かのまる
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伊剣ワンドロワンライ「月冴ゆる」

伊剣ワンドロワンライのお題「月冴ゆる」で書かせていただきました。
時間は2時間弱です。
セイバーは性別不詳として書いてます。
FGOについて詳しくありませんが、あるイベントに少し似たような描写やカルデアの匂わせがあります。
よろしくお願いします。

伊織とセイバーは身を縮こまらせながら、家路への歩いていた。
「今日は一段と冷えるなぁ。イオリ、蕎麦を食べて帰りたいな」
手をさするセイバーは爪の先まで白く、血色を失った青白い顔をしている。ほぅ、と息を吐けば真っ白に煙った。
「そうだな。二八蕎麦でも食べて帰ろうか」
「蕎麦!食べたいっ」
伊織は他愛もない会話をしながら、珍しく何故か長屋に帰りたくないという気分に陥っていた。
空は今にも雪が降りそうな重い曇天だ。
早く帰らねば振られてしまうかもしれない。
蕎麦で温まり、ご機嫌になったセイバーが目を輝かせながら、伊織の周りをくるくると回る。
「帰ったら疾く火鉢を暖めよう!あとどてらは今日も私が使う」
「最近どてらはずっとお前が使ってるが。そろそろもう一枚買うか」
他愛無い会話をしているうちに、ついに長屋の前に着いてしまった。
昏い空から白くふわりとした綿雪がゆっくり落ちてきた。
「ついに降ってきてしまったな。間に合ってよかった」

伊織は屈託なく笑うセイバーに向き合い、静かに訊ねた。
「俺たちは冬を越えられなかった。では俺の目の前にいるお前は誰だ」
腰を落とし鯉口に手を掛け、いつでも抜刀できる準備をする。
セイバーは伏目がちに微笑んだ。
「そう、私たちは冬を越えていない。だからこんな事はありえない。そう、本来なら」
セイバーは一歩伊織に近づく。殺意も悪意も感じられず、ただ真っ直ぐ顔を上げ、琥珀色の瞳はどこまでも澄んで優しかった。
「ではこれは俺の夢なのか。それとも俺は……ついに狂ってしまったのか?」
「私はきみの夢や幻かもしれぬし、アヤカシかもしれぬ」
また一歩近づく。もうひと一人分の距離もない。
「ずっと会いたかったぞ。あぁ、やっと会えた」
飛びつくように抱きついたその身体は冷え切っていた。
それが雪のせいなのか、彼がこの世の者ではないからなのかはわからない。
伊織もセイバーの背中に腕を回し、力を込めて抱きしめる。この熱がセイバーに少しでも移ればいいのに。
「痛い、痛いぞ!イオリ」
ふふ、と笑いながらパシパシと背中を叩かれた。
「俺もずっとお前に……夢でもいい。一目で良いから会いたかった」
暫くの後、すっとセイバーは身を引く。
雪は少しずつ強くなり、伊織の頭や肩に少しずつ白い新雪が降り積もっていく。
……このままずっと一緒にいたいが、それも構わぬ」
「お願いだ。どうか行かないでくれ、セイバー」
伊織は縋るように手を伸ばすが、諦念したように手を下ろした。
「私も同じ気持ちだ……。そうだ、これを」
セイバーは左腕の緑の石の付いた華奢な腕輪を外し、伊織の手に握らせる。
「これをきみに預けるよ。またいつか、どこかで私たちがあい見えた時に返してくれたらいい」
「セイバー、それは……
「不可能だ」と返そうとすると、彼は輝く月のような満面の笑みを浮かべた。
「会えるさ!!私にはそんな気がするんだ。神に連なる私が云うのだから間違いないぞ」
最後は冗談めかした口調でおどけて見せる。

……もう、往くのか?」
「時間切れだ。言葉にできぬほど名残惜しいがな」
伊織はセイバーの頬に手を当て、屈んでそっと口付けた。
「では、また会おう。達者でな、セイバー」
彼は驚いたように目を丸くした後、「うむ!」と力強く頷いた。
セイバーはそのまま本降りになった雪の中へ静かに歩いて往く。決して振り返ることはなく。
伊織は姿が見えなくなるまで、彼を見送った。



そこで目が覚めた。
頬に一筋何か乾いた痕があったが、すぐ袖で拭い気が付かなかった事にした。
すっかり目が冴えてしまったので、外に出てみる。
まだ雪など降っておらず地面は乾いていて、凍える冷気のなかで蒼く冴え渡る月がただ美しかった。
ずっと見ていたいが、これ以上身体を寒気に晒すと障りがでるかもしれぬ。
また寝直そうと布団に戻ると、先程は気が付かなかったが、枕元に光る何かを見つけた。
呼吸すら忘れて、急いでそれを手に取り強く胸に当て握りしめる。
冷たいはずの翠緑の玉に柔らかな温もりを感じた気がした。

託されたものは山吹色の上等な絹の袋に入れて、いつも懐に忍ばせている。
いつか訪れるであろう再会の日を願って。