しあ。
2024-12-22 22:00:02
10225文字
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酔いと勢いと

テデ主。テディとワインを飲む話。

 ……やっぱり、無理にでも誘いを断っておくべきだったかもしれない。





 何故わざわざ親交を深めるという体で飲み会を行うんだろうか。別に仲が良いような同僚やらがいるわけでも無いというのに、本当に面倒くさい。でも仕方がない。

 今日は定時で上がれると思っていたら、上司が有無を言わさずに「行くぞ!」と連れられるがまま、会社近くの居酒屋へうちの部署の数名と共に行ったのが2時間ほど前の事だ。テンションが上がった上司が今日は全部おごりだ、とタダで飲めたという点だけはありがたかったがそれ以外はまぁまぁ迷惑ではある。というか何が悲しくて人の顔を伺いながらビールを煽らなければならないんだ。好きなように飲めないなんて疲れるだけだというのに、全く。



 二次会へ巻き込まれる前にある程度酔いが回ったところで抜け出して、ふわふわとした足取りで家へと帰り、軽くシャワーを浴びながらメイクを落としてふと思いつく。




 そうだ、向こうでデビルズパレスで飲みなおそう。明日はどうせ休みなんだから。



 思い立ったが吉日、という事で軽く着替えてチャチャっと髪を乾かしてから指輪を嵌めた。






















「おかえりなさい、主様!遅くまでお疲れ様です!もしかして先程までお酒を飲まれてたんですか?」




 デビルズパレスの自室にて、掃除をしていた最中だというのに満面の笑みで出迎えてくれたのはテディだ。彼の温かい笑顔が染み渡るように、心がじんわりと温かくなるような感覚を覚える。数日前から担当執事を任せているのだがいつも明るい姿には救われてばかりだ。彼を見ているとつられてこちらも自然と笑顔になってしまう。




「ただいま。会社の人らに捕まっちゃってねああいう場でのお酒はあんまし好きじゃないんだけどなぁ」

「そういう事だったんですか、それは大変でしたね……じゃあこのまま今日は寝ちゃいますか?」

「いや、今夜はってそういえばムーは?」

 



 そういえば、夜に戻ってくるときには大抵ここにいる事が多いのだが今日は見当たらない。まぁ大体次にいつここに来るのか、向こうへ戻る前に連絡してたりはするのだが今日は突発的に来たのもあって、現時点で姿が見えないってのは何らおかしくはないのだけども。



「ムーくんならフルーレくんに連れてかれてましたねー季節の変わり目ですし、衣替えの前に採寸したいとかで」

「あー、そういやまだだったんだ」





 そういえばテディの前にフルーレを担当執事にしていたのだが、その際に採寸されたっけ。あの時にはムーは別の用事があっていなかったから今しているという訳か。フルーレもそうだけど、悪魔執事のみんなには屋敷の事を任せっぱなしで頭が上がらないというか、素直に尊敬している。




 そういえば、と本来ここに来た目的を思い出した。






「あ、そうだ。明日は休みだからこっちで飲みなおそ~って思って来たんだった」

「そうだったんですね!すぐに用意してくるので待っていてください!」





 そういうと彼はぺこりとお辞儀をし、背中を向ける。自分で用意するからいいよ、と言ったのだけれど「主様は疲れているんですから!」で断られてしまった。










 本当にテディは一生懸命だし、素直だし、なんというかこう……可愛がりたくなってしまうというか。構ってしまいたくなるというか。そりゃいろんな人から好かれるのも当たり前だよな、なんて。普段から努力を欠かさない彼の事だから、何かしら疲れをため込んでいるだろうし、この際ちょっとでも彼の本音を聞いてみたいなと思い提案を持ちかける事にした。




 ドアノブに手をかける彼に「グラスは二人分用意してくれるかな」と声を掛けた。





「二人分……ですか?」

「うん。よかったらでいいんだけどさ、一緒に飲もうよ。ほら、前に一度一緒に飲んでみたいって言ってたじゃんか」

「いいんですか!?あ、でも」






 一瞬彼は瞳を輝かせたが、その後すぐに困ったような表情を浮かべた。




「あとで他の執事たちにバレちゃったら大変なことになっちゃいますよねそれに俺、お酒は強く無いですし」

「だいじょぶだいじょぶ、1杯だけでも一口だけでも好きなだけでもいいし。私から強引に誘われたって言えばいいんだからさ、一緒に飲みたいな。あ、勿論強制じゃないから嫌なら嫌でいいんだけどね」

「嫌なんかじゃないです、というか寧ろめっちゃ嬉しいですから!俺、すぐに用意してきますね!待っててくださいっ」






 再びパッとした表情を浮かべて、鼻歌交じりで今度こそ部屋から出て行く。

 食い気味な返答に少し驚いてしまったが、嫌では無いのなら良かった。勝手に付き合わせてしまっても悪いし。用意ができるまで少し時間がかかるだろうから、それまで以前フェネスから薦められていた書籍を読みながらテディを待つことにした。


















「お待たせしました、主様。この前ルカスさんがオススメしてた赤ワインと、あと軽くつまめるようなものを用意してきました!」






 にこやかにそう言って彼は机の上にワインボトルと2脚のグラス、ナイフとフォークのカトラリーを並べて、両手に収まりそうなサイズの白いホールチーズとクラッカー、ドライフルーツが盛り付けられた皿を置いた。


 軽く飲みなおそうって考えていたからワインだけが運ばれてくるものだと思っていたのだが、想定していたよりも大分豪勢なサシ飲みになってしまった。軽く、と言っていたけども軽いという範疇なのか、この量は。まぁでも、テディも楽しそうにしてるしいいか。横でキュポと軽い音が鳴ったと思えばトプトプとワインが注がれていく。







 彼らと出会う前はチューハイやらビールやらばっかりでワインを飲んだことが無かったのだけれど、ここでの生活を通して飲むようになり、その美味しさに気づいてからはこっちでも向こうでも楽しむようになった。

 テディはあまり飲めないとは言っていたが、優雅な所作で注ぐ姿は多分指導としてたくさん練習したからだろうか。他のみんなでもそうだけど、やっぱり非常に様になっていて格好良いなとは思う。二人分のグラスに入れ終わった後、テディは微笑んでボトルを机に置いた。






「ありがとうテディ。じゃ早速乾杯しよっか」

「はい!」






 そういって彼は立ったままグラスを持つものだから、「座らないの?」と向かいにある椅子とテディを交互に見やれば「え」と驚いた表情をしていた。こういう時くらいは主従関係抜きでもゆっくりしてほしいというのが本心だ。




「気にしなくていいよ。どちらかというと立たせたままってのが逆に申し訳ないからさ。だから、ね?」

「そうなんですか……えっと、失礼しますっ」




 そう言って彼も椅子に座り、向かい合うような形になる。彼と視線があった時、フフ、とふとテディから楽し気な声が漏れた。






「アハハ、すみません。なんというか、こうして主様と一緒に飲むなんて不思議な感覚だなって思って。執事としてはあまり良くないかもしれませんけど、それでも夢がまた一つ叶ってラッキーです」

「夢?」

「はい。俺、こうして主様と一緒にお酒を飲みたかったってのもあるんですけど……えぇと」





 恥ずかしいのか頬を染めながら少し言い淀んで目を伏せた後、笑顔でこちらを見た。





「まさかこうして二人きりでとは思ってなかったから、すっごく嬉しいんです。今だけは俺が主様を独占してるんだなって、めっちゃ幸せだなぁって思って」







 ドクリ、と心臓が大きく脈打つ。

 えへへと頬を掻いて、あまりにも真っ直ぐな瞳でそう言われたもんだから思わず目線を逸らしてしまった。顔へと熱が集中していくものだから、いくら飲んだとはいえど酔いも少しは冷めてしまっているからアルコールのせいにしてしまえるとは思えない。落ち着け、私。



 悪魔執事たちは世間一般的にイケメンと呼ばれるような人ばかりで、ここデビルズパレスの主となってしまったものの俗にいうモブ……一般人の私に対して良くしてくれる上に時折主従関係以上を意識させられるような行為というか、所謂リップサービスのような事をしてくるものだから、そういう事に慣れていない自分にとってはどうしても反応に困ってしまう。

 彼らにとってそれが本心なのか冗談なのかはさておいて、そもそも彼らに対して私は不釣り合いな人間なのだ。それ以前に主という立場ですら自分なんかがと申し訳ないくらいで。



 だから変に期待も何もしてはいけない。勘違いしてはいけない、と自分を諭す。あくまで、悪魔執事と、その主だ。






「そ、そっか。テディが嬉しいなら私も嬉しいよ。ほら、早く乾杯しよ!」




 気を取り直して乾杯の音頭を取れば、彼はクスクスと嬉しそうに笑いながらもグラスを持った。




「ヘヘっ、そうですね!」




 乾杯、と口を揃えてグラスを掲げる。


 軽くグラスを傾けて香を吸い込んでみれば、葡萄の甘酸っぱさの中に潜むアルコールの香りが漂ってきて心地良い。気恥ずかしさもあって、ぐいと半分くらいを一気に喉に流し込めば赤ワインのザリとした渋みとともにフルーティーなコクと柔らかな酸味が舌をくすぐり風味が鼻から抜けていく。美味しい。


 一方のテディを見ると、軽く一口だけ飲んだようで、私が視線を向けた時には優しい顔でこちらを見つめていた。




「美味しいですか?」

「え、あ、うん!お、美味しいねぇ!このワイン」

「それなら良かったです!」




 ついドギマギしてしまって、声が少し上ずってしまったがテディは相変わらずニコニコとしたままだ。彼を待っている時に何を話そうか本を読みながら色々考えていたのだがすっかり忘れてしまった。何を話そうにもすぐには思いつかなくて、とりあえずワインと共に用意された食べ合わせのチーズに目を向けた。




「これ……カマンベールチーズ?」

「はい!チーズだけっていうのも寂しいから最初バゲットをお持ちしようかなって思ったんですけど、流石に重たいかなぁって思ったので。そのままでもいいですし、クラッカーにもつけて食べて下さいね!あっ、お好みでドライフルーツも乗せて下さい!」

「へぇ……




 ひとまずチーズだけのトッピングで楽しもうと、手元にあるナイフとフォークで一先ずケーキのようにチーズに切り込みを一切れ分入れていく。中が柔らかいので、更に一口分程度に切り分けてクラッカーに乗せ、口に入れた。クラッカーのサクリという触感と塩味、チーズのもっちりとした柔らかさとクリーミーなコクがよく合っている。美味しい。再度グラスに手をかけて一口飲めば、心から満たされるような感覚に襲われた。

 やっぱり労働の後の酒はこうでなくちゃ。自然と口角が上がっていく。すっかり上機嫌になって美味しいねと口にすれば、良かったとニコニコとした表情で返された。




「喜んでいただけて何よりですっ!」





 笑顔がまぶしい。


 ……とは口には出さないけども。やっぱり彼の笑顔は好きだ。なんというか、犬。といえばいいのだろうか。そんな愛嬌があるもんだから思いっきり彼の頭を撫でてみたいという欲が沸々と湧き上がる。いやでも流石にそれは良くないか。アルコールが入ると自制心が緩んでしまうから困ったものだ。


 また一口ワインに手をつけたが、まだ足りないなと思って追加で入れようと手を伸ばす。が、テディが立ち上がってひょいとボトルを持ち上げて、伸ばした腕が虚しく空を切った。





「俺が注ぎますから!」

「あー、ありがとう。今ぐらいは気を使わなくていいのに」

「いえ、これは俺がしたいだけなんです」






 きっぱりと断られてしまった。トプリと空になりかけているグラスにワインが満たされていく。




「改めて主様って結構飲めるクチなんですね

「飲める飲めないっていうよりは飲みたいから飲むだけなんだけどね」






 アハハ、と笑いながらまたグイとグラスを傾けて口に含む。少しではあるがボトルを開けて多少は時間が経ったからか心なしか口当たりが優しくなって、渋みが弱くなった気がする。いや、そんなすぐに風味が変わるとは思えないからこれは気分の問題か。楽しい時間というのは更にお酒を美味しくさせるな、と改めて感じる。




「美味しいねぇ……やっぱりこっちで飲んだ方が落ち着くや。無限に飲めちゃいそう」

「そんなたくさん飲んだら流石に酔いつぶれちゃいますよでもそういっていただけてすっごく嬉しいです!」




 嬉しそうに彼は笑うと、ワインに口を付ける。しばらく私たちは談笑を交えながら、お酒と軽食を楽しんだ。











_____________












 





「主様ぁ!俺、悪魔執事の中で一番強くなりますっ!」

「テディならできるよ。がんばえ~」

「アハハっ!舌足らずな主様もめっちゃかわいーなぁ……

「う~ん……





 別にこれは舌足らずとか嚙んだとかそういう訳じゃなかったのだけど、と思ったところでこちらの世界にはネット用語とか大きいお友達とか……そういう文化がある訳じゃないからもうそういう事にしておこうか。下手にこちらの世界の知識とかカルチャーだったりをこの世界に広めたりするのは良くないだろうし……まぁ広めたところで理解されがたいだろうけれど。ネラーの言葉遣いをする彼らの姿が全く想像できない。というかそんな言葉をできるだけ教えたくはない。ふとした瞬間に出てしまうから自戒しないと。






 あれからボトルをもう一つ開けたのだが、その頃にはテディも酔いが回ったのかいつもよりもテンションが高くなっていた。




 というかずっと笑顔。なんならちょっと横にゆらゆら揺れている。

 ……これは飲み過ぎなのでは?



 そういえばユーハンと会話した時に、別邸のみんなで飲むことがあるという話題が出たのをふと思い出す。その時にテディは酔うとより明るくなるとは言っていたが実際に目にしてみると彼の言っていた事がよく分かった。多分笑い上戸なんだろうな。ゆっくり飲んでいたとはいえ3杯目でコレか……もしも私たちの性別が逆だったのなら即座お持ち帰りされてもおかしくないんじゃないだろうか。駄目だ、アルコールが入ると良くない事を考えてしまう。



 よろしくない考えから気を逸らすべく、クラッカーに手を伸ばそうと視線を皿へ向けたがいつのまにか全て平らげてしまっていたようだった。いや、さっき最後の分をテディからどうぞとすすめられたんだったか。思っていたより自分も酔いが回っているらしい。





「主様、俺、いつかあるかもしれないなって思ってずっと練習してたんですよっ」

「何が?」

「主様と一緒に晩酌する練習です!」





 それを本人に言うか。

 頬を紅潮させながら楽しそうに笑って言う彼に、思わず「あー」と意味の無い声が出てしまった。酔いが醒めた時に記憶が無ければいいんだけども。というか晩酌に練習も何も必要なのだろうか。




「晩酌を練習って何さ、する必要あるの?」

「ありますっ!だって主様の前で格好良くしていたいじゃないですか!」

「そ、そっか……今はぐでんぐでんだけどね」

「えへへ……大好きな主様と一緒にいると楽しくて、つい飲んじゃいましたっ」

「んー……………そっかぁ……………





 素直とはこれほどまでに破壊力があるものなのか。こちらの気も知らずに「主様っ、ピースです!」と幸せそうな顔で左手をハサミのようにしてチョキチョキと切るような動きをしていた。なんというか、動きが一々可愛い。これが無自覚だというのならばとんでもない男だ。


 それにしても、この酔っ払い具合は本当に大丈夫なのだろうか。





「というかテディ歩ける?」

「あー…………





 テディは立ち上がろうとしたが少しよろけて、足取りも少々覚束ない。というか、普通に飲ませ過ぎた。危ないと思って側に駆け寄った。

 駆け寄った、と言っても自分も割と酔いが回っているからか少し立ち上がるときふらついてしまって、サッと行くことは出来なかったけれども。




「アハハ、ちょっとダメですねぇ……

「だよねぇ……





 このまま別邸の方に連れて行こうにも流石に大変だろうし、かといって一番近くの執事たちの部屋に連れてったり連れてもらったりってのも少々気が引ける。そして本人は眠たいのか目を擦っているし。





 ……この状態なら流石に間違いは起こらないだろう。多分。食べた後の片付けは明日の朝一にでもすればいいか。そう判断してテディに声を掛けた。




「テディ、そろそろお酒は終わりにしてさ安眠サポートお願い出来る?」

「え……と、今、ですか?」

「いつもやってもらうみたいにじゃなくて、その……添い寝で」

「添い寝」




 先程まで楽しそうに笑顔を浮かべていた彼の表情がポカンとしたものに変わる。少し間をおいて、言われた内容を理解したからだろうか。アルコールで既に紅潮していた顔が更に赤くなっていく。いきなりそんな事を言われたら変に意識されてしまっても仕方ない。そりゃそうだ。今更ながら自分の考えの甘さに頭を抱えそうになる。

 やっぱりアルコールによってかなり思考回路がふわふわしてるみたいだ。みたいだじゃなくて、確実にそうなのだけれども。





「あ、主様、それって……

「まぁその………この状態で部屋に戻れないでしょ。それに他の執事たちに何か言及されても酔った主に強引に連れ込まれたって事にすればモーマンタイよ」

「モーマンタイ?っていや、流石にそれは色々と良くないですから!!」

「別に取って食う訳でもあるまいし……あっ!嫌だったら向こうに戻って寝るからさ」
 
「えっと、そういうわけじゃないというか。寧ろ俺、ラッキーだなっていうか………その…………




 先程まで困ったような顔で慌てていた彼が、ふと静かにこちらを見つめてきた。次の瞬間両手を握られ、指を絡めてくる。所謂恋人繋ぎというやつだ。手袋越しにもじんわりとした熱が伝わり、その力強い握りに驚きつつも、酔いのせいか反応できないまま、ただ彼の手に捕らわれていく。

 これはまずい、と思ったときにはもう手を引くことはできなかった。




 じとり、と酒のせいだけではないような熱を帯びる、飲み込まれそうな程のエメラルドグリーンのその眼差しに釘付けになりかけて、既のところで踏み留まる。




「あの、テディさん」

「俺だって男なんですよ?主様は意識してないかもしれませんけど

「その、ごめん……とりあえず落ち着こう」

「あんな事いわれて落ち着けないですよ」



 不意に左手を引かれ、彼の頬に手の甲が触れた。少ししっとりしていて、そして酷く熱い。その熱が触れた箇所から自分の中に流れ込んでくるように、腕から体、そして全身へとじわじわと熱が広がっていく。その感覚に、まるで目眩がしたかのような錯覚を覚えた。



 …………マズイ。本格的に、これはマズイ。





「主様の手、気持ちいいなぁ……

「ちょっ、テディ……すっごい酔っ払ってんじゃん……。ほらもう、寝るよ」





 ドクンと早く脈打つ心臓に気付かないフリをして、掴まれている両手はそのままに無理矢理足を動かしてベッドへと向かう。




 自分の経験上、こういう時は強引に躱す。これに限る。今まで知り合い相手とはいえど、泥酔寸前の人間に絡まれた時はこちらのペースに持っていけばどうとでもなっていた……今回に関しては勝敗は見えないけれども。そもそも勝敗も何も無いのだが。



 もうここまでくればヤケである。ヤケクソ。このままだと心臓が保ちそうに無いのもそうだけど、こんな状態で何をされるか分かったものではない。というか、考えたら最後のような気がしてならないのだ。ならばもう、安眠サポートと称して彼を強制的に寝かしつけるしか無い。


 一先ずベッドの側まで半ば引っ張るように移動して、寝転がるように促す。



「ほらテディ、寝るよ」

……

「テディ?」

……添い寝、でしたよね。じゃあ主様がまずベッドに横になって頂けますか?」


 ようやく寝る気になったか。

 両手がするりと離れて自由になる。とりあえずこちらから先にベッドに横たわり、テディも寝ようよと隣をポンポンと叩けば「少し待って下さいね」と返されてしまった。



「その前に蝋燭消しちゃいますね」

「あ、うん……。って大丈夫?蝋燭消すのくらい手伝うけど」

「さっきので少し、酔いが覚めちゃいましたから」

……テディ、滅茶苦茶酔ってると思ってさ。いっそここで寝たら?って思って添い寝とかなんなり言ったけど。大丈夫そうなら向こう戻っても良いんだよ」

…………あー、えっと………。まだ俺、すっごい酔っちゃってて……なーんて……

……


 なんという分かりやすい嘘。


 まぁでも、ここまで来てしまえば正直別邸まで戻らなくても良いんじゃないかとも思えてしまって。そういえば、ムーちゃんはともかくとして誰かと一緒に寝たのは何時ぶりだろうか。


……ほら、寝るんでしょ。テディ」


 促す声にテディは少しだけ驚いたような表情を浮かべたがすぐに頷くと、少しふらつきながらも蝋燭の方へ向かった。部屋の片隅で揺れる小さな炎が、彼の背中を淡く照らしている。


「蝋燭を消しますね、主様」


 蝋燭に手をかざし、ふっと息を吹きかけると、部屋はたちまち柔らかな暗闇に包まれる。月明かりが差し込む窓辺だけが、ぼんやりと光を湛えていた。


 戻ってきた彼は、どこか名残惜しそうにベッドの端に腰掛けた。その仕草ひとつひとつが、普段よりも慎重で、そして不器用に見えるのが微笑ましい。



……主様とこうして寝るだなんて、なんだか夢みたいです」

「夢みたいって……ただ一緒に寝るだけじゃん」

「いえ、俺にとっては特別なんです」




 その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。テディは優しく微笑みながら手袋を外し、そっと手を差し出してきた。




「主様、手をお借りしてもいいですか?」

……手?」

「はい。こうしていると安心できるんです」



 そう言って、彼は躊躇なくこちらの手を取った。先程とは違う手袋越しではない温もりがダイレクトに伝わり、自分とは違う硬い、少しゴツゴツとした感触に思わず息を呑む。




「主様の手……あたたかいですね」

「そ、そう?」

「はい……すごく」




 彼の声は酔いのせいか少し掠れていて、それがまた妙に耳に心地よい。ふと顔を上げると、月明かりの中でこちらをじっと見つめている彼の瞳が視界に入る。





「主様がいると、俺、頑張れます」



 あまりに素直な言葉に心臓が跳ねる。

 何か返さなくちゃと思うのに、言葉が見つからない。どうしようもなくて、ただ静かに手を握り返すと、彼は嬉しそうに目を細めた。



……主様、今日だけはわがままを言ってもいいですか?」

……いいよ。聞いてあげる」

「もう少しだけ、このままでいたいです……



 彼の瞳はまっすぐで、わずかな不安すら感じさせない。酔いが入っているはずなのに、その言葉だけは驚くほど真剣だった。
 


……わかった。けど、ちゃんと寝るんだからね」

「もちろんです。でも、主様がいてくれるなら……きっといい夢が見られます」

「そっか」



 テディはそう言いながら、そっと隣に横たわる。その笑顔は柔らかく、こちらの胸を優しく締めつけた。



……本当に主様は甘すぎるんですから」



 小さく囁かれたその声に、顔が少しだけ熱くなる。けれど、返す言葉が見つからなくて、「そうだねぇ」と呟いて目を閉じた。


……おやすみ」

「おやすみなさい、主様……



 蝋燭の灯りが消えた部屋には、静かな鼓動と温もりだけが静かに溶け込んでいる。思いの外、仕事の疲れが溜まっていたのか、引き込まれるように意識が薄れていく。その最中に、テディが何かを言っていたような、手の甲に何かが触れた、そんな気がした。






 翌朝、隣で寝ている男の叫び声で起床することになるとはこの時の私は知る由もない。