雪華
2024-01-23 21:08:43
7416文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】一人前の味【年齢逆転】

年齢逆転パロのテリサイです。お題箱に貰った『年齢逆転のテリサイで、子供扱いされたくなくて無茶してピンチになったサイラスを助けるテリオン(要約)』話でした!昨年最後のリクエストをありがとうございました~!

サイラスがアトラスダムを出て、早三ヶ月の月日が流れた。辺獄の書を探すという目的はあるものの、そう急ぐ旅でもない。各地を巡りながら持ち前の好奇心で様々な物事に首を突っ込む内に、気付けば旅の同行者は七人と一匹に増えていた。
仲間達は性別も生業も年齢もそれぞれだ。一歳差の若い薬師もいれば、一回り以上歳が離れた壮年の剣士もいる。中でもとりわけサイラスが関心を寄せているのは、八つ歳上のとある男だった。

「先程の戦闘は見事だったね、テリオン! オルベリクと共に前線を支えながらも、後衛に対して気配りを欠かしていなかった。交戦中の魔物とは別の群れが近付いているといち早く気づいたのは、あなたとリンデだったね。あの時のあなたはすごかったな、まるで背中に目があるかのような見事な投げナイフだった」
「まあな……

生返事をしながら、テリオンは手元を凝視している。彼は今、宝箱の解錠を試みていた。僅かな物音や指先の感覚を頼りに、鍵穴に入れた針金を曲げたり伸ばしたりと微調整を繰り返す様は見ていて飽きない。
テリオン――彼とはクリフランド地方のボルダーフォールで出会った。アトラスダムで本や教師の言葉から知識を得ていたサイラスとは異なり、彼は盗賊として、生きるために必要な術を自らの目や手足で身に着けた。そんな彼の仕草の一つ一つが、時折こぼす言葉の一言一句が、あまりにも鮮烈にサイラスを惹き付けて止まない。

「そういえば、次に立ち寄る町の近くに洞窟があるらしいんだ。魔物が棲み着いていてここ数年は人の手が入っていないそうだから、なにか珍しいものが見付かるかもしれない。よければ一緒に――
……はぁ。おい、誰かこのガキを黙らせてくれ。踊子」
「あら、いいじゃない。ご機嫌みたいだし、好きに喋らせてあげれば?」

テリオンは隣りに座り込んだサイラスを見遣り、次いでプリムロゼに視線を遣ったが、彼女は含み笑いを浮かべてそう返した。彼はため息をつくと、また手元に視線を注ぐ。

「テリオン。何度も言ってあるが、私はもう立派な成人だ。確かにあなたから見れば歳下かもしれないが、子供扱いするのはお門違いだよ」
「幾つになったってガキはガキだろ。少しくらい黙っていられないのか? 集中できん」
「う……それは……すまなかった。では、静かにしているからこのまま見ていてもいいかい?」
……好きにしろ」

作業の邪魔だと言われてしまうとぐうの音も出ない。本当は子供呼ばわりを撤回してほしかったが、これ以上騒ぐといよいよ叱られてしまうだろう。それに、仲間達もテリオンの解錠を待って足を止めている。サイラスの勝手で旅程を遅らせる訳にはいかない。
暫く黙って作業を見守っていると、彼の手元でカチリと小気味の良い音が鳴った。思わず前のめりになったサイラスを制すように、肩を掴まれる。衣服越しに感じる指の感触に、心臓が変に跳ねた。

「待て。開ける瞬間に発動する罠もある、離れてろ」
「あ……うん」

不意の接触に戸惑っている内に、体を押されて後退させられる。テリオンがサイラスに視線を向けていないことに、この時ばかりは救われた。
幸いにも罠が発動する様子はなく、テリオンはゆっくりと宝箱を開き、中を一瞥してようやくサイラスに顔を向けた。指を軽く曲げて手招きされるまま、箱の中を覗き込む。収められていたのは大量の精霊石で、その中でも一際大きく輝く青色の結晶を手に取った。

「見てくれ、この氷の精霊石はかなり質が良いよ! 結晶としての形も素晴らしいが、内包している魔力量も膨大だ。かなり長い年月をかけて生まれたものだろう。この高い透明度を見る限り、産地は恐らくフロストランド地方の――
「ふ、……

すると突然、テリオンが顔を背けた。ストールで口元を隠してはいるが、笑っているように見える。

「テリオン?」
……新しい玩具が手に入って良かったな、学者君」
「あ」

言われた傍から、人目も憚らずにはしゃいでいた自分に気付いて恥じ入った。考えなしに行動してしまうなんて、これではテリオンの言う通り子供となんら変わらない。つい、夢中になれる人や物を前にすると落ち着いていられないのだ。悪癖だとは思いながらも直せない、だから子供だと言われてしまうのだろう。

「と、とにかく、これを売れば暫く路銀には困らないだろうね。トレサ君、キミの鞄の中に入りそうかい?」
「ちょっと待ってね、整理すればなんとか……
「トレサが一人で持つには量が多いだろう。わたしも少し持とう」
「ありがとう、ハンイットさん。助かるわ」
「それなら私も……
「お前はダメだ、体力がないからすぐへばるだろ」

テリオンは短くそう言うと、サイラスの手から精霊石を取り上げて懐に入れる。仲間内でも特に旅慣れている面々が荷物を分け合う様子を見ながら、ひっそりとため息を付いた。
結局、テリオンからするとサイラスは半人前ということだ。子供のように騒いで、はしゃいで、すぐに疲れて面倒をかけるからと余分な荷物すら持たせてもらえない。これでは、隣りに並び立つ日は夢のまた夢だ。

……テリオンに、一人前として認めてもらいたい)

子供のように庇護されるのではなく、対等な立場でありたい。今のままでは、サイラスの胸中に芽吹いた慕情を打ち明けたところで、戯言だと笑い飛ばされるだけだろう。身勝手な恋情に応えてもらえるとは思っていないが、打ち明けた暁には真剣に向き合ってもらいたい。
拳を強く握り締め、サイラスは決意した。――まずは、自分が隣りに立つに値する人物だと認めてもらわなければ。前に進むにしろ諦めるにしろ、舞台に立たなければ何も始まらないのだから。

***

コツ、コツ、と自分の足音が反響して聞こえる。薄暗い洞窟の中、サイラスはひとり、ランタンを持ちながら進んでいた。魔物が棲み着いている気配はあるが、今のところ活発な動きは見られない。崖下ではさざ波の心地良い音が断続的に続いていた。

(燭台らしき物はあるが、風化していて原型を留めていない……。人の手があまり入っていないというのは本当らしい)

先程一行は港町に辿り着き、夕方まで自由行動を取ることとなった。解散するや否や早速サイラスは町を飛び出し、この洞窟までやって来たのだ。
目的は魔物の生息状況及び、地形の調査である。要するに、安全に調査するための下準備だ。未踏の遺跡や洞窟へ少人数の学者が赴き、先行調査を行うのはよくあること。大人数での調査に耐えうる造りか、魔物の種類や生息数がどうなっているか確かめる。できるだけ周辺の物を傷付けず、かつ無事に情報をまとめて帰還することが求められる仕事だ。
とはいえ、実際にこの洞窟に本格的に調査が入る予定などない。言わば、それを想定した練習である。学者としての知恵を働かせ、観察眼を磨く訓練だ。はじめはテリオンを誘おうと思っていたが、それを取りやめ単身で赴いた。一人でやり遂げ、ついでに宝箱でも見つけて彼に教えてやれたら、きっとサイラスの評価を改めてくれるだろう。

「おっと……吊り橋が落ちている。ここは渡れそうにないか」

時折足を止め、手帳に地図を書き付けながら進んでゆく。向こう岸まで僅かな距離に見えたが、洞窟内は苔でぬかるんでいる上に、崖下は入り組んだ岩礁になっている。万が一落下したら怪我では済まないだろう。腐り落ちた吊り橋の残骸を一瞥し、迂回路を探すことにした。
それから暫くは順調に調査を進めていたが――二時間ほど経ち、洞窟内の様子が変わった。先程までは気配もなかったシザークラブ達が、我が物顔で闊歩し始めたのである。時間経過で徐々に潮が満ち、崖下に居た彼らが地上へ登ってきたのだと察して来た道を戻ろうとしたが、時すでに遅く、退路は絶たれていた。

「雷よ、貫け……!」

稲妻が走り、シザークラブの身を貫く。すると一瞬動きを止めるものの、濁った目はサイラスを捉えたままゆっくりとまた近付いてくる。シザークラブの体は固い甲羅に覆われていて、サイラスの得意とする属性魔法が効きづらい。かといって、木製の杖で殴ったとしても傷ひとつ付かないだろう。

「っ……

シザークラブの背中越しに、水平線へと沈みゆく夕日が見える。シザークラブは縄張り意識が強い魔物だ。洞窟さえ出てしまえば追って来ないだろうが、逆に言えば、彼らのテリトリー内に入った獲物は逃さない。息を弾ませながら後退すると、苔生した壁に背がぶつかった。
群れのボスらしき、一際大きな個体がおもむろにはさみを開く。子供の頭ほどはある巨大なはさみは、金属製の鎧すら砕く力を持つという。もしも手足を挟まれたら、と想像するだけでぞっと血の気が引いた。

「雷よ!」

再び、閃光が洞窟内を一瞬明るく照らし出すが、シザークラブは怯む様子もない。絶体絶命の危機に陥った時、サイラスの脳裏には様々な思いが駆け巡った。死に直面して初めて感じる恐怖、安直な行動の後悔、実力不足であることの嘆き。それから――
思考していたのはほんの一瞬のことであり、硬質な音に現実に引き戻される。夕暮れと宵闇の空の間から現れた男が、シザークラブの背後からその甲羅を真っ二つに切り裂いていた。

「な、えっ!? テリオン、なんで……!」
「それはこっちの台詞だ」

問答しながらも、長剣の鋭い斬撃が魔物の群れを蹴散らす。その鋒の動きは目で追えないほど速いのに、ウィスタリアの外套は余韻を残すようにゆっくりと揺らめく。シザークラブ達は突然の襲撃者に戸惑っているようで、海へと逃げる個体も現れた。呆然と、半ばテリオンの動きに見惚れていたが、手首を握られてはっと我に返った。

「来い、群れが混乱している内に逃げるぞ」
「う、うん」
「走れるか?」

小さく頷くと、テリオンは僅かに口角を上げて笑った。その表情に、恐怖から強張っていた四肢が緩む。手を引かれるまま踏み出した足は、ひとりだった時よりもずっと軽い。
夢中で走って洞窟を出る。砂を蹴りながら街道に出たところで、サイラスはテリオンの手を強く引いた。

「はあ、はあ……ッテリオン、も、走れないよ……
「お前な……もう少し体力をつけろ」
「そう、言われても……っ」

足を止めてようやく振り向いたが、シザークラブ達が追ってきている様子はない。安堵に胸をなでおろすと同時にどっと脱力し、深く息を吐いた。同じ距離を走ってきたはずなのにテリオンは息を乱す様子もなく、呆れた表情で肩を竦めた。

「それに、しても……よく、あの洞窟が分かったね……?」
「行きたいって言ってたろ。……町中にいないと思ったら、案の定だった」
「聞いていたのか……

てっきり、煩わしくて聞き流しているものだと思っていた。するとテリオンは力の抜けたサイラスの手を握り直し、少し低い位置から睨めつけてくる。そういえば手を握り合ったままであったと気付いたが、滾々と始まった説教に照れるどころではなくなってしまった。

「で? 一人で探索して、結果があのザマか。俺が来なきゃどうなってたか、分からんとは言わせんぞ」
……ああ、あなたの言う通りだ。申し開きもできないよ」

魔物の巣窟となっているという事前情報を得た上で踏み込んだのだから、迂闊だったと言わざるを得ない。助けが来なければ最悪の事態も十分にあり得た。何よりも、早く認めてほしいと思っていた相手にその失態を知られ、あまつさえ尻拭いまでさせてしまった事実。王立学院に居た頃には感じたことのないような羞恥心を抱き、喉が震えた。

「私は、己の力を過信した大馬鹿者だった。……事前の準備も碌にせず、つまらない意地で自分の身を危険に晒した。本当に、情けない限りだよ。あなたに迷惑までかけて……

これ以上恥の上塗りはするまいと、ぐっと唇を強く噛んで嗚咽を堪える。結局、隣りに並ぶどころか、サイラスは彼に庇護してもらう立場だとまざまざと突き付けられただけだった。胸中には強い自己嫌悪の嵐が吹き荒び、生まれて初めて、消えてしまいたいとすら思った。
殊勝な様子を見せるサイラスに、テリオンは何を思ったのだろう。彼は短く息を吐くと、サイラスの頬を軽く指で摘んだ。

「う」
「その発言は撤回しろ。お前は若く、少々と言わんくらいには無鉄砲なきらいがあるが、馬鹿じゃない。一度足を踏み外しかけたら、次はきちんと正しい道を歩ける。……俺はそういう点ではお前を評価している」
「テリオン……
「いいか、反省するのはたった一つだ」

テリオンは眉一つ動かさず、サイラスを見つめている。しかしその声色に険はなく、どことなく優しい響きがあった。言い聞かせるような言葉の続きを大人しく待つ。

「いつだって、最悪の事態に備えろ。物事は思っているほど良い方に転ばないこともままある。全てが上手く行かなかった時でも生き延びられるよう、策を巡らせろ。お前はそれができる人間のはずだ」

普段は寡黙な盗賊が語ったのは、実に彼らしい金言であった。世に成功事例は溢れているが、反対に失敗事例というものは多く広まっているものではない。それは失敗したことを恥じて口外しないだけではなく、最早語る口すら持たない場合もあるからだ。テリオンはそれら最悪の事態を幾つも目にし、もしかすると、時には自分の身で味わったことがあるのかもしれない。
悲観的な気分がすっと冷め、彼の言葉の一つ一つが胸に沁み入る。失敗はしたが、幸運にもサイラスは生きている。自分の行いを省みて、次に繋げなければならない。

……ああ、分かった」
「じゃあ、今回は本当はどうするべきだった? 言ってみろ」
「そうだな……事前に周囲の魔物の分布や、潮汐の時間を確認すべきだった。もっと入念に下調べをしていれば、洞窟内の魔物の種類や数の予測が大まかでも……
「違うな。答えはもっと単純だ」

導き出そうとした答えをばっさりと断ち切られ、目を瞬かせる。調査の要否でないのなら、やはりもっと魔法の腕を磨くということか。もしくは他の武器を扱う術を身につけるか。サイラスが再び回答に挑戦する前に、テリオンが短く告げる。

「俺を連れていけばよかった。たったそれだけだろ」
「そ、それは……その、今回は難しかったというか……
「何故? そもそも、一緒にと言いかけてたろ。なんで勝手に一人で行ったんだ」
「確かにあの時は、あなたにも来てもらおうと思っていたよ。だが……あなたにあんまりにも子供扱いされるものだから、私もむきになったというか……一人でやり遂げて、大人扱いに足る人間だと認めてもらいたくて……
「は……?」

ばつが悪くてもごもごと不明瞭に喋ると、テリオンは分かりやすく眉根を寄せた。彼からすれば何を馬鹿なことを言っているのかと思うだろう。どれだけサイラスが足掻いたところで八歳差は覆らないし、背伸びをしても実力はついてこない。全く見当違いな努力をしていたことを打ち明ける羽目になり汗顔したが、これも自分で蒔いた種だ。

……なるほどな……。それは悪かった」
「いいんだ。結局、私にあなたの子供扱いを覆す力がなかったことは事実なのだから。またこれから、地道に頑張るとするよ」
「いや、待て……。俺はお前の実力は認めている。確かに実践は足りんが知識は十分にあるし、学習能力も高い。魔法の技術なんかを比べると、それこそ俺のほうが子供と変わらんだろ」
「え? そ、そうなのかい……?」

叱られていたはずなのに一転して褒め立てられ、どうすればよいか分からなくなってしまった。もしやあまりにも哀れと思われ、フォローされているのだろうか。テリオンらしくない様子に戸惑っていると、不意に親指の腹で目元をなぞられた。

「テリオン……?」
……子供のすることだと思ってないと、間違えそうになるんだ」
「間違えるとは? あなたが、何を……?」
「初めてだ。俺のことを……そんな風に何の曇りもない眼で、好意を隠しもせず見るやつは」

心の奥底を見抜かれたような言葉に、心臓が早鐘を打つ。好意を抱いているのは紛れもない事実だが、それは単なる憧れや尊敬ではない。サイラス自身が何を欲しているかもまだ分からずに曖昧だが、その根底に確かにあるのは淡い――

「え、……

繋いだ手を引かれ、体がぐらつく。素早く肩に手を置いて支えながら、テリオンはサイラスの瞳を覗き込むように顔を寄せてきた。何が起きているのか察知する間もなく、気づけば二人の唇は重なっていた。触れていたのはほんの数秒のことで、サイラスが赤面した時には既に、テリオンは身を引いていた。

……い、っ今の……
「本当に子供だと思ってるなら、こんなことはしない。ちゃんと覚えてろ」
「うん……。ん? 待ってくれ、だとしたら……
「サイラス、テリオン! こんなところにいたのか」

サイラスが追い縋るより先に、ハンイットの鋭い声が飛んできた。町の方角から走ってきた彼女の隣りには普段と同じようにリンデがいて、雪のような毛並みを夕焼けで紅く染めている。太陽は水平線へと沈みつつあり、空は徐々に暗くなり始めていた。仲間達と定めた集合時間を超過していることは明らかだった。

「悪い、探させたか」
「全く……。あなたが一緒だろうから心配はしていなかったが、皆待っているぞ」
「ああ。遅刻の理由は後でこいつに説明させる。……お説教だぞ、学者君よ」
「分かったよ……。ハンイット、リンデ、すまなかった」
「わたしは構わないが……まあとにかく、食事をしながら話を聞くとしよう」

腰が抜けるまではなかったが、あまりの衝撃に足に力が入らない。ふらふらと覚束ない足取りを見兼ねたのか、珍しくリンデが傍に来た。彼女に付き添われるように歩きながら、ハンイットの少し後ろを歩くテリオンの背中を見遣る。すると視線に気づいた彼が一度振り向き、にやりと笑って人差し指を立ててみせた。
二人だけの秘め事――甘美な響きにまた頬が熱くなる。夢のような感触を思い出しては浸るサイラスの腰を、リンデがしっかり歩けと言わんばかりに鼻先で小突いた。




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