溶けかけ。
2024-12-24 20:59:03
3550文字
Public ほぼ日刊
 

クリスマス大作戦!

サンタさんとヌヴィレットとフリーナのクリスマス・イブのお話。
サンタさんは子供たちのアイドルですね。

「いいかい、ヌヴィレット。今日はサンタさんの大仕事の日だからね。飛んで帰ってサンタさんとぶつかった、なんてことになったら一大事だ。だから、飛んで帰宅するなんて横着したりするんじゃないぞ」
「その件については、耳が痛くなるほど聞いている。無論、サンタクロース殿の業務妨害をするつもりなど毛頭ない」
「それならいいけど。それと、今日は早く眠るんだぞ! サンタさんは早寝のいい子のところにしか来ないんだからな!」
 フリーナの力説にヌヴィレットは真面目な顔をして頷くしかなかった。サンタクロースはいない────万が一、余計なことを言って幼子の夢を壊すようなことをヌヴィレットは望んでいない。幼子というには薹が立ち過ぎている気がするが、人間になった昨年を一とするのなら、彼女はまだ二歳。十分にサンタクロースを信じてもいい歳だと言えるだろう、とヌヴィレットは思うことにした。
「コホンッ……色々言ったけどね。つまり、僕が言いたいのは、キミのもとにもサンタさんが来ることを願っているってことなんだ。だって、キミはずっと休まずに仕事を頑張るいい子だからね。サンタさんがプレゼントを贈るに相応しい人物の一人だ。だから、えっと……よいクリスマスを! ヌヴィレット!」
 フリーナは頬を染めてから少し言い淀むと誤魔化すように定番のフレーズを口にして、足早に執務室を後にした。
「いいクリスマスを、フリーナ殿……。と言っても、もう遅いようだが」
 くくっとヌヴィレットが喉を鳴らして笑う。必死にサンタクロースの存在を語るきらきらとした瞳が愛おしく、眩しかった。

 遅くなってしまったな。
 パレ・メルモニアから自宅への帰り道、懐中時計を開いたヌヴィレットは僅かに焦りの表情を浮かべる。フリーナのようにサンタクロースを信じているわけではないが、翌日、訪問の予定がある彼女に嘘をつくのも気が引ける。早く寝ろ、と口を酸っぱくして言うのは何も、サンタクロースが来るから、ではないことをヌヴィレットはしっかりと理解していた。
 クリスマスを大義名分にして、仕事に夢中になると寝食を忘れがちな自身を少しでも休ませようという彼女の優しさが多分に含まれていることを。
(フリーナ……?)
 とある家から出てきた人物を見て、ヌヴィレットは足を止める。赤い服を着た、顔の周りには豊かな髭を蓄えた小柄で小太りな人物は、源海アベラントに良く似た三匹の共を連れ、大きく重そうな袋を肩に背負うと歩き出す。ヌヴィレットは思わず、その後を追った。
 フリーナと思しき人物は今度はアパルトマンのとある部屋の前で立ち止まると呼び鈴を鳴らす。出てきた家人に促され、吸い込まれるように扉を潜っていった。どれほどそうしていたのか、彼女は部屋に入ったときよりも小さくなった袋を背負って部屋を後にした。ヌヴィレットは足音を立てないようにしながら、さらに彼女の後を追う。彼女はアパルトマンの近くに設置されたベンチに袋を下ろすとその隣に腰掛けた。
「ふぅ……
 小さな溜息が聞こえる。フリーナは大きく伸びをするとポケットの中からクッキーを取り出して咀嚼する。
「ありがとう、クラバレッタさん」
 ホワイトブリムの代わりにトナカイの角のついたカチューシャをつけたヤドカニがどこからか水筒を取り出し、フリーナに渡す。
「もうちょっとだけ休んだら次の家に行くから……
 ぐったりとするフリーナの髪に向けてふわふわと泡を飛ばすのはアワアワタツノコのシュヴァルマラン夫人。いつもは青いリボンがおしゃれな赤いリボンになっており、赤い地に白い縁取りがなされたケープを着用している。その隣で袋の点検をしているマンマルタコのジェントルマン・アッシャー。彼は紳士の証であるシルクハットを脱ぎ、先端に白い球がついた赤いナイトキャップを被っている。

(人の体でプレゼントを配るのって大変なんだな……。やっぱり、誰かに手伝いを……。いいや、駄目だ。サンタクロースは子どもたちの夢。元とはいえ、神が子どもたちの夢を壊すようなことがあってはならない)
 フリーナはやっとの思いでベンチから立ち上がる。少し疲れたくらいで、へばっていてはサンタクロースとしての矜持が許さない。決意を新たに袋を取ろうとした彼女の目の前から突如として袋が消えた。
「手伝おう、サンタクロース殿」
 聞き馴染んだ、安心感すら覚える声にフリーナの涙腺が緩む。今は感動している場合じゃない、と目元を擦った。
…………ふぉふぉふぉ。殊勝な心がけじゃのう、最高審判官様。ではありがたく手伝ってもらうとするかの。じゃが、サンタの道は厳しいぞ。なんせ、この袋の中のプレゼントを夜のうちに全て配らねばならぬのでな」
 フリーナが老人の声で言いながら、付け髭を撫でた。
「無論、クリスマスの風習は記憶している。では行こう」
 袋を軽々と担いで歩き出すヌヴィレットの腕をフリーナが掴む。
「サンタクロースの助手がそのような姿ではあまりに風情がない。キミにはこれから私の相棒になってもらうのじゃから」
 彼女は背伸びをするとヌヴィレットの鼻先に赤い球体を取り付けた。頭上にはクラバレッタさんがトナカイの角のカチューシャを着ける。
「これでよし。では行くとしようかの。トナカイよ」
 サンタクロースが手を差し出す。ヌヴィレット改めトナカイはその手に自身の手を重ねた。

「終わった……
 最後の一軒を配り終え、殆ど空になった袋を抱えてフリーナはその場にへたり込む。もう一歩だって動けない────足に根が生えたかと思うほど重い体に迫りくる眠気。それでも彼女にはもう一つ、やらねばならぬことがあった。
「メリークリスマス、ヌヴィレット。サンタクロースの手伝いをした良い子であり、夜更かしをした悪い子には良いプレゼントも悪いプレゼントもどっちも進呈しよう!」
 フリーナが袋からリボンのかかった箱と紙に包まれた木の枝を取り出しまとめて渡す。────包み紙から仄かに漂う甘い香りに首を傾げた。
「これは……チョコレート、か……?」
「ふふっ……正解だ。いくら悪い子でも本当に木の枝や木炭を贈るはずないだろう? 良く出来ていると思わないか? ホテル・ドゥボールの特注品なんだ」
「ああ。確かに良く出来ている……
 遠目から見れば本物の枝と見分けがつかないほどに精巧に作られたチョコレートだ。木の皮や色、年輪に至るまで一切の妥協が見られない。
「ありがたく貰うとしよう。では、私からもこれを」
 懐からラッピングがされた小さな箱を取り出す。フリーナはそれを受け取ると花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「ほら、僕の言った通り────サンタさんはいただろう? 僕らは人間だって龍だって、誰だってサンタクロースになる資格を持っているんだ。『誰かを喜ばせたい』──そんな優しい心さえあればね」
 彼女の背後で朝日が昇る。水平線の向こうからやって来た太陽はゆっくりと橙色にフォンテーヌ廷を染め上げていく。
「綺麗だ……
 フリーナが感嘆の溜息をついた。
「ああ……これは君と共にプレゼントを配らなければ見られなかったであろう光景だ」
 二人でベンチに座って、朝日を眺める。橙色はやがて黄色へ、そしていつもの青空へと。
「帰ろう、フリーナ殿」
 日も昇り、傍らのサンタクロースに声を掛ける。彼女はベンチに凭れかかり健やかな寝息を立てていた。よく見れば、涙袋の下にはメイクでも隠しきれないほどの濃い隈がある。
「フリーナ殿……君の献身に感謝を」
 プレゼントの指定と費用はそれぞれ家庭から募ったということであったが、物品の購入や注文をしたのは彼女だったそうだ。わざわざ、一人一通ずつ、手書きの手紙まで用意して。
「来年はパレ・メルモニアで手配をした方が良いだろうか……?」
 聞けば、彼女は数百年間欠かさず、秘密裏にサンタの装いをしてプレゼントを希望者の家に届けていたのだという。
 希望者は年々増え続け、個人で運営をするには到底不可能な数になっている。今回は介入できたから良かったものの、来年はもっと増えることになるだろう。

 眠るフリーナに手を伸ばし、起きないようにそっと抱き上げる。空に浮かぶ月よりも、黄金色の朝日よりもヌヴィレットを魅了して止まない、近くて遠い星の瞬きのような人。
「サンタクロースがクリスマス当日に過労で倒れてしまっては元も子もないだろう……。少しは自分を甘やかすことも覚えてはどうだ?」
 眠るフリーナに小言をぶつける。彼女はヌヴィレットの心配など露知らず、ふにゃりと柔らかな笑みを浮かべて、彼の腕の中で寝返りをうつのだった。