萌音
2024-12-23 21:24:08
2430文字
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A sweet engage choker

リオヌヴィwebアンソロジー企画に寄稿したお話。
テーマ【首輪】
素敵な企画にお声がけいただき、ありがとうございました!
猫化しちゃうヌヴィレットと、そんなヌヴィレットを甘やかしここぞとばかりに首輪を着けるリオセスリのお話。

ヌヴィレットはその美しく豊かな銀糸を恭しく丁寧に梳かれていた。
「あんたの毛は梳かし甲斐があるな。ますます美人になったよ」
そう満足気に笑う、リオセスリの手によって。更に言えば、彼の膝の上で。更に更に言えば、猫の姿で。
「さあもうちょっと近くで見せてくれ」
抱き上げられ、二つの視線が合う。ヌヴィレットは何故こうなったのだと、にゃあと鳴いた。

◆◆◆

遡ること数時間前。朝目覚めたヌヴィレットは、猫の姿になっていた。
ヌヴィレットは古龍の大権を取り戻した唯一の存在であるが、龍としてはまだ未成熟で、時折元素力のバランスが乱れ、数十年に一度、猫になってしまうという性質があった。故に驚くべき事ではなかったのだが、困ったことに此度の猫化は前回から30年程しか経っておらず、予定外の早すぎるものだった。
周期の乱れには何か要因があるのか、原因究明としばしの身の保護の依頼のため、彼は眷属であり主治医であるシグウィンの元を訪ねたのだった。
――仔猫一匹出入りする隙もない要塞にて。いつもより早く猫になった主を迎え入れたシグウィンは、診察(しかしそれはヌヴィレットの美しい毛並みや柔らかな肉球を堪能しただけに過ぎない)を終えると、こう述べた。
「恋煩いなのよ」
ヌヴィレットはリオセスリに慕情を抱いていた。彼がそれを自覚したのは数ヶ月程前(実はもっと前、リオセスリが彼の裁きを受けメロピデ要塞に収容された頃から彼がリオセスリに対し個として特別な感情を抱いていたことをシグウィンは悟っていた)だが、彼は初めて抱く感情に戸惑い、公平であるべき自身の立場と在り方に悩み、リオセスリを困らせるという懸念から想いを告げることはなかった。一方でそれは生涯で唯一の存在である番を得たいという、龍の本能に抗うことでもあった。
「あんまり自分の気持ちに蓋をしてると、いろんなところに支障が出るのよ」
感情を押し殺し龍の本能をも抑圧している状況が、元素力の乱れ――常より早い猫化を引き起こしたというシグウィンの仮説である。
「ヌヴィレットさんの心が満たされたら、早々に元に戻るとは思うのだけど」
ヌヴィレットは己の感情を制御できず元素力のバランスを保てないことを情けなく思った。仕事に支障が出る為早く元に戻らねばならないが、自身の想いを告げる気にもなれない。とは言え猫の姿で一体どうすればと身の振り方を二人で考えていた時だった。
「看護師長、ちょっといいかい?」
ノックと共にリオセスリが訪ねて来た。ヌヴィレットは思わず逃げようとしたが、彼を抱くシグウィンに阻まれる。リオセスリはシグウィンの腕の中の存在に気付くと、どうしてここに猫が?と驚き質問攻めにしたが、彼女が全て受け流しているのを見ると、何かを思案するように押し黙った。するとシグウィンはそうだわ!と妙案を思いついたとばかりに、嬉々としてこう言った。
「公爵、しばらくこの仔を預かってくれないかしら?」
ヌヴィレットは驚き、彼女の腕の中で踠いたが抵抗虚しく、気付けばリオセスリの腕の中に移動していた。リオセスリも思わず猫――ヌヴィレットを返そうとするが、彼女は有無を言わさず、診察があるからと足早にその場を立ち去った。にっこりと笑い、頑張ってねと言った言葉はどちらに向けられたものか。
途方に暮れる二人だったが、やがてリオセスリは笑うように息を吐くと、こう言った。
「仕方ない。俺にエスコートさせてもらえるかい?」
腕の中の存在を見つめる彼の顔は、これまでヌヴィレットが見たことがない程に優しく穏やかで、まるで愛しい者を見つめるそれであった。

◆◆◆

かくしてヌヴィレットはリオセスリに身を委ねることとなった。リオセスリの執務室に連れられる道すがら、ヌヴィレットは以前、犬か猫を飼いたいと思っていたと彼から聞いたことを思い出していた。
「まずはお茶にしようか?あんたは水がいいか。ちょうど良い水が手に入ったんだ」
そう言って深皿に注がれた水は遠い異国のもので、一口でその上質な味を気に入ったヌヴィレットはペロリと平らげた。
「気に入ってもらえて良かったよ。やっぱり水が好きなんだな。実は贈り物にしようかと思ってたんだが、あんたが飲んでくれるなら良いか」
リオセスリはヌヴィレットの頭を撫でる。温かく、優しい手つきであった。常ならばこうして触れられることは叶わないであろう彼の手はあまりに心地よく、ヌヴィレットは思わずにゃあと声をあげる。
催促したつもりではなかったが、彼の反応に気をよくしたリオセスリはお代わりを注ぐ。ヌヴィレットがそれを平らげると、リオセスリは彼を抱きかかえた。美味しい水と優しく触れられる手にすっかり気が緩んだヌヴィレットは、なすがままであった。リオセスリの鍛え上げられた胸筋は柔らかく温かで、腕の中は居心地が良い。

「あんた、俺と暮らさないかい?一生大事にするよ」
絶妙な力加減のブラッシングを受けながら、ヌヴィレットは微睡み始めていた。うまく働かない頭では、全てが曖昧で、どうでもよくなってきてしまう。自身の立場や在り方、早く元に戻らねばならない焦燥、彼へ想いを告げることへの葛藤も。このままこうして、穏やかな声で呼ばれ、心地よく温かな手で触れられ、優しく微笑まれ、その視線を独占できるのなら。それもそれで良いのかもしれない。ヌヴィレットはゴロゴロと喉を鳴らした。
「なら、約束の印に」
ヌヴィレットの反応を諾と捉えたリオセスリは、そう言って彼の首元にリボンを結わいつける。首輪の代わりとなるそれは、濃紺とマリンブルーのグラデーションに金の刺繍が施され、ヌヴィレットの法服を彷彿とさせた。
「後でちゃんとしたのを贈るよ。いや、それとも指輪が良いか。……なぁ?ヌヴィレットさん」
一層優しく、砂糖と蜂蜜を煮詰めたような甘い囁きを、ヌヴィレットは遠のく意識の向こうで聞いた気がした。

fin