オルサイ未満。怒る理由のお話です。お題箱にいただいた『自分が罵られても怒らないオルが、サ先生がイヴォン派の学者とかに悪く言われているのを見て怒り、サ先生が驚く話(要約)』という話を書きました。お題ありがとうございました!
サイラスがアトラスダムを出てから半年が経つ。往く先々で興味をそそられる事件に首を突っ込んでいる内に、気付けば旅の同行者は七人と一匹にもなっていた。性別も年齢もばらばらの仲間達だが、尊重し合って上手くやれていると思う。
「すまないね、私の都合でアトラスダムに立ち寄れず……」
「気にすることねえって! 先生も大変だな」
「確かにアトラスダムなら色々珍しいものもあるだろうけど……流通網でいったらこの辺りもそう変わらないと思う。寧ろこっちの方が、掘り出し物がありそうで燃えるわ……!」
一行がいま訪れているのは、フラットランド地方に位置する町だ。ウォルド王国の首都であるアトラスダムは目と鼻の先であるが、敢えてこの町に滞在することを選んだのは理由がある。プリムロゼが自身の頬に手を添え、ため息を吐いた。
「王女様との仲が噂になって、国外追放だなんて……随分な話ね、色男さん」
「まあ、良い機会だったんだよ。あのまま王立学院にいても、知識を広めたいという私の望みは叶わない上に、ちょうど興味をそそられる謎もあった。私はこの状況を楽しんでいるが……まあ、アトラスダムに足を運ぶところを見られて、噂が再燃しては元も子もないからね」
「モテるってのも大変なんだな……」
「そんなことになっても怒らずにいられるところが大人だわ……あ、よろず屋はここね。ごめんくださーい」
トレサがよろず屋の扉を開け、続いて中に入る。防具や武具、地図、果ては保存食など、旅に必要な道具が雑多にひしめく店内を一瞥し、サイラスは若き商人の背中を見守った。アーフェンは店主に声を掛け、薬の調合素材が並ぶ棚を見ながら呟く。
「でも、流石に先生もちょっとは怒ったほうが良かったんじゃねえか? こんなに近くにいるのに、故郷に帰れねえのもな……」
「まあ、噂を流した生徒は深く反省しているようだったからね。自ら省みることができたのなら、態々私が言うことでもないさ」
「大人だねえ……。トレサとテリオンにも見習ってほしいぜ」
「今日も朝から元気にやり合ってたものね」
「あれはテリオンさんがいちいち突っかかってくるせいよ!」
商談の合間に振り向いて、トレサがむくれてみせた。商人と盗賊はまさに水と油――なまじ年齢は近いのに価値観が真逆だからか、二人はよく衝突している。今日のように別行動をする場合は、互いが落ち着くまで敢えて引き離すことも多い。今回はサイラス達が町で物資の調達を、そして残りの半数は魔物の討伐依頼を請けて丘へと向かった。
「トレサが過剰反応するから面白がっているだけよ。彼、からかう相手は選んでるみたいだから」
「いや、みんながプリムロゼや先生みたいに受け流せねえって……」
「アーフェンも直情型だもんね~」
「へえへえ、その通りで。……親父さん、このオリーブの花を一束と、それからスイミンカの葉をくれないか」
「あいよ、毎度あり!」
生まれも育ちも違うなら、気質が異なるのは当然だ。仲間内にも微妙な相性やバランスがあり、気が合う者もいれば、合わずに衝突ばかりしている者もいる。ただ本当に嫌いであれば関わらない方法もあるので、まあ彼らなりに程よい距離感を測ろうと試行錯誤しているのだろう。だからあまりにも喧嘩が加熱している時は止めに入るが、そうでない時は見守ることにしている。
雑談している内にトレサの商談も纏まったらしい。彼女は精霊石や保存食、買い替えた装備を両手に抱えて、値切った金額を誇らしげに教えてくれた。トレサの鞄に入り切らない荷物は分けて持つことにして、サイラスは精霊石を引き取った。店を出て、トレサがふと思い出したように呟く。
「そういえば、サイラス先生が最初に仲間にしたのってオルベリクさんなんでしょ? オルベリクさんって怒ったりするの?」
「ああ……確かに彼は穏やかだけど、別に怒らないわけではないよ。コブルストンで出会った時などは――」
切り立った山の中にある村の風景を思い出しながら語ろうとした時、怒号と何かを殴打したような鈍い音が響き渡った。見れば、大通りで男二名が殴り合いの喧嘩をしていた。倒れ伏した相手を更に殴ろうと馬乗りになる様子に、アーフェンの表情が引き締まる。
「俺、ちょっと仲裁してくるな! おいおい、あんたら何やってんだよ……」
「おや……手を貸したほうがいいだろうか」
「大丈夫じゃない? ほら……」
アーフェンが駆け寄って男を引き剥がし、何やら事情を聞いている内に、殴りかかった男は覇気を失っていった。アーフェンはぽんぽんと男の背を叩き、倒れた喧嘩相手を二人で運び始める。何度見ても思うが、アーフェンの聞き出す力というのは素晴らしい。薬師として寄り添おうとする姿勢に、生来の世話焼きな気質が相まって、自然にひとの心を開かせるのだ。
「あたしは先に宿屋に行って、荷物を置いてくるわね。そろそろ待ち合わせ時間だし、サイラス先生は先に酒場に向かっててくれない?」
「だが荷物もあるだろう。私が荷運びをするから、プリムロゼ君が待ち合わせ場所に向かったらどうだい」
「あら、ありがとう。でも今日はいいわ、酒場に行く前に化粧を直しておきたいから」
「そうか。では先に行って待っているよ」
準備をするということは、今夜はプリムロゼの踊りが見られるのだろう。彼女に習って踊ってみるのも楽しいが、やはり自分は見ている方が性に合っていると思う。二人とはその場で分かれ、待ち合わせ場所である酒場へと向かった。
大通りにある酒場の前で足を止め、何の気なしに空を眺める。既に日は傾き始めていて、討伐依頼に向かったオルベリク達との待ち合わせの時間が迫っていた。狩人であるハンイットを筆頭に、癒やし手であるオフィーリアも同行しているから心配はしていないが、その一方で無事に帰ってきてほしいとも願う。
「あれ? おーい、きみきみ」
「ん……?」
「やっぱり! サイラスじゃないか。こんなところで奇遇だなあ」
呼び掛けられて視線を遣ると、見慣れた黒いローブ姿の男達が走り寄ってきた。誰かと思えば、アトラスダム王立学院の同僚達である。彼らは三人で行動していたようで、サイラスを囲むように傍に立った。
「やあ、久しいね」
「本当に。国外調査だって? すっかり出世したなあきみも」
「羨ましいくらいだ。ぼくらなんか、こんな近所の調査しか任せてもらえないのに」
「さすが王女様のお気に入りは違うな。いやはや全く、上手く取り入ったもんだ」
彼らはにたにたと薄ら笑いを浮かべ、遠回しな皮肉を好き勝手に喋っている。――思わず、オデットの顔が脳裏を過ぎる。彼女が嫌になって出て行く訳も、分からないでもないのだ。ウォルド王国では良くも悪くも学問が重要視され、そのせいか学者達の間では常に噂が飛び交い、権力争いまで生じている。皮肉や嫌味の応酬を楽しめる者もいるだろうが、サイラスにとっては研究の邪魔でしかない。変に反応しても相手を喜ばせるだけなので、微笑みを浮かべて適当に聞き流しておく。
「そうかな。キミ達の方は、調査は順調かい?」
「ああ! 不思議とね、きみが居た頃よりずっと仕事が順調だよ。学長がぼくらに時間を割いてくれるからかな」
「それは良かった。お忙しい方だからね」
「……まあ、そうだね」
同僚達は決してサイラスに好感を持っているわけではない。それこそ、悪い噂があれば喜んで吹聴して回るはずだ。そんな彼らの耳にも王女との仲に関する噂が届いていないということは、イヴォンが握り潰したようだ。何しろ、王立学院内で学者の不祥事が起きたとなれば、学長が監督責任を問われることは想像に容易い。
知識を蒐集して自分だけのものにしたいイヴォンと、知識を万人に広めたいサイラスが分かり合うことは難しい。彼の方針に異を唱えるサイラスを追放できただけで、噂の役目は終わったのだろう。――そんなことを考えていると、軽く背中を叩かれた。どうやらまだ皮肉が言い足りないらしい。
「さすがのきみも、長期間の調査は疲れるだろう。ここは意地を張らずに……便宜を図ってもらったらどうだい? きみが謝礼は弾むとでも囁やけば、女でも男でも喜んで手を貸してくれるさ」
「微力だがぼくらも協力してやろうか! そうだなあ、きみが犬の真似をして……三遍回ってワンと言ってくれたらとか?」
「そりゃあいい! 予行演習になるよ。学長の靴を舐めたり、女のスカートに顔を埋めたりのな」
「……」
あまりに品のない言葉だが、怒りが湧くことはなかった。寧ろ、こうも直接的な嫌味を言ってくる胆力に感心する。しかしこんなところをトレサやアーフェンに見られたら、きっとカンカンに怒って騒ぎを起こしてしまうに違いない。穏便に離れる方法がないか算段を立てていると、不意に彼らの顔が強張った。その眼差しはサイラスではなく、更に背後を向いている。
「どうかしたかい?」
「う、後ろ……知り合いか……?」
「……随分とよく喋るやつらだ」
「ああ、オルベリク――」
背後から響いた低い声に覚えがあり振り返ったが、サイラスは思わず目を丸くしてしまった。オルベリクの表情は固く強張り、剣呑な眼差しで同僚達を睨み付けている。今にも剣を抜いて斬り掛かってきそうな――あり得ないことだが、そう思わせるほど迫力が滲む姿に、学者達は体を縮めて震え上がっていた。
全員が口を噤んでいると、オルベリクはサイラスの体を押し退けて前に出る。サイラスの肩に添えられた手は存外優しいが、同僚達への眼差しは変わらず鋭く、窺い見た横顔には青筋まで立っている。
「……な、なんだよ……」
「傍から聞いていれば、随分な言い草ではないか。……俺の友をこれ以上侮辱するなら、続きは我が剣で受けて立とう。さあ! 誰からでも良いぞ」
「そ、そんなつもりじゃ……だいたい、な、何を根拠に侮辱だって……」
「やめろ、これ以上刺激するなって! ……行こうぜ」
同僚への嫌味が原因で怪我でもしたら堪らないとでも思ったのか、案外あっさりと退く気になったらしい。彼らはサイラスを一瞥すらすることなく、足を縺れさせながら走り去ってゆく。オルベリクは彼らの背を刺し殺さんばかりに睨み、そして長く息を吐いた。まるで、腹の中にある怒りを吐き出そうとしているようだった。
「……悪いな、勝手に口を挟んでしまって」
「いや、助かったよ。トレサ君達と合流する前に追い払ってしまいたかったから。それにしても、あなたがそんなにも怒るとは意外だった」
「そうか……?」
「あなたが怒るのは、大切なもののためだけだと思っていたからね。出会った時がそうだっただろう?」
トレサに語ろうとしていた話は、オルベリクとサイラスの出会いについてのことだ。――平和なコブルストンで、突如として起きた少年の誘拐事件。卑劣な手段を取った山賊に怒りを燃やしながらも、オルベリクの瞳が妙に冷ややかだったことを今でも鮮明に思い出せる。感情に衝き動かされそうになる自分を律して冷静であろうとする姿に、サイラスは興味を抱いたのだ。
「……それなら怒るのは当然だろう。お前は、大切な……」
「大切な?」
サイラスが見上げると、オルベリクは気まずそうに視線を外した。瞳がうろうろと焦点を定めずに動いて、やがて今度は短くため息をつく。再び視線を交わらせた時には、既にオルベリクは普段通りの穏やかな様相をしていた。
「……大切な友人だからな。愚弄されることは許せん」
「オルベリク……ありがとう。私のために嫌な役割を演じさせてしまったね」
「いや……却って後で問題にならないか? お前の立場が悪くならないか……それだけが心配だ」
「構わないよ。彼らだって、公の場で私を侮辱したとは言えないさ」
そう言うと、オルベリクは安堵したように僅かに眉を下げた。サイラス自身は何を言われても気にならないが、自分の代わりに怒ってくれる友人がいるというのは有り難いものだと知った。剣士と学者は真逆の生業だからこそ、オルベリクの背中から学ぶことは多い。
「礼になるとは思っていないが……もしもあなたが同じような目に遭っていたら、今度は私が守ってみせるよ。あなたも私の大切な友人だから」
「……ありがとう、サイラス」
照れたように目を細めるオルベリクにつられて、サイラスも笑みを浮かべていた。きっとオルベリクも自分自身のことには立腹しないだろう。その時はサイラスが代わりに彼の心身を守りたい。そうしたら、オルベリクに誇れる自分に少し近づけるような気がした。
一息ついたところで他の仲間はどうしたのかと聞いてみると、彼らも待ち合わせに遅れそうだったから、伝令役としてオルベリクが先に来たらしい。結局そのまま仲間達が揃うまで、二人で空を見上げながら談笑していた。
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