雪華
2024-06-24 23:55:03
7505文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】初めてのデート

あさきさんお誕生日おめでとうございます!こちらの伏せを勝手に参考にしてSSにしました。https://fusetter.com/tw/lw36nrIn#all

穏やかな風が木々をそよそよと揺らす昼下がり。柔らかな太陽の日差しを反射して輝く川を横目に、スキップするように大股で弾みながら、トレサが街の門をくぐる。大きな鞄をものともせずくるりと振り返って、機嫌よく笑った。

「到着! 今日はすごく順調だったわね」
「そうだね。天候も穏やかで、魔物とも殆ど遭遇しなかった。夕暮れまでに到着できたら及第点だと思っていたが……
「まあ、たまにはこんな日があってもいいわよね」
……ついてない日はとことんだからな」
「そうそう。この間の豪雨なんかは酷かったな……焦って走って転けるわ、魔物に襲われるわ、薬の材料はだめになるわで最悪だった」

八人と一匹での旅は、今日のように順調にいく日もあれば、その真逆の日もある。もちろんある程度は工夫で避けられはするが、どうにも運が悪い日というのは不思議とあるものだ。様々な思い出を積み重ねてきたゆえに、誰かが話し始めると、あんなこともあったとまた次の誰かが語る。

「ガウガウ」
「リンデは、あの時は楽しかったと言っているぞ。久々の水浴びだったからな」
「まあ……。そういうものなのですか……?」
「ああ、余分なにおいを落とせるからな。においを消すために、敢えて体に泥を塗るという狩りの手法もある」

旅は決して楽しいことばかりではない。目的を果たすために、時には傷付き、目を背けたくなるような事態と向き合わなければならないこともあった。それでも誰も欠けずにここまで来て、皆で終着点を目指している。
サイラスは彼らと過ごす日常が好きだ。そしてそんな和やかな光景を、少し高い位置から穏やかな目で見つめるその人のことも一等好きだ。

「さて、随分早く街に着いてしまったから……たまには自由時間にしようか。この頃は忙しなくて、あまりゆっくりする機会もなかっただろう?」
「そうね、私は賛成」
「あたしも!」

普段は集団行動を取っているが、八人はそれぞれ趣味も嗜好も異なる。皆での旅をストレスなく継続するためには、たまには各々自由行動を取って、心身共にリフレッシュするのは大切だと思う。サイラスの提案に全員が賛同してくれたことを確かめ、ひとつ頷いた。

「では、夕暮れ頃にまたここに集合ということでいいかな?」
「分かりました。わたしはお散歩しようかと思いますが……皆さんはどう過ごされる予定ですか?」
「そうだな……。ああ、そういえばアーフェン君、先日キミと植物の話をしただろう? たまたま今読んでいる本に近い記述があったから、よければキミの意見が聞きたいのだが」
「俺は特にやることもないから……トレサの荷物持ちでもするか」

サイラスとオルベリクがそれぞれ年少の仲間に声を掛けると、アーフェン達は顔を見合わせ、どこか困ったように眉を下げた。
特段変わった提案ではないはずだが、不思議な反応に内心首を傾げる。アーフェンは勉強熱心な生徒で、少なくとも彼の興味の範囲内であればサイラスと話すことは厭わない。トレサもオルベリクが荷物持ちをしてくれるなら大物の売買ができる、と喜んでいたはずだ。

「おや……何か都合が悪いだろうか?」
「いや、そうじゃねえけどさ……
「あ、あたしも嬉しいのよ。でも……

彼らはやはり、歯切れが悪い様子で言葉を濁している。意外な反応にオルベリクまでも戸惑いを露わにし、助けを求めるようにサイラスに視線を遣った。そんな四人の奇妙なやり取りを見て、小さく吹き出したのはプリムロゼだった。

「ふふ……。トレサ、私が代弁してもいいかしら?」
「あ、うん。よろしくお願いします、プリムロゼ姉さん!」
「二人はこう言いたいのよ。せっかく二人きりになれる機会なんだから、自分達を手伝っていないで、デートくらいしてきたらどうかって」
「む……

オルベリクの顔色がさっと変わった。――そう、実はサイラスとオルベリクは恋仲であり、いわゆるデートという行為をしてもおかしくない間柄だった。そういえば、交際することになったと仲間達に告げた時も、オルベリクは今のような顔をしていた。困ったような、照れ臭いような、いたたまれないような、そんな感情を綯い交ぜにした表情だ。
サイラスはただただ感心しながら、プリムロゼの言葉に神妙に頷く。

「なるほど。付き合って日が浅い二人が関係性を深める絶好の機会だと言うのに、とうの私達に全くその気配はない……だからキミ達は困っていたのだね。気を遣わせてしまってすまなかった」
「や、別に謝ってもらう必要はねえけど……と、とにかく、講義はまたにしてくれよ」
「ということは、今からお二人は初めてのデートをなさるということですか? 素敵です……
「邪魔しては悪いな。行こうか、リンデ」

うっとりと頬を染め自分のことのように嬉しそうに呟くオフィーリアに、何かに納得した様子でリンデと共に去るハンイット。そういえば、テリオンの姿はいつの間にか見当たらなくなっている。なんとも気ままな仲間達の様子を眺めながら、サイラスは自身の顎の下を撫でた。

「まあ、意見交換は食事時でもできるからね。ただ、二人の時間を優先するつもりはないよ。キミ達が必要としてくれるのなら私達は喜んで手を貸すつもりだ」
「ありがとうございます。でも、あたしは平気! オルベリクさんが手伝ってくれるのは助かるけど、それに慣れちゃうのも本末転倒だし。一人で大丈夫よ」
「そうか……
「はいはい、決まりね。それじゃあお二人さんは、どことなりへと出掛けてくださるかしら?」

当のトレサ達が不要だというのなら、食い下がっても仕方がない。プリムロゼにぐいと背中を押され、オルベリクの傍へと誘導された。今更彼の隣に立つことに対して特別な感情を抱くことはないと思っていたが、こうもお膳立てされると妙な気恥ずかしさがある。

……分かったよ。また後ほど会おう」
「はい、いってらっしゃいませ」
「集合時間に遅れてもいいわよ。その時は私達だけで勝手にしておくから」
「冷たいことを言うね……。では行こうか、オルベリク」
「ああ……

促されるまま二人で宛もなく歩き始める。とりあえず大通りに向かって歩きながら、隣に立つ男を見上げると、ちょうど彼の目もこちらを向いていた。視線が交錯し、殆ど同じタイミングで短く息を吐いた。

「はぁ、皆には気を遣わせてしまったね。黙っていると気になるかと思って説明したことだが、却って悪かっただろうか……
「まあ、一長一短だろうな。俺は間違いではないと思っている」
「他ならぬあなたがそう言ってくれるのなら、安心するよ。さて、それにしてもデートか……。一般的には、共に散歩をしたり、買い物をしたり、食事をしたりするのだろうが……
「どれも普段からしていることだな」

オルベリクの言葉に大きく頷く。何せ、四六時中一緒にいると言っても過言ではない状態だ。普通の男女であれば、デートという行為から互いの新たな一面を見出し、新鮮なときめきを覚えるのだろう。しかし既に共に生活している自分達が、同じような気分になるとは思えない。

「サイラス」
「ん?」

どうしたものかと考えながら歩いていると短く名を呼ばれ、肩を引き寄せられた。肩を包んだ手の平の大きさと指の力を感じ、心臓が大きな音を立てる。するとサイラスのローブの裾を掠めるように、足元を子供が走り抜けていった。

「ああ、ありがとう。よく見ていなかったから助かったよ」
「だろうな。お前らしい」
「そうだろうか……ふふ、今のは少しデートらしかったかな」

すぐに離れていった手を惜しく思いながら、周囲を見渡す。交易路にある街は活発で、大通りにはそれなりに人通りがある。しかし逆に言えば旅人など珍しくもない土地柄で、サイラス達がいたずらに視線を集めることはない。

「私達にとっては日常の延長線に過ぎないが……こうして意図的に二人きりになって、余暇時間を過ごすのは初めてだね。そう思うと楽しめそうだ」

二人の関係性に恋人と名がついてから、まだ一週間が経ったところだ。半ば強引に焚き付けられたデートだったが、より親密になるにはちょうどよいかもしれない。期待を込めてそう言うと、オルベリクは眦を柔らかくして肯定した。

……ああ、俺もだ。ところで、お前はデートの経験はあるのか?」
「それが……恥ずかしい話だが全く無いんだ。よかったら、あなたにエスコートをお願いしてもいいだろうか」
……承知した」

手を差し出してみせると、オルベリクは恭しく下から支えるように手を取ろうとしてくれた。グローブ越しに二人の指が触れた瞬間、どこからか大きなどよめきが聞こえた。思わず手を握り込み、音がした方へと顔を向ける。

「何だろう? 行ってみよう!」
「ああ……

早足で声の方向へと進むと、広間の方に人だかりが出来ていた。その中心には緩くウェーブがかかった金髪の女性と、倒れ伏した二人の男の姿がある。高く結った髪を靡かせ、女性は長剣を鞘へと納めた。その様子を眺めている町民らしき人物に声を掛け、事情を聞き出す。

「随分賑やかだが、何の騒ぎだい?」
「おお……さっきまであの寝てる奴らが喧嘩してたんだがな、急にねーちゃんが飛び込んできて、一気に二人とも伸しちまった」
「あいつらよく喧嘩するんだが、ヒートアップすると花壇の煉瓦を投げたりして迷惑極まりなかったからな……いい薬になったろう」
「それにしても、あの女すげえ剣捌きだった! 一体何者なんだ……

どうやら倒れている男性達は町民で、文字通り喧嘩両成敗をした女性は顔見知りではないらしい。女性は少し困ったように気絶している男の頬を軽く叩き、意識が戻らないかと声を掛けている。

「大丈夫か? 少しやり過ぎたかもしれないな……。騒ぎを止めるつもりだったのだが、却って事を大きくしてしまった……
「いやいや、いつかお灸を据えてやろうってみんなで話してたんだ。あんたが止めてくれて助かったよ」
「そうか? だったら良いんだが」

町民達と立ち話をする姿は特段気になるところはないが、成人男性を一瞬で倒してしまったという話が本当なら、かなりの実力者かもしれない。オルベリクを見上げると、彼は女性の持つ剣を見ていた。

「あなたも気になるかい?」
「そうだな……。見たところ相手の男達に大きな怪我もない。実力差のある相手を傷つけず倒れさせるには、技術がいる」
「なるほど。ちなみにその技術は、あなたに肉薄するだろうか?」
……そこまでは現時点では分からん。試合風景でも観れば分かるだろうが」
「ん……? おい、あんた! あんただよあんた」

ひそひそと声を潜めてそんな話をしていると、町民の一人がオルベリクを指さして声を上げた。元より長身な彼は人だかりにいても目立つ方だが、名指しで呼ばれるほど奇異な振る舞いはしていない。オルベリクが怪訝そうに目をやると、町民は明るい声で叫んだ。

「やっぱりそうだ! ヴィクターホロウの闘技大会の王者だろ?! 家族で観に行ったけど、手に汗握る最高の戦いだったぜ」
「ああ……まあな……
「はは、すっかり有名人になってしまったね」
「闘技大会……?」

すると、女性の萌黄色の瞳がオルベリクに向く。瞳と同じ色をしたマントをたなびかせ、彼女は片眉を上げた。

「懐かしいな、私も以前出場したことがある。準優勝だったが……お陰で当初の目的は果たせた」
「おおっ! 只者じゃないと思ってたが、すげえ実力者だ……
「ここで会ったのも何かの縁か。……貴殿、名は何と言う?」

剣の柄に手をかけながら問われ、オルベリクは一歩前に出る。緩んでいた空気が瞬きの間に引き締まり、気付けば町民達は口を噤んで彼らを見ていた。サイラスはさり気なく囲いの最前列に陣取りながらも、それ以上は踏み込まなかった。

……オルベリク・アイゼンバーグだ」
「私はティキレン。今年の闘技大会優勝者……その実力、ぜひこの目で確かめたい。ひとつ手合わせ願えないだろうか」
「承った。……良い試合にしよう」
「ああ……行くぞ!」

二人が剣を抜き、真正面から対峙する。先に動いたのはティキレンと名乗った女性で、勢いよく地面を蹴り、オルベリクと切り結ぶ。金属がぶつかる硬質な音が広間に響くや否や、大きく後退して距離を取った。
サイラスには剣のことは分からないが、オルベリクの試合はこれまで何度も観戦してきたため幾らか理解できることもある。恐らくティキレン自身も相当に実力があるため、ひとたび剣を交えただけで、オルベリクと打ち合う危険を察したのだろう。無論サイラスなどと比べればティキレンは腕力があるだろうが、それでも純粋な力比べに持ち込めばオルベリクが勝るのは火を見るほど明らかだ。

「これはどうだ!? 連風刃――
「っ……風魔法か」
「魔法だけじゃないぞ!」

鋭い二本の風の刃がオルベリクに襲いかかるが、一本目は剣で受け流し、二本目はそのまま回避した。そしてその隙を狙って、素早い剣撃を繰り出す。

(彼女はとにかく速いな……。素早い踏み込みで繰り出す斬撃と、発動から着弾までの時間が短い風魔法は相性がいい。魔法の威力も十分だ)

剣術と魔法、両方をここまで磨き上げるには血の滲むような努力が必要だっただろう。手数と速度で相手を翻弄するスタイルのティキレンを、オルベリクがどう倒そうとするのかは非常に興味がある。

「やっぱりすげえぞティキレン! 速すぎて眼が追いつかねえ」
「今年の闘技大会はレベルが低かったんじゃねえのか?!」

町民はそう揶揄するが、オルベリクは全く動じずにティキレンの剣撃を受け止める。一見するとオルベリクが防戦に徹しているように見えるが、そうではないとサイラスは察していた。ティキレンの技ひとつひとつを見ながら、彼は機を窺っているのだ。仮に足でオルベリクが追い付けないとしても、相手から勝負を決しようと飛び込んでくる瞬間がある。そこを狙うつもりなのだろう。

(剣以外だとどう攻めるか……。まずは彼女の脚より速い武器が必要だ、となると弓……

サイラスの眼には、オルベリクの敗北など全く見えていない。試合の過程をつぶさに観察しながら、彼の勝利をただ信じていた。

「受けてみろ、剣嵐舞闘――!」

風刃が二度、三度、否――四度生じ、オルベリクに襲いかかる。そして四度目のそれを追うように、ティキレンが踏み込んだ。オルベリクも剣を構え直し、風刃を斬り伏せる。だが四度目のそれは敢えて受け、剣を振り上げた。

「十文字斬り!」
「ッ……!」

仮に全ての風刃に対処しようとしていたら、どうしても姿勢が崩れ、そこに隙が生まれる。その隙を生まないために敢えてオルベリクは風刃をその身で受け、反撃に転じたのだ。ティキレンが体制を崩し、その場に膝をついた瞬間に声を張り上げた。

「そこまで! 勝者、オルベリク・アイゼンバーグ!」
「おお~~~! すげえもの見ちまった……
「お疲れさん、どっちもすごかったぜ!」
「くぅ~、面白かった……! お二人さん、来年は闘技大会で戦ってくれよ~」

町民達が健闘を称える中、ティキレンは立ち上がって剣を納めた。双方晴れやかな顔で向き合い、礼を告げる。

「ふう、さすが優勝者だな……。私の負けだ」
「貴殿も素晴らしい腕だった。……数々の死線をくぐり抜けてきたのだろう」
「それは私の台詞だ。お陰でまだ上には上がいると知れた、良い経験をありがとう」
「俺の方こそ、礼を言う」

そう言うとオルベリクはサイラスを連れてそそくさと町民を掻き分け、来た道を戻りはじめた。背後を見遣るとティキレンはまだ囲まれており、町民は去ってゆくオルベリクを残念そうに眺めていた。

「いいのかい? まだ勝者の台詞を聞きたいようだが……
「俺は語ることは苦手だ……。それより、お前の講評を聞きたい。どうだった?」
「ああ……そうだね。まず意外だったのは、あなたが風魔法の使い手と対峙することに慣れていた点だ。一度や二度の対戦では、あそこまで落ち着いて対処できないと思うがどうだろうか」
「お前の言う通りだ。エアハルトが風魔法を使っていたから、自ずと対処を覚えた。まあ、魔法のコントロールに関してはあいつの方が大味だったが……

また二人で歩きながら、先の戦闘を振り返る。戦闘や試合の後に互いに講評し合うのが、オルベリクとサイラスの定番だった。戦いの渦中にいれば見えないことも、別の視点であれば見えてくることもある。そういう意味で、剣士と学者の着眼点の違いは面白い。

「学者として戦うにはかなり難しい相手だと思ったよ。あれだけ速いと、魔法を詠唱している間に懐に飛び込まれてしまう。ただ、光明魔法であれば、彼女の目を眩ませることもできて有効かもしれない」
「なるほどな……。自分とは別に前衛がいれば、そういう戦い方もできるかもしれんな」

一対一での戦いと、複数人での戦いはまた異なる。もしもの可能性を探ることで、近い状況になった時にまた応用が効く。
思ったことや感じたことを話し、実際にオルベリクが考えていたことを聞き出しながら歩いていると、ふと道の隅にうずくまる男を見付けた。露店らしき構えはあるが、商品は殆どない状態だ。その沈んだ表情を見るに完売した訳ではなさそうである。――謎の気配に目を輝かせて商人に声を掛けるサイラスを、オルベリクは優しい目で見ていた。



――話を聞くと、彼は商人で、倉庫に保管してあった商品を盗まれてしまったと言うんだ。調査の結果犯人に辿り着いたが、激昂して襲いかかってきてね……危ないところだったが、オルベリクがすぐに取り押さえてくれて難を逃れたよ」

仲間達と酒場で食事を取りながら今日の成果を語るサイラスを、彼らは妙に遠い目で見ていた。やがてプリムロゼが長く、大きなため息を付く。

「はぁ……。それが今日の『デート』の成果だって言うの……?」
「そうだよ。キミ達が促してくれたお陰で、実に有意義な一日を過ごせたよ」
「ああ」
……先が思いやられるわね……

文字通り頭を抱えた彼女を横目に、オルベリクと視線を合わせて笑みを浮かべる。彼もまた満ち足りたように頷き、今日のデートが素晴らしい出来事だったと確かめあった。





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