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時緒
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魔法使いの約束(アサカイ)
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【アサカイ】ただ抱きしめて
北の国での依頼を終え、魔法舎に戻ったアーサーがもう一度カインに告白する話。前作『恋に覆われる』の続き。
あの男に恋をしたのは、ほとんど宿命と言ってよかった。
流れるようにして頬をふちどる真っ赤な髪、王子という立場にいる私を特別視せず、それどころか仕える主を厳しく見極めるように向けられる黄金色の瞳、そして私が最も焦がれてやまなかったのは、騎士団長としての高潔な精神だった。
私はずっと彼が好きだった。カイン・ナイトレイという男を愛していた。出会った時から運命のように、懐かしい北の大地を離れて、王子としてあってもなお根無し草のように暮らしていた私を中央につなぎ止めたのは、他でもないあの男だった。そして私はカインを今もまだ、拒絶されてもなお愛している。誰よりも、もしかしたら一番に考えねばならない民よりも、あの男を特別視している。
北の国での任務は無事終わった。賢者様が目にとめた依頼をこなすのには骨が折れたが、オズ様やカインがいれば、恐れることなど何もなかった。
それでも、私の気分は晴れなかった。というのもさっき私はカインに愛を乞うて、拒否されたからだ。だから私は宿に戻ると言って騒がしい小屋を出て、今は旅の騎士に恋をした村娘の遺体を埋めた集団墓地で息をついている。幸い、今夜は吹雪は訪れず、凍え死ぬこともないだろうと思えた。
「あまりにも性急すぎただろうか?」
私はさっき埋葬したばかりの村娘の墓に向かって、そんなふうにひとりごちた。カインが言ったところによると、村娘の恋は叶わなかったものの、彼女は騎士といっときの情を交わしたそうだ。そんな声をあの遺体から聞いたそうだ。
私は単純にそれがうらやましかった。結局は死を選ばなければならなかった娘が、私はたまらなくうらやましかった。いっそ気まぐれでもいいから、彼が私に心を許してくれたらと思った。友人としてではなく、恋人として、私に情を向けてくれたらと思った。
とはいっても、私は純粋な愛に殉じた村娘とは違い、告白を拒否したカインに向かって、自分の余命について語ってしまったのだった。全ては話さず匂わせた程度だが、聡い彼には全て分かってしまっただろう。私がそうやって気を引いて愛を乞うたことを、あの男は軽蔑したかもしれない。
私は彼の主君だ。カインは滅多なことで私に逆らわない。私が自分の身を危険にさらす時や、王子としてふさわしくない振る舞いをする時以外は、彼はもっぱら私の味方だった。私はだからあの男を、唯一無二の親友だと思っていたのだった。
「考えてみれば、私は君の名前も知らないんだったな
……
」
私は、名前すら刻まれていない石の墓標に語りかける。村娘は愛に殉じた。でも、私にはそんなことはできない。私は中央の国の王子で、盛り立ててくれる民もいた。賢者の魔法使いでもあった。壊れかけている世界を守るために身を投げ出す、そんな魔法使いでもあった。
なのに私は、あの男が欲しくてたまらないのだった。自分の身分を理解してもなお、彼を、カインを、ただの男として求めてやまないのだった。
それでもなんとなく、私はカインと思いが通じ合っている気がしていた。想いは同じであると思っていた。お互いに向ける視線で、私たちはいつか結ばれるのだろうと思っていた。でもそれは違った。彼は私を拒否した。視線を落とし、私を見ないで、まるで自分ばかり悪いような言いようで、騎士として生きていきたいと言ったのだった。
宿に戻れば、またあの男の顔を見ることになるだろう。愛しい男の側にいられることは喜ばしかったが、告白が失敗してもなお私に仕えてくれる彼の側にいられることは嬉しかったが、あの拒絶を目にしてしまうと、私はひどく落ち込んだ。やはり性急すぎたのだろうか? もっと時間をかけるべきだった? 村娘の思いを知って、自分に重ねたのが悪かった? お互い大切なものがあっても、思い会えると思ったのは私のわがままだった? そうだ、元々私たちの関係は対等じゃなかった。私はカインの主君で、彼は若くして騎士団長にまで上り詰めた王家に忠実な男だった。だとしたら、最初から私は分が悪かったのだろう。
どうあがいても、私はやがて国王になる身だった。きっと王家を繋いでゆくために、望まぬ誰かと結婚もすることだろう。そしてカインは、そんな私の側にいるのをよしとするのだろう。それが彼の選んだ道だったから、騎士として王家に身を捧げ、私に身を捧げるとはそういうことだった。
「私は、そろそろ宿に戻ることにするよ。君の旅が終わったことを幸いに思う。ゆっくりお休み」
私は村娘を埋葬した墓場から離れ、宿に向かう。カインと顔を合わせることは気が進まなかったが、わがままは言っていられない。いくら吹雪いていないとはいえ、このままずっとここにいるわけにもいかない。ここは中央の国ではなく、北の国なのだから。慣れ親しんだ、厳しい国なのだから。
だが、結局この日カインが宿に来ることはなかった。きっと彼のことだから、夜通し飲んでいるのだろうと思ったけれど、私はどうしても寝付けなかった。無理に愛を通そうとした男である私が軽蔑されたようで、どうしても寝付けなかった。私はカインに愛されたかった。あのまっすぐな目で見つめられたかった。見通して欲しかった。私の薄暗い欲望を見通して、それでも愛されたかった。でもそれは、到底無理な話なのかもしれない。いくら出会った時に恋をしたからといって、友人になったからといって、私たちの間にはどうしようもない断絶があったから。オズ様に育てられたというのに悪いけれど、いっそ、北の国で自由に過ごさなかったらいいとすら思えた。そうしたら私はきっと、王族らしく全てを殺して国に尽くせただろう。だが北の国は厳しいが自由だった。欲しいものは力づくで手に入れることが出来た。だからなのかもしれない、私は北に染まりすぎて、中央の王子としてふさわしくなかったのかもしれない。私はずっとカインが欲しくてしょうがなかったが、そんな感情は、中央の王子としては持ってはいけないものだったから。
それでも、私は彼を愛していた。どうしようもない感情を抱いていると知っても、それを止められなかった。だから私は無理に彼に愛を乞うたのだろう。もしかしたら拒絶されないかもしれないと思って、淡い夢を抱いて。
空を飛び、エレベータで魔法舎に戻ったのは翌日のことだった。しきりにあくびをするカインは、だがいつも通り自然に私に話しかけてきた。まるで昨日は何もなかったように、私に全てを忘れろと言っているように思えた。
魔法舎に戻ってからは、私はぼんやりと過ごした。賢者様は相変わらず忙しそうに依頼を振り分け、時には自分も同行して各地の異変に対処していた。私たちが依頼の完了と結果を報告した時、あの人は安心したように息をついた。よかったです、村娘は無事に弔われたんですねと、心底ほっとしたように。でも、私は賢者様に全てをぶちまけたい気分だった。でも私は唯一を失ったのですと、たった一人の男に拒絶されたのですと、何も知らないあの人にぶちまけいたい気分だった。
「どうしたんですか? 何か悩み事でも?」
談話室に残って、紅茶のカップを覗き込んでいると、リケがやって来てそう言った。私はそれに曖昧に頷き、「何でもないよ」と嘘を言う。さすがに、仲間に全てを打ち明けることはできない。とはいっても、別に賢者様を仲間として思っていないわけではない。ただいつかは自分の世界に帰ってしまう人と、ずっと厄災と戦い続けねばならない仲間を比べれば、どうしても慎重になってしまったのはあった。
「嘘です。あなたは依頼から帰ってずっとおかしいです」
「そうかな」
「そうです。カインと目も合わさないし
……
。何か言われたんですか? アーサー、あなただけがおかしい、以前と違う」
リケが真剣に言う。私はそれに紅茶を飲み干し、勘がいいところのある彼から離れようとする。でも、リケはなお続ける。
「カインがかわいそうです。彼にとって、あなたは仕えるべき存在なんでしょう? ちゃんと仲直りをしてください」
「
……
仕えて欲しいだなんてそんなこと、望んでいなかったのに」
「アーサー?」
「いや、なんでもない。そうだな、仲直りをしないとな。ありがとう、リケ」
ちゃんと元の関係に戻らないと。王子と騎士に戻らないと。
私はそうつぶやいて、テーブルの上にカップを残して談話室を去る。そう、ちゃんと元の関係に戻らないと。カインに騎士として仕えられる王子にならないといけない。それが彼の望んだことだったのだし、私が愛しい男にしてやれることは、それくらいしかなかった。
「カイン、入っていいか?」
そして私は、カインの部屋を訪ねる。ずっと避けていた彼を訪ねる。するとしばらくの沈黙の後ドアが開いて、そこにはいつもと変わらない彼がいた。私の告白なんて嘘みたいに、いつも通りの彼がいた。
「アーサー。部屋、散らかってるけど入ってくれよ」
「あ、あぁ、ありがとう」
私は言われるままカインの部屋に入る。いつも無遠慮に訪れていたその部屋に入ったことで、私はただの王子と騎士に、そしてただの友人に戻った気になった。そうだ、私はこの男の友人なのだ。一生変わらない友人なのだ。何をそれ以上望むことがあっただろう。愛を乞うて得られなかったとはいえ、カインは私を受け入れてくれた。
「避けていてすまない。リケに言われたよ、ちゃんと仲直りしてくださいって」
「
……
仲直りも何も、そもそも俺たちは何もなかったじゃないか」
「そうだな。そうだな
……
」
カインが目を逸らす。黄金色の瞳は私を見ない。私はそれが辛くなって、カインをただ見つめた。流れるようにして頬をふちどる真っ赤な髪、王子という立場にいる私を特別視せず、それどころか仕える主を厳しく見極めるように向けてくれた黄金色の瞳、そして私が最も焦がれてやまなかったのは、騎士団長としての高潔な精神だった。
私はやはりこの男が欲しい。どうしても手に入れたい。王子として相応しい行為ではなくても、この男が欲しい。
「カイン
……
。カイン、私はやはりお前が
……
」
「殿下、やめてくれ。俺は騎士だ、あんたに仕えると決めた騎士だ。そう見てくれなきゃ、俺は自分の存在意義を失う」
カインがつぶやく。でも私はもう堪えられない。私は跪き、カインの手を取って愛を乞う。恥も外聞もなく、ただ一人の男として愛を乞う。
「カイン、私のために全てを失ってはくれないか」
「やめてくれ、アーサー、俺は
……
」
「なぁ、カイン。私のものになってはくれないか」
黄金色の瞳が揺れて私に向けられる。私はもう、この男を尊重することとか、自分が王子であることとか、一番大切だった民のことなどどうでも良くなって、傲慢にもカインだけを欲した。カインは口を開かない。強引な私に、彼は口を閉ざしてしまう。
「カイン、どうか受け入れてくれ。たった一言でいい、イエスと言ってくれ」
私は彼の手の甲に口付ける。こんな馬鹿な告白は、きっと受け入れられないだろう。でも、それでも私は彼が欲しかった。カインが欲しかった。手にいられないのなら、こっぴどく拒絶されたかった。命が潰える前に、私はこの男を手に入れたかった。私は北の育ちだ。欲しいものは力づくでも手に入れる。そんな欲張りな性格が、本来の私だった。
「だめだ」
「カイン
……
」
私は繰り返しカインの手に口付ける。名前を呼ぶ。カインは眉根を寄せ、苦しそうに私を見つめている。私は彼から誇りを奪おうとしている。騎士としての誇りを奪おうとしている。でも、それでもお前が欲しいんだ、カイン。お前じゃなきゃだめなんだ。いつか終わりが来ると分かっているからこそ、後悔はしたくない。お前を私のものにしたい。絶対に手に入れたい。お前を私で覆い尽くしてしまいたい。だからどうかイエスと言ってくれ。私を受け入れてくれ
――
。
「俺は、騎士でいたい」
「分かっている」
「あんたの側にいるためには、騎士でなくちゃならない」
「あぁ」
「でも俺は北の国で、強引にあんたのものにされたいと思っちまった。あんたがいなくなると思ったら怖かった。騎士失格だよ。あんたの側にいられる資格なんてないんだ」
「カイン、すまない。それでも私は、お前が欲しいんだ」
私は立ち上がり、カインを抱きしめる。
「お前を私のものにしたい。王子としての地位を捨ててもお前を私のものにしたい」
昔オズ様がしてくれた昔話の、平民と恋をして地位を捨てた王子のように私はなりたい。民を守りたい心に嘘はない。でも、それ以上にお前を愛したい。大切なものの次にじゃなくて、一番はお前なんだ。
赤い髪が頬にかかる。私より僅かに背の高い彼が、そろそろと私の腰に腕を回す。私はそれに、何も言えなくなる。ずっと欲しかったものを、彼の望まない形で手に入れたことに、何も言えなくなる。
「お前のためらな全てを捨てられるんだ。お前は望まないかもしれないけれど、仲間を裏切ってもいいとすら思えるんだ」
「あんたらしくないな
……
」
「分かってる、自分の一番をお前に明け渡すことがどれだけ危険か」
「あぁ
……
」
「それでも、私はお前が欲しいよ」
カインは答えない。私たちはただ抱きしめ合う。自分たちの関係を表す言葉なんて邪魔なだけで、もう、意味なんてなかった。
私はこの国に身を捧げることだろう。それでも一番はこの男なのだ。そこにどれだけ危険が待っていたとしても、私は彼を愛している。それが許されないことだとしても、私はカインを愛している。
私たちは何も言わないで、言葉にしては全てが消えてしまうような気すらして、ただ抱きしめ合う。
いつかやって来る悲しい予感を分かち合うように、ただ私たちは抱きしめ合う。まるで恋に殉じた、あの北の国の村娘のように、全てを投げ打って。
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