お題箱にお題もらった話です。いただいたお題は「年齢逆転のテリサイで、アトラスダムでの出会いから旅に出るまでの話」でした。そういえば年齢逆転の出会い書いたことなかったな~?!と思って、楽しく書きました。ありがとうございました!
平原に吹く穏やかな風が優しく背を押す。雑踏に紛れるように、テリオンは静かにその身を門の中へと滑り込ませた。ここへは竜石があるというノーブルコートを目指す足がかりとして立ち寄った。フラットランド地方を治めるウォルド王国、その王都であるアトラスダムは予想通り賑わっていた。
(さて……)
木を隠すなら森の中、盗賊が隠れるなら人の中。そう思って足を運んだが、やけに衛兵の数が多くて物々しい雰囲気だ。到着したらひと仕事するつもりであったが、まずは街を回って様子を見ることにした。
何気ない風を装いながら、街の造りや民家の数、人通りの有無を確かめる。下調べを怠る盗賊は三流――その言葉は自戒でもある。若い頃ならまだしも、今更こんな過ちを犯すとは思わなかった。右腕を外套の中に入れて隠し、忌々しい老執事の顔を思い出す。腕利きの盗賊だからこそ陥るように張り巡らされた罠。確かに巧妙であったが、気付かなかったのは己の落ち度だ。
「また今日も盗られたらしいぞ」
「おいおい、ここんところ毎日じゃないか……」
「近頃物騒で嫌ねえ」
――衛兵達の伝令や町民達の噂話を総合すると、どうやら近頃スリが頻発しているらしい。警備を厳重にしても捕まっていないというのは、よほど腕が良いのか、もしくは複数人で徒党を組んでの犯行か。いずれにせよ、この街に長居するのは良くなさそうだ。
テリオンの右腕に嵌まっている枷は、『愚か者の腕輪』と呼ばれている。盗みを失敗した間抜けが見せしめに着けられる物で、これがあるだけで同業者から嘲笑される上に、枷のことを知っている者が見ればテリオンが盗賊だと筒抜けになる。衛兵がこの腕輪に目を留めれば、罪を被せられることは想像に難くない。奴らにとっては物証など出ようが出まいが関係ない、ようは犯人を挙げて解決したと見せかけることが重要なのだから。
(……あまり良い状況じゃないな)
すぐに街を出てもいいが、警備が厚い門を通りたくはない。夜になるまで身を隠し、こっそりと門以外の場所から出るしかないか。
人通りが多い方から少ない方へと向かう。辿り着いた先は、王城や図書館のような建物がある区画だった。図書館の隣の建物の地下に、随分と古びた入口があることに目を留める。茂みに隠れるように位置していて、一般人が散歩のついでにやって来そうな場所ではないし、警備が巡回している様子もない。夜まで暇を潰すには良さそうだ――そう考えて足を踏み入れる。
「……」
中は鍾乳洞のような造りになっている。自然にできたものだろうが、随所に篝火が置かれ、魔動機が闊歩しているところを見るに、今も使用されている施設だ。何より、足を踏み入れてすぐに分かった。――誰かがいる。
固いもので金属を殴打する鈍い音が聞こえて顔を向けると、少し離れた場所で黒いローブを肩に掛けた青年が杖を振るっていた。魔導機と対峙しているということはこの場所の持ち主ではなく、テリオンと同じような招かれざる者なのだろう。青年の身のこなしは実に鈍臭く、明らかに戦い慣れていない。杖の持ち方も危うく、怯えている様子はないが振り下ろす際に腰が入っていないせいで力が伝わっていない。しかし次の瞬間に彼が放った魔法には、目を瞠るものがあった。
「炎よ、燃えろ!」
魔力のうねりを肌で感じる。燃え盛る火柱から散る火の粉がここまで飛んできた。魔導機は高熱によりぐにゃりと曲がり、あっさりと動かなくなった。体術はてんで素人だが、魔法の腕前は卓越している。ほっと息を吐いて魔導書を懐に入れる青年の背後に、ゆらりと近付く影があった。
「……!」
骸骨型の魔物が腕を振り上げる。青年はまだ気付いていない――手を貸す道理などない、と頭では理解していたが、咄嗟に体が動いていた。懐から短剣を取り出して投擲する。
「伏せろ!」
「え……?!」
態と張り上げた怒号に彼は目を丸くしたが、素直に地面に伏せた。テリオンが放った短剣は骸骨の側頭部に突き刺さり、からっぽの眼窩がゆっくりとこちらを向く。長剣を抜いて駆け出すと、魔物はテリオンの方へ一歩ずつ歩を進めた。先手を取って骸骨の肩から脇腹にかけて袈裟斬りにすると、その後ろから再び魔法の詠唱が聞こえた。青年の放った炎が魔物を呑み込む。
「……やればできるじゃないか」
「いや、あなたがいなければ負傷していたところだった。ありがとう」
骸骨の頭から煤のついた短剣を抜くと、青年がハンカチを差し出してきた。指先で触れただけでも分かる、質の良いとろけるような手触りだ。改めて青年の頭から足先を無遠慮に眺めるが、傷一つない肌はきめが細かく、濡羽色の髪は毛先まで艷やかで、身に纏う衣類ひとつひとつから気品を感じる。なるほど、どこぞの名家の坊っちゃんか。彼からすれば高価なハンカチを汚すことなど、取るに足りないことなのだろう。
テリオンが短剣を拭っている間、青年もまたこちらのことをじっと観察していた。青空を思わせる色の瞳が右手首を見た時に僅かに揺れたことも、当然テリオンは気が付いていた。
「……言っておくが、洗って返すなんてことはできないぞ」
「構わないよ、このままあなたにあげてもいい。この辺りでは見ない顔だが、何処から来たのだい?」
「西から来た。暇潰しに探索していたら、迷い込んじまった」
「そうなのだね。この後に何か予定はあるだろうか?」
「……用件によるな」
短剣を鞘に収めて、ハンカチを懐にしまう。礼なら受け取ってやってもいいが、面倒事なら早々に退散したいところだ。
「あなたの腕を見込んで、頼みがある。実は……」
そう言って、青年はこの地下に来た理由をテリオンに話した。図書館から消えた本を追っている内に、盗んだ者が同僚である学者のラッセルだと突き止めた。単身でラッセルの研究室に潜り込んだのは、自ら答えを確かめるため、そして真実であるのならラッセルに自首を促すためらしい。ところが研究室に乗り込んだところ、先程のように魔物に襲われたという。
「そういう訳で、よかったらあなたに護衛を頼めないだろうか。もちろん礼はするつもりだ。前金でこれだけ、無事に帰れたら同じ金額を支払うよ」
「……」
彼が提示した金額は決して低くない。しかも見たところ研究室自体はさほど入り組んでおらず、数時間程度で仕事は終わるだろう。そう考えると割の良い仕事だ。今後竜石の確保のためにノーブルコートに滞在する可能性を考えると、路銀はあるに越したことはない。
「……いいだろう、受けてやる」
「ありがとう! では、前金を渡しておくよ。自己紹介がまだだったね、私はサイラス……サイラス・オルブライトだ。この街で学者をしている。あなたは?」
「……」
硬貨を受け取って懐に入れながら、財布を仕舞う学者の手付きを観察する。それから一拍間を置いて、短く返答した。
「……ダレンだ」
「ダレンさん、短い間だがよろしく頼むよ」
サイラスは微笑みを浮かべると右手を伸ばしかけて下ろし、代わりに左手を差し出してきた。誤魔化すのが下手なやつだ。握手には短く応えて、先導するように歩き始めた。
***
それから、聞いてもいないのにサイラスはぺらぺらとよく喋った。二十二歳だと聞いて少し驚いたのは、もっと若く見えたからだ。それは彼の戦闘中のぎこちない立ち回りであったり、子供のように純粋な眼でテリオンを見ているからそう感じた。なにより、同性から見ても整っている秀美な顔は、笑うと余計に幼く映る。
彼は学者をしていて、いずれは教師として教壇に立つために勉強中らしい。まだ公に授業を任せてもらえはしないが、個人的な依頼を受けて後輩の家庭教師のような真似はしているという。彼が語る話はやけに眩しくて、途中で思わず目を逸らしたくなってしまった。
(夢や将来、か……。そんなもの、若い頃だって考えやしなかった)
今でこそ盗みの腕で生計を立てられているが、昔は生き延びることでやっとだった。夢なんか語っていたところで、今日の食事がなければ何の意味もない。そんな環境で生きてきたテリオンからすると、サイラスはまるで別世界の住民のようにすら見えた。
「はあ……」
――ひとり立ち去るラッセルの背中を眺め、サイラスは肩で息を吐く。逆上して襲いかかってきたラッセルだったが、二人で戦えばさほど苦戦はしなかった。サイラスに集中して魔法を使わせるため、テリオンが前線で敵を引き付けるという役割分担が自然と出来上がっていた。
「さすがに疲れたか、学者君よ」
「はは、そうだね……。彼の手前、平気なふりをしてみせたが……」
「まあ座れ」
丸椅子を引き寄せ、サイラスの背中を軽く押して座るように促した。敢えて語ることはないが、手段を問わなければ学者ひとりの捕縛はもっと容易く済んだ。ただサイラスの望みは相手を傷つけることではなく、事実を突きつけて反省を促すことだったから、テリオンは大人しくしていただけだ。
刺繍が施されたローブを指先で撫でるようにして、サイラスの視線が余所を向いている内に懐からぶどうを抜き取る。一粒もいで口元に押し寄せてやると、ようやくテリオンに目を向けた。
「ダレンさ、ん」
「食っとけ。体が楽になる」
「ああ……」
開きかけた口にぶどうを押し込んでやれば、大人しく咀嚼する。テリオンも同じ房から実を取り、口に運んだ。それぞれ交互に食べて軸だけが残った頃には、サイラスの頬は出会った時と変わらない血色を取り戻していた。
「お陰で落ち着いたよ、ありがとう。私はこの後、事件の顛末を確かめてこようと思う。よかったら酒場で待っていてくれないかい? 残金はそこで、食事代と一緒に支払うよ」
「……随分と羽振りが良いな、学者ってのはそんなに儲かる仕事なのか?」
「そういう訳ではないが……あなたがいてくれたから、ラッセルに更に罪を重ねさせず、無事に自首するよう促すことができた。その働きにきちんとお礼をしたいんだ」
この学者といると驚かされてばかりだ。サイラスは口封じのために殺されかけたというのに、それを責めたり怯えたりすることもなく、ラッセルが新たに殺人という罪を背負わずに済んだと安堵している。あまりにも善良過ぎて、ついついため息をついていた。
「それとも、この後は何か予定があるかい? もしも都合が悪ければ、後日でも構わないが……」
「……いや、予定はない。それでいい」
「良かった! じゃあ、酒場で待ち合わせしよう。店名は……」
サイラスから指定された店は、大通りではなく住宅街に位置している酒場だった。機能を停止させた魔導機の横を通り過ぎ、研究室の前で一旦サイラスと別れた。
その後は軽く周囲を見て回り、日暮れ頃に指定された酒場に入った。入口近くの席を選んで腰を下ろし、エールとつまみのナッツを注文する。暫くちびちびとエールを舐めていたが、くだんの人物は一向に現れる気配がなかった。
(……まあ、そんなもんだよな)
窓の外は夜の帳に包まれ、街灯の明かりが目に付く。胸の内に湧き上がったざらついた感情からは目を背け、ぬるくなったエールを一息に呷って席を立った。酒代を払って、そのまま店を出る。
昼に街を見て回った記憶を頼りに、警備の薄い方へと足を向ける。さっさと街を出て、適当な場所で夜をやり過ごす算段だった。――しかしテリオンの思惑とは裏腹に、背後から靴音が聞こえた。
「お前さん、ちょっといいかい。……見ない顔だな、どこから来た?」
周囲を強く照らすランタンを掲げられて目を細める。二人組の衛兵はじろじろとテリオンの姿を眺め、胡乱げに眉根を寄せた。軽く握り込んだ右手を見て、彼らは警戒するように膝を曲げた。腕輪を見られたか、いや、誰かが通報したのかもしれない。
(……そう、信じたやつが馬鹿を見るだけだ)
サイラスの顔が脳裏を過ぎる――無邪気な笑顔の裏で何を考えていたのか。だが、通報者が彼だとすれば見当違いもいいところだ。衛兵二人程度でテリオンの足を止められると思ったのなら、甘いと言わざるを得ない。右手を見せつけるようにゆっくりと開きながら、反対の手を腰に回して短剣の柄を握ったその時だった。
「ダレン!」
旅行鞄を持ったサイラスが走り寄ってくる。驚く衛兵の横を抜け、彼はテリオンの隣に並び立った。
「酒場で待っていてくれと言ったじゃないか」
「きみは……王立学院の?」
「おお、サイラスくんじゃないか。いやあ、この間は助かったよ! 子どもが失くしたぬいぐるみ、きみの言う通りの場所で見つかって……」
途端に態度が軟化した衛兵の姿を見るに、サイラスはそこそこ顔が知られているらしい。サイラスは人の好い笑顔を浮かべたまま頷き、そっとテリオンの肩に手を添えた。
「それは良かった。彼は私の友人なのだが、何か問題があっただろうか? 街に来たばかりで、案内するつもりだったのだよ」
「そうなのかい? いや、近頃スリが多くて物騒だからね。きみもあんまり夜中に出歩かないように」
「ありがとう。そういえば、先程住宅街の方で騒ぎになっていたよ。酔漢が暴れているとか……」
「本当かい?! すぐに向かうよ」
走り出す衛兵を見送り、サイラスは改めてこちらに向き直る。彼は笑みを崩さないまま、少しだけ困ったように眉を下げていた。
「遅くなってしまってすまなかったね。色々あって、約束を破る形になってしまった」
「……なぜ衛兵達を追い払った? お前、この腕輪のことを知っていただろ」
枷が見えるように右手首を掲げてやると、サイラスは小さく頷いた。分かっていながら、どうしてテリオンを助けるような真似をしたのか。聞かなければ、彼への疑念が晴れることはない。
「……ああ、すぐに気が付いたよ。罪人の腕輪……盗みを失敗した者に、見せしめとして着けられる枷だ。だが、あなたは街に出没しているスリの犯人ではない」
「どうして断言できる……?」
「根拠は三点ある。まず一つ目は手口の違いだ。この頃横行しているスリは衣服や鞄の一部を、鋸刃状の刃物で裂くという手口で行われている。あなたが持っている短剣は形状が異なっていた上に、私の懐からぶどうを抜きった時に衣類を傷付けなかった」
サイラスは二点目として、別れ際に彼の財布に手を出さなかったことを挙げた。別に盗んでやってもよかったが、今回はそれより報酬を貰う方を優先しただけだ。そして最後の理由を挙げる時、彼はテリオンの眼を見詰めていた。
「三点目は……あの地下研究室で、あなたは何の得もないのに私を助けてくれた。あなたの善意を信じたかったんだ」
「……最後は余計だろ。軽々しく信じるなんて言ってると、痛い目を見るぞ。俺は確かにこの街で盗みはしていないが、他のところでは好き放題やってきた」
「そうだとしても。アトラスダムで何もしていないというのなら、あなたがここで捕まるのは間違っている」
若い眼差しには、信念と清らかな光が宿っている。テリオンが悪しき者であるのに対し、彼はあまりにも善良で美しい。けれどそのバカみたいな純粋さで、確かに真実を掴み取ってしまったのだ。
庇われたのは癪に障るが、あらぬ疑いを掛けられずに済んだのもまた事実。短く息を吐き、がしがしと己の頭を掻いた。
「……はぁ、俺の負けだ。ったく、賢いのか馬鹿なのか分からんな……」
「ん? 別に勝負なんてしていないだろう?」
「もののたとえだ。……ところで、その鞄はなんだ」
「ああ……。実は少し状況が変わってね。あなたとの待ち合わせに行けなかった理由にもなるのだが……」
そう言って、別れた後にあった出来事を語った。それもまた、ため息をつきたくなるような話であった。事実上の追放だというのに彼はけろりとした様子で、探したい本があるからちょうど良かった、と嘘偽りのない笑顔で言ってのける。――だめだこいつは、一人にしておくと危なっかしくて仕方がない。善意など持ち合わせていないはずだが、ここで見放すことへの罪悪感が募る。
「まずはクオリークレストにいる先輩を訪ねようと思うのだが、よかったらまた護衛を頼まれてくれないだろうか? とはいえ、職を失う以上はあまり高額な報酬が用意できなくて……」
「……その分お前が働くのなら構わない。鈍臭いが、魔法の腕は役に立ちそうだ」
ノーブルコートで上手く事が運べば、どうせその足でボルダーフォールに向かうことになる。その道中にクオリークレストに足を伸ばすことくらいは容易い。ついでであるし、彼の魔法や魔物の知識は使えそうだ。打算的に弾き出した回答だったが、サイラスは嬉しそうに右手を差し出してきた。
「もちろんだよ、あなたの期待に応えられるように努力する。改めて、よろしく頼む」
「ああ……」
「ところで、そろそろ本当の名前を教えてくれないかい?」
ぎゅっと握られた手に力が込められた。僅かに震えた指先が動揺を伝えてしまったのか、彼は確信を抱いたように得意げに口角を上げた。
「あなたが偽名を使っていると気付いた根拠は……」
「いい、分かった。……テリオンだ」
「そう……。良い名だね。よろしく、テリオンさん」
長々とした推理を聞くのが煩わしくて遮ったが、サイラスは気を悪くした風もなく頷く。別の偽名を使っても良かったが、また何だかんだと探られるのは面倒だ。久し振りに呼ばれた名は、不思議と柔らかな響きを伴っている。
「テリオンでいい。……行くぞ」
「うん。テリオン、良かったらもっとあなたの話を聞きたいな」
「気が向いたらな……」
こんなことはただの気まぐれだ。役に立つまで傍に置いておけばいい、嫌気が差したら去るだけだ。まさかサイラスとの出会いが、テリオンの人生を変えてしまうなど――この時は思いもしなかった。二人きりの旅立ちを、丸い月だけが全てを悟ったように見下ろしていた。
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