雪華
2024-02-07 21:48:46
5132文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】罪なひと

いつもの思わせぶり(無自覚)で失敗した先生がプリに叱られて、オルが流れ弾を食らってる話です。某追憶の書で、「いや自覚あるんかい!」ってなって面白かったので、久々にこういうのを書きたくなりました。

「お父様! わたくし、この方と結婚しますわ!」
「え?」

青空の下、サイラスの手を掴んだ乙女が高らかにそう宣言したのが、実に三時間前の話であった。



夕刻、酒場の窓から地平線に沈みゆく夕陽を見ながら、プリムロゼがため息をつく。重く沈み込んだ空気の中、一人の男が仲間達から視線を集めていた。

「はあ、全く……。今日という今日は、反省して貰わないと困るわよ? 先生」
「ですが、サイラスさんも悪気があった訳ではありませんから……
「悪気がないのが問題なのよ」

そう言ったプリムロゼが再びため息をつくと、オフィーリアはますます困ったように彼女とサイラスの顔を見比べる。当のサイラスは苦笑いを浮かべ、冷たい水で喉を潤してから口を開いた。

「いや、みんなには申し訳ないと思っているよ。まさかあんなことになるとは、私も予想していなかった」
「まあ、先生はどっちかっていうと被害者だからな……
「んな訳あるか。原因を作ったのはこいつだ」
「その通り。確かに相手も悪かったけれど、あなたが気をつければ避けられた事態だもの」

オフィーリアやアーフェンはサイラスを擁護しているが、プリムロゼ達の視線は相変わらず厳しい。何しろ、やっと休めると腰を下ろしかけた町を、慌てて飛び出す羽目になったのだから仕方ないことなのかもしれない。
事の発端は三時間と少し前のことだ。オルベリク達はとある町を訪れ、夕刻まで自由行動を取った。普段は集団行動を余儀なくされているが、たまには一人で羽根を伸ばす時間も必要だろうと、そういう時間を取ることも織り込んで旅程を組むようにしている。
サイラスは書店を見付けたから覗きに行くと喜んでおり、オルベリクはそれを見送ってから試合相手を探し歩いた。交易が活発で行商が多く立ち寄る町であったことが幸いし、傭兵を生業としている強者達と剣を交えることができ、実に充実した時間を過ごしていた。――サイラスが起こした騒動を耳にするまでは。

「しかし、一体どう気を付ければよかったというのだい? 談笑していた相手が、突然自分に求婚するなど……
「しかもそれが、町長さんの娘さんだったなんて……。お陰で町の人の目も厳しくって、どうしようもなかったのよね……

サイラス曰く、相手は古書店にいた女性客だったらしい。奇遇にもたまたま同じ学術書に目を留め、話を弾ませている内に、突如として女性は興奮したように頬を赤らめた。サイラスが疑問を抱いたのも束の間、彼女はサイラスの手を取り、店内どころか大通りにまで響き渡る声で叫んだ。サイラスを自分の結婚相手にする、と。
それはできないとサイラスが固辞すると女性は泣き出し、往来から人が集まってきた。仲間内で真っ先に騒ぎに気付いたのは、隣りの雑貨屋で商談をしていたトレサであった。女性が町長の娘であることもその頃に発覚し、瞬く間にサイラスは『町長の娘を振った罪な男』として知れ渡り、同行者であったオルベリク達まで針の筵に座ることになった。とてもではないがこのままここには居られないと隣町まで逃げてきて、今に至る。

「随分、思い込みの激しい女性だったのだな……
「それもあるだろうが……火のない所に煙は立たんと言うからな。どうせいつもの調子で女を口説いたんだろ」
「とんでもない、言いがかりはやめてくれ。私はただ、本について語り合っていただけだ。自分からは指一本も触れていないよ」
「でも、その女の人のことを褒めたりしたんでしょ?」
「ああ……。私のことを美しいと言うものだから、美しいとはあなたのような人のことを言うのだと返したよ。それが何か?」

さらりと告げた言葉が、世の女性にとってどれほどの価値があるか、知らないことは罪だろうか。何しろ彼の相貌といったら、聖火神が作り上げた至高の傑作と言っても過言ではない。長い睫毛、切れ長の眼、空を切り取ったような美しい瞳、すっと通った鼻筋、淡く色づいた柔らかな唇。パーツひとつとっても格別に美しく、それがまた完璧なバランスでかんばせに収まっている。オルベリクですらどれだけ見ても見飽きないと思っているのだから、女性が強烈に惹き付けられるのは致し方ないだろう。
しかし、困惑気味のサイラスに対し、プリムロゼの視線は依然冷ややかだ。運ばれてきた料理に手もつけず、猫のような眼を細めて彼を睨みつけている。

「だから、それなのよサイラス。そういう思わせぶりな態度が問題なの」
「美しい人にそう言ってはいけないというのかい?」
「ええ、そうよ」
「しかし、人を褒めるというのは社交界ではマナーのようなものだろう。キミだって、褒め言葉を述べた人間全員を好きになる訳ではあるまい」

叱られている自覚がないのか、サイラスは平然と応えてみせる。気まずげな顔をしているトレサ達に、料理が冷める前に食べようと声をかけて、そんな二人を尻目にオルベリク達は食事を始めた。旅の最中では貴重な生野菜のサラダを小皿に取り、一口含む。

「当然よ。でも、前提が違うわ。あなたは見た目が整っていて、立ち振舞いが上品で学もある。どんなに鈍い女でも、ひと目であなたがいい男だと気づくのよ。……まあ、ある意味鈍いからこそ、そう思い込むのかもしれないけれど」
「確かに私は清潔感には気を配っているし、アトラスダムでは教師をしていたからね。人並み程度には見目を整えているが、そういう男性は世に大勢……
「だから、あなたはその中でも群を抜いて容姿が優れているの。そういう男に見た目を褒められるとね、大抵の女はあなたは自分に好意があると思って浮かれるのよ」
「あ、この魚のソテー美味しい! バターの香りがたまらないわ~」
「ふふ、こちらのスープも美味しいですよ。お野菜がたくさん入っていて、とても温まります」

説教のようなものが滾々と繰り広げられている傍で、年少の仲間達は食事を楽しみ始めている。オルベリクは彼らの会話に生返事をしながら、サイラス達のやり取りに耳を傾けていた。半ば苛立ち始めたプリムロゼを前に、彼はやはり困惑げに眉を下げる。

「例えば、美味しい料理を食べれば、いかなる時でも皆素直に美味いと言うだろう? それと何ら変わらない。何故、容姿を褒める時だけそれほど気を配らなければならないのか……私には分からないよ。もう少し詳細に教えてくれないかい?」
……はぁ、全く……学者先生に教えを請われるのって、こんなにも頭が痛い話なのね」
「プリムロゼ、あなたをそこまで悩ませるとは……やはり色恋沙汰とは複雑だな」
「うむ、全くもって同意見だ」
「そこに同意されてもね……

こめかみを擦りながら、プリムロゼは隣に座るテリオンを見遣る。同じくサイラスに苛立ちを抱える者として助言を求めたのだろうが、盗賊は軽く肩を竦めるだけだった。

「あんたの苦労は買うが、諦めろ」
……いいえ、言わせてもらわないと気がすまないわ。ただ、少しアプローチを変えようかしら」
「ふむ、一体どのように?」
「あんまり軽薄な言葉ばかり口にしていると、オルベリクが妬くわよ」
「む、」

まさか自分が話に巻き込まれるとは思わなかった。突如として矛先を向けられ、パンを喉に詰めかけた。慌てて水を流し込み、短く息を吐く。

「そうなのかい? オルベリク」
「いや、俺は……
「そうよね、オルベリク。あなたは彼の恋人として、そう躾る役目があるのではなくて?」

そう言うプリムロゼは笑顔だが、明らかに目が据わっている。普段はしない淑女じみた態とらしい言い回しも、オルベリクへの威圧の一つだ。サイラスはオルベリクを見上げ、返答を待っている。
――実際のところ、オルベリクが嫉妬心を燃やすのはサイラスの発言に対してではない。彼が無警戒であるのをいいことに、邪な好意を顕にして近付く者に苛立つのだ。とはいえ年少の仲間達の前で、そのような狭量な姿を見せるのは憚られる。しかしプリムロゼの言葉を単に否定すれば、今度は自分まで小言をもらうであろうことは想像に難くない。
結果としてオルベリクがとった行動は、ただ曖昧に頷くのみであった。

「ああ、まあ……
「私が愛しているのはあなただけだよ。あなたが一番よく分かっているだろうに、それでも嫉妬心など沸くのかい?」
……そうだな……
「これが一般的な感性なのよ。あなたが女性を褒めれば、女性は口説かれたと感じる。そして、それを見たあなたの恋人も嫉妬心を掻き立てられるの。恋人の心を苛んでまですることじゃないでしょう?」

先程までは他人事だと聞き流していた説教だが、今は自分まで居た堪れない気持ちになる。
オルベリクがサイラスと交際していることは事実だ。集団行動を取る中で、それが仲間達に知られてしまったことも致し方がない。とはいえ、それを声高に叫ばれると流石に少々気恥ずかしい。いい歳をして恋愛に夢中になっている、と言われているような気になるのだ。

「確かにそうだが……。しかし、オルベリクが嫉妬するなどとは思わなかったな……
「想像してご覧なさいよ。あなただって、オルベリクが女性を褒めていたら嫌な気持ちになるでしょう?」
「そういえば、オルベリクはキミ達の能力を褒めはするけど、外見に言及するところは聞いたことがないかもしれないな。例えば、どんな言葉を掛けるという想定だい?」
「私に聞かないでよ。あなたが彼に普段言われているようなこと、とでも想像してみたら?」
「それはつまり、――

危険な気配を察知し、サイラスの唇を咄嗟に手で塞ぐ。青い瞳が不思議そうにオルベリクを見遣るが、首を横に振ってみせると、彼は合点がいったように頷いてオルベリクの手を払い除けた。もしも褥で囁いている言葉を暴露されようものなら、居た堪れないを通り越して、オルベリクはこの場から逃げ出してしまうかもしれない。

「ふむ。現実にはあり得ないとは思うが……確かに、彼が他人にそのような言葉をかけていたら、私も嫉妬心を抱くかもしれないね。そう考えてみると、少し分かってきたような気がするよ」
「それは良かったわ……。はぁ、長かったわね……
「お疲れ様です、プリムロゼさん……。お料理をお取りしましょうか?」
「あら、ありがとう」

そうしてようやくプリムロゼとサイラスも食事の輪に加わる。サイラスはまだ少し考え込んでいるような神妙な表情をしているが、大人しく口に入れた料理を咀嚼している。厄介な話題が収束に向かっていることにオルベリクも胸をなでおろし、皿の上で冷えた魚料理にフォークを刺した。

「まあ、とにかく……本当に心の底からそう思っていたとしても、好意的な言葉を口にするのは好きな人だけにすることね」
「よく分かったよ。ありがとう、プリムロゼ君。それにしても、キミの話しぶりは見事だった。直接現場にいた訳でもないのに、私やトレサ君の話から今日の事件の原因を紐解き、更に私の落ち度を指摘して理解させた。美しく聡明なキミに、人々が熱狂するのも理解できるよ」
……あ、あの、サイラスさん……
「ぜんっぜんダメね……
……

ほうぼうからため息が聞こえ、オルベリクも顔を手で覆う。そういう男だとは分かっているが、どうしてこうも色恋沙汰に関しては暖簾に腕押しなのか。

「おや? どうしてみんなため息をつくんだい?」
「先生~、そういうのは好きな人だけって今話してたろ……
「もちろん恋愛的な好意があるのはオルベリクだけだが、私はキミ達全員のことを友人として好ましく思っているよ。褒める対象が他ならぬキミ達であれば、オルベリクも誤解することはないのだから、問題ないだろう?」

本人に一切の悪気はなく、先の発言も心の底からプリムロゼを称賛しているだけだ。満足げな笑みを浮かべるサイラスの横顔を見ながら、場違いは百も承知で、やはりなんとも可愛らしい人だと思う。

……。そうね、もうそれでいいわ……
「えっと……お料理冷めちゃったし、追加で何か頼む? あたしもまだ食べたいから」
「ええ、任せていいかしら。……オルベリク、あなたのことを尊敬したわ。よくこの人に、恋とは何たるかを自覚させたものね……
……褒め言葉として受け取っておこう」

藪を突いて蛇を出すことを避けるため、短くそう応えるに留めた。サイラスは呆れた様子の仲間達を見回して不思議がっていたが、オルベリクと目が合うと唇を緩めて微笑んだ。そういうところだ――と喉から出かけたがぐっと押し止め、水を飲んで誤魔化した。





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