夕方起き出してみるとロナルドくんが炬燵でぐんにゃりと伸びていた。ワーカーホリックの気のある彼がこんな時間に家でこうしているのは珍しい。体調でも悪いのかと思い、テーブルの上においてあったみかんを一つ彼の頭にのせながら「どうした」と聞くと、ロナルドくんは炬燵に寝そべり溶けた格好のまま「しめきりあけ…」と力なく答えた。すぐそばにはいつも使っているヘアバンドと栄養ドリンクの瓶が数本転がっている。どうやら今回もギリギリでメイデンやらコロッケやらを免れたらしい。
「仕事は?」
そう聞きつつもう一つみかんをロナルドくんの頭にのせた。案外安定性があるのか、いつの間にか側に来ていたジョンと交互に2つめ、3つめ、4つめ、5つめと続けて乗せても意外とグラグラはしなかった。なかなかのバランス感だ。せっかく高く積み上がったので記念にとジョンに並んでもらって写真を撮る。ロナルドくんの頭上みかんタワーとジョン。うん。中々にいい写真だ。
「おい、頭にみかんのせんな、写真も撮るな。…仕事は…マスターが今日は休みでいいですよって言ってくれたから」
「ああ…なるほど」
ロナルドくんはのせるなと文句を言いつつ一応多少の気遣いはあるのか、みかんが落ちないように視線だけをこちらに寄越してそう答えた。いつもだったら締切明けなど関係なく仕事へ出掛けているだろうに、まだ家にいるのはマスターのナイスなアシストがあったかららしい。まあそりゃこんなヘロヘロの状態で来られてもなあ。どうせ私が言っても聞かんので、今回はマスターに感謝である。いい加減締切ギリギリを攻めるのやめなさいよ、といつもの小言をひとつ溢せばやはり力ない声で「うるせー…」と返ってくる。いつもだったらこんな小言を言った瞬間拳が飛んで来そうなものだが今日はそれもない。どうやらそこそこヤバめの修羅場だったらしい。脱稿ハイに陥ってないのがすごいくらいだ、シラフでここまでデロデロに溶けたロナルドくんなんて。
「…ふむ」
全くしょうがないな、と言いつつ彼の頭に乗せていたみかんをひとつ手にとって皮を剥く。指を入れたところから柑橘の爽やかな香りが一気に弾けて広がった。芳しき冬の香りだった。ぐでぐでのロナルドくんが珍しくてつい遊んでしまったが、このみかんはつい先日お父様が送って下さったとっておきの甘くておいしいやつなのだ。
「何、お前みかん食うの?」
「違うわ、ほれあーん」
「んあ、」
君の分だよと言いながら丁寧に白い筋も取ってやって、未だにぐんにゃりしているロナルドくんの口元に一房運んでやると素直に食べた。しばらくもぐもぐと口を動かしたあと、「あまくてうまい」とのこと。そりゃ良かった。隣で「ヌンもヌンも!」と期待の眼差しで見つめているジョンの口にもひとつ。そうしたら今度は隣のロナルドくんが物足りなそうにこちらをジッと見てくるので、彼にももうひとつ。そうして交互に食べさせているとあっという間に1個目がなくなった。
「まだ食べる?」と聞くと二人とも口を揃えて「食べる!!」と元気よく言うので、しょうがないなあと笑ってふたつめ、みっつめとみかんを剥いた。二人とも食べるスピードがえらく早い。「お腹空いてたの?」と聞くと「今日なんも食べてない」と言う。なる程どうりで。ロナルドくんがこうして元気がないときは、七割くらいはお腹が空いているのが原因なことが多いのだが、どうやら今回もそれだったようだ。
何にせよ体調が悪いとかじゃなくて良かったよとまたひとつ差し出してやると、ロナルドくんは少しだけバツが悪そうに「ぅん、」と返事をした。仕事にかまけて食事を疎かにするのが悪いことだという自覚があるなら直して欲しいものだけれどね。
…しかしまあ、こうして次々に食べさせていると、まるで雛に餌をやる親鳥にでもなった気分だな。剥いたそばから次々無くなって行くのが中々に面白い。そうこうしているうちに、炬燵の上に置いていた分はすっかりなくなってしまった。おかげで私の指先もみかんの色素で真っ黄色だ。
「見てほら、指先だけ真っ黄色」
「んふ、ふふ、なんかちょっとヤバい色になってんじゃん…」
黄色くなった指先を差し出すと、それを見たロナルドくんがくすくすと笑う。ヤバい色とは失礼な。「そりゃ5個も一気に剥けばこうなるわ」と言うとロナルドくんは私の手を取り、すんと鼻をならして匂いを嗅いでから「みかんの匂いがする」とまた笑った。目の下のクマは濃いままだが、先程よりは少し元気が出たようだった。こうして少しずつでも弱った姿を私達にも見せてくれるようになったのは嬉しいけれど、元気のないロナルドくんを見ているのはやはりどうにも落ち着かないからな。
私はお父様の送って下さったみかんに感謝しながら、さて今日の夜食は何にしてあげようかと冷蔵庫の中身に思いを馳せるのだった。
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