mineml
2020-12-25 08:26:27
2050文字
Public
 

【SS】庭師現未×

クリスマスにかこつけたと言い張る何か

灯火

 フィールド上で目まぐるしく動き回っていたキャラクターの片方が小気味よく吹き飛ばされると、ふたり分の悲鳴とひとり分の快哉の声が上がった。テレビ画面にでかでかと表示される「WIN」に並んで映るキャラクターは、ゲーム大会がはじまってから一度もその立ち位置を譲っていない。
 盛り上がるメンバーを酒の肴に、ぬるくなりつつある白ワインを消費していた小山は、隣へ勢いよく腰を下ろした渦中のひとに目を向けて笑った。
「出禁にでもなった?」
「いんや、あちらさん作戦会議中。リベンジ楽しみだなぁっと」
 見れば、真剣そのものの顔をして花村と宇佐が何やら話し合っている。先ほどから猪狩に敗けっぱなしのふたりはまだまだ諦める気がないらしい。それなりに騒がしかっただろうに、観戦を決めこんでいた伊藤は酔いの回った赤い顔をして、先ほどから舟を漕いでいる。
 警視庁特殊犯罪捜査零課、4度目のクリスマスパーティーである。キッチンのついた部屋を借りるのも、宇佐と猪狩が腕を競って料理した品々を健啖家たちがすっかり平らげてしまうのも、小さなクリスマスツリーが電飾を灯しているのも去年と変わらない。ただ、この一年を経てふたり欠けたことだけが違っていた。
「小山ちゃん、ちゃんと食べた? まだちょっと残ってんよ」
 そう言って大皿を引き寄せた猪狩が、取り皿に譲り合いの産物を移しはじめるので、小山は苦笑を漏らした。
「ちゃんと食べてるよ」
「そう? 遠慮してない? でもまだ食べれるでしょ?」
「食べられるけど」
「じゃあほら、どーぞ」
「はいはい」
 進呈された唐揚げを素直に齧る。その様子を眺めている猪狩はすこぶる嬉しそうににこにこと頬杖をついていた。
「おいしい」
「マジで!? よかった~一応バージョンアップしてんだこれ、前に鑑識でゼロに食べてもらったやつよりも絶対うまいはずだからさ」
「もしかしてまだ引きずってるの? あれは私の問題だから気にしなくていいのに」
「だってさあ、」
 しおれるように眉尻が下がり、よく見れば上背のある身体を丸めて猪狩は首をかしげる。
「小山ちゃんあんとき全然食わなかったじゃん、あれどっちかってっと食べれなかったんでしょ? 俺心配でさ」
「それここ半年以上ずっと言われてるんだけど」
「あ、そのサーモンは宇佐ちゃんのね」
「そういえば燻製はじめたって」
「そうそう! あれ凝りはじめたらすっごい凝れてあっそろそろリベンジしちゃう~?」
 調子よく喋っていた猪狩がするりと抜け出す。その背中をつられて目で追ったのは小山だけではなかった。半分空いたロゼワインのボトルを片手に、拍子抜けしたような顔をしたのは神童である。
 顔を見合わせ、神童がそっとボトルを差し出すのに合わせて小山も頭を下げた。
「恐縮です。お注ぎしますよ」
「いや、……俺はもう十分」
 小山のグラスにだけワインを注ぎ、慎ましやかに辞退した神童は、賑やかにコントローラーを握る面々の中へ視線をやって小さく笑った。
……あれで、気を遣う奴だからな」
「私もずいぶん気を揉ませているようで」
「ゼロに対しては、……近しい人間なら、誰もがそうだろう」
 神童の言葉数は、今でもさほど多い方ではない。それでも共に過ごす時間が増えるほどに、表情や眼差しは細やかに雄弁であると知れていた。
 その眼差しで、彼はじっと小山と目を合わせた。
「大丈夫か」
 一言には収まりきらない含意をその向こうに見てとって、小山はあえて訊き返す。
「どうしてそう訊くんです」
……一年も経っていないからだ、あれから、まだ」
 ふと、拳銃の重さを思い出す。撃っていいのかと問われたときの。この問いと同じ細やかさだったのだろう、と思う。ため息を細くゆるめて逃がし、仲間たちへ視線を向ける。
……大丈夫ですよ。ゼロは」
 誰もが、痛みを抱えているだろうに。しっかりと目を見交わして、背筋を伸ばして、目の前のひとの傷を庇って。優しく強い仲間たちだと、言い切ることができる。
 だからきっと大丈夫だ。
 やがて神童は表情を緩めた。眩しげに目を細めたようにも見えた。
「そうか。……多少落ち着いたとは思うが、身体は大事にしろ」
「それはお互い様でしょう」
 軽く返しながら、ふと思う。悪夢に叩き起こされて深夜に嘔吐くことも、息がうまく出来ずに資料棚の裏にうずくまることもずいぶんと減って、些か不安定だった身体が以前より楽になっていた。
 視界にかかっていた霧がようやく晴れて、さらされる現実に身体が慣れていくような。忘れなくても、狂えなくても、膝を折ることはもうできない。
……覚悟はできていますよ」
 神童に言われた言葉が、意味合いを様々に変えながらずっとリフレインしている。
「最後まで人生を続けます」
……ああ。そうだな」
 低く穏やかな相槌を聞きながら、グラスを一息に空にする。シャツの内側で、珊瑚のペンダントが心臓の上を小さく跳ねた。