ミロキサ

クリスマス前に。

「なにをしてるんだ?」
「お前のセーター編んでる」
 長椅子の上で足を組んでいたキサラギは、後ろから覗き込んでくるミロに顔を上げて微笑む。手元には言葉通り毛糸を絡めた編み棒があるが、まだまだ編み始めで布にも見えない状態だ。
「今年は燃料が少し高いからな、防寒には気をつけねえと」
 星に存在する資源に変わるものは発明されているが、侵略者との戦いによって幾らあっても足りない状況では民間に回るものは年々値上げしている。戦争はいつの時代も金食い虫だ。相手が共有する文明社会を持っていないのならば尚更に。
「これがセーターになるのか?」
 前へ周ってきてキサラギの隣へ腰掛けたミロは、まだまだセーターの片鱗にもならない毛糸を繁々と長め不思議そうにまばたきをする。兵士には最低限物資が支給されるし、ミロが見慣れているのはどうしても強化の施された戦闘衣だ。目の前で編まれていく暖かなセーターは初めて見たのだろう。
「そうだよ。色は勝手に決めちまったがいいだろ?」
 ミロの赤毛に似合うだろう淡い水色の毛糸に頷くミロは、この毛糸が派手な紫色であっても文句を言っただろうか? 言ってくれればキサラギにとっては嬉しいのだが、まだ怪しいのでそんな冒険には出なかった。箪笥の抽斗の一番上から着ていくミロが服飾に興味を持つのはいつだろう。お洒落に関心を抱けるのは平和な証拠。早くそんな日が来ればいい。
「キサラギは器用だな。見ていてもなにをしてるのかよく分からん」
「単純な繰り返ししかしてねえよ。やってみるか?」
 む、と難しそうに眉を寄せたが、ミロはおずおずと手を伸ばしてくる。キサラギはその手に編み棒を持たせると、立ち上がってミロの後ろに立つ。彼の背後から手を重ね「こうやるんだよ」と毛糸を編み始めた。
「ここ引っ掛けて……そう、上手だな。ほら、一人でやってみろ」
…………解けたぞ」
 他人には不満そうにも見えるかもしれない表情はミロなりの困惑だろう。キサラギはからからと笑って再度ミロの手を取る。
 毛糸を引っ掛け、輪に通す。引いて、引っ掛けて。繰り返し。
 覚束ない手つきながらミロも自主的に編み始め、キサラギが編んでいた分よりもやや縒れた網目が出来上がる。
……完成が見えない」
「根気でやるもんだからな。ほら、貸せよ」
 やらせてはみたが、ずっと続けるにはミロの性格的につらいかもしれない、とキサラギは編み棒を返してもらってミロの続きから編んでいく。
「一段落したら茶でも飲むか。ああ、いや……そろそろ酸化しそうなワインと萎びかけのオレンジがあったな」
「グリューワインにするのか」
 ミロの目が僅かに輝く。苦味などを嫌うミロの舌も、果物やシナモンと一緒に煮込んだワインであれば美味く受け付けるのだろう。
「体もあったまるしな」
 キサラギの体は寒いほうが稼働に適しているが、人間はそうではない。凍えれば健康を害するし、それも極まれば死に至ってしまう。
 先ほど取ったミロの手から伝わる体温を思い出す。戦闘に適した体は円滑に血を巡らせて、指先までも温かった。その指自体はかさかさとしていて、もう少し気を付けてやらねばとキサラギは自分のことにあまり頓着しないミロ自身に代わって思う。
「そういやもうすぐクリスマスだな」
「ああ……そんなものもあったな」
 興味の薄そうな声で返すミロ。本来であれば人間であるミロのほうが関心を示す行事だというのに。
 大昔は一大行事として数々の街を明るく装飾した行事は細々としか残っていない。文化として消えつつあるわけではないが、それだけ大々的に祝う余裕が人類にはないのだ。防寒にセーターを編むように、人類は目の前にあるもので必死に生きなければならない。
「サンタがいたらなにが欲しい?」
…………サンタ……煙突から入ってくる老人か……
「おっと、不審者とか侵入者とかそういうのは言いっこなしだぜ?」
 途端、ミロは先ほどよりもぐっと難しい顔になった。見知らぬ老人からなんでも与えられる、という条件が難しいのかもしれない。キサラギが「俺からなにが欲しい?」と訊けば別だろうか。ミロに想像力や無条件に与えられることに対する欲求を養ってほしいキサラギは、今回は敢えて口を噤む。
「俺は……
「うん」
「欲しいもの……
「考えるだけなら自由だ」
 生まれたときから役目ばかり課せられたミロに、キサラギはいつだって願いを、望むということを知ってほしかった。
 むむ、と悩んでミロが唸る間もキサラギの手は止まらない。既に編み目は数度の折り返しを繰り返している。
……キサラギはなにが欲しいんだ」
 逆に問われてキサラギは天井を見上げ、そのままちらりとミロへ視線を向ける。
「お前の手編みマフラー」
…………手編み」
「そう言ったらどうする?」
 ミロの視線がキサラギの手元に固定される。ヒューマノイドらしい整然とした編み目のなかに混じる拙い編み目。キサラギにとっては愛おしい人間の一歩。
……サンタからだろ」
「サンタには仲介になってもらう」
「俺はサンタの連絡先なんて知らん」
 憮然としたミロにキサラギはまた笑う。
「そりゃ残念だ。で、欲しいものは思いついたか?」
 ぐうっと唸るミロ。キサラギはそれ以上急かさずに編み物を続ける。
 一巡目、二巡目。折り返す編み物が布らしくなってきた頃、結ばれていたミロの口が僅かに開く。
「俺は」
「うん」
「俺は……
 迷うような重たい口調。
 編み目のように拙い願いが発せられるのを、キサラギは目を細めて待った。静かに、静かに待った。