もっと矯めつ眇めつ見られるものだと思っていたが、六眼のスキャニングはそれこそ瞬き一つの間に終わったらしい。サングラスを持ち上げたまま、五条悟は、ふーんと興味深そうに笑った。
「バフ効果か。全然前線向きじゃない術式だな」
フィジカルの弱さを自覚している歌姫は、一瞬眉をぴくりと震わせたが、何も言わなかった。あの目には一体何がどう映っているのだろう、と少し不思議で、少し興味深くて、少し同情する気持ちがある。
「対象は? 選べんの?」
「ええ。範囲内にいる任意の相手」
「へー。何人までいけんの?」
「……一回につきひとり」
「はいはい。どれくらい増幅できるの?」
「もともとの呪力によるけど、倍くらいの出力は可能になるわ」
「単純に言って百パーセントが二百パーセントってこと?」
「そうね」
「なるほどね。じゃあ、俺にはいらない術式だな」
にやにやと言い放たれた言葉が歌姫の自尊心にちくりと刺さるが、それは事実である。六眼と無下限呪術の抱き合わせである自他ともに認める最強の呪術師様に、歌姫の術式などはお呼びでないのだ。
「俺に使ったりしたら、地球どころか宇宙吹っ飛ばしちゃうだろうしさ。っていうか、歌姫の弱っちい呪力じゃ、俺の呪力にかき消されそ~」
わざとらしく首を傾げて見せる五条に、歌姫のこめかみに筋が浮かぶ。
「私の呪力を乗っけるわけじゃねーんだよ! 歌と舞いで増幅させるの!」
「わかったわかった。うんうん、そうだね、そういうのは弱いやつに使ってあげな」
「あんたに言われるまでもないわよ!」
「あ、術式の名前、なんていうの?」
「教えない!」
「歌姫センスなさそうだからなぁ。俺がつけてあげようか?」
「もうあるんだよ!」
「じゃあ、教えろよ」
「い・や!」
「けちけちすんなよ。大した術式でもないのにさ」
恐らく他意のない五条のへらへらとした言葉に、頭に上っていた血がす、と下がった。
歌姫の術式は、戦場には不向きの術式である。準備にも発動にも時間がかかり、舞い踊っている間、歌姫は無防備になることも多いため、前線に立つ呪術師には煙たがれることもよくある。掌印の省略をやめたときから、風当りは一層強くなった。
「単独禁区」
「え?」
「私の術式。ソロソロキンクって言うの」
「……へぇ?」
急に静かになった歌姫に、五条がおもしろがるような顔をしている。
強化できる対象がひとりしかいないことも、強化の時間が短いことも、歌姫の術式が侮られる原因だった。拡張術式でどうにかならないかと研究したこともある。
「ぼっちの術式ってこと?」
「逆よ」
「逆って?」
どんなに弱かろうと、軽んじられようと、この術式に一番向き合ってきたのは、歌姫自身だ。最強の礎にはならなくても、大きな功績を得られなくても、誰かのためになれる術式だと自身を信じて、誰かそこにいるたったひとりのための術式を育ててきた。
「この術式ね、私自身の呪力もあげるのよ」
「何のために? 歌姫戦えないじゃん」
「戦うひとを、ひとりぼっちにしないために」
私の術式は、私はそのために、ここにいるのよ、と笑っても、不遜な後輩は、やっぱり俺には必要ないな、と鼻で笑い飛ばした。
「誰かの手を取れるように、誰かの背中を押してあげられるように、そこに一緒にいてあげられる術式なの」
一瞬でも同じ高みにいられるときがいつか来るなら、そのときに出遅れることがないように、必ずそばにいてあげられるように、歌姫は術式を磨いていく。
「いつか、どうか歌姫先輩のお力をお貸しくださいって頭下げさせてやる」
「はっ、天地がひっくり返っても来ねーよ、そんな日」
「そのとき、泣いて頼んだって遅いんだからね」
「泣くのはそっちだろ」
そんな日来るわけねー! と生意気な笑顔を見せた後輩の白い髪が風に煽られて、その青い目は見えなくなってしまった。
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