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yoshi_R_K
2024-12-23 18:38:37
5887文字
Public
奏千
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幕間・返礼になり得ない邂逅
2024.9.22に発行した「ふたりを結ぶ唯一の標」の零れ話です。どうしても書きたかったけどどうがんばっても本編に入れられなかった。
本を読んでいないとよくわからないと思います。
もちろん本編のネタバレもあります。
3章の間で英智と奏汰が喋っているだけです。
直接的な描写はありませんが、事後描写があります。
(元の本がR-18なのでご容赦ください)
返礼祭が終わった夜、保健室で英智は一人溜息を吐いていた。
多くのところでひと悶着あったようだが無事に返礼祭が終わり、生徒会長として最後の仕事でもしようと片付けを手伝っていたら休んでいろと通い慣れたこの場所へ放り込まれてしまったのだ。まったく、少しふらついただけで大げさだ。
もちろん長年この体と付き合っているのだから限界くらいわかっているのだが、かわいい桃李にお願いをされてしまったら頷かない方が大人げない。
これで最後だと思うとどうにも名残惜しく、迎えも呼ばずにぼんやりとベッドの上へ腰かけていた。このベッドにも世話になったものだ。いつもこんなところで寝ていたくないと思っていたが、いざもう寝ることがないとなるとどこか惜しくなってしまうのは人間の情なのだろう。
いつまでもここにいるわけにはいかないが、帰りたくない。そんな子供のようなわがままで甘えられるのも今のうちだけだろうからとぼんやりと思考する。桃李たちの片付けや残作業が終わったら一緒に帰ろうと声をかけてみようかなどと考えていると、廊下から誰かの走る音が聞こえた。
どうやらこちらへ近づいてきているようで、誰かが英智を訪ねに来たのだろうかと扉を注視していると、思いもよらない人物が扉を開けた。
「深海くん?」
彼には似つかわしくないほど慌てて、額に汗まで浮かべている様子に驚きながら声をかけると、こちらを見てより険しい表情になった。
「『こうてい』さん
……
」
絞り出したような声は今までに聞いたことがないほど掠れていて、よっぽどの事態なのかと腹に力を入れる。ふと彼が何かを抱えているのに気が付き、そちらへ視線を向けると見覚えのある顔が見えた。
体はシーツのようなものに包まれていて、唯一露出している顔はひどく青ざめていてぐったりと目を閉じている。数時間前に見た彼は羨むほどに元気そうであったのに、今は意識を失って奏汰の手に抱かれている。
「千秋? いったい何が、」
慌てて声をかけ、近寄ろうと立ち上がったところで違和感を覚える。良く見れば首元の布が赤く滲んでいた。そしてこちらを睨みつけているのか助けを求めているのかよくわからない表情をした奏汰の口の端に、拭ったのだろうが血が微かについていて何があったのかすぐにわかってしまった。
「ああ、そういう
……
」
自分でも驚くほどに低い声が出たのは、きっと抱えられた彼が自分と同じ性を持っているからだろう。それとも、己を友人と呼んだ彼への情だろうか。
深い溜息を吐きだしてから、座っていたベッドとは別のベッドへ近寄り掛布団を剥がす。奏汰へ視線を向けると困惑したような顔でこちらを見ているから、腹が立つのを堪えて口を開いた。
「彼を休ませるために連れてきたんだろう? 早く横にした方がいいと思うけど」
それにうなじの傷も早く処置をした方がいい。そう声を掛ければおずおずとこちらへ近寄り千秋をベッドへ横たえた。
シーツをめくるとシャツ一枚とベルトのないズボンを履いた状態で、同級生の情事の跡など見たいものではないなと思いながらうなじを確認する。噛まれたうなじを見るのは初めてだったが、これほどまでに深く噛みつくものなのかと呆れを通り越して関心してしまった。
「何をぼさっとしているんだい。あっちにホットタオルを作る機械があるから、」
「
……
なにがあったのか、きかないんですか?」
罪悪感があるのだろう、奏汰はぽつりとこぼす。その様子から大体の状況が予想出来て余計に苛立たしい。
「そんなことより、先に千秋の体のことを心配したらどうかな」
鬱陶しげに吐き捨てれば、ぐ、と奥歯を噛みしめて部屋の奥に向かった。その間に傷の処理をと思い、手袋をしてからコットンに消毒液をしみこませて血に塗れたうなじを拭う。そしてガーゼを貼ってから包帯を巻き付ければ応急処置としては問題ないだろう。
傷が痛んだのか、うぅ、と呻くような声が聞こえて千秋の顔へと視線を向ける。微かに動く唇に英智はまたしても溜息を吐きだしたくなった。
その唇は確かに奏汰、と動いていた。なんだか馬鹿らしくなってしまい、向かいのベッドへと戻って腰を掛けるとホットタオルを持った奏汰が戻ってきた。
「応急手当はしたから、あとは体を拭いてあげなさい」
何かを探るようにじっとこちらを見る奏汰に投げやりにそう言ってやるが、そのまま動かないのでわざと聞かせるように溜息を出す。
「それとも、情事の跡を僕に見られたいのかな」
いった瞬間、ベッドに備え付けられているカーテンを勢いよく閉められた。普段は飄々として掴みどころがないのに、こうしてみるとひどくわかりやすい。弱味に繋がるのだからもう少し上手く立ち回れと後で言ってみようか。
しばらくしてカーテンが開けられると、千秋は先ほどよりは幾分かマシになった顔色でベッドに寝ていた。布団をかけて寝ている姿は、一見ではそういうことをされたとは思わないだろう。
ちら、とカーテンを開けた彼へ視線を向ければ、何かを言いたげに眉を寄せて口ごもっていた。一体何を言ってくるのかと少し期待して待っていると、躊躇いがちに口を開いた。
「ありがとうございます。おかげで、たすかりました」
思わず面食らってしまった。彼が素直に感謝をするなど、少なくとも自分に対してはないものだと思っていた。一度瞬きをして気持ちを取り直すと、彼の瞳を覗き込むように見つめる。
「経緯を聞いても?」
にこりと笑みを浮かべながら問いかけると、奏汰はぐ、と口を閉ざしてしまう。彼にもこんな人間らしさがあるものなのだと頭の隅でメモしながら、彼の様子を観察する。
しばらくの沈黙の後、助け舟を出すつもりで口を開く。
「まあ、検討は付くけれどね。αがΩを襲うだなんて、未だもって珍しくない話だ」
「
…………
ぼくは、」
「何か間違っているかな」
「
……
いえ。そのとおり、です」
爪を腕に食い込ませながら、奏汰は弱々しく答える。彼の様子からしてもきっと最終的には千秋が受け入れたのだろうなということは想像がつくが、客観的事実のみを見れば奏汰に責があるのは明らかだろう。
ちらりと千秋が寝ているベッドを見る。どうせこのお人好しは彼が罰を受けるのを望まないだろう。彼に関わると自分が善行をしている気分になって嫌になる。
「そう。じゃあ、経緯と場所を詳しく教えてくれるかい。痕跡を消さなければならないし、目撃者がいたなら口止めもしないと」
「どうして?」
きょとんと首を傾げる奏汰に肩を竦める。会話をする気があるのかわからない返答はきっと意図したものではないのだろう。言葉が足りないのは頭の回転が速い故か、周りの人間がそれで理解できてしまった故か、どちらにしても鼻につくことには変わりない。
嫌がらせでもしてやろうかと思ったが、すでに憔悴しきっている様子の彼にそんなことをしたところで仕方がないと頭を振る。それにあまり意地の悪いことをしても千秋が起きた時に何を言われるかわかったものではない。
「悪いけど、君のためではなく千秋のためだよ。残念なことに番にされたΩに対する風当たりの強さは未だに解消されないのだから」
「
……
すみません」
「謝るなら僕ではないと思うけどね。それに千秋の意志次第さ」
断罪するのなら被害者当人が行うべきだ。と、そう告げれば奏汰は歯を噛みしめて再び黙る。どうせ千秋は許してしまうのだろうけど、少しくらいは良心の呵責に苛まれたらいい。
しばらくして、黙りこくっていた奏汰がぽつりと言葉を零す。
「あまい、においがしたんです」
「におい?」
「ちあきをさがしていて。『たいいくかん』のちかくにいったときに、あまいにおいがして。それを『かいだ』らからだがおかしくなって、そのにおいのところへいったら、ちあきがひざをかかえていて、」
彼が言っているのは十中八九Ωのフェロモンだろう。αはΩがヒートを起こした際に発するフェロモンで発情する。他にもα発情例があった気がするが、今回の原因はヒートなのだろう。
つまり千秋のフェロモンに誘われて彼を襲ってしまったのだと、そういうことのようだ。
「深海くんは、抑制剤は飲んでいたのかい」
「
……
いえ。いままで、『おめが』の『ふぇろもん』をかいでもなんともなかったので」
「呆れた。努力義務とは言え、Ωに誘われないようにするのがαの努めだろうに」
もしこれが裁判にでもなったら千秋が圧倒的に有利だ。Ωの立場が弱いとは言え、平等性を問われる現代で義務を怠ったとなればαであろうと糾弾される立場になる。
存在しえないもしもを考えながら、項垂れている奏汰を観察する。随分前に千秋が、彼は己のフェロモンに反応しなかったと笑いながら言っていたのが記憶の隅に引っかかっていた。
「千秋のフェロモンを嗅ぐのは初めてだったの?」
「えっと
……
。あ、きょねんのなつにいちど。ちあきがぼくのおうちで『ひーと』になったときに、そのときもあまいにおいがしました」
「
……
えっと、深海くんのおうちで? 二人きりで?」
「はい。そのときはがまんできたんですけど」
言葉にならないとはこのことを言うのだろう。そういえば七夕祭の前に千秋が体調を崩して練習に参加が出来なかった、という話は聞いた気がする。その時に彼の家にお邪魔していたことも。
とはいえαの家でヒートになるなど、寧ろどうしてその時に襲われなかったのか不思議だ。匂いを嗅いでいるということは確実にフェロモンを嗅ぎ取っているのだろうし。
「
……
あれ、我慢したって言った?」
「え、はい。ちあきが『ひーと』でからだがつらそうだったので、おてつだいをしたんですけど、ぼくもからだがあつくなって。でもちあきに『しんぱい』させたくなかったので、いったんおへやからでて『ぷかぷか』したらおちついたんですけど」
「ああ、そう
…………
」
なんだかここに突っ込むだけ野暮な気がしてきて、適当に相槌を打って会話を切り上げる。Ωである英智とて、αがどのような性質を持っているかぐらいは知っている。寧ろ散々調べて詳しいほどだ。だから奏汰の言っていることがまるで正気を疑うような話なのは嫌でもわかってしまう。
極端に理性が強いのか、と思ったがならばどうして今回は発情してしまったのかというところに視点が行ってしまう。研究家ではないし、原理を突き止めようとは思わないが原因は気になるところだ。
いつか調べてみようかと記憶に留めて、再び奏汰へと向き直る。
「それで、君はどうするのかな」
「どう、とは?」
「番は解消するの?」
Ωである英智は書物でしか知らないが、一度番ってもαからなら一方的に破棄が出来るらしい。勝手に番にされ、勝手に破棄される。しかもヒートを起こして数ヶ月に何日か使い物にならなくなる。これが従来よりΩの立場が低かった理由なのだろう。
番の解消は一方的な破棄になりαは綺麗さっぱり切れるらしいが、Ωはその後一生番を作ることは叶わず、番がいないからヒートも収まらなくなると記録されている。本当に、何から何までαのために作られたような遺伝子で反吐がでる。
もしも奏汰に番を解消したい意志があるのなら、千秋は受け入れるのだろうなと思っての質問だったが、彼は想像していたよりもはっきりと狼狽えてきょろきょろと視線を彷徨わせている。まさか、と口を開きかけて、先に奏汰から言葉が発せられた。
「かいしょうは、しません。ぜったいに」
「ふうん。それは、千秋のことを慮ってのことなのかな」
「
…………
」
奏汰が千秋のことを大切にしているのは彼らとそこまで交流がなくともわかることだ。千秋のためを思ったら望まない番を続けることも厭わないだろう。
だが千秋はきっと気にするのだろう。自分のことを擲ってでも大切な人に幸せになって欲しいと、そう願う人間なのは嫌と言うほどわかっている。
千秋が奏汰のことを懸想しているのを知っているから、余計に気になったのかも知れない。何かを考えているらしい奏汰を見ながら、返事を待つ。
「
……
ぼくは、ちあきみたいなヒーローにはなれませんね」
「何の話をしているのかな」
「ぼくは、ぼくのために『つがい』はかいしょうしません」
すっと細められた瞼に、思わず背筋がぞっとする。曲がりなりにも自分たちが五奇人と定めた人物なのだということを知らしめられる、そんな視線だった。そしてその視線で、彼の気持ちも十二分に理解してしまった。
気持ちを落ち着けるために、呆れたという様子を装って息を吐きだす。
「深海くん。君は、自分の欲のために千秋を番にし続けるというのかい?」
「はい。もちろん、ちあきに『きょぜつ』されたならきえます。うみのあぶくみたいに」
強い意志の込められた瞳をこちらに向け、先ほどまでの弱々しい様子からは想像が出来ないほどにはっきりと宣言する。その様子がなんだか千秋に似ている気がして、今度は虚勢ではなく溜息が出た。
結局英智が何もせずとも、彼らは彼らで勝手にやるのだろう。
「ふふ、あははは。本当に、君たちは苦手だなぁ」
言いながら立ち上がると、奏汰が怪訝そうな顔でこちらを見た。急に笑い出して、しかも立ち去ろうとするのだからその反応は当然のものだ。だが英智も証拠の隠蔽のほかにも、やらなければならないことがある。
「少し用事を思い出してね。すぐに戻ってくるから、千秋の側にいてやりなさい」
ちらと未だ眠り続けている千秋へ視線をやれば、奏汰ははっとそちらを見て様子を窺う。少しは落ち着いたようで、ここに来た時よりはだいぶ顔色がよくなったようだった。
保健室の扉を開きながら、振り返って奏汰へと口を開く。
「もし千秋が君を許さないと言ったら、僕も加減はしないよ。覚えておいてね」
「
……
わかっています」
釘を刺すように言ってから、部屋の外へ出て廊下を歩く。スマホで実家へ連絡を入れながら、校門へと歩みを進める。
どうせ千秋は許してしまうのだろうし、そもそもが相思相愛なのだ。いくら英智が嫌味を言ったところで、彼らは勝手に解決して勝手に笑顔になっているのだろう。
ならば千秋がくれた友情の恩義として、自分に出来る最低限の手助けくらいはしてやらなくもない。まったくらしくないなと自嘲しながら、実家から届けられる物品を受け取るため廊下を急いだ。
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