mineml
2020-11-26 22:30:19
1956文字
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【SS】庭師現未× 小山班

庭師現未×

カウントダウン・ゼロ

 女が歩いている。
 パンツスーツの上にトレンチコートを羽織り、既に職員の慌ただしく行き来するフロアを横目に素通りして、ひとつ角を曲がれば殺気だったような話し声や電話の呼び出し音は遠のき、人通りが急に少なくなる。
 長い廊下は電灯が間引かれて薄暗い。いくらもいかないうちに、後から追ってきて声をかける姿があった。
「おはようございます」
「おはよう」
 顔の傷痕が目立つ、大柄な男を見上げるようにして、端的に挨拶を返した女は言葉を続ける。
「今後もよろしく、伊藤くん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。しかし驚きましたね、小山さんと一緒に引き抜かれるとは」
「左遷なのだか栄転なのだか……君がいるなら栄転なのだろうね」
「反応に困ることを言わんでください……
 強面な容貌を、些か情けない風情にゆるめてぼやく伊藤に、小山は小さく笑った。
「君の腕っぷしは有名だからな。射撃の腕もいい。誇っていいことだよ」
「だいたい小山さんこそ左遷されるわけが、」
 伊藤が言いかけたところで、ふたりは揃って振り返った。そして仰ぎ見る。急ぎ足で追いついた背の高い青年が、ちょうど歩調を緩めて人好きのする笑みを浮かべた。
「おはようございます。もしかして零課の?」
「小山だ。一課から来た」
「同じく、伊藤という。……デカいな」
「よく言われます」
 表情ひとつ変えずにさらりと返し、青年は笑みを引き締める。
「宇佐です。刑事部への配属ははじめてですが、努めさせていただきます」
「まあそう気負うな、確かもうひとり、はじめて刑事をやる女性がいたと思うぞ。歳もそう変わらないんじゃないか?」
「三課出身もいたな、これも女性がひとり。宇佐くん、チーフとはもう?」
「ええ、顔合わせは」
 声の降ってくる方を小山が見上げようとしたところで、宇佐は器用に歩調を合わせて頭の位置を下げた。
「刑事部はじめての上司があのひとというのは、きっといい経験になる。少なくともああいうタイプはハズレではないと私は思うよ」
 な、と口の端を歪めて話を振った先、伊藤も思うところがある様子で苦笑いを浮かべて何も言わない。何か察したように苦笑いを返し、宇佐は道行きへ視線を投げる。
「昨日も荷物置きに来ましたけど、他部署から遠くないですか? 隔離されているというか」
「新設の課だからな。会議室をつぶすしかなかったらしい」
「資料室も仮眠室もついてる、文句は言えないさ」
 言いながら、小山は磨りガラスの扉を手早くノックした。はい、と明るい女性の声で返事がある。押し開けると、段ボール箱が鎮座していたり既に文具が整えられていたりとまちまちなデスクがひとつの島を作って並んでおり、何か話していたらしいふたりの女性が、椅子から腰を上げて一行を迎えた。
 ひとりは、伊藤の言ったように宇佐と同世代だろう、緊張した様子の若い女性。もうひとりはもっと慣れた風で、集まった面々を見てにこりと笑った。
「あの、花村と申します! 皆さまのお役に立てるよう、力を尽くしてがんばらせていただきますので、よろしくお願いいたします……!」
「元三課、佐上です。皆さんにお会いするのを楽しみにしてました、私も負けないようにがんばりますね。……ね、残りのメンバー、迫力あるでしょう」
「ほんとですね……
「何、私たちが怖いって?」
「変なこと吹き込まんでくださいよ、ただでさえ見た目で怖がられるってのに」
「小山さんも伊藤くんもかっこいいって話をしてただけだってば、宇佐くんもそんな感じのひとだって聞いてたし。ねえ?」
「あっそうなんです、皆さんのこと少し知ってらっしゃるって仰ってたからそれで」
「一課のおふたりだけでなく私のことまで? 情報網が広くていらっしゃる」
 それぞれのデスクに居場所を確保しながら、視線が、言葉が、笑みが、互いのことを推し量るように飛び交っては網の目を描く。どこか寒々としていた部屋の中に、見る間に関係性が織り込まれて温度を得、早くも日常の背景に溶け込んでいく。
「おや、もう自己紹介は済んだのか。全員揃っているとは気が早いな」
 その一段と落ち着いた声に招き寄せられるように、全員が戸口へ目を向けた。
 厚さも仕様も不揃いな事務ファイルが詰め込まれた段ボール箱を小脇に抱えたその男は、集められたばかりでまだひとつの部署と成っていない5人の注視を一身に受けて頷いた。
「的場だ。早速だが仕事に入るとしよう。君たちを頼りたいという声は引きも切らない、いずれも一筋縄ではいかない案件ばかりだ、心してかかるように」
 足並みの揃わない返事が、遊撃部隊の足取りの軽さを物語る。
 カウントダウンの針がゼロを指した瞬間だった。