有栖川
2024-12-22 19:48:39
10451文字
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皇帝は恋を知らない②

自分の感情がよくわからないkisと、友達になろうと思ったらそれ以上の感情に気付いてしまった41が、
事故ったりすれ違ったりしながら恋心を自覚してつきあうまでの話。
🇫🇷戦後捏造if/2話はngさんとroさんちょっと出る


 カイザーと友達になった。

 なったっていうか、なろうとしてる最中……というのが正解っぽい気もするけど。
 ともかく、ミヒャエル・カイザーという男は今まで一人たりとも友達なんかいなかったという認識で生きているらしく(ネスのことは友達に認めてやった方が健全になれると思う)、そのせいで友達づきあいというものが全然ちっとも分かっちゃいないらしいので、流れで世一が東京観光に連れて行くことになった。これが昨日あった話。

「チッ、クソ人いすぎ、何しに来てんだこいつらは」
「半分ぐらいはお前と同じじゃないかな……

 苦笑いで相槌を打ちながら、人で溢れかえる渋谷の雑踏を並んで歩く。せっかく渋谷観光に来たんだし、と何も考えずにハチ公口で降りた途端に現れた無限に広がる人混みにカイザーは思わず舌打ちし、世一ですらやらかしたと思った。いや、知ってたんだけど、渋谷に人が多いことぐらいは。でもまさかここまでとは……と思ったところで今日が土曜日だったことに気がついた。

……まあでも世の中どこ行っても今はこんなもんだろ!」

 一瞬、「ゴメン」と謝ろうかと思って、でもすぐに思い直してカイザーの手を引く。なんとなくここで謝ったら負けのような気がしたのだ。一度弱みを見せたが最後、これをダシに一生揶揄われたらたまったもんじゃない。だから、人混みに対する「うわ」という思いを遙かに上回るほどの「よかった」をあげられればソレで帳消しチャラだろ、と考えることにしたのである。

「だいじょぶだいじょぶ、こっから最低限の道は頭に入ってるし」
「世一の大丈夫はいまひとつ信用ならねぇ」
「そこは信じてくれよ、まぁ最悪おまわりさんに聞けばいいしさ」

 日本語の扱いは確実にお前より得意だから! 世一が胸を張って見せると、「そんなモンで威張るなよ当然だろうが」と見下したような顔をされる。若干、こめかみに、青筋が寄った。なんでこんなやつをわざわざ観光案内してやることに決めたんだろう。そう自問自答をしかけて、でもすぐ、世一はふっと頭を振る。

「友達にはさ、せっかくなんだからいい想い出作ってってほしーじゃん、その気持ちだけは本当だって」

 繋いだ指先にほんの僅か力を込めると、カイザーは黙って手のひらを握り返してきた。大きくて、ガサガサしていて、それから熱かった。
 子供みたいな体温だ。
 でもそれもしょうがないかと思う。世一が十六歳の、世間一般から見ればまだ子供の年頃の人間であることと同じように、……カイザーだって十九歳、じゅうぶん、大人より子供の方が近い年頃の生き物なのだから。



 潔世一から見たミヒャエル・カイザーという人間は、「ムカつくし、クソ口悪いし性格も終わってるけど、サッカーに対しては呆れるほど真摯で懸命、一途な努力家の秀才」だ。

 出会ったばかりの頃は、実力差が圧倒的に開いていたこととその傲慢極まって鼻持ちならない態度から「コイツもクソの天才かよ」と思っていたけど、同じチームでボールを奪い合っていく中で、その認識は徐々に変わっていった。カイザーは秀才だ。世一と同じ。必死になって喰らいつき、必死になって足掻き、不平等な神を罵り、しかしそれでも諦めることが出来ない泥臭いエゴイスト。ゴールを奪うその執念のためだけに命だって賭けることが出来る。サッカーに対する嗅覚や狂い具合が近いことに気付いてからは、なんていうか、ムカつくしピッチに立つとマジで殺してやりたくなることに変わりは無いんだけど——同時にある種のリスペクトのようなものを抱かないでもない、と思っている。それから幾ばくかの親近感。
 考えが近い人間というのは、得がたいものだ。思考が近ければ、コミュニケーションの手間すら省いて通じ合うことが出来る。凜を止めるために手を組んだあの瞬間、ふたりは間違いなく通じ合っていたし、ぴったりと息を揃えて同調シンクロしながら勝利へ向けて走るあの感覚は、何にも代えがたいものだった。そう、あの瞬間は、素直に気持ち良かったのだ。
 そして試合を経て世一は思った。「アイツの性格はクソひん曲がってるけど、でもお互いもーちょっと認め合うことさえ出来れば、意外とうまくやれるかもな」と。
 「大会ベストカップル」とかは正直今も意味わかんないとは思ってるけど。まぁでも「バスタード・ミュンヘンのツートップ」ぐらいは場合によってはあってもいいかなぐらいに、意識が変わってきた。のめり込めるようなサッカー体験というのは、それぐらい、世一にとって得がたい経験だったわけだ。

 ……それと単純に、これは絶対本人には言うつもりとかないけど、あのゴールは美しかった。
 土壇場でプライドを捨て、ゴールのためにひたむきに走って、最後に天運をさえ味方につけたあのシュートを見たとき、世一のカイザーへの評価は明確に変わった。悔しいけど綺麗だった。
 ——息を呑むほどに。

「だからここはさ、もうちょっと手前にアーム入れてさぁ……
「あ? 寝言はクソ寝て言え、この位置がジャストだろ。アームの右で引っかけて寄せろって店員も言ってた」
「いやでもその位置ギリギリすぎるって! 外したらスカだぜ、スカ!」
「世一くんは余計な心配が好きねぇ、外すかよ、俺はミヒャエル・カイザーだぞ?」

 だが、そんな息を呑むほど綺麗なシュートを撃つ若き皇帝も、日本のクレーンゲームには翻弄される宿命らしい。ごった返す渋谷駅周辺をなんとかぐるっと回って、あれこれ商業ビルを覗きまわり、電気屋で最新ガジェットをひとしきり冷やかした末に訪れたゲームセンターで、ふたりは早速入り口付近のクレーンコーナーに呑まれていた。カイザーが大言壮語を吐いてボタンを押すと、アームがうにょうにょと下がっていって、景品のサッカーボール型ぬいぐるみに爪を引っかける。
 狙ったとおりの位置、キワキワのスレスレ、ジャストミートだ。このまま左に押し込めば王手に近づく——その予感にカイザーの唇がふっと緩むが、しかし、アームの力が思った以上に激弱だったため、景品は意図せぬ位置でぽとりと落ちて変な方向にバウンドする。

「は?」
「あ゛?」

 理解したくない展開に、思わずふたり揃ってヤカラみたいな声が漏れた。
 サッカーボールは台の右奥隅で所在なさげに転がっている。絶望的だ。この位置ではもうアームが届かない。

「FU×K OFF……

 カイザーの口から直球のFワードが漏れるのが聞こえたが、この時ばかりは世一もそれを諫める気にはならなかった。

「俺とお前の空間把握能力をもってしてこの動きしか出来ない以上、間違っているのはこの機械の方だ」

 地の底を這うようなカイザーの声に世一も同意する。

「地元台の五分の一……いや十分の一ぐらいしか馬力が出てない。この台は確かにクソだ」

 噂には聞いていたけど、流石に都心の台は手厳しい。見事なまでにその洗礼を受けたふたりは顔を見合わせると撤退を決め、クレーンゲームのコーナーを後にする。それから店の奥をいくらか覗いて、凪がやってた格ゲーとか、あとはずらっと並んだ音ゲーとかに手を付ける。どれもこれもカイザーには馴染みのないものだったようで興味深そうに触っていたが、なかでもひときわ関心を示したのが全身を使うタイプのダンスゲームだった。反射神経が優れているからか、サッカー以外は殆どやったことがないと言いながら始めたわりにはかなりプレイングがうまく、判定のタイミングを掴んでからはめきめきと動きをよくしていった。けどそのせいかギャラリーが集まってきてしまい、舌打ちして台から降りたカイザーにさっさと店の外へ連れ出されてしまう。

「残念だったな、結構楽しそうにやってたのに」

 ふたたび人混みの中に戻り、きゅうくつそうに歩いている隣を見上げると、カイザーはフンと鼻を鳴らして世一の腰に手を伸ばし、自分の近くへと引き寄せた。

「ブルーロックTVに出たせいか出国前より状況が悪化してやがる。おちおち観光もしてられねぇ、サインをせがまれるのもクソダルいし」
「え〜、俺サインは書くの好きだけど。へへ、けっこう一生懸命考えたやつだしさ……
「ネスだけじゃなくお前もかよ……
「え!? 男子たるもの一度は憧れてオリジナルサイン考えねぇ!? ってかネスのサインってどんな?」
「なんだかよくわからん生命体の顔が描いてある」
「へ〜、意外とカワイイやつ」
……おい、俺のサインは聞かないのか」
「いやだってさっきの反応からしてサラッと名前書いただけのやつだろうし……

 どうでもいい会話をダラダラと交わしながら、ぶらぶらと歩く。こういうのは、なんかいいな、友達っぽい。これで買い食いでもしたら最高なんだけど——そんなことを考えながらネスのサインにばっかり食いついておしゃべりしていると、何故か、腰を掴むカイザーの手に、ちょっと力がこもる。
 まるで聞いてもらえなくて拗ねたみたいな反応だ。

……?」

 いやなんで? 世一は不思議に思って首を捻った。ていうか今更だけどそもそもなんでコイツは腰を掴んできているんだろう、はぐれるのが心配だったら普通に腕でも握ってくれてればいいのに、そう思いながらカイザーの顔を見上げると、その恐ろしく整った双眸に、とても世一のボギャブラリーでは一言では表せないような複雑な表情が映り込んでいることに気がつく。

「カイザー?」

 それはなんというか、懐かないはずの野良猫が、たまたまちょっと貰った餌が美味しくて気を許そうと思ったのに、別の猫にも餌付けしてる現場を見てしまって機嫌を損ねてるような、そういう顔に見えて仕方なくって。

「えっと……俺のサインいる?」

 その思いがけない顔に気が動転して、思わずわけのわからないことを口走ってしまう。

…………。クソ要らねぇ、それより喉が渇いた」

 それに対する反応は思った通りの「要らない」だったけど、それが出てくるまでに若干の間があって、どうにも不自然な感じだった。
 たとえば何か、言いかけた言葉を呑み込んだみたいな。いったい何を噤んだのかはわからないけど……

……あれ? もしかして今日のカイザー、ちょっとヘンか?)

 そうして向かいにあるカフェテリアを目ざとく見つけて腰を抱いたまま歩いて行くカイザーに連れられながら、世一は遅ればせながら、そのことに気がついたのだった。
 いや、それで言うなら、昨日の時点でカイザーはちょっとヘンだったんだけど。でもそれは、経験のない「友達」という関係性に振り回されてるとかそういう感じなのかなと漠然と思い込んでいたのだ。友達いたことないから、どういう感じで付き合ったらいいかもわかんなくてバグってんだろうなと。キスは、流石に、びっくりしたけど……西洋人だから家族とか親しい人にはするだろうし、きっとその延長のつもりでやらかしちゃったに違いないと……
 でも。もし、そうじゃなかったとしたら?
 その疑念は、カフェについてドリンクを買い、道ばたで立ち止まって飲んでいるあいだに、更に強くなった。

「カイザー何買ったの?」
「水出しコーヒー」
「え、普通のやつ? 限定とかじゃないんだ」
「お子ちゃま世一にはともかく、あれは俺には甘すぎる」

 目を細めてストローに口を付けているだけなのに、立ち止まってコーヒーを飲んでいるカイザーの姿はひどく絵になった。世一と違ってズズズと音を立てて啜ったりもしないしなんていうか上品な感じだ。立ち止まってはたと見て、そういえばコイツめちゃくちゃ顔綺麗だな……とぼんやり思う。今まで全然意識したことなかったけど(だってカイザーと顔を合わせるときって基本アイツから何かを吸収するか、そうでなきゃブッ潰す以外考えてなかったし)ファンからプレゼントとか死ぬほど貰ってそうだ。何故か全然喜んでる顔が思い浮かばないけど。

「え〜、甘いからいいのに」

 そのお綺麗な顔を別の表情にしてみたくって、つい、うっかりと、飲みかけのドリンクをカイザーに向かってぐっと差し出す。「クッソ甘い」と眉間に皺を寄せるのでもいいし「思ったよりはいける」と頬を綻ばせるところなんか見られたらいいな、と思ったからだ。仏頂面か人を小馬鹿にした顔か不機嫌極まりない怒り顔かばっかり見ていたので、まぁ友達やるんだったらそういう素の顔も見てみたいなぐらいの軽い気持ちだったのである。

「一口ぐらい飲んでみろよ、限定きんつばドリン、ク……

 でも、途中まで言いかけて、あ、と思って言葉尻が萎んだ。そういえば昨日、水を勧めて、「直飲みは要らない」と断られたばっかりだったのだ。
 世一は気まずさにぴしゃりと固まって、ドリンクを引っ込めようとした。「学習ってモンを知らないのか?」とか煽られたらマジで最悪だ。それは嫌だなと思って、何か言われる前に先手を打とうと思ったのである。

——おい、持ってくな、飲む」

 けれどそれは叶わなかった。カイザーが、世一の手のひらごとカップを掴んで、ぐいっと顔を引き寄せてきたから。

「え」

 アッと思う間もなく、カイザーの整った唇がすぼめられ、飲みかけのストローに躊躇無く口づけられた。
 シェイクタイプのドリンクだったせいで流石に無音で啜るというわけにはいかなかったらしく、ズ、ズズ、と控えめながら俗っぽい音が響く。
 そうして三口、いや四口ほどドリンクを啜ると、カイザーはふっと唇を離し、世一の至近距離で、ふっと目を細めた。

「クッソ甘」

 コーヒーを飲んでいたときとは違う、いいことがあった時にあははと言うみたいな屈託のない表情で——ミヒャエル・カイザーが笑っていた。

「だがまぁ、悪くはない、ユニークな味わいだ。……その量全部飲みきるのは無理だがな、あとは世一、お前が責任持って飲めよ」
「え? あ、ああ……

 世一はぽかんとして空返事のまま固まってしまった。目の前で何が起こったのか、いまいちよく分からなかった。
 凜や凪なんかの天才どもに比べれば、カイザーの考えはちゃんと理由も理屈もあって、だいたい、理解出来るものだったのに。その瞬間何故カイザーが世一のドリンクを飲んだのかは、本当に全然、分かる気がしなかった。まるで意気揚々とテストを解いていたのに、簡単な選択問題が突然不可解な自由記述問題に変わってしまったかのような。訳がわからない、でも、目の前でちょっと素直な表情を見せているカイザーの顔は、ムカつくのになんかかわいいなと、思ってしまう。

「あ? なんだよ、そのツラ。飲んだら悪かったか?」
「い、いやべつに、俺から飲むかって聞いたんだし……
——それともこういうのは『友達』とやることじゃなかったか?」

 いや前言撤回、コイツ全然かわいくないし。
 こんなしたり顔で聞いてくるやつがかわいいわけない。はっとして首を振ると世一は顔を上げた。ちなみに世一は相手と状況次第で全然やれる方で、間接キスなんて持て囃す方がダサいと思っているタイプだ。だって喉渇いてるときにそんなものを恥ずかしがって意地張ってたら脱水で倒れる。揶揄われるよりそっちの方が後に響くという考え方なのである。

「べつに……俺は『友達』となら、一口分けるぐらい、普通だし」

 だから世一が少々突っ張るような調子でそう答えると、カイザーはふっと首を傾げ、低く唸る。

「ふうん」

 落とされた声音にどきりとして隣を見上げると、傾げられた角度の関係か、カイザーの顔には、半分ほどを覆う影が深く落ちていた。

「なら世一、お前は——

 上半分を黒く影で塗り潰したまま、カイザーが顔を近づけてくる。その得も言われぬプレッシャーに、世一の肩がピクリと跳ねる。今から何か、とんでもないことを言われるようなそんな気がしたのだ。根拠は無いけれど。
 そしてその言葉を聞いてしまったら、何かはわからないけどもう後戻りは出来ないような気がして——

「あれ、潔? ……と、青薔薇のひと?」

 でも、その瞬間は、ひとまずその場では、訪れなかった。

「え? 凪……に、玲王!?」

 すこし離れた所から名前を呼ばれて、思わずそちらに振り返る。そこには小洒落た私服の見知った二人組がいて、世一の姿を認めてぱたぱたと駆け寄ってきている最中だった。「偶然じゃん、お前らも渋谷来てたの?」横までやって来て止まったふたりに驚いて訊ねると、凪がこくりと頷く。

「ん、玲王に服選んで貰おうと思って」
「お前とうとう服まで玲王頼みに……

 言われてよく見ると、凪の腕にも玲王の腕にもそこそこの量のショッパーがぶら下がっていた。世一には全然見覚えのないブランド名だ。たぶん玲王のお気に入りの、高校生が手を出すには高い店なんだろうなと勝手に思った。

「潔は? 珍しい奴と一緒にいるみたいだけど」

 服なんてもっぱら母親がしま*らで買ってきてくれたやつばかりの世一が世界の違いに戦いていると、ショッパー抱えててもサマになる玲王が、凪の隣からひょこりと顔を出してきて訊ね返してくる。珍しい……まあ珍しいよな。そもそもカイザーが渋谷観光してるだけでも珍獣ショーみがある。世一は頷き、ことのあらましを話した。つまり、友達いない暦十九年のカイザーと友達やってみることになって、観光案内をしているところだ、と。

「へー、潔、怖いもの知らずだね」

 すると凪は世一とカイザーの顔を見比べ、唐突にそんなことを言った。

「いやべつに……凪ほどじゃないと思うけど……
「そう? 玲王はどう思う?」
「どっちもどっちかな、俺から見れば両方不思議ちゃんみたいなもんだし」
「え〜? そんなことないって、あ、そうだ、ふたりともこのあと暇?」

 いやいや、そんなまさか。玲王のほどほどに無礼なトークを笑い飛ばし、ふと、思いついたままに手をあげる。監獄で色々ある中で、凪も、玲王も、世一にとってそこそこに気心の知れた、良い友人になった。そんな友人たちと合流して四人で「友達の遊び」をやってみるのもいいかも、なんて思ったのだ。もし都合が付くなら蜂楽や千切なんかも呼んでもいい。そんな軽い気持ちで、世一が提案を続ける。

「俺ひとりで案内できるところは粗方連れ回したからさ、良かったら夜監獄に戻るまで、合流して四人で、」
——いや、ごめん、俺らこのあと地元に行くつもりだったから。カイザーの観光の邪魔になるだろうし、お暇しとくよ。荷物も多いし」

 けれどその言葉を聞いたふたりは、お互い顔を見合わせ頷き合うと何某かの合意に至ったようで……代表して玲王がゆっくり口を開くとやんわりと断りの言葉を告げてきたのだった。

「え、あ、そか。そうだよな……ごめんな、気遣えないで」

 ちょっと予想してなかった展開で、世一は面食らってしまいぽかんと瞬きをする。対する凪はマイペースに「いーよ、ぜんぜん」とピースをしてみせるが、その隣の玲王はなんだか場違いなほど真面目な顔をしているので、かなり妙な感じだ。

「え、玲王、どうかした?」
「いや……悪いな、こっちこそ断っちゃってさ」
「うん、また今度ね、潔も頑張って」
……凪?」
「友達だし? 心配も応援もしてるよー。困ったらいつでも連絡して、玲王がどうにかしてくれるから。じゃ」
「えぇ……?」

 極めつけに、凪はそんな忠告めいた台詞まで言ってくる始末だ。
 いやいい感じのこと言って助けるのは凪じゃなくて玲王なのかよ。そんなツッコミをする間もなくふたりはあっという間にまた人混みの向こうへと消えて行ってしまった。あとにはぽつねんと置いてけぼりを食らった世一と、まだ手の中に残ってるきんつばドリンクばかりが残される。
 そうしてぼーっと立ち尽くしていると、突然、後ろから強い力で腕を引かれ、世一は思わずすっ転びかけてしまった。

「うわっ、ちょっ、カイザー!」

 寸でのところで中身が飛び散る惨事を防ぎながら、いきなり何するんだよ、と言ってやるつもりで思いっきり振り返る。すると視線の先に、突然、ものすごく不機嫌そうに人相を歪めたマフィアみたいな顔の男が現れた。そのあんまりな相貌に、反射で喉からヒュッと息が漏れる。
 監獄に来てからこっち、視線だけで人を殺せそうなやつはピッチ上でまあまあの数見てきたけど。
 ……なんていうかソイツは、その中でもトップクラス級に虫の居所が悪そうな、殺人的な顔付きをしていたからだ。

「え……どうしたんだ?」

 あまりの気迫に若干ちびりそうになり、おっかなびっくりそう尋ねた。カイザーは眉を一文字に引き結んでつめたい面差しをしている。いつもだったらあの鼻持ちならない傲慢ヅラで「フン」とかせせら笑ってきそうなものなのに、そんなことも一切せず、ノアに勝るとも劣らぬ鉄面皮で世一を見おろしてきている始末だ。

「クソ帰る」

 その果てに繰り出された言葉は短くぴしゃりとしていた。

「え、も、もう? まだもうちょっと見て回れるけど……カイザー?」
「やはり外は好かん、人は多いわ世一はこちらの了解も取らず勝手に話を進めようとするわでクソ不快」
「え? ……あ!」

 眉ひとつ動かさずそう言い棄てられて、どうやら自分は失礼を働いてしまっていたらしい、と遅まきに気がつく。「ごめんって、でも友達と遊ぶのって人多い方が楽しいかと思って……」半分ぐらい墓穴を掘ってると分かりながら呟くと、カイザーはやっぱり冷たい声のまま、「それはお前の理論だ」と言った。自分の理論とは違うのだと。まったくもって正論だった。返す言葉もない。

……もういい、お前との〝友達〟とやらはやってみたが性に合わなかった、戻ったら解散だ」

 くだらない〝オトモダチ〟ごとな、と、吐き捨てるように告げるその横顔は、一緒にクレーンゲームをしているときのそれや、ましてや世一のドリンクを勝手に飲んで笑っていた時のあの顔とは、とても似ても似つかなくて別人のようだった。

「え……

 ——なんで間違えてしまったんだろう。
 その声を聞いた瞬間、そんな薄暗い後悔が世一の脳裏を過った。友達を教えてやるとか大言壮語を吐いたくせに、友達を怒らせるような真似をしてしまった。たとえ相手がピッチ上では誰より一番ブッ潰したいクソ野郎だったとしても、今この瞬間、悪いのは、間違いなく潔世一だ。

「ごめん……

 けれど、謝っても返事はない。カイザーは振り向きもせず前だけを向いている。そうして世一は、それでもスタスタと駅へ向かって歩いて行くカイザーの腕を掴もうとして手を伸ばし、でも、腕に指が掛かる前に手のひらを引っ込めてしまう。

…………

 どの面下げてこれ以上友達ぶろうって言うんだ。
 二の句なんか告げるはずもなく、世一はぶるりと首を振った。なんだかひどくみじめな気分だった。あんなに罵り合っていて、顔を合わせれば煽りあいばかりしていて、コイツにどう思われようがどうでもいいと思っていたつもりだったのに、友達になり損ねてめちゃくちゃにしてしまったことが、思っていたよりずっと、世一には苦しく思えてならなかった。

——ああ、そっか。俺、思ってたよりずっとカイザーと仲良くなりたかったんだ……

 こんなことになってから、その事実に気付かされる。
 ボールを奪い合うライバル、近しい思考を持つ同類、同じビジョンを共有できる、美しいシュートを撃つ男。その存在に、自分で思っていたよりもずっと、親しみを覚えていたのだ。もう何もかも破綻してしまったから今更遅いのに。

(まあ、でも、元に戻るだけではあるか……

 とはいえ慰めになるのは、元々別に全然仲良くはなかったから、関係が変わるとか悪化するとかではない、ということだろうか。たぶん、ピッチに立てば罵り合い、ボールを奪い合って潰し合うことには変わりない。同じユニフォームを着てようが違うユニフォームを着ていようがそれは同じだ。
 なら、べつにいいのか。このまま会話もなく無言で監獄に戻って、別れたらもう二度とプライベートで出掛けたりはしない、そんな距離感に戻るだけなのだから……

——いやだ、さみしい)

 でも、やっぱり、考えても考えても、出てくる答えはそれで。どうしようもなくって、また、首を振る。
 仲直り、なんてするほど元々仲良くはなかったけど。
 どうにか、せめてちゃんと謝ることぐらいは出来たら……
 でもどうしたらいいのかわからない、きっかけがまるで掴める気がしない。どうしようもなくなって、世一は引っ込めた手を内ポケットに突っ込む。そして所在なさげに中のスマホを握り込むと、まるでその願いに呼応したかのようなタイミングで、突如としてスマホがバイブレーションを鳴らし始める。

——え?」

 思いもよらぬ展開に世一はひっくり返ったような声を上げた。だって着信通知つきで報せるようにしている相手なんて殆どいない。間違いない、この着信は、青い監獄ブルーロック——帝襟アンリからの連絡だ。
 同じ連絡が、カイザーの方にも入ったのだろう。カイザーも片隅で立ち止まり、スマホを開く。世一も後れを取らないよう慌ててロックを外してメールを開き、一斉送信で送られたと思しき内容に目を通していく。

「え? は、——嘘だろっ、監獄に戻る道が崩落でふさがったぁ!?」

 そうして飛び込んで来たメッセージは、俄には信じがたい驚愕の内容だった。