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hai__ro
2024-12-24 21:52:13
4719文字
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空淵
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デイドリーム・ツアー
淵上と旅人とパイモンが一緒にオシカ・ナタの地下を探索する話。あったかもしれないけどなかったできごと。
ver5.2までのネタバレと捏造。
含まれるもの:空淵
ちびはどこに行ったんですか?:淵上に見つかる前にパイモンのバッグの中に隠れました。
地下特有の冷たく湿りけのある空気が旅人の身体の横を通り抜けていく。光の射さないくらやみの通路を、先を歩く男の
……
淵上の持つ薄明るいランタンが照らした。
「龍の文明は、」
淵上が唐突に口火を切った。
「お前たちの言う『諸神が大地を歩いていた』時代よりも前に、天空の介入によって終わりを迎えた、ように思われる」
旅人が足を進めるたびに、風化した石畳を覆う苔が靴の裏でうごめいた。淵上は振り返りもせずに滔々と話を続ける。
「だが、この地域では
蛇王オチカンの統治
オシカ・ナタ
の直前まで龍の統治が続いていた痕跡が見られる。わずかな文献と偉大なるクフル・アハウの貴重な証言を信じるなら、その決定的な証拠が、この都の地下にあるはずで
……
俺はそれを見つけたいんだ」
旅人は、この地下水路の入り口で淵上と遭遇したときのことを思い起こした。つい先ほどのことだったからか、「また会ったな。だが今日は休暇で来てるから見逃してくれ、じゃあな」と白々しく宣った時の表情さえ鮮明に思い出せた。
「だから、淵上の方から同行
……
俺が淵上を見張るように持ちかけた」
淵上はようやく旅人のほうを振り返り、「そうだ」と肯定した。
「結局、俺を見過ごすほどお前たちは俺を信用していなかった。かといって、お前たちを排除してゆっくり調査しようにも、学者が勇者に勝てるわけがないからな。お前たちと出会った時点で逃げなかった俺の負けだ」
「堂々としてるのか情けないのかどっちかにしろよ
……
」
淵上は呆れたように頭を抱えるパイモンをかるく笑い、また視線を戻した。
ランタンがオシカ・ナタ時代の水路
……
淵上いわく
……
に溜まった水にゆらめく光を投げかける。淵上がランタンを動かすたびに四方に投げかけられた光と影は揺れ、古ぼけた設備に不安定な表情を投影した。淵上の声が興奮をともなってうわずる。「吸い上げポンプだ」
「やはり蛇王もこの昏い水の下になにかがあることを確信していたようだっ痛い!
……
いきなりどうしたんだ」
「待って」
小さくも力強い冒険者の手が文人の細い腕を掴んだ。淵上はつまづきそうなほど大袈裟に止まってみせて、琥珀色の瞳がおもしろくなさそうに旅人を睥睨する。
「なにかって言うけど
……
いったいなにがあるの?」
「そうだぞ、おまえは確信してるみたいだけどオイラたちに教えてもいいんじゃないか?」
「ああなんだ、そんなことか」
一転、淵上はもったいぶるような笑みを浮かべる。「おまえたちに隠し事はできないようだな」そして告げた。
「わからん」
「え?」
「
偉大なる聖龍
クフル・アハウ
もそこまでは教えてはくれなかった」
旅人は思わず手を離した。淵上の投げやりな言い方には、一片の嘘も混ざっていないように感じられた。
人間
じんかん
に紛れ他人を欺くことを選んだというのに、可哀想なほど演技が下手な男だ。そうだと旅人は感じている。
しかし、今の言葉が嘘でもいいからいっそなにかは知っていてくれと、心の隅で旅人は願った。聖龍を自称するものの戯言にひとしい証言と文献のたった数行の記述を真実と確信して禁域に飛び込むのは、もはや正気の沙汰ではないからだ。
「ほとんどなにも知らないのにここまで来たのか!? おまえおかしいぞ
……
」
「よく言われるんだ」
「褒めてないからな!」
「ふふっ」
淵上はパイモンの非難をいなすように手で払い、肩をすくめる。芝居がかった動きのたびに手元の光源は揺れ、着流しを纏った男の影が歪みながら野放図に岩壁のあちこちへと投射された。それから淵上はノートを取り出して、なにか書き込みながら遺構の周囲をぐるぐると回る。影もじつに楽しそうに回っていた。
「おい、旅人?」
ふと、パイモンのまるい瞳が視界に飛び込む。遅れて淵上が遺構の側から振り返る。
「そこまで熱心に監視しなくても俺はなにもしないぞ」
その言葉に、今まで淵上を見てほうけていたのだと気がついた。
「いや
……
改めて
……
淵上があんまりアビスらしくないから」
咄嗟に口から這い出たのはひどい言いわけだった。『監視』と言ったことにすなおに乗っていればよかったものを、ただ淵上を見ていたと白状してしまった。頭を殴られるように後悔が脳裏へにじむ。からかわれる己の姿がぼんやりと見えた。
「なんだと?」
しかし、影が止まる。影のあるじがおもむろに、幽鬼のように旅人へと振り向く。牧歌的な予想が霧散する。なかば無意識で、旅人は剣を手に取ろうとしたが
……
剣を向けた瞬間、この薄氷を踏むような旅路が終わることに気がついてとどまった。
「淵上」
「お前も黒い太陽を見ただろう。生けるものを貪って栄えるうつろを」
淵上の声色は暗く落ち、ランタンの黄色い灯りに照らされた頬さえ青ざめているように見えた。
「俺はあのくらやみに惹かれて怪物になったのだ。お前が俺のことをどう見ていようとも、本質的には怪物にすぎない。殿下のことしか頭にない教団のやつらは好かないが
……
アビスの泥に浸かっている時点で同じ穴の狢だな」
そこまで喋って、淵上はようやく旅人のこわばった顔に気がついたのか、わざとらしくため息をついた。
「
……
『他の者を安易に信じてはならない』と言っただろう。もう一度忠告しただけだ。だからそうピリピリするな」
「おまえが怖がらせたんじゃないか!」
「迂闊なことを言ったのはお前の主人だ」
「おまえの気が短すぎるだけだぞ!そもそもオイラは旅人の従者じゃないし
……
もう!」
慇懃無礼な口ぶりでパイモンをいなす態度は見慣れたはずのものだというのに、旅人には淵上が急に遠くへと離れたように
……
今までが近すぎたのかもしれない
……
感じて心が毛羽立った。
旅人はなにを言うべきか迷って口をつぐみかけたが、「旅人! おまえもなんとか言ってやれ!」というパイモンの声に押されて、
「パイモンは従者じゃなくて仲間だよ」
と言った。淵上が不思議そうにまなこを大きく開く。
「それだけか? 難癖をつけられて腹が立つとか、一発殴りたいとか思わないのか?」
「
……
殴って信用できるようになるならいくらでも殴れるけど」
それが旅人の素直な気持ちを映し出した返答だったが、淵上は大袈裟に身をすくめて一歩引いた。
「お前が言うと冗談に聞こえないな」
それきり会話は途絶えた。海獣のように横たわる無言を引きずったまま、旅人たちは粛々と奥へと進んだ。放棄された遺構を通り抜け、水路の跡に沿って歩く。
すると急に道が大きく開けて、これまでの剥き出しの岩肌とは異なる、装飾を凝らした石造の壁をランタンが照らし出した。光が動揺したように揺れて、止まった。持ち主である淵上が、なにかを見つけたらしい。
「どうかした?」
旅人は淵上の表情を伺うために前へと回り込む。大きく開かれた瞼は驚愕を描いているようにも見える。淵上は旅人には目もくれず、うわ言のようにつぶやいた。
「
……
オシカ・ナタの様式ではない」
そう言うやいなや草履の駆ける音が旅人たちを置き去りにし、水溜まりを踏み抜くのもお構いなしに男の背中が遠ざかる。
「ちょっと待って
……
!」
淵上は旅人の静止の声も聞かずに走り、道の途切れる断崖の直前でよろけて立ち止まる。
「急に走るなって!」
旅人とパイモンがようやく追いついて、淵上の視線の先を見やると、巨大な遺跡が水没しているのが見えた。龍とおぼしき彫刻の頭が顔を出している。濁った水の下には構造物
……
崩れた塔の内部のような、あるいは玉座の間のような
……
が見えた。淵上は息を弾ませながらそれを見下ろしている。我を失い呆然と開いた口元が取り繕えない高揚を伝えていた。
「淵上?」
「
……
」
「聞こえてる?」
「
……
クフル・アハウの言ったとおりだ」
長い沈黙のあと、淵上はようやく口を開いた。だがその言葉の先は旅人を向いておらず、声色はけっして激しくないものの、まるで夢を見ているように揺れていて、理性を欠いているような危うさを持っていた。
「かつて灰燼の都は統律の心という機構をもって都市のエネルギーを制御していたという。その統律の心とここの構造は酷似している、しかしこの装飾はテイワット文明に見られない」
淵上は誰に問われるまでもなく独り言のように呟きながら、目の前にある遺跡に向かって光に惹かれる蛾のように歩きだす。
「地底という位置関係から見るにオシカ・ナタのそれよりこちらの統律の心のほうが古いと推測されるつまりオシカ・ナタの技術は古代の技術を引き継いだもので俺の推測が正しければこれは龍の文明の、」
たった数歩のことだった。「止まって」の一言さえ旅人は言えなかった。止める合間もなく踏み出した足が断崖の先にある虚空を踏む。魔法が解けるように重力がはたらいた。つい先程まで立っていたはずの地面を振り返った表情はいまだ現実を飲み込みきれていないようで放心している。
「
……
淵上!」
理屈より先に身体が動いた。そうとしか言いようがない。
旅人の身体がひとりでに彼のほうへと駆け寄る、引きずられるように腕を伸ばしている。気がつけば淵上の腕を掴んでいた。人間ひとり分の重さに引きずられて滑り落ちかけるが、すんでのところで片手で地面の淵を掴んだのとパイモンに捕まれたおかげで地面にとどまる。心臓は胸を破りそうなほど激しく脈打っていた。
淵上の本性はアビスの怪物で、非力な青白い腕は偽物で、彼を見捨てたところで旅人にはひとつの損もないし、仮にも唱導師を名乗る魔術使いなら高所から落ちた程度では大したことにならないだろう。旅人なら、そのくらい少しでも考えればわかったはずだった。現に、淵上の驚愕の表情には、徐々に「なぜ?」と言いたげな困惑が混ざりだしている。
それでも、腕を掴んでしまった。彼が翼をもがれた鳥のように地面に叩きつけられる末路をおそろしくてかなしくてあわれな出来事だと感じてしまったのだ。それが、まるで人間のような見た目によって引き起こされる妄想だとしても。
とにかく淵上を引き上げる。だが両足が地に着いたあとも、淵上はいまだに現状を飲み込みきれていないような目つきで旅人を見つめていた。
「
……
お前は理解しがたいほど人がいいな」
そして、やっと沈黙を破ったかと思えば、ふてぶてしくそう言い放った。
「お礼の一言も言えないのかよ!」
「求めていない上に意味がない行為に礼を言う筋合いはない。俺を怪物と知ってなお助けようとする高潔さはもはや心配の対象だ
……
旅人、お前はよく今まで生きていられたな?」
淵上はつかつかと気やすく旅人の間合いに入って、顔を覗き込む。無防備で大胆なその身振りは役者じみて、
遊色効果を見せる宝石
ファイアオパール
のように旅人の水晶体の中でまたたいた。そうして旅人の意識を占有する。
「違うよ」
「なにが?」
漠然とした否定の言葉が先を切り、淵上は眉をしかめた。
「俺は淵上が言うほどお人よしじゃない」
自分が衝動的な善性を持つ前提に立った結論は誤謬だ、と旅人は告げた。なぜならテイワットにとっての彼は異邦人であり、一介の過客にできるのはすべてを見届けることだけだからだ。
「では、なぜだ?」
「それは」
旅人は答えを伝えようと口を開いた。それは受け入れがたい結論だが、他に思いつかないのだ。
彼を倒さずに同行することを選んだのも、楽しそうにする姿から目が離せなかったのも、手を掴んでしまったのも、たぶん。
「
……
淵上のことを少しだけ気に入ってしまったから」
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