mineml
2020-11-08 18:58:03
1390文字
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【SS】庭師現未×

通過後SS

あなたに似合う花の色は

 一日を終えようとしている人びとの合間を縫うようにして、駅前の商店街を小山は歩いていた。
 空が夕暮れの金色を徐々に濃くするよりも一足早く、昼間には温かみのあった気温も下がりつつある。春の訪れを肌で感じるのは、まだ少し先のことになりそうだった。
 両手に提げたレジ袋の耐久性を気にしつつ、当座の買い物を終えた小山は、白い息を吐きながら家路につく。謹慎期間は、ようやく二週間を過ぎたところだ。外出を必要最低限に絞ろうと思うと、一度の買い物の量は随分なものになる。
 冷蔵庫の在庫と食材の保ちを気にしながら食生活を組み立てるような日常。久しく送っていなかった日々である。謹慎を命じられてからの方がよほど人間らしい、とぼやきたくなる気持ちはありつつも、あの非人道的な毎日を既に懐かしむような気持ちがあるのだから、人間というよりもはや刑事という生き物に近いのだろうと溜息も出る。
(いずれはそうなる、と上司たちは口を揃えて言ったものだけれど……案の定、ね)
 小山と同様に自宅謹慎となっている花村、伊藤、宇佐とも連絡はとっていない。今頃どう過ごしているだろう、と、何度思ったか知れない。傷を癒やす日々であればと思う。傷を作る日々でないようにと。
 班員のことだけではない、今も忙しく東奔西走しているのだろう、神童と猪狩。理不尽な美意識に殺されてしまった泉。そして裁きの前にある的場。はたと気がつくとまた、あの貪婪な花に狂わされた面々のことを思い返している。
 ――歪められた三年を経て再会した、彼女のことも。
……墓参りをしよう、と言ってた)
 二ヶ月の謹慎が明けた頃には、春と呼んで差し支えない季節になっているだろう。
 物思いに半ば足を浸しながら歩みを進めていた鼻先に、ふと、瑞々しい気配が香った。冬枯れの季節にあってほのかに青く甘いそれに足を止めたのは、怯えや嫌悪のためではなく、そのこと自体が小山を驚かせた。
 花屋があった。何の変哲もない小さな店先に、ポットや鉢が並んで平凡な顔ぶれの花々を咲かせている。駅に向かわず自家用車で、別ルートを通って通勤している以上気づかなかったのは不思議ではないが、昼日中に買い物をするようになってからも目を留めたのはこれがはじめてだった。
 三年の間、植物を目にするたびに息を浅くしてやりすごしていたその香りは、教会での絢爛豪華な光景よりももっと前の、ささやかな記憶を連れてきた。

 目覚まし時計が鳴る直前に、目が覚める。
 出勤するのと同じ無意識のルーティーンで、音が鳴り出す前にスイッチを切り、ここ二週間続けている変化のない生活に今日を継ぎ足すためにダイニングへ足を向ける。
 まるで、ほのかに光が灯っているようだった。
 遮光カーテンの隙間から射してくる朝の光をその花弁に吸い込んで、大小の白い花々を濃緑のアイビーで絡めた花束が、ひっそりと息をしていた。
 まるで彼女がいた日のように。
 息が止まる。記憶は、奪われていない。昨日自分が活けたものだと十二分にわかっている。けれど、とうとう決壊したように、視界を溺れさせてぼろぼろとこぼれ落ちる涙を押し止める必要はどこにもなかった。
 不意に、胸いっぱいに呼び起こされたあの日の幸福を抱いて、小山は息を震わせながら長いこと、涙があふれ落ちるのに任せていた。