雪華
2024-09-30 23:03:34
3446文字
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【テメヒカ】終わりのはじまり

いつか書きたいと思っている、交際後に一回破局してまた寄りを戻すテメヒカの冒頭部分です。まだ交際中ですが一旦破局に向かっているので不穏な空気です。テメヒカオンリーを祝いたい一心でしたが、もうちょっと明るい内容のものは書けなかったのかと我ながら思います…………。

自分とヒカリは似ていると思った。
テメノスは大切な人を失い続け、彼らの遺志を継ぐという名目に縋りながら生きてきた。それを終えたところで、もう誰も還って来ないという事実からは必死に目を背けながら――。テメノスがそうであるように、ヒカリもそうだと思っていた。けれどそれは、思い上がりだったのだ。

(ああ、ヒカリ……あなたは私とは違う)

ヒカリは王の証を重いと下ろし、たくさんの民――彼が友と呼ぶ人々に囲まれ、微笑み合う。その姿を遠目で見守っていたが、あまりにも眩しくて、やがてテメノスはゆっくりと瞼を下ろす。
まだ年若く、真っ直ぐな彼は、これからまた大切な人を作っていける。そして今度こそ友を守り抜くだろう。これからヒカリはク国の王として、為すべきことを為さなければならない。テメノスがその障害になってはいけない。
いつかその時が来ることは分かっていた。自分がどのような感情を抱くかはおおよそ予測していたつもりだったが、意外にも心は凪いでいる。短く吐いたため息は、風に乗って砂とともに遠くへ運ばれていった。

***

そうして八人はク国を発った。自国の玉座を空けておいていいのかと尋ねたが、ヒカリは問題ないと頷いた。自分がいなくとも、ベンケイやカザンらの腹心達が国を守ってくれている。今度は仲間達へ恩を返す、とさっぱりした表情で言ったのだ。
不思議な縁で繋がった八人だが、一人、また一人と旅の目的を終えてゆく。それでも皆、ヒカリと同じように言っては、また共に歩む。ただそれも永遠ではなく、いずれ終わりは来るだろう。

「安いよ安いよー! 東で取り扱ってる珍しい茶葉だ、試飲だけでもしてみないかね!」
「おっと、そこの御婦人様方! よければこの髪飾りを見ていきませんか。ええ、お美しいブロンドによく映え……

賑やかな百貨店の中にいれば気が紛れるかと思ったが、却って集中力を削がれる。宿を求めてウェルグローブに立ち寄った一行は、暫し自由行動を取ることにした。パルテティオは挨拶のためにアルロンドの屋敷に向かい、キャスティとオーシュットは薬草や食材の採取に森へと向かった。テメノスを含むその他の面々は暇潰しにと百貨店に足を運んだが、それぞれ別の店を覗きに行って散り散りになった。

……少し外の空気でも吸おうか)

そう思って階段を下りていると、見覚えのある結髪を視界の端で捉えた。濡羽色の髪は決して華美ではないものの、艶があり、風にたなびく姿が美しくてつい目で追ってしまう。小柄ながらもぴんと背筋を伸ばして佇むヒカリは、熱心に何かを見ているようだった。

「ヒカリ? 何を見ているんですか」

階下に向かって声を掛けながら近付くと、彼は僅かに驚いたように目を瞠った。珍しいこともあるものだ。武人として、そして普段から命を狙われる王族として、ヒカリは人の気配には非常に聡いはず。それがまさか、一介の神官が彼の意表をついてしまうとは。

「おや……装飾品ですか、珍しいですね」
「あ、ああ……少しな」

今にも伸ばそうとしていた指を引っ込め、ヒカリは曖昧な笑みを浮かべる。彼の視線の先にあったのは、深い緑色の石がついた耳飾りだった。珍しい――またしてもそう感じた。装飾品というだけではなく、彼が普段から身に着けている真紅の衣とはかなり趣味が異なる。率直に言うと、あまり似合う色とは思えなかった。

「ヒカリが身に着けるなら、もっとはっきりした赤色や黒の方が……

そう言いかけて、テメノスは口を噤んだ。外野が似合うだの似合わないだのとケチをつけるのは失礼だ。せっかくヒカリ本人が気に入ったというのなら、態々否定することはない。

「いえ、たまには違う色も似合うかもしれませんね。あなたは美しいですから」
……

ヒカリは何も言わなかったが、色白い頬に朱が差していた。可愛らしい人だ。素直で、純朴で、そして彼は何も欲しがらない人だった。二人は恋仲であったが、それらしい触れ合いをした回数は片手で数えられる。それもいつも、テメノスが彼を手引きする形でほどこした。抱擁するだけで真っ赤になって固まるヒカリがおかしくて、とてもそれ以上は手が出せなかった。
今思えば、それで正解だった。こういう結末が訪れることは、出会った時から決まっていたのだから。

「そんなに気に入ったのなら、私が買ってあげましょうか?」
「なっ……?! いや、そなたにそんなことをさせる訳にはいかない」
「構いませんよ。内緒ですが、少しだけへそくりがあるんです」

気まぐれな発言だったが、言ってみてから我ながら名案だと思い直す。これからテメノスがヒカリにしてやれることはもう殆ど無いだろう。更に言えば、もうじき彼を酷く傷つけようとしている。罪滅ぼしというつもりはないが、一時でも彼を喜ばせられるならそうしてやりたかった。
テメノスが懐から財布を取り出すと、ヒカリは狼狽したようにかぶりを振った。ゆらゆらと揺れる髪の毛が猫の尾のようで可愛らしい。すると今まで黙って二人のやり取りを見ていた店主が、にかっと笑った。

「ご購入の品はお決まりですか~?」
「ええ。ヒカリ、これですね?」
「ああ……っい、いや、違うのだ。そなたに買わせるくらいなら、俺が自分で……
「まあまあ、たまにはいいじゃありませんか。では、こちらをお願いします」
「贈り物ですか? お包みいたしましょうか」

問いかけにヒカリを見ると、彼はテメノスと店主の顔を交互に見遣ってぶるぶると首を横に振った。店主は「ではそのままで」と言い、手のひらで値札を指し示す。幸い、石といっても宝石のような高い物ではなく、庶民でも気軽に手が届くような値段だった。金を払い、白い化粧箱に入れられた耳飾りを受け取る。
ヒカリはまだ困ったように視線を彷徨わせ、拳を握り込んでいた。流石に少し強引すぎただろうか。

「はい、どうぞ」
……すまない、テメノス」
「ヒカリ、こういう時は謝られるよりも別の言葉を受けたいものです」
……

化粧箱を渡すと、ヒカリは躊躇いながらもそれを受け取って耳飾りを眺める。動揺に強張っていた表情がふとほどけ、愛おしそうに目を細めた。――その顔を見られただけでも、贈ったかいがあるというものだ。

……ありがとう、テメノス」
「どういたしまして」

安堵したように微笑む表情は、彼を年相応かそれより少し幼く見せる。ずっとそんな風に安心させられたら、どれだけいいだろうか。きっとそれはテメノスの役回りではないだろうが。胸に僅かに走った痛みを誤魔化すように、態とらしい笑みを浮かべた。

「よかったら、着けて見せてくれませんか?」
「ああ……
「楽しそうだね、二人とも」

突然、背後から声を掛けてきたのはソローネだった。彼女はするりとテメノスの隣をすり抜け、ヒカリの手元を覗き込む。仲間の持ち物に手を出しはしないが、腐っても盗賊だ。装飾品とくれば一度は確かめたくなるのだろう。値踏みするような視線に、呆れ半分で声を掛ける。

「安物ですよ。ソローネ君の大好きな値打ちものじゃなくて、残念でしたね」
「別に。それよりもこの石……
「ああ……。普段のヒカリのとは印象が異なりますが、こちらの色も落ち着いた雰囲気で似合うと思いませんか?」
「そうじゃなくてさ。……まさか、気付いてないの?」

肯定も否定もしないでいると、ソローネはくつりと笑った。ヒカリが何かを言いかけるように唇を開くが、彼女のほうが速い。

「この石、名探偵の瞳の色にそっくりだよ」
……おや」
……!」
「無意識ならすごい独占欲だね。意外と可愛いところあるじゃん」

言うだけ言って満足したのか、ソローネは機嫌良く歩き去ってゆく。彼女の背中を見送り、ゆっくりとヒカリに視線を移すと、彼は今にも火を噴きそうなほど顔を真っ赤にして俯いていた。

「ヒカリ……
「そ、その……用事を思い出したので、俺はこれで失礼する!」

そう告げるが早いか、ヒカリは踵を返して真っ直ぐに百貨店の外へと駆けていった。まさかそんな想いであの耳飾りを見ているとは思わなかった。だとしたら、最後の贈り物には少し意味深長すぎたかもしれない。

……失敗しましたかねぇ」

態とらしく呟く声は喧騒に掻き消される。――結局、ヒカリがその耳飾りを着けている姿は、ついぞ見ることは叶わなかった。





***

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