動をとったのだろうか。図りかねて、すべてを知ることに怖じ気づく。
 舌の根が乾く。手の中のオルゴールは未だ清らかな音で歌いながらその体を震わせていた。
 急き立てるようなメロディーに背中を押され、意を決して大きく息を吸った時。
 きゅるり、と斑の腹の虫が鳴いた。大きな音ではなかったが、この静かな空間では部屋にいた全員の耳に届いてしまう。
 見つめ合ったままの斑とこはくの間で奇妙に揺らいでしまった空気を立ち切るように、ぱんっと手を合わせたジュンがその場で立ち上がった。
「そうだ。三毛縞さんも蕎麦食べます?」
「ジュンはん!」
「いいじゃないですかぁ。一杯分余ってもったいないって話してたとこだし。俺、食い終わったんで作ってきますよ」
 こはくの制止を流しながらジュンは冷凍庫を開けて中を探る。
「えっ、いやぁ……お構いなく、ってもう出ていってしまったなぁ」
「ジュンはん人が好すぎるわ、ほんま」
 あっという間に部屋から出ていってしまったジュンの見えなくなった背を追うように扉へ視線を向けて肩を竦める。
「君たち蕎麦を食べていたのか」
「ん。年越し蕎麦な」
「年越し……? えぇっと、今日は何日だったか……君たちは随分とのんびりとした年越しをしているんだなぁ?」
 出汁の香りと口にいれる時の啜る音から麺類だとは推測していたが、まさか年越し蕎麦だったとは。からかうとこはくは口を尖らせた。
「やかましいわ。年末からジュンはんと年越し蕎麦食べよっち約束しとったけど、お互い急な予定が入って食べ損ねとっただけや。時期が過ぎようが捨てるよかマシやろ」
 ふん、とそっぽを向いたこはくは喉を潤すように、両手で掬った器から直接つゆを啜った。
……斑はんと同室の春川はん。ぬしはんがこのオルゴールを自分で開けようとせんっち言うてたみたいやから」
 こはくが独り言のように呟く。口ぶりから察するにこはくが直接聞いたわけではなさそうで、大方、宙と友達の司から聞き及んだのだろう。いつどこで誰が自分を見ているか分からない。どこにいたって気は抜けないものだな、と内心苦笑した。
「自分の曲入れたオルゴール贈るなんてえらいロマンチックやと思うとったけど。まさか斑はんも同じもん持っとったとはなぁ。斑はんの部屋で見つけた時は流石に驚いたわ。しかも、全くの揃いか思うて開いたら曲はちゃうし。何がしたいねんって、投げつけたくなったけど」
 こはくはそこで一度言葉を止めた。温風を送る空調の音だけが通りすぎていく。
 柔い風が二人の頬を撫でて、こはくはもう一度口を開いた。
「わしは好きやで『=EYE=』。『ネビュラ』は、わしらの集大成で、星のような思い出を織り上げたみたいに綺麗やけど、始まりがあるから辿り着けた場所やろ。最初は全っ然足並み揃わんし、どうなることかと思うたけど、それもまた今振り返ってみれば悪くはない思い出や。『=EYE=』はそこからの全てを思い出させてくれる」
 こはくの顔が見たい、と思った。桜髪の向こうの表情を確かめたい、と。過去の苦難を思い返して眉間が寄ってはいないだろうか。それとも、今の声音のように柔らかな目をしているのだろうか。自分よりも幾分も小さい背中をじっと見つめた。
「ちゅうか、自分の大事なもんを他人に託す癖、直した方がええと思うで。思い出話なら付き合わんでもないけど、わしはぬしはんの宝箱にはなられへんし。ちゃんと自分で抱えて歩いていけや」
 説教じみた言い方の割に、振り向いた口もとは柔らかい笑みを浮かべていて。その唇は啜ったつゆの色で湿っていた。
 しばらく近くで見つめることのなかった横顔は記憶よりも少し大人びて見えて。けれど、口もとに出汁の脂を浮かべたわんぱくさは年相応な少年のそれだった。そのアンバランスさが懐かしいだなんて思ってしまう。
「ぬしはんからもろた『ネビュラ』のオルゴールはそのまま返しとくわ。『=EYE=』のオルゴールはここに置いとくから、いつでも聴きに来たらええ」
 ぶっきらぼうに放たれた言の葉にはどこまでも慈しみが溶けていた。
 ああ、と斑が頷くよりも前にこはくの口角がいたずらっ子のようにつり上がった。
「それはそうと、『プロデューサー』はんにはMaMの曲のオルゴール渡したことあるらしいやん。今度プレゼントしてくれるんやったらそれがええな」
「君ってやつは……
「コッコッコ♪ 次のクリスマスが待ち遠しいなぁ?」
 上機嫌なこはくの声に続くかのように部屋の扉が開いて「お待たせしましたぁ」とジュンののんびりとした声が入ってくる。年越し蕎麦の到着だ。
 テーブルに置かれた器から立ち上る出汁の豊かな香りが食欲を誘って、待ちかねた胃袋が赤子のように声をあげようとする。
 何を言わずとも体を寄せたこはくによって開かれたスペースに斑はそそくさと腰を下ろして手を合わせた。
 開けっ放しで置かれていたオルゴールはやがて音楽を止め、新たな思い出を蓄えるようにチェストの上で静かに口を開けていた。