クリスマスをこんなに楽しみだと思ったのは、人生で初めてだった。裏の世界に生きるほとんどの者たちと同じように、太宰にサンタなんて存在しない。イベントなんて面倒ばかり連れてくる厄介者だ。ずっとずっと、そう思って生きてきた。
それがどうだろう。好きな人と過ごせるというだけで、世界がこんなにも輝いて見える。クリスマスデート! なんと素敵な響きだろう。そのために、安吾には出張を手配した。自分の仕事のスケジュールを調整してイブの夜を空けた。織田の仕事は放っておいても緊急性の高いものはないからわざわざ手を回すまでもない。
そうして満を持してのクリスマスデートのお誘いは、あっさりと了承された。これで浮かれるなという方が難しい。織田は当然のように安吾も誘おうとしていたから厳密にはデートではないかもしれないが、そんな細かいことはどうだっていい。クリスマスに! 2人っきり!
約束をした翌日には、詳細なメールも届いた。
「イブの話だが、11時半にここへ来てくれないか? あと、プレゼント交換をする予定だから、何か用意してきてくれ。あまり高価な物は困る」
ご丁寧に位置情報も付いている。
太宰は舞い上がらんばかりに喜んだ。職場で内心小躍りしたいような気持ちになりながら、メッセージには「いいとも」とだけ返す。
夕食を共にするくらいのつもりで誘ったが、なんと昼間からデートに付き合ってくれるらしい。予定より早く仕事を終わらせる必要が出てきたが、織田とのクリスマスデートのためならそれくらいどうってことなかった。
12月24日
太宰が指定された場所に行くと、そこにはいつも通りの織田が待っていた。くたびれたジャケットや剃り残した髭は相変わらずで、とてもデートには相応しくない装いのはずなのに、何故だかキラキラして見える。それは、街の雰囲気の所為かもしれないし、太宰の心が浮き足立っている所為かもしれない。
わくわくした気持ちを抑えきれないまま、織田の下へと駆け寄った。織田は挨拶もそこそこにどこかへと歩き出す。太宰はその後ろをぴょこぴょことついて行く。
「ねぇ、何をするかもう決めてあるの?」
決まっていなければそれでもかまわなかったが、織田の足取りにはどこかへ誘導する明確な意思を感じる。
「ああ、子供たちが朝からお待ちかねのはずだ」
「子供たち?」
そこで太宰はようやく気がついた。どうやらデートではないらしい。確かに“2人で”なんて誘い方はしなかったし、“プレゼント交換”なんて回りくどい言い回しも腑に落ちる。少し考えれば予想できたはずなのに、そんな考えはちっとも浮かばなかった。自分で思う以上に浮かれていたのだろう。
けれどきちんと説明しなかった織田にだって非はあるはずだ。織田にデートという認識がないのは仕方がないが、それにしたって話が違う。いくら顔見知りとはいえ、他にも誰かを誘うなら一言断りを入れるのが礼儀というものではないのか。
「それならそうと事前に言ってくれたまえ。私の用意したプレゼントじゃ、きっと子供たちは喜ばない」
皮肉交じりに文句を言う。織田を困らせたいわけではなかったが、嫌味のひとつでも言わなければやっていられない気分だった。
「すまない。なら代わりに俺の用意したプレゼントで参加するか」
けれど織田に素直に謝られると、いつまでも臍を曲げているのが申し訳なくなってしまう。子供扱いされるのも本意ではない。
「それじゃ悪いよ。途中でスーパーかコンビニにでも寄ってくれるかい? 駄菓子の詰め合わせくらいなら今からでも買えるだろう」
結局近くのコンビニでお菓子を買えるだけ買い込んだ。
有頂天だった気分は急下降していたが、織田に気にした風はない。もやもやとした気持ちを抱えたまま子供たちの待つカレー屋へと向かった。
けれど浮かれ切った子供たちに出迎えられると、落ち込んでいる暇もなかった。子供たちが大騒ぎするのを宥めつつ、親爺さんが用意してくれたパーティー料理に舌鼓を打つ。ポートマフィアのパーティーで出てくるのとは似ても似つかない家庭的なものだったが、それはそれで悪くない。
太宰の用意したお菓子の詰め合わせは大好評だった。「いいなあ交換してよ」と他の子に強請られるのを、引き当てた子が「やだやだ」と言って逃げ回る。親爺さんが「1日1つだからな」と忠告する声は、たぶん届いていなかった。
家に帰り、真っ暗な部屋に明かりを灯す。ベッドに倒れ込むと、馴染んだ感覚にほっと息が漏れた。たった数時間振りのはずなのに、まるで数日振りのような心地良さを感じた。久しぶりに大人数と話したからか、子供たちのエネルギーに当てられたのか。とにかく疲れていた。
初めて過ごすタイプのクリスマスだった。想像していたものとは大きく違っていたが、あれはあれで楽しかった。けれどどうせなら事前に知っておきたかったと思う。そうすれば、もう少し割り切れたのに。
織田に渡すつもりで買ったクリスマスプレゼントは、渡せないままポケットの中だ。すっかり体温に馴染んでしまった包みを指でなぞる。もう今後渡す機会もないだろう。ゴミ箱にでも捨ててしまおうと思ったところで、玄関に騒々しい音が響いた。
「おーい、太宰、いるかー? いるよなー?」
聞こえたのは、大嫌いな相棒の声だ。扉をガンガンと打ち鳴らす金属音ははっきり言って耳障りだ。とてもノックと言えるレベルではない。布団を頭まで被ってやり過ごそうとするが、いつまで経っても止む気配がない。それどころか、太宰を呼ぶ声はますます大きくなり、扉が嫌な音を立て始める。このままでは、真冬に扉が破壊されるという最悪の事態を引き起こしてしまいそうだ。
仕方なく扉に近づくと、扉を破壊せんばかりの激しい殴打が止んだ。あれだけけたたましい音を鳴らしていたにも関わらず、中の気配に目敏く気づいたらしい。
迷惑な客を追い返すべく、扉の前に立つ。もちろん鍵は開けない。
「なに」
「チキン食おうぜ」
「いらない」
「まあそう言うなって」
「お腹減ってない」
「じゃあ食わなくていいからとりあえず中入れろ」
「意味わかんないんだけど」
「扉ぶち壊されたくねぇだろ」
「もうただの脅迫じゃん」
ギィ、と扉がまた嫌な音を立て始めた。結局、色々と面倒になって鍵を開けた。そこに立っていた中也は、何故だかもうとっくに出来上がっている。顔は真っ赤で、足元は覚束ない。ノックに手加減がないと思ったら、酔っ払いだったらしい。いつまでも渋っていたら本当に扉を破壊されていたかもしれないと思うと嫌気がさす。
「くっさっ……君、いつから飲んでるの」
子供たちとのパーティーは良い子の時間に解散したので、時刻はまだ夕食にも早いくらいだ。
「あー? いつからだっていいだろ」
中也は文句を言いながら、ずかずかと部屋の奥へ侵入してくる。ベッドに吐かれでもしたら堪ったものではないので、太宰も仕方なくその後を追う。
「何しに来たわけ?」
「だからチキン一緒に食おうぜ」
手に提げたビニール袋から、パックに入った惣菜が出てくる。この家にダイニングテーブルや卓袱台といった大層なものはないから、それらが並べられるのは床の上だ。
「誰かと飲んでたんでしょ? そのまま酔い潰れてればいいのに」
「なんだよ、どうせ手前はクリスマスらしいことのひとつもしてねぇんだろうが」
「私の勝手でしょ」
「俺が嫌なんだよ」
ただの酔っ払いの軽口だと思っていたはずが、声に妙な真剣さを感じて口を噤んだ。
「俺が手前と過ごしたかったんだよ。手前からすりゃ迷惑なんだろうけど」
「そうだよ、迷惑だよ」
中也の真意が読めなくて、ようやっとそれだけを言い返した。中也は全く意に介した風もなく機嫌良く笑う。
「はっはっは。そりゃあいい。いつもの嫌がらせのお返しだな」
酔っ払いをまともに相手したって疲れるだけだ。放っといて寝てしまおうかと思ったが、腕を引かれて隣に座らされる。
「腹減ってねぇっつったって、ちっとくらい食えんだろ。付き合えよ」
中也の持ってきたメニューは、昼のパーティーで見たのと似たようなものだ。昼間に食べた子供たち向けの味付けのものよりは、太宰の口に合いそうな気がする。
「はいはい、しょうがないから少しくらい付き合ってあげるよ」
けれど手を付けようとして、いくつか足りないものの存在に気づく。
「お箸は?」
「忘れた」
「……お酒は?」
「買ってない」
「なんで?」
「これ以上飲めねぇし」
「それは君の話でしょ!?」
「っつーかこの部屋箸くらいねぇの?」
「ないよ」
「じゃあどうすんだよこれ」
「こっちが聞きたいんだけど」
なんだか莫迦莫迦しくなる。やっぱり中也を放って寝ることにした。
「あー、待て待て。コンビニ行って箸もらって来っから! ちょっと待ってろ」
「知らないよ。私はもう寝る」
中也がわたわたと引き止めようとするのを無視してベッドに入った。今度こそ相手にしないつもりで頭の天辺まで布団を被る。その横でしばらくは中也が「なあだざいー」と声を掛けてきていたが、太宰が身動ぎひとつしないのを見るとやがて諦めた。
諦めたが、中也が部屋を出ていく気配はない。いつの間にか、計画倒れになったクリスマスデートのことも、渡せなかったプレゼントのことも、どうでも良くなっていた。それが中也のお陰だなんて絶対に認めたくないけれど。
明日の朝、中也に行き場のなくなったプレゼントを押し付けてやろう。それから、買ってきた惣菜を一緒に食べよう。自分でも何故だかわからないけれど、そんな小さな他愛もない予定が楽しみで仕方がなかった。
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