Lanba
2024-12-23 19:23:56
5809文字
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わし様は悪くない!


 雪原のなかをドゥリーヨダナは必死に足を振り上げ、走っていた。前方には忌々しい濃紫の髪が一定の距離を保ちながら揺れている。
「クソッ」
 短い悪態が白い吐息として天に登っていく。
 冬の故郷に比べても深い積雪を蹴り、血の味が口の中に広がるほど走っているというのに、ドゥリーヨダナはビーマに追いつけない。
 どうして必死こいて王子たるドゥリーヨダナが走らねばならないのか、何故ビーマなんかをドゥリーヨダナが追いかけねばならないのか、そもそも何故ドゥリーヨダナがこんな寒い空間に居るのか。
 答えは単純にして明快。全部ビーマが悪い!

 発端は、ドゥリーヨダナのマスターが資源回収のために周回をどうしても頼みたいと言うから、付き合ってやると決めたことだった。
 その先には、現地で召喚されたビーマがいて驚いたが、それはいい。わし様のカルナ・サンタ姿がビーマをすぐにギャフンと言わせたし、資源の素もたくさん手に入ったのだから。
 しかし、そこからが問題だった。
 ビーマは卑怯なことに、リポップする度に記憶を引き継いでいるようで、学習し、倒す度に難易度が上がる。そんなことあっていいのか? ダメに決まってるだろう。毎回こちらを本気で倒しにかかってくるとか、力を見せつけて恥ずかしいと思わないのか。腹が立つ。わし様のカルナは頼りがいのある男なので毎回ボコボコにし、カルナが後方に下がらざる得ないときには満を期してわし様が華麗に登場し、ビーマを倒してやるわけだが、それでも腹が立つ。
 倒した回数が増えてくると何故か会話を試みてきたり、それなりに美味い食事を勧めてくるところも、こちらを馬鹿にしている。マスターなんぞ、戦闘前に料理を食べては「林檎の合間にしょっぱいものが食べれて周回が捗っちゃうよ」などといって一日の周回の予定を増やしていた。恐ろしい。敵に食事を振る舞うなど、仲間割れとこちらの疲労を狙ってのことに違いない。勿論わし様の度量の深さゆえ、あえて作戦に乗ってやったが、わし様の采配がなければ周回メンバーたちは危うく絆されるところだっただろう。わし様が食事を受け取るのは、けして料理の味が気になっていたからではない。
 そして、だいたい400回程周回したころ、マスターがやっと、本当にやっと、疲労に窶れたメンバーを前に、次の戦闘を最後に本メンバーの周回を終了すると宣言した。
「やっと、うぁ……
「やったな、おまえ達、これで夏がくるぞ」
 アルキャスは安心して泣いていたし、サマー姿のスカディとやらも魚たちを抱きしめ、オベロンは死んだ目をしながら笑っていた。唯一カルナだけはガッカリした様子を見せていたが、まあ、カルナは周回などに参加せずとも、アシュヴァッターマンとスパーリングでもしてれば良いと思う。多種多様な相手と戦いたいとのことだが、400回も戦ったら、他の相手を探してもいいだろう。まだヘビー級相手に確認してない技がある? サンタの道も一歩から? そうか……
 閑話休題。
 これでビーマのイラつく面を見ずに済んでせいせいする、と思って、食事を食べてやっているとき、ビーマにもそう言ってやった。驚いた顔をしたので、よく分からないがしてやった気分になり、戦闘のときも快くカルナを応援することができた。
 いつも通り寒さの中で突っ立って、単騎でビーマを煽りながら殴るカルナを見守り、この調子だと今回は出番がないだろうなと思っていたときに、ふと、カルナが動きを止めてドゥリーヨダナに向かって親指を立てた。
「拳はすでに温まってる、プレゼントだ」
「カルナ?」
 その言葉を最後に、カルナはビーマにへし折られて退去してしまった。意味がわからない。カルナのことだから、ドゥリーヨダナのためを思い、プレゼント?を渡したようだが、何もわからない。退去がプレゼントとはこれは如何に。流石のわし様もカルナの言ってることよく分からないタイムである。
 だが、アタッカーとして前に出されては仕方がない。サーヴァントとして、役割を果たすしかない。ビーマは、カルナの猛攻を受けて弱っている。一撃でも打ち据えれば、倒れそうな勢いだった。
「選手交代だ。せいぜいわし様の棍棒の染みとなることを幸せに思えよ」
…………
 ビーマはじっと動きを止めて、ドゥリーヨダナを見つめた。カルナに引き続きマジで意図がわからなかったが、怯んでいると思われるのが嫌で睨み返す。
 いくらか沈黙と緊張感が続いて、唐突にビーマはふっと肩の力を抜いた。
「逃げるか」
 そう言って、本当に逃げやがったのだ。とっさのことで反応が遅れてしまった。鬱陶しい俊足が、ビーマとドゥリーヨダナの距離を離していく。
「ドゥリーヨダナ、追って!」
 マスターの言葉にハッと意識が戻って、ビーマを追いかける。いくら足が速くともアタッカー以外のサーヴァントが追いかけては、手負いの獣に食い殺されるだけ。ドゥリーヨダナがビーマを追いかけるのは間違った判断ではない。マスターに言われなければ、気がつかなかったことが問題なのであって。
 未だにドゥリーヨダナは混乱していた。ビーマが逃げる、なんて考えられなかったからだ。今までの戦闘ではなかったことだし、手負いだからと、よりによってビーマがドゥリーヨダナに背を向けることなどないはずだ。それとも、400回の戦闘で倒されたことが何か影響を及ぼしたのか……
 ドゥリーヨダナは色々と考えたが、最終的には、ビーマは罠でも張ってこちらに勝つ気に違いない、と結論づけた。森暮らしのあいつのことだから、木の多い森で待ち伏せするはず。ならば、森に逃げ込まれる前に捕まえればいい。わし様、天才。
「ハァ、ハァ」
 そうして始まったのが、最悪の追いかけっこだった。
 目的地も分からず、ひたすら雪原の中を走る。棍棒や石を入れた雪玉を投げて妨害を試みたりしたが、大した足止めにもならず、本当にただビーマの背中を追いかける。
 怪我と寒さの消耗を狙ってみても、最悪なことにあの体力馬鹿はピンピンしていた。なんなら、近づきすぎた距離を一定に保つよう調整しなおす余裕すらある。その余裕をひっぺがしてやる、とメラメラと怒りが湧き、余計に必死こいて走るハメになった。
 今ばかりは邪魔くさい己の長髪と痛む呼吸が、ドゥリーヨダナに余計なことを考えさせる。王族たる自分が自分の足でただ走るなど、ドローナ師の訓練以来だ。ドローナ師は根性論が好きだから、基礎体力やら礼儀にうるさくて、走り込みも沢山させられた。あの時も、野生児らしくビーマは周囲のことなど何も考えずに突っ走って、皆がバテてしまうから、ドゥリーヨダナ一人が追いかける羽目になった。走っても走っても追いつけず、むしろ、距離は開くばかりで。体力も技もちっとも足りなくて、あれだけしても、あいつはわし様の前に戻ってきて……
 ドゥリーヨダナは軽く頭を振って、歯噛みした。思考を回すならば、過去のことを振り返っても意味がない。それをさせるビーマが忌々しい。憎しみと怒りが滾り、ドゥリーヨダナの口から名前が漏れでた。
「ビーマ」
 こちらの呟きが聞こえたのか、ビーマは走るのをやめ、振り返った。小賢しいことに間合いを保ってのことだったが、それでも表情はよく見えた。
「何笑ってんだ、ビーマ! バカにしやがって!!」
 その口元は笑っていた。無邪気な笑顔と呼ぶにはあまりに凶悪な顔だが、流石に分かる。人を意味もなく散々走らせて笑っているなど、あまりに馬鹿にしてる。こいつは、いつもそうだ。ドゥリーヨダナがどれほど手を尽くしても、余裕ぶって、全部奪っていく。
 ビーマは、少し不満気に眉を下げて、口元に手をやった。
「バカにしたつもりねえが……いや、遊んでんなら、そうも言えないことはねえのか?」
「遊び!? こっちはおまえを倒さねば帰れんのだ、このわし様の時間を散々消費させおって、いったい何がしたい!」
 ビーマは考えごとから抜け出した静かな表情で、まっすぐに答える。
「おまえと二人っきりで全力を出して楽しみたい。もうおまえが遊びに来ねえっていうなら、最後くらい付き合ってもらったって良いだろ。カルナの奴にお膳立てしてもらうなんざ考えもしなかったがな」
 ドゥリーヨダナは苦い顔をして、カルナの顔を思い出す。プレゼントとは、ビーマと決闘する権利だったようだ。そりゃあ、確かにかの記録を見て以来、多数ではなく、一対一でこいつに勝ちたいなと思ってみたりはしたが、なんか、色々と違っとるぞ、カルナ。皆が皆、おまえと同じ趣味を持つわけではないのだ。ビーマも、なぜ無駄な追いかけっこを挟むのか分からない。
「色々と言いたいことはあるが、楽しんでるのおまえだけだからな」
「走ると体が温まって丁度いいだろ。それに、おまえも昔から追いかけっことか好きだろ? 皆でよく遊んでたし。俺は途中から誘われなくなったけどよ」
 ドゥリーヨダナは酸欠のせいか頭が痛くなってきた。それ以外の要因もある気がするが、深く考えてはいけない。頭がおかしくなる。
「なあ、おまえが来たとこ、カルデアとか言ったか……まだ、俺は居ねえんだろ?」
「だからなんだ」
「もしカルデアに俺が来たら、また俺と戦ってくれ」
「どういう意味だ」
 唐突な話の転換。意図がわからず、聞き返す。
「俺は、俺がしたことに後悔はねえ。過去に戻ったとて、俺はきっと同じことをする。だが、それは新たな決闘の機会に際して同じことをするという意味にはならん。俺とおまえはもう一度、本気で全力で他の何に邪魔されることなく戦うべきだと思う」
「おまえがカルデアに呼ばれれば、全力でおまえと俺は戦える環境ができると。相変わらずの傲慢だ。珍しく考えたようだが、残念だったな。マスターは任意の相手をポンポン召喚などできんわ」
「聞いた。必要なものは渡すつもりだ」
 ビーマは己の髪留めを外し、ツカツカとドゥリーヨダナに近寄ってきた。ドゥリーヨダナは身構えるが、ビーマは頓着しない。カルナに殴られて、あれほど身体に傷を負っているというのに。その疲労を見せもせず、敵に触れるなど、最悪だ。
 金色の髪留めを胸襟に仕舞われて、軽く叩かれる。
「この髪留めを使って俺を呼び込め。それで、俺にもおまえにもリソース腹一杯ブチ込んでもらえ。それで十分だ」
「さすれば、おまえは俺と必ず全力を尽くし、戦士として決闘すると」
「約束だ」
 ビーマは、さも当然のごとく、正義面して胸を張る。ドゥリーヨダナは眦が凍るような心地がした。
……どうせ、覚えとらんくせに」
 拗ねたような声が出てしまった。ドゥリーヨダナは慌てて口をつぐむ。
 ビーマにとってドゥリーヨダナとの決闘など覚えるに値しないと知ってしまったあの日、強い怒りとともに、納得するような気持ちもあった。ビーマにとって大切なのは家族と役目であって、それ以外のことは大したものではないのだな、とずっと知っていたから。再び突きつけられて、少し嫌な気分に襲われただけで。本来は気にするべきことではないけど、嫌な気分になどそう何度もなりたくはないので、ドゥリーヨダナは事前に避けたい。誰だって不安は嫌だろ。
 しかし、ビーマはドゥリーヨダナの気持ちも知らずに、何てことないように言う。
「覚えてなくたって俺は俺だ。戦ってるうちに同じ気持ちになる。おまえが真っ当に誘うんなら、絶対乗ってくるぜ。おまえ以上に良い相手なんざいないだろうからな」
 まるで、ビーマがドゥリーヨダナと真っ当に戦いたがっているような言い草だ。ドゥリーヨダナを正しく戦士と思っているみたいな。訳が分からない、分からないが、胸の奥がそわつくような気がする。
 ビーマは当然のように言いつのる。
「あ、仕事を邪魔するとか、人の物を壊すとか、そういうつまんねえ喧嘩の売り方はすんなよ。面倒臭えから」
「面倒だと?」
「面倒だろ、せっかくの戦いが禁止されちまったら。それに、おまえとの勝負は時間が足りねえと消化不良になっちまうからな」
 また、これだ。思わせぶりなことばかり言って、ドゥリーヨダナをメチャメチャにして、こちらをどうしようというのか。期待してはダメだとわかっているのに、頬と耳が熱い。こんなもの、全部寒さのせいだ。
 ビーマは満足そうに頷くと、軽く拳を鳴らした。
「ま、話はこんくらいにして続きをやるか。おまえのマスター、待たせてんだろ」
 乱れたドゥリーヨダナの心に、戦場の緊張感が戻る。約束も何も、全てビーマにドゥリーヨダナがここで勝たねば始まらない。どのような状況であろうとと、ドゥリーヨダナは、ビーマに勝たねばならない。
「そうこなくっちゃな」
 言葉はもう必要ない。
 ドゥリーヨダナは身を低くして、棍棒を構えた。
 ビーマは、足の先まで力を入れ、目前の敵を睨みつけた。
 決着は一瞬。接敵は一度。
 ドゥリーヨダナは燃え盛る棍棒に重みを乗せ、振りかぶる。ビーマは肉を割く拳に全身の力を乗せて振りあげる。
 一閃。
 千切れた髪と引き換えに、棍棒がビーマの最後の命を捕らえる。
 ドゥリーヨダナは距離を取って残心した。ビーマの損壊した身体から、膨大なエーテルが大気へとこぼれ落ちていく。
「忘れんなよ」
……
 ビーマは何もかも分かっているかのように微笑んでいる。腹立たしい。腹立たしいが、まあ、消えゆく者の懇願くらい、相手がビーマとはいえ、叶えてやってもいいと思った。
「貰った分くらいは、覚えといてやる」
 ビーマは答えに満足したように目を細め、消えた。
 雪原に残るは、ドゥリーヨダナだけとなった。
 懐からまだ少し温もりを残した髪留めを取り出し、手早く髪を結う。これで、ビーマに髪が切られたことを誰にも気づかれずに済むだろう。体面が保たれる。こんなもので髪を結う理由は、ただそれだけのことだ。
「バーカ。またその面みたらギタンギタンにしてやる」
 呟きは、寒さの中で白い吐息となる。
 ドゥリーヨダナは、マスターたちの元へと向かった。


 カルデアの召喚サークルに呼ばれた新たな槍クラスのサーヴァントにドゥリーヨダナが早々に喧嘩を売るのはまた、別の話。