夜明 奈央
2024-12-22 10:54:42
1258文字
Public 中太SS
 

今夜はお鍋

寒い冬のある日の平和な中太
2024年12月20日初出

 冬の日暮れは早い。太宰が家を出た時にはまだ明るかったはずが、到着する頃にはすっかり日が落ちてしまった。日が落ちると冷え込みもひと塩で、一際強く吹いた風に身を縮こませた。
 マンションのエントランスまであと十数歩というところで、すぐ近くをバイクがすり抜けていく。エンジン音に聞き覚えがあったので目で追っていると、マンションの駐輪場へ滑り込んで停車した。ここまでくれば、その人物が誰であるかはほとんど確定したようなものだ。
 フルフェイスのヘルメットを脱いで近づいてきたのは、案の定中也だ。
「この寒いのにバイクって正気?」
「うっせぇ、俺の勝手だろ」
 中也はガサガサとレジ袋を揺らしながら太宰の方へと向かってくる。目的地は同じなので、大人しく隣に並んでエントランスをくぐった。
 中に入るとふわりと優しい温もりに迎え入れられ、ほっとため息を吐く。
「今日は特にさみぃな」
「ほんと。買い物するならそれこそ車にすればいいのに」
「二輪のが好きなんだよ」
 実のない会話を繰り広げながら、エレベーターを待つ。
 中也の手がするりと伸びてきて、太宰の左手から手袋を奪った。代わりのように中也の手が絡められる。
「うわつめてっ。これ手袋意味あるか?」
……これでもないよりはマシだよ。君こそなんでそんなあったかいのさ」
 まだエントランスだよ、という言葉が喉元まで出かかったが、すんでのところで飲み込んだ。
 他には誰もいないし、太宰だって手を繋ぐのが嫌なわけではない。監視カメラはあるが、それくらいは許容範囲だろう。だってそれを言い始めたら、太宰がここに出入りしているだけで問題だ。
 中也の手から、太宰の手にじんわりと熱が伝わる。真冬にバイクを走らせた後とはとても思えない温かさだ。ほとんど感覚がなくなっていた太宰の手に、痛いくらいに血が巡る。
 欲を言えば未だ感覚のない右手もどうにかしたいところだが、それは部屋までもう少しばかり我慢すべきだろう。そのくらいの節度はある。
 やがてエレベーターがやってきた。てっきり離されると思っていたのに、絡めたままの手を引かれた。
 エレベーターが動き始めてから、中也が提げているレジ袋に目を向ける。ネギが飛び出しているのには気づいていたが、よく見ると白菜や鍋スープの素らしきものもある。
「今夜はお鍋か」
「おう、さみぃからな」
「私ごま豆乳がいい」
「知るか。俺はキムチの気分だ」
「えー」
「リクエストは買い物行く前に言え」
「まだスーパー開いてるよ?」
「誰が行くか」
 いつまでも続きそうだった舌戦は、エレベーターが目的階に到着したことを告げたことで中断された。
 手を引かれて廊下へ進む。数歩で部屋の前に到着すると、繋がれていた手は自然に離れていった。
「ごま豆乳は今度な」
 このまま有耶無耶にされると思ったのに、中也はそう付け足した。
 今度、今度か。
 口の中で、声には出さずに言葉を転がした。中也のことだから、きっと次は本当にごま豆乳鍋にしてくれる。


ご感想喜びます / 転載・AI学習禁止