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2024-12-21 15:49:47
3728文字
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利土井(というより兄弟愛に近いなにか)
映画観て正気でいられなかったので…
さわやかな、抜けるような青空が広がっている。もう冬が近いというのに、今日は朝から暖かかった。
町長屋の一角にあるその家は、全ての雨戸を開け放ち心地の良い風が流れていた。
「なにも、きり丸が出かけるのを待っていなくたって良いだろうに」
足音を忍ばせていたというのに、その人は当たり前のように突然の訪問者である利吉を出迎える。一人前の忍びとなって早数年が経っているのに、悔しくもあるがそれ以上に面映ゆいような気持ちが利吉の中にはあった。
「子どもは苦手なんですよ、知っているでしょうに」
「そうだったかな、子どもたちはみんな君に懐いているようだけどね」
柔らかく微笑みながらそう話す土井半助は、すっかり穏やかな顔をしていた。利吉は結局、ほんのわずかしか“天鬼”を垣間見ることは無かったが、それでもあの研ぎ澄まされた気迫のようなものは忘れられない。同じ顔をしていても、全く別人のようだった。
「もう少し帰りが遅れていたら、危うくドブ掃除の当番をすっぽかすところだったよ。そうなっていたら隣のおばちゃんにまたどやされていただろうなあ」
参った参った、とまるで何でもないといった様子の土井に対し利吉はなんとなく面白く無くて、人の気も知らないでと憎まれ口を叩きながら囲炉裏を挟んで彼の前にどかりと座る。自分たちが追っていたドクタケの新たな軍師、天鬼が土井半助であると父に知らされたあの時、自分がどれほど動揺したのかなど、きっとこの人はわからないのだろう。
そう思うとなんだか、やるせないのだ。
「それで、今日はどうしたんだい利吉くん。私に用事があるみたいだけど」
出せる物が水しかないな、などと言いながら手元で欠けた茶碗を選別している土井に対し、利吉は僅かに唇を尖らせた。
「
……
用が無ければ来てはいけませんか」
自分が分かりやすく拗ねている自覚はあった。恥ずかしいとも思ったが、それ以上に、どうしても土井に会いたかったのだから仕方がない。
土井は手を止めてから目を丸くする。そんなに驚かれるとは思っておらず、利吉は子供じみた発言だったと顔が熱くなるのを感じた。
「
……
帰ります」
「いやいや、待って待って! 悪かったよ、ゆっくりしていって」
いたたまれず腰を浮かせると、土井は慌てた様子で利吉を制止する。
「君がどうにも可愛らしいことを言うものだから」
「やっぱり帰ります!」
「まあまあ!」
あまりに穏やかに笑うものだから、顔だけでなく胸の奥までじわりと熱くなってくる。
土井に初めて出会った頃、彼は文字通り手負いの獣のような人だった。周囲全てに警戒し、殺気立っていたように思う。それが、今やまるで子供たちの保護者のように穏やかに柔らかく笑うのだ。
あの天鬼という男の纏う空気は、どこか初めて出会った頃の彼を思い起こさせた。
「利吉くん」
改まった様子で名前を呼ばれ、利吉は浮かしかけていた腰を下ろして今一度土井に向き直る。町長屋は今日も賑やかではあるが、不思議と彼と相対していると静寂を感じた。土井は真っすぐに利吉を見据える。
「利吉くんにも山田先生にも今回は随分と迷惑をかけてしまって、本当にすまなかった。それから
……
ありがとう」
そう言って彼は利吉に向かい、深々と頭を下げた。利吉は、湧き上がってくる熱い衝動を抑え込むことが出来なかった。
「っ、当たり前じゃないですか! あなたに、あなたに何かあったら
……
私は、私たちは、駆けつけるにきまっているでしょう! 私たちにとって、お兄ちゃんは家族なんですから!」
あなたは孤独じゃないんだと、どうしても伝えたかった。一瞬ではあるが垣間見た天鬼がどうしてもあの頃の土井に重なってしまったから余計に、わかって欲しかった。
利吉は土井半助という男の事を、何も知らない。彼の生い立ちも、なぜ抜け忍になったのかも、本当の名前すら何も知らない。彼の言葉の端々から想像することしか出来ない。それでも、利吉はこの男が強く、賢く、思慮深く、そして誰よりも優しい男であることをよく知っていた。彼の穏やかで大らかな本来の性格だって、誰よりも知っている自信があった。ずっと、自慢の兄なのだから。
勢い任せにまくしたてた利吉に、土井はまた驚いた様子で顔を上げる。そして、どこか気恥ずかしそうにその表情を緩ませて利吉を手招きした。利吉は感情的になってしまったことを咳払いで誤魔化しながら、膝を立てて土井の傍まで寄ると、唐突に腕が伸びてきて抱きすくめられてしまった。避けられなかったのはきっと、彼が利吉に害が及ぶことを絶対にしないと信じているから。
「
……
怖い思いをさせてしまってごめんね」
あまりにも優しい声音に、利吉はじわりと目頭が熱くなった。だが、ここで涙を流すなんてプライドが許さない。
「怖いなんて、思ってはいません」
嘘だ。本当は怖かった。とてつもなく怖かった。
ドクタケ忍者隊に突如現れた天鬼という名の優秀な軍師が土井半助であると知ったとき、彼が記憶を失っていると知ったとき、足元が崩れるような恐怖に襲われた。利吉が一人前の忍者として仕事を請け負うようになって早数年、有能な軍師という存在がいかに戦局を大きく変えるのか、そしていかに敵にとって厄介な存在であるのかは分かっているつもりだった。
実際、父である山田伝蔵が危惧した通りに好戦的な領主であると名高いタソガレドキの忍軍が動いた。自分たちの力でタソガレドキ忍軍の組頭である雑渡を止められるとまでは思ってはいなかった。せめて、一時でも足止めをして到着を遅らせる事が出来れば、後は父や忍術学園の優秀な上級生たちが上手くやってくれるはずだと思っていたのだ。しかし、蓋を開けてみれば明らかに手加減をされながらも、三人がかりで雑渡にかすり傷ひとつ負わせることも、足止めすることすら出来なかった。
恐ろしかった。面と向かって対峙しただけで勝ち目が無いと悟る程、実力差があった。殺されるかもしれないという恐怖より、この男ならば土井半助を殺してしまうかもしれないという恐怖の方が強かった。自分が止めなければ殺されてしまう。そうなったら自分はきっと耐えられない。だから、利吉は勝てない相手からは退くという忍者として当たり前の掟すら忘れ必死に追いすがったのだ。ボロボロにされ、脚がもつれながらも土井を失えないという気持ちだけでいっぱいだった。
「うん
……
利吉くんは、よく頑張ってくれたね。本当に、ごめんね」
彼の大きな手が、利吉の頭をそっと撫でる。
きっと、土井は利吉の気持ちをわかっているのだろう。彼ほど頭の良い男が、ドクタケ忍者隊に有能な軍師が入ったと知って他の城がどう動くのか想像できない筈がない。そして、あの場に利吉がいた意味もきっとわかっている。わかっていて、すべてを汲んで、きっと今こうして利吉を抱き締めているのだ。
敵わない。本当に、このひとには敵わない。それが悔しくて、どこか、嬉しい。
「
……
子ども扱い」
頭を撫でられるなど何年振りだろうか。不満げな声を発するが、その手を払いのける気は全くなかった。普段はあの小さな子供たちが独占している“みんなの先生”であっても、今こうして独占する権利が自分にはあると、利吉は思う。
この人のことが大好きなのは子供たちだけでは無いのだから。
「うーん、君の場合は子ども扱いというか
……
私としては弟扱いなのだけど」
頭上からそんな声が聞こえてきて、今度は利吉が驚く番だった。この人にとってこうして抱き寄せて頭を撫でるという行為が兄が弟にするものだと認識しているのなら、とうに元服を迎えた者同士ではいささか距離が近すぎる。だが、やはり利吉はそれを拒む気など無い。それはそうだ、彼が可愛がる弟などこの世で自分しかいないのだから。
「では
……
あなたの可愛い可愛い弟のお願いを聞いて頂きたいのですが」
可愛い、をことさら強調して顔を上げると、こちらを見下ろす土井の大きな目と視線が合う。彼をこうして見上げるのも随分と久しぶりな気がした。
「なんだか怖いなあ
……
聞かせてもらおうか」
名残惜しさを感じつつ、ようやく少し体を離した利吉はコホンと小さく咳ばらいをする。やや身構えている様子の土井を真正面から見つめ、にこりと爽やかな笑みを浮かべた。
「母も久々に会いたがっていますので、たまには実家に里帰りしていただけませんか? もちろん、父上と一緒に」
父も随分と帰って来ていないので、そろそろ母も堪忍袋の緒が切れるのではないだろうか。そこにきて今回の騒動だ、土井も連れて帰らねば、怒られるのは利吉だろう。
「里帰りって、私は
……
」
「何をおっしゃいますか。あなたの帰る家はここだけでは無いでしょう? お兄ちゃん」
今更だ、と利吉が笑う。土井はそんな利吉を、まるで眩しいとでも言った様子で目を細めて見ると、そうだねと笑って頷いた。
もう何もないなんて思わせない。あなたの帰りを待つ人は、あなたが思うよりずっとたくさんいるのだから。
土井がそれを思い知るのは、きっと遠い未来では無い。
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