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吾妻
2024-12-23 20:14:45
4445文字
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アークナイツ
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花束を君に
テキ博♀前提、博のお誕生日について知りたいラ・プルマちゃんとの話。
「え? じゃあドクターは誕生日がないの?」
ラ・プルマは思わず隣を歩く上司の方に顔を向けた。
ドクターはバイザーの奥からラ・プルマを見つめ返して、「本当はあるんだろうけど
……
」と首を傾げる。
「何しろ覚えてないからね」
「そうなんだ
……
」
ラ・プルマはガッカリして肩を落とした。ドクターの誕生日を聞き出すいい機会だと思ったのに。
おそらく兄は知っているだろうし、聞けば教えてくれそうな気もしたが、なんとなく彼に訊くのは悔しかった。ただでさえ秘書の役職を半ば独占し、業務でもプライベートでもドクターのそばをキープしているのだ。独り占めばっかりしてずるい。私だってドクターと執務室でおしゃべりしながら書類の整理をしたり、お昼休みにランチしたりしたい。
そもそも、ドッソレスの一件から兄とはめっきり話す機会も減っている。お互いに悪感情があるわけではないし、必要なら以前のように話せるけれど、私室も任務も別々となれば自然と顔を合わせるタイミングも少なくなってしまう。そういう意味では、ドクターを挟んでいる時が一番接点があるのかもしれない。
ともあれ、今日は珍しくドクターと二人きりの外勤任務だったので、ラ・プルマはこのチャンスを無駄にしてなるものかと意気込んでいた。仕事自体も順調に片付いて街をぶらつく時間までできたのだから、前々から気になっていたことを尋ねるいい機会だと喜んでいた。
(誕生日のお祝い、できるかと思ったのに)
ラ・プルマは、家族の誕生日を大切にしている。ドッソレスを離れてからも父の誕生日にはメッセージを送り、兄と直接顔を合わせられない日もメールを飛ばす。同じように、ドクターの誕生日も祝えたらいいなと思ったのだ。それは別に、前回の自身の誕生日にドクターが可愛らしい犬と羽獣のぬいぐるみをくれたから
――
だけではなく。
とても身近で大切な人の記念日を、自分も知っていたいと思ったからだ。
「
……
でも便宜上、データベースに登録してる日は、あるにはある」
目に見えてラ・プルマが肩を落としているのに気付いたのか、ドクターが口を開いた。ラ・プルマはパッと顔を上げて、再びドクターの顔を見つめた。
「チェルノボーグから助け出された日を登録してあるんだ。忘れられない日だから」
「
……
」
咄嗟にどう答えていいかわからず、ラ・プルマは数度まばたきをした。
たとえ便宜上とはいえ、ドクターの誕生日を知ることができたのは嬉しい。けれど、その日付は複雑な意味を持ちすぎて、手放しに祝っていいものなのか、ラ・プルマには判断がつかなかった。
当時のことも、ドクターの事情も、そこまで深く知っているわけではない。ただ、少なくない犠牲が払われた日であることは、後からロドスに加わったラ・プルマにもなんとなく伝わってくる。
ドクターはどうしてその日を誕生日にしているんだろう?
覚えやすくて忘れないから? 記憶を無くしてしまった自分にとって、唯一〝意味のある日付〟だから?
考えてみてもしっくりくる答えが見つからない。
それでも。なんとなく。
楽しいだけの意味合いではない気がした。
ラ・プルマは、記憶をなくす以前のドクターのことなんて何一つ知らないが、出会ってからのドクターのことはそれなりに観察してきたつもりだ。
ラ・プルマの知っているドクターは、言葉数が多い方ではないけれど、寡黙というわけでもない。のんびりしているように見えて、頭の回転はとんでもなく早い。
アーツは一切使えないと聞いているけれど、一を聞いて百を理解してしまう手腕はまるで特殊なアーツでも使っているかのようだ。
飄々としていて、掴みどころがなくて、時々お茶目なところもあって。かと思えば妙な凄味を覗かせたりもする。目を離したら次の瞬間には消えてしまうのではないかと不安になることもある。
だが、ラ・プルマが一番感じているのは彼女の優しさだ。接する相手一人ひとりに真摯に向き合い、寄り添って、時には諭してくれる。ただ甘やかすだけではないドクターの誠実さは、どこか父が与えてくれるそれと似ている気がした。
(でも、パパとドクターが似てるのは頼もしさだけじゃなくて
……
)
全てを抱え込んでしまう真面目さもまた、似ている気がした。
人々の期待や責任を真正面から受け止め、何一つ取りこぼすことなく背負ってしまう。そして、一度背負い込んだ荷は決して下ろせない。
その責任感によって傷つき、頑なになっていった父を間近で見てきたからこそ、ラ・プルマは時折不安になる。ドクターもまた疲れ切ったりしてしまわないだろうか?
自分に何ができるかなんて、正直わからないけれど。
そばに寄り添うことならできる。これまでだって、ずっとそうしてきた。
下手な小細工は苦手だ。だからラ・プルマは、直接聞いてみることにした。
「
……
私もその日に、ドクターをお祝いしてもいい?」
隣に並んで、フェイスマスクに覆われたドクターの顔を横から覗き込む。不安が表情に出てしまっていたのか、バイザーの奥のドクターの瞳に労りの色が滲んだ。
「もちろん。嬉しいよ」
「
……
えへへ」
ホッとしたからか、自然と笑いが零れた。が、次の瞬間ラ・プルマは重大な事実に気がついた。
「
……
あれ? もしかして、一番近い誕生日、もう過ぎちゃってる
……
?」
本日の日付に照らし合わせると、直近の〝ドクターの誕生日〟は、先日終わってしまったばかりだということに気がついた。当日にお祝いするには、ほぼ一年待たなければならない。
一難去ってまた一難とはこのことだ。来年だって勿論お祝いするけれど、思ったよりも遠い未来だったので、肩透かしを食らってしまった。
「気持ちだけで十分だよ」
難しい顔をしているラ・プルマに、ドクターは苦笑する。
「何なら今日、二人でディナーを食べて帰ってもいい」
仕方のないこととわかっていつつもしょぼくれていたラ・プルマは、ドクターの提案にぱちぱちと数度瞬きをしてから、彼女の腕に自分の細腕を絡ませた。
「いいの?」
「よくない理由がある? 特別な日を一緒に過ごせるのも素敵だけど、なんでもない一日にどこかに出かけたり、美味しいものを食べたりするのもいいものだろ?」
「なんでもない一日
……
」
「次の誕生日をお祝いしてもらえるのも楽しみだけど、それ以外の思い出も作りたいからね」
他愛のない日常のささやかな思い出を一つ一つ積み重ねていくこと。
大切な人と、穏やかな日々を過ごすこと。
それは、ラ・プルマが望む日常そのものだ。
ドッソレスを離れてから、それらとは疎遠になってしまったのだと感じていた。
あの街は騒がしく、危険と隣り合わせで、他人が見れば穏やかな生活とは正反対に感じるだろうが、あそこには家族がいて、慣れ親しんだ環境があって、紛れもなく唯一無二の故郷だった。
故郷を離れた今、生活は充実している。新たな友人もできた。以前よりも少しは成長できたと実感もしている。
それでも、当時のような何の変哲もない日常とは別の場所に身を置いている。そんな感覚がずっと抜けずに残っていた。
(私の勝手な思い込みだったのかも)
ドッソレスが。ボリバルが。故郷であることに変わりはない。
兄があの国と向き合う術をずっと模索しているように、ラ・プルマもまた、あの国を逃れて遠い場所に居場所を求めようとは思わない。
だが、自分がずっと異邦にいるという感覚は、もしかしたら自分の思い込みなのかもしれなかった。
居場所はひとつしか作っちゃいけないなんて、そんなルールがあるわけでもなし。
新たに出会った大切な人々と、他愛ない日常を分け合っても、自分の根幹が揺らぐわけではないのだ。
「私もドクターと、いっぱい思い出作りたい」
絡めた腕に少しだけ重みを預け、小声で呟く。ドクターが笑った気配がした。
「じゃあ今日は二人で寄り道をして帰ろう」
まるで悪戯の算段を立てるように、ドクターが楽しげに言った。
「
……
あ、ちょっと待ってて、ドクター!」
ラ・プルマはドクターの提案に頷きかけて、視界の端にあるものを見つけて足を止める。
絡めていた腕を解き、小走りに目に留まった店まで駆け寄ると、目当てのものを買い求めて
――
路肩で佇み大人しく待っているドクターの元へ戻ってきた。
「はい、これ」
ラ・プルマは、細腕に抱えた花束をそっとドクターに差し出した。
包装紙とセロファンに包まれているのは、小ぶりな紫の花びらが互いを支えるように寄り添う、独特な形状の花だった。
「ライラック?」
「うん。私にとってすごく大切な花なんだ。だから、ドクターにもらってほしいの」
義父を、彼の妻と巡り合わせた花。
本来ラ・プルマには直接関わりのないはずの思い出が、家族の間で語られるうちに、それぞれを繋ぐ架け橋に変わっていった。それゆえに、ラ・プルマにとってこの花は、大切な人と自分を繋ぐ象徴なのだ。
そしてそれを今、ドクターに渡したいと思った。
前回ドッソレスに帰郷した際に、兄にライラックを買って帰ってきたから、もしかしてドクターは、この花がサラス家にとってどういう意味を持つのかを彼から聞いているかもしれない。
知られていたら、ちょっとだけ恥ずかしいなと思ったけれど、今更引っ込めるわけにもいかないし、この花を渡したいと望んだ気持ちに嘘はない。
「ありがとう」
唐突なプレゼントの意図も、どうしてライラックなのかも。
ドクターは何も訊かなかった。
優しく笑って受け取ってくれた。
それだけで、充分だった。
お互いの間に漂う僅かな気恥ずかしさを引き裂くように、ドクターの携帯端末が鳴り出した。嫌な予感にラ・プルマは身構える。もしかしてお仕事の電話かな? いや、違う。
「もしもし」
《
――
、
……
》
ドクターが耳に押し当てた端末の向こう側から、かすかに聞こえてくる声。
あまりにも聞き覚えのありすぎる、慣れ親しんだ男の。
――
兄の、声。
長年共に暮らしてきたのだから、聞き間違えるはずがない。
お兄ちゃんと約束があったのかな? このあと合流とかになるのかな? 別に嫌ではないけど、それはそれでちょっとだけ面白くないというか。
しかしドクターは、悪戯っぽい眼差しをラ・プルマに向けて。
「今日はちょっと遅くなるかも。〝デート〟の途中だから。本艦に戻ったら連絡するよ」
《えっ、ちょっと
――
》
「またあとでね」
そう言って通話を切ると、用済みとばかりに端末をポケットにしまってしまう。
「
……
いいの?」
「いいよ。今日は君とデートなんだから」
ライラックの花束を片腕に抱いて、ドクターがさも当然のように微笑むので。
ラ・プルマもつられてにこにこと微笑んでしまった。
【おわり】
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