雪華
2023-11-08 20:34:40
2463文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】内緒のきみ

旅の最中にコブルストンを訪れたオルサイが、イチャイチャしてるだけのSSです。

切り立った山中にある小さな村に、旅人達はいた。
サイラスがこの村を訪れるのは二度目――初めて訪ねた時、オルベリクと出会ったのだ。今回の来訪に特別な意味はなく、ただ道中の休息を求めて立ち寄っただけだ。到着してから夕方までは自由時間としたが、サイラスはこれといってやることもないまま、岩場に座り込んで本を読んでいた。

(うーん、あまり座り心地はよくないな)

ちょうどきりが良い頁まで読んだところで腰に鈍い痛みを感じ、立ち上がる。たまには外で爽やかな空気でも吸って過ごそうと思っていたが、どうも性に合わない。普段であれば宿屋で休むところだが、サイラスの今夜の寝床は別にあるため、そういう訳にもいかない。
他の皆はどうしているだろうか、何か読書以外で暇を潰せないか。少し高台から村を見下ろすと、木剣を打ち合う男と少年の姿が見えた。オルベリクがフィリップに剣の稽古をつけているのだ。

(少し見学でもさせてもらおうか)

そう思いながら歩き始めたが、ちょうど二人は剣を下ろして家の傍に座り込んでしまった。休憩のタイミングと重なるとはなんとも間が悪い。声をかけるタイミングを窺おうと、特に深く考えず、建物の陰に入った。

「ねえっ、オルベリクさんって、好きな人いる?」

はあはあと息を切らしながら、少年がそう問いかける。思わずサイラスは足を止めた。

「どうした、急に。……ははあ、そうか。好きな相手でもできたか? フィリップ」
「ち、違うよ! ボクのことはいいって!」

つい吹き出しそうになり、口元を押さえる。オルベリクが子供をからかっているだなんて、珍しいこともあるものだ。
それにしても、少年からすれば赤の他人に聞かれたくないであろう話が始まってしまった。位置的にサイラスから二人の姿は見えず、それは向こうからも同様である。気配に敏いオルベリクはともかく、このまま物音を立てずに居ればフィリップが気付くことはないだろう。

「別に恥ずかしがることではない。どんな相手なんだ? どこで知り合った?」
「そういうのじゃないったら! そ、その……この間村に来てたキャラバンにいた女の子で……一緒に遊んでいて楽しかったから……そういう、好きになるって、どういう感じなんだろうって気になっただけ」

フィリップの父親は既に亡くなっていると聞く。異性の親には言い辛いことを、彼はオルベリクにだけは打ち明けた。オルベリクが慕われていることは嬉しいが、同時に僅かに胸が軋んだ。少年は、オルベリクに本当の父親になってほしいと望んでいるのではないだろうか――

「そうだな……まあ、深く考えることはない。一緒にいて楽しいと思うなら、その気持ちを大切にすればいいんだ」
「気持ちを大切にって、どういうこと?」
「変に自分の心と反対のことをしようとしたり、意地を張るなということだ。楽しいなら楽しいと言って、笑いかければいい。きっと相手にも気持ちが届くさ」
「そういうものなのかなぁ~……

フィリップに話しかけるオルベリクの声は、仲間達に向けるそれよりも少し柔らかい。彼は自分のことを口下手だと言うが、飾り気のない言葉だからこそ美しい。サイラスは、オルベリクの真摯で思慮深い話しぶりが好きだった。

「オルベリクさんも、そういう人はいるの?」
「まあ、いると言えばいるな」
「えー! どんな人? 誰にも言わないから教えてよ!」
「はは、そうだな……笑顔が可愛い人だ」

苦笑しながらもさらりと告げた特徴に、フィリップが歓声を上げる。それを聞きながらサイラスは気が気でなかった。第三者に内緒話を聞かれたとフィリップが勘付くこと――ではなく、オルベリクの想い人が誰か気付かれてしまうのではないかと。

(それにしても、もう少し言い方というものが……

サイラスという個人の特徴を出さないようにと例に挙げてくれたのだろうが、あんまりにも単純というか、慈しまれているというか。楽しげに、どこか誇らしげに語る言葉にむず痒い気持ちになった。
フィリップがオルベリクにもっと聞かせてとせがんでいる内に、母親が食事の時間だと呼びに来た。少年は残念そうにしていたが、オルベリクに宥められて家へと帰っていった。

……悪い、待たせたか?」
「わっ」

突然、オルベリクに肩を叩かれ、びくりと身を竦めた。気付かれていないとは思っていなかったが、それにしても驚いた。

「すまん、驚かせたな」
「いや、私の方こそ、立ち聞きのような真似をしてしまってすまない。あなたを慕うからこそフィリップ君が打ち明けたのだと思うと、つい出て行きづらくなってね……
「気遣い、感謝する」
「しかし……その、あなたの好きな人のことも聞いてしまった」

するとオルベリクは愉快そうに目を細め、指先でサイラスの首筋を擽った。続く声は優しげながらも、決して子供に向けるようなものではない。

「構わんさ。本人に直接言ってもいいくらいだ」
……やはり、私のことなのだね? あなたの前で一体、どんな顔をしているのか……
「それはもう、とびきり愛らしい顔をしている。……今だってな」
「からかわないでくれ。……恥ずかしいよ」

逃げるように顔を背けたが、赤らんだ頬や耳は隠しようがない。耳朶を軽く摘まれ、視線だけで彼を見上げる。褐色の瞳に、情けなく眉を下げた自分の顔が映り込んでいた。雄弁な眼に見詰められると、先程感じた胸の痛みなどすっかり忘れてしまうのだから、我ながら単純だ。

「ほら、可愛いじゃないか」
「可愛いのは笑顔……なんだろう?」
「笑顔が特に、という話だ。照れていても拗ねていても、いいものだぞ」

普段は理性的で、己を厳しく律しているひとの盲目的な口説き文句に、酩酊しているかのようにくらくらする。――今夜はオルベリクの家に泊まることになっているが、今からこの状態では先が思いやられる。二人の呼吸は熱を帯びていて、ゆっくりと、日が落ちるにつれ温度を上昇させていた。




***

感想等をいただけますと喜びます Wavebox