ちよど
2024-12-31 00:00:00
3190文字
Public アシュヨダ
 

星の引力とアシュヨダの話

アシュヨダ。恒星が死ぬ時に惑星を手放そうとした話。pixivより再掲。

ドゥリーヨダナ「おまえは生きろ」

「旦那っ!!」

 腹部に衝撃を感じるより早くドゥリーヨダナの体が吹っ飛んだ。
 嵐の中に放り込まれたように何度も体中に痛みが響き渡る。そのまま防御する間もなく転がるようにして地べたに叩き込まれた。
 口から血が迸る。
 背中を中心に体中が焼けるようだ。
 動くのは手足と首。視線を巡らせると、鬱蒼と茂る森の中、折れた木々がここまでの道を作っていた。
 その道を遡った果てで打撃音が聞こえる。
 森を超えて天に届くような巨人が武器を振り下ろしていた。
 その先には先程までドゥリーヨダナと共に戦っていたアシュヴァッターマンがいる。
 少し前、カルデアの一行はレイシフト先で巨人の群れに遭遇した。
 ドゥリーヨダナとアシュヴァッターマンが殿を務め、巨人の群れのほとんどを倒したはいいが。バーサーカーとアーチャの二騎ではひとり残ったランサーのこの巨人をなかなか倒せず手こずっていたのだ。
 巨人が武器を振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす位置が変わらない。
 ドゥリーヨダナは口の中の血を吐き捨てた。
「馬鹿者、」
 アシュヴァッターマンは身軽だ。跳躍して攻撃を避ければいいものを、わざわざ巨人の前に立ち塞がっているのだろう。
 この先にドゥリーヨダナがいるから、と。

(何か出来ることはないか?)

 辺りを見回す。棍棒は近くに落ちていたが手が届かない。足で地面を蹴るが重い体は動こうとしない。声をあげようと口を開けたがすぐ閉じた。
 今アシュヴァッターマンの気を逸らすべきではない。
 カルナのように目からビームが出せれば、……ビーマのように無双の怪力があれば。
 ドゥリーヨダナはいつものように手の届かぬものを羨んで、遠い空を見上げる。
 ──星が一面に輝いていた。

(生前最期に見た空は霞んでいて禄に見えなかったな)

 走馬灯のように思い出すのはビーマとの決闘に敗れた後。
 ひとり瀕死のまま森に捨て置かれてこの上もなく憤慨したものだが。アシュヴァッターマンたちカウラヴァ軍最後の生き残り3人が駆けつけてきてそれも吹っ飛んだ。

 ──世界の王であった貴方がどうして。

 アシュヴァッターマンは血だらけで打ち捨てられていたドゥリーヨダナの状態に涙を流して怒っていた。
 彼に抱きしめられたドゥリーヨダナが、散り散りに壊滅したカウラヴァ軍の中でまだ若いアシュヴァッターマンが生きていてどれほど安心したか。きっとこの青年には伝わらないだろう。

 ──おまえが生きてくれて嬉しい。

 それだけをアシュヴァッターマンに告げて。
 ドゥリーヨダナは生き残った3人の中のひとり。バラモンであるアシュヴァッターマンの叔父に頼んだ。

 ──アシュヴァッターマンをカウラヴァ軍最後の司令官に任命する。

 ドゥリーヨダナに儀式を命じられたバラモンの叔父に頭部に水を注がれて。何もない森の中でアシュヴァッターマンはそれでも誇らしげに顔をあげたのだ。

 ──必ず報復を成し遂げてきます。

 アシュヴァッターマンの宣言にドゥリーヨダナは笑ってみせた。
 カウラヴァ軍最後の司令官が復讐に燃えて森を飛び出していく。
 それをドゥリーヨダナは最後の力を振り絞って見送った。
 生き残った3人のうち、ひとりはアシュヴァッターマンを追いかけ、ひとり残ったアシュヴァッターマンの叔父がドゥリーヨダナを看取ろうと側に腰を下ろす。
 そんな彼をドゥリーヨダナは手招きした。
 告げる。

 ──あいつを適当にだまくらかして寺院に連れて行ってくれ。

 アシュヴァッターマンの叔父の顔が驚きから納得に変わる。
 3人しか残っていない敗軍の司令官を任命する意味などない。千を超えるパーンダヴァ軍に今更3人で何が出来る?無駄に死ぬだけだ。
 総司令官への任命は放っておいたらこの場から離れそうもない青年への大義名分でしかなかった。
 ドゥリーヨダナと違ってバラモンであるアシュヴァッターマンなら、寺院に逃げ込めばその血筋もあって確実に匿われるだろう。
 パーンダヴァの連中もこれからの事を考えれば寺院を敵にまわすことはないはずだった。

「行ってくれ」

 ドゥリーヨダナの言葉に最後の礼をして、アシュヴァッターマンの叔父は立ち去った。
 最後のひとりになったドゥリーヨダナは、ぜいぜいと堪えていた息を吐いて地面に転がった。
 空を見上げる。
 霞んだ視界に星が連なっていた。


 ────星は互いに引き合っているという。


 だからこそ、引き合っていた片方の星が消滅すれば、──もう片方の星はそれまでの軌道を離れどこかへ旅立てるのだ。


 今も星は空に散らばっている。
 ドゥリーヨダナはアシュヴァッターマンが戦う音を聞きながら思考を巡らせた。
 サーヴァントは舌を噛んだぐらいでは退去出来ない。
 重荷であるドゥリーヨダナが退去すれば、いくらアシュヴァッターマンでもランサー相手の無理な戦いを継続する理由はないはずだった。
 あの時もドゥリーヨダナがもっと早く死んでいれば、アシュヴァッターマンの結末は変わっていただろう。
 地響きが轟く。
 先程よりも大きな音に顔を向けると、甲冑に包まれた足がすぐ側に降り立った。
 体を起こされる。
 巨人の姿は見えないが、倒された様子もない。
「旦那、掴まってくれ。──振り切る」
 仕留めきれないので逃走する、と告げるアシュヴァッターマンの片腕は潰れていた。巨人の武器が掠ったのか頭部からも血が流れている。
 アシュヴァッターマンはそれに構わずドゥリーヨダナを背中におぶった。
 その首にドゥリーヨダナは手を回すのをためらう。
 ──自分という重みがあればアシュヴァッターマンの速度の負担になるのは明らかだった。
「旦那?」

「──わし様思いついたのだが。一緒に逃げるよりおまえが陽動してくれた方がわし様が生き残る確率が高くないか?」

 ドゥリーヨダナの提案に、アシュヴァッターマンの背中が強張った。
 震えるように息を吐く。

……旦那。俺は同じ手に二度も引っかからねぇよ」

「バレたか。」
 三千年もの時間があればドゥリーヨダナの意図に気づいてもおかしくない。
 諦めてアシュヴァッターマンにしがみついたドゥリーヨダナにため息が返される。
「何だってこんなろくでもない事を思いついたんだ?」
 ドゥリーヨダナをおぶって立ち上がったアシュヴァッターマンには説明しにくくて、ドゥリーヨダナは言葉を濁す。
「うーん。あれだ。星がな」
 引き合う星の片方が消滅して引っ張る力がなくなれば、星といえども離れていくものだと聞いたからな。
 アシュヴァッターマンは走りだしながら、ドゥリーヨダナの言い訳に笑った。
「そりゃ、小せぇ星の話だろ。──もっと大きな星は死んでも周り中の全てを飲み込むって話だ」
 アシュヴァッターマンは木々を飛び越え、森を走り抜けていく。
 後方で巨人の咆哮が響いた。
 それを振り切るかのようにアシュヴァッターマンが速度をあげる。
 そんなアシュヴァッターマンにドゥリーヨダナは答えが分かっている問いを投げた。
「わし様は大きな星か」
「俺にとっては特大の恒星だ。──だから」


 二度と先に消えないでくれ。


 アシュヴァッターマンの祈るような呟きにドゥリーヨダナは空を仰いだ。
 サーヴァントとして召喚された者には確約出来ない望み。かといって偽りを口にする事は出来なかった。
 巨人の足音が近づいてくる。

「アシュヴァッターマン。愛しておるぞ」

「あんたの愛を疑ったことはねぇよ」
 ドゥリーヨダナと重なるように、アシュヴァッターマンはどこまでも続く森を駆け抜ける。
 空には引力で結ばれた星が連なっていた。


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