雪華
2023-11-23 20:29:38
4900文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】夫婦喧嘩

いい夫婦の日、遅刻しました。オルサイが喧嘩しないの?って聞かれてる話です。

オルベリクがコブルストンを発って半年近くが経つ。長旅の路銀を稼ぐため、今日は二手に分かれて魔物討伐と薬草採取を行っていた。オルベリクはトレサ、ハンイット、プリムロゼと共に魔物討伐をしてきたところで、残りの面々との待ち合わせ場所の酒場に来ていた。
酒場の奥の長テーブルに案内されるや否や、トレサはばたりと机に突っ伏した。

「は~、さすがに疲れた……
「一日お疲れ様。でも、いいお金にはなったんじゃない?」
「ええ! リンデとハンイットさんのお陰で、警戒心が強い魔物も無事に倒せたのが大きかったわね。報酬も弾んでもらえたし、毛皮も良い値がついたから」
「力になれて良かった。わたしは金のことはよく分からず、いつもトレサに任せきりになってしまっているからな……
「ガウ」

ハンイットの言葉に同調するように、テーブルの下に伏せていたリンデがひとつ鳴く。八人もの大所帯で旅を続けるにはそれなりの金が必要で、その工面は商人であるトレサが主体となって行っている。自分の得意なことで貢献できて良かったという彼女の言葉には、オルベリクも同意できる。

「ううん、任せてもらえることはいいの! 商売の勉強にもなるし、楽しんでるわ」
「それなら良いが……
「それに、今日みたいにみんなも手伝ってくれてるから。アーフェン達も上手くやってるといいけど……

そう言いながらトレサが顔を上げると、ぐうと彼女の腹の虫が鳴った。トレサはばつが悪そうに両手で腹を抑え、うなだれる。今日は一日走り回って戦闘をしていたから、腹が空くのも当然だろう。

「先に何か食べているか?」
「うーん……でも、アーフェン達はまだ薬草摘みしてるはずだから、悪いわ……
「誰も怒らないわよ。寧ろ、あなたがお腹を鳴らして待っている方が心配するんじゃない?」
「それに、先に料理が来ていれば、彼らもつまみながら主食を待てるぞ」
……それもそうね! 冷めても食べられるものを注文しよっと。すみませーん!」

大人三人から諭され、ぱっとトレサが顔を明るくして店員を呼ぶ。すぐに店員が注文を取りに来て、トレサがおすすめのメニューについて問うた時、厨房からガシャンと食器が激しくぶつかる音がした。

「だからっ、スープを四皿だって言ってんの!」
「怒鳴らなくても聞こえてるって! スープじゃなくて、メインが幾つかって話だろ! ったく、お前はいつも俺の話を聞きやしねえ」
「あんたがトロいから、あたしが先回りして考えなきゃいけないんだろ!」

厨房から最も遠い席に座っているオルベリク達にまで、口論の内容がしっかりと聞き取れる。ぎょっとして固まるトレサに向かって、店員は肩を竦めてみせた。

……すみません。オーナー夫妻はいつもこうなんです、お気になさらず」
「あ、そ、そうなのね……。じゃあ、パンとサラダ、ナッツの盛り合わせをお願い」
「はーい、かしこまりました!」

元気よく応えて、店員は今も怒声が飛び交う厨房へと飛び込んでゆく。馴染みの客たちが意に介せず飲食を続けているところを見るに、いつもの光景というのは本当なのだろう。何気なく水を飲んでいると、トレサが隣に座るオルベリクを見上げた。

「夫婦喧嘩か~。そういえば、オルベリクさんってサイラス先生と喧嘩とかしないの?」
「ぶっ」
「ちょっと、やめてよ」
「す、すまん」

思わず水を吹き出すと、斜向かいに座るプリムロゼが眉を顰めた。謝りながら口元や机をハンカチで拭く。まさかサイラスとの関係を夫婦と並べられるとは思わず、つい動揺してしまった。
――サイラスとオルベリクが恋仲であるということは、いつの間にやら仲間達の間では周知の事実になっていた。というのも、サイラスは口から生まれたような男で、仲間達からのからかい半分の質問にも素直に返答してしまうからだ。複雑な思いがないではないが、結局のところオルベリクは彼に甘いので黙認している。

「確かに、二人が喧嘩しているところは見たことがないな」
「でしょ? 意見が分かれることとかないの?」
「あー……

ハンイットが頷き、トレサが更に質問を畳み掛ける。横目でプリムロゼを見るが、当然彼女がオルベリクに助け舟を出す訳もない。にこにこと、何も知らない周囲の客からすれば女神のような笑顔で傍観している。

……もちろん意見が分かれることはあるが、意見の衝突は必ずしも争いの種になる訳ではない。そういった意味では、俺もあいつも、譲歩が上手いのだろうな」
「ふーん……。じゃあじゃあ、もし喧嘩したらどっちが勝つの?」

オルベリクが語った意味を分かったのか分かっていないのか、トレサは好奇心に目を輝かせて聞いてくる。戦場での戦略ならまだしも、こと対人関係において仮定の話をすることは、オルベリクは少し苦手だ。それこそ、サイラスに聞いた方が彼女を楽しませる話し方ができるだろうに。この場にいない恋人の顔を思い浮かべながら、言葉を選ぶ。

「あまり意味がない仮定だと思うが……もしも喧嘩になったなら、当然、俺が口論で学者に勝てる訳がない。言い包められて負けるだろうな」
「あら、じゃあ拳を出してもいいと言ったらあなたが勝つの?」
……許可を貰ったところで、暴力に訴えることはない。というか、意見の衝突で拳を振るったなら、それは問答無用に負けということではないか……?」
「まあ、そうなるわよね」

そもそも、サイラスとオルベリクが同じ土俵に立つということは難しいのだ。腕力なら圧倒的にオルベリクが、反対に論判ならサイラスが絶対的に有利だ。お互いにそれを理解しているからこそ、諍いを起こさないように立ち回っていると言える。
そうこうしている内に店員が食事を運んできたため、会話を一時中断してトレサがパンを頬張る。気まずい話題が終わったと安堵しながらナッツを一つ取ったが、口に運ぶ前に皿の上にぽろりと落としてしまった。それは、プリムロゼが楽しげにこう言ったからだ。

「実は、同じ質問をサイラスにしたことがあるの。……彼はね、あなたが勝つと言っていたわよ」
……は?」
「えー?! そうなんだ。意外ね……

思わず己の耳を疑ったが、トレサも同じように驚愕していたため聞き間違いではないと悟る。てっきり、彼の方は自分が勝つと考えていると思っていた。学者の武器を持ってすれば剣士一人を論破することは容易いはず。それともまさか、喧嘩の際に暴力を振るう男だと思われているのか。一瞬で様々な考えが脳裏を過ぎったせいで、背後に立たれるまでその人物の接近に気付くことができなかった。

「おや、どうしたのだね? なんだか考え込んでいるようだが」
「お、もう食べ始めてたのか? いいねえ、俺らも早くなんか頼もうぜ!」
……そうだな」
「みなさんお疲れ様です」
「あ、おかえりなさい! どうぞどうぞ、座って」

アーフェンを筆頭に、薬草を摘みに出ていた仲間達だ。トレサが態々立ち上がり、オルベリクの隣の椅子を空けると、サイラスはさも当然であると言わんばかりにそこに腰を下ろす。四人でかけていたテーブルに八人が揃うと、わっと場が賑やかになった。

「なんの話をしていたのですか?」
「サイラス先生とオルベリクさんって喧嘩したらどうなるの? って話よ。あ、何食べる? お料理来る前に、よかったらサラダとか食べて待っててね」
「ありがとよ! 気が利くじゃねえか」
「へへん、そうでしょ。実はあたしがお腹空いちゃってただけなんだけどね」
「ああ、以前プリムロゼ君にも同じことを聞かれたよ。なるほど、それであなたは困ってしまっていたのだね」

サイラスは涼しげな顔でそう言って、オルベリクの皿にあるナッツを摘み上げて口に運んだ。この話題をサイラスに渡せるのなら気が楽になる反面、赤裸々な話をしないか心配でもあった。複雑な気持ちに先程頭を過ぎった可能性が混ざり、オルベリクはよほど神妙な顔をしていたのだろう。サイラスは笑いながらオルベリクの背中を軽く撫でた。

「はは、そう真剣に考え込むことはないよ。あくまでも仮定の話なのだから、軽い気持ちで考えたらいい」
「ねえ、オルベリクはなんて答えたと思う?」
「彼はもちろん、私が勝つと言っただろうね。仮に喧嘩をしたとしても、オルベリクが私に手を上げることはない。そして口論では私に勝てると思っていない、当然の回答だ」

事もなさげに、まるで頭の中を覗き込んでいるかのようにオルベリクの思考を言い当てられた。そこまで理解していて、何故サイラスはオルベリクが勝つと言い切るのだろうか。

「ねえ先生、先生はオルベリクさんが勝つと思ってるって本当?」
「ああ、そうだよ」
「何故だ? 俺は口喧嘩では万に一つも勝ち目はないと思っているのだが……

サイラスは美しい眼を細め、オルベリクの背中に手を置いたまま、授業をするように語る。柔らかな声で紡がれる、少々冗長な話を実のところオルベリクは好ましく思っていた。何より、語るサイラス自身の表情が活き活きと輝いているから、見ていて飽きない。

「一般的に争いとは、自分が正しいと盲信し、相手に対して譲歩し切れない場合に起こりがちだ。私達が普段衝突しないのは、互いを理解し、思い遣りを以て譲り合っているからだ。……しかし、もしも互いに譲れない事が起きたら? 私が折れるか、オルベリクに考え方を変えてもらうしか、解決し得ないとしたら?」

現実にそんなことが起き得るのだろうか。今のところ、オルベリクにはあまり想像がつかない。一拍、考えさせるように間を置いてから、サイラスが息を吸い込む。

「そうなった時には、妥協可能な範囲内で私が折れようと密かに決めてあるのだよ。尤も、私にも譲れないものはあるから、それ以外の部分でという話にはなるが」
「ふうん……学者先生はもっと強情な人と思っていたけれど、意外とそうでもないのかしら」
「まあ、そもそもオルベリクには普段から我慢してもらっているからね。彼の忍耐が限界に達して争いに発展したのであれば、こちらも少しは譲歩するのが筋だ」

どうやら、オルベリクが自分に甘いことは承知しているらしい。それにしたって、サイラスが自ら白旗を揚げると決めてあるとは思いもしなかった。渋面のオルベリクに対して、やはり彼は笑みを浮かべたまま、何でもないことのように続けた。

「何しろ、これから彼との付き合いは何十年にも及ぶのだ。自分の意見ばかりを通すつもりでいては、上手くいくものもいかないだろう? その上、惚れたもの負けという言葉にもある通り、結局のところオルベリクに惚れ込んでいる私は立場が弱いのだよ」
「まあ……それが夫婦円満の秘訣なんですね」
「そうかもしれないね。……おや、オルベリク? どうしたんだい」

手の平で顔を覆ったオルベリクに、サイラスは不思議そうな声色で聞いてくる。どうしたも何も、そんなことを言っておいて平然としているサイラスの方がおかしいに決まっている。これから先の人生を共に歩むと断言し、更に惚れ込んでいるから負けるとまで言われてしまって、どうして照れずにいられようか。

「お前は……そうやって、耳当たりの良い言葉ばかりを並べるのだからたちが悪い……
「全くよ。お腹いっぱいになっちゃったじゃない」
「私は事実を述べただけなのだが……。プリムロゼ君はまだ殆ど食べていないのでは? 体調が悪いのかい?」
「そういうところよ、先生。……よく言い聞かせておいてくれない?」
……そうだな。後で話をしておく」

にやけ面になるのを堪えることに必死で、そう答えるだけで精一杯であった。
二人きりでいる時ならば、オルベリクからも幾らでも愛を返してやれる。言い逃げでは追われないことを、一晩かけてじっくりと教えてやらなければならないようだ。指の間からサイラスの表情を盗み見ると、彼はゆっくりと瞬きをして、とびきり甘い笑顔を浮かべてみせた。




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