雪華
2024-02-22 23:37:15
1732文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】犬派

猫の日でした。猫の日なのに犬の話ばっかりしてます。

オルベリクの恋人は学者だ。常人には理解の及ばない真理を探求し、後世に遺すため伝え、記すことを生業としている。ひとたび疑問を感じれば、相手が子供であっても教えを請うことを厭わない。反対に、求められればどんな相手にでも喜んで知識を披露する。
そんな恋人――サイラス・オルブライトは、時折突拍子もないことを口にする。

「犬と猫だったら、あなたはどちらが好きだろうか」

二人きりの宿の部屋、そろそろ寝支度をするところだった。オルベリクが瞬きをしている間に彼は本を置き、隣に腰掛ける。成人男性二人分の体重がかかっても、寝台は音一つ立てなかった。

「急に何だ? 強いて言うならば犬だが……
「なるほどね。いや、昼間トレサ君達と話していたんだよ。みんなを動物にたとえるならなんだろうか、と」

日中は町で物資の補給をする組と、金策のため外で魔物の討伐をする組に分かれて活動していた。サイラスはトレサやアーフェン、オフィーリアと共に町に残り、オルベリクは他の面々と共に魔物の巣になっている洞窟へ向かった。年少の仲間達の顔を思い浮かべながら頷く。

「それで犬か猫かという話になる訳か」
「うん。私はどちらにたとえられたと思う?」
……。犬だろうな。賢い上に、人によく懐く」
「おや、あなたはそう思うのだね。トレサ君からは猫だと言われたよ」

猫、と彼の言葉を反芻する。予想が外れたことへの落胆が顔に出ていたのだろうか、サイラスはオルベリクの眉間を指の腹で撫でた。

「あなたが犬好きだとは知らなかったな。牧羊が盛んなハイランド地方では、牧羊犬として犬を飼育する習慣が根付いていると聞く。ホルンブルグもそうだったのかい?」
「そうだな……正直なところ、猫にはあまり馴染みがない」

あいにく自身に飼育の経験はないが、親戚や友人など犬を飼っている家庭は多かった。反対にオルベリクの知人に猫を飼っている者はいなかったし、野良猫は人を見ると一目散に逃げてゆき交流も叶わなかった。
撫でると喜び、飼い主に尽くそうとする犬。食べ物を分けてやろうとしても見向きもしなかった猫。偏った印象だという自覚はあるが、どうしてもオルベリクにとっては犬の方が好ましいと感じてしまう。

「猫か……
「私は猫らしくないだろうか?」
「そもそも、俺はあまり詳しくないが……猫は気ままで我儘だろう。好みも激しく、人には懐かない。撫でられることを嫌う猫も多いと聞く。その点……

サイラスの頬に軽く手の甲を付けると、笑みを浮かべて頬擦りをしてくる。そのまま指を滑らせて耳朶を軽く揉み、形の良い頭を撫でた。サイラスはいずれも抵抗するどころか、目を細めてそれを受け容れている。こうしていると、一つに結った彼の髪は犬の尾のようにも見えた。

「お前はどこを撫でても喜ぶのだから、犬らしいではないか」
「ふふ、褒められているのなら悪くないね。……だが、こうは考えられないだろうか?」

機嫌良さげに笑う姿が可愛らしい。サイラスはオルベリクの肩に頭を預け、空色の眼で見上げてくる。

「確かに、誰にでも懐く猫は珍しいかもしれない。しかし今私がこうしてあなたに甘えて、腹でも尻でも撫でることを許すのは、あなたが唯一無二の特別な存在だからだ。それは猫も変わらないよ、猫も気を許した主人相手であればこうして甘えるさ」
「そういうものか……
「そういうものだよ」

彼の喉元に指を伸ばす。顎の下を擽るように指を這わせると、サイラスは心地良さそうに目を細めた。喉こそ鳴らしはしないが、こうしていると少し猫らしいかもしれない。サイラスが猫だと思うと、猫も案外悪くないかと感じてしまうので、自分も大概単純だ。

「しかし……犬派のあなたに可愛がってもらうには、どうすればいいだろうか」
「何も特別なことはいらん。……犬だろうが猫だろうが、お前であれば愛せる」
「ん……良かった、嬉しいよ」

陶磁器のようななめらかな頬が、淡く色づく。オルベリクを見詰める瞳がうっとりと蕩けてゆく様を堪能し、おもむろに顔を寄せた。
――その晩、腕に抱いた男がニャンと鳴いたのかワンと鳴いたのか。それはオルベリクのみが知ることであった。




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