雪華
2023-10-15 17:56:42
4262文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】揺らぐ鋒

試合をするオルサイと、できなくなった理由の話。あさきさんのこちらのふせ(https://fusetter.com/tw/w7PYwNEG )やツイートを元に書いたオルサイです。※ろうどくげきのネタバレを含みます!

「ヒィッ、勘弁してくれ~!」
「お、おい……何も逃げることは」

ないだろう、そう続くはずだった言葉を聞くことなく、町民は脱兎の勢いで走り去っていった。遠ざかる背中を見遣り、オルベリクはため息をついた。
明日から始まる武闘大会の決勝に向け、心身を研ぎ澄ますために試合を積み重ねてきた。セシリーの立てた作戦もあり無事に出場権は得たものの、噂になってしまったせいか、ここに来て試合相手がとんと見付からなくなってしまった。声を掛ければ今のように逃げる者すらいる。

「随分、苦戦しているようね」
……見ていたのか」

プリムロゼは小さく肩を竦めてみせる。赤い踊子衣装を纏った彼女とは、道中に立ち寄った砂漠の町で出会った。父親の仇討ちのために旅立つと語る姿に、つい自分を重ねてしまった。エアハルトと出会って、その先どうするのか――未だに決められずにいるオルベリクは、プリムロゼの目にはどう映っているだろうか。

「街を見て回っていたけど、あなたの噂はかなり広がっていたわ。これじゃ、試合相手は当分見付かりそうにないわね」
「む……そうか。可能であればもう少し、鍛錬を積んでおきたいところなのだが……
「少し休んだらどう? 三日三晩も戦い続けて、本番で全力が出せなかったらどうするのよ」
「問題ない。噂を聞きつけて現れる猛者もいるかもしれん、もう暫く相手を探すことにする」

そもそも、戦場では常に全快の状態で臨める方が珍しい。これしきの疲労は全くハンデにならない。今回の闘技大会の優勝候補であるグスタフと相まみえ、彼に勝つために、休息を取るよりも研鑽を積むことを優先したかった。
頑なな様子のオルベリクに、プリムロゼはため息をつく。また小言を言われるかと思ったが、彼女はちらりと横目で酒場を見遣った。二人が立つ位置からは酒場の窓が見え、賑わっている店内の様子が分かる。

……仕方ないわね。試合相手を探すの、手伝ってあげるわ」
「いいのか? すまんな」
「借りを返すだけよ。どんな相手がいいの? 誰でもいい訳ではないのでしょう?」

プリムロゼが言う借りとは、以前彼女が働いていた酒場の支配人と対峙した時のことを指している。借りができた、と言ったプリムロゼに、いつかお前の力を借りることもあるとオルベリクは返した。まさかこんなに早く機会が訪れるとは思わなかったが、せっかくの申し出なので頼むことにした。

「そうだな……やはり腕に覚えのある者でないと意味がない」
「たとえば、酒場の中にそれらしき人はいるかしら?」

手招きをされるまま、酒場の窓を覗き込む。客でひしめく店内を一瞥した時、ふとその男が目に入った。窓から数えて二列目の、右手側のテーブルを指差す。

「あの男……
「白髪の?」
「いや、黒髪の方だ。見たところ、学者だろうか……面白い試合ができそうだ」

優雅な仕草でフォークを持つ黒髪の男に、強く興味を惹かれた。窓越しに見ても分かるほど、目鼻立ちがはっきりしていて見目麗しい。線は細く、見たところ杖以外の武器を持っている様子もない。しかし、数多の戦場を潜り抜けてきたオルベリクの勘が告げていた。――彼は何かを持っている。オルベリクとは違う力を持つ、歴とした強者だ。

「ふぅん……ああいうタイプがお好みなのね。意外と面食いなのかしら?」
……自分から聞いておいて茶化すな」
「ふふ、冗談よ。……ここで待っていて。すぐに連れて来てあげるわ」

プリムロゼは長い髪に指を通し、酒場の扉に向かって歩いていった。まさかこの出会いが、二人を数奇な運命に引き寄せていくことになるとは、この時は露ほども思っていなかった。

***

――硬質な音が青空に響く。オルベリクの剣で弾いた相手の槍が、カラカラと地面を滑った。試合相手は息を弾ませ、その場に膝をつく。

「ま、参った! あんた強いなぁ……
「良い試合だった、感謝する」

男の呼吸が整うのを待ち、握手をして別れる。男を見送ってから、視線を感じていた方へ振り向くと、サイラスが拍手をしながら歩み寄ってきた。

「相変わらず、見事な剣さばきだね。つい見惚れてしまったよ」
「そうか。何か気になるところはあったか?」
「あなたの動きに関しては全く。強いて言うなら、実力を出し切るに充分な相手ではなかった……というくらいか」

顎に手を遣り、得意げになる訳でもなく、さらりとそう告げた姿に目を細める。彼の方こそ、出会った時から変わらず――いや、経験を重ねて持ち前の観察眼を更に研ぎ澄ませていた。
ヴィクターホロウでサイラス達と出会ってから、数ヶ月が経つ。出自も性別も生業も異なる仲間達と奇妙な縁で繋がり、共に旅をする生活は悪くない。若者達の賑やかな様子を見ていると僅かに郷愁を抱くが、それもまた楽しさの一つである。サイラスとは同じ年長者として旅や戦闘について日々意見を語り合い、時には実際に試合で技の稽古をすることもある。勝率は五分五分といったところだ。

……お前には全てお見通しか」

サイラスとは普段は前衛と後衛で分かれて戦う場面が殆どだが、個人的に試合を交えることで互いの動きをよく観察し合っている。それぞれの強みも弱みも理解しているからこそ生じる手の読み合いが楽しく、彼はオルベリクが本気を出せる数少ない相手――だった。

「動き足りないのなら、よければ私が相手になろうか? ちょうど、試してみたいこともあるんだ」
……そうだな」

応じながらも、誘いに乗り切れない自分がいた。理由は分からないが、近頃サイラスと対峙していると心がざわつく。数手先を読み合う試合は心躍るはずなのに、陶酔しきれずにいる。サイラスが得意げな様子で懐からルーンマスターの証を取り出すと、一瞬にして身に着けていた装束が変わった。空の色を切り取ったようなルーンマスターの衣装は、端正な顔立ちをまたぐっと引き立てる。

「トレサから借りてきたのか」
「ああ! あなたは一度見た力かもしれないが、私にとっては未知のものだ。是非、あなたに受けてもらいたい」
……分かった。いつも通り、どちらかが膝をつくまで……それでいいな?」
「構わないよ」

サイラスは腰に挿してあった剣を両手で握り、構える。彼が剣を握る様を見るのは片手で数えられる回数以下で、初めて持った時はあまりにも危なっかしく、構え方や剣の納め方などを一つずつ教えてやったものだ。今は形こそ様になっているが、動き出したらどうなるか分かりはしない。
口上を言わなくなったのは三度目の試合からだ。初めて出会った時に誓いあったから、もう確かめ合う必要はないとサイラスから言ってきた。オルベリクも同じ気持ちだった。ゆっくりと剣を引き抜く。

「来い、サイラス」
「では、お言葉に甘えて。……フェアト・フラン!」

サイラスが詠唱すると、刀身が瞬きの間だけ赤い炎に包まれてすぐに消える。彼が両手で握った剣を振り、オルベリクは素早く身を引いて避けた。斬撃はオルベリクに届いていなかったが、次の瞬間、剣筋をなぞるように赤い炎が走った。火の粉がちりちりと舞う中、サイラスは目を輝かせていた。

「なるほど! これが属性攻撃による追撃か。非常に面白い!」
「相変わらず振り方はなっていないが……やはり魔法の威力は、トレサが扱うものより苛烈だな」
「魔法のコントロールは私の方が慣れているからね。学者が使う火炎魔法とはまた異なる術式によるものだが、不思議と手に馴染む。武器を媒介している分拡散しにくく、集積することで威力の増加が狙えるのだろう」

もう一度、サイラスが同じように剣を振り、オルベリクはまた大きく後退って回避する。単調な斬撃はともかく、サイラス程の使い手となると追撃効果が厄介だ。正面から剣を交えてしまえば、追撃効果から免れる術は限られる。
サイラスもそう考えたのだろう。おもむろに距離を詰めながら、考察を続ける。

「武器の扱いに慣れていなくとも、牽制効果としては充分だ。一撃目を受けてしまえば、二撃目も受けてしまうのは必然――
……そうとも限らん、もう一度来い」
「そうではなくては!」

槍に持ち替えて距離を保ったまま、サイラスが振り被った剣を受ける。彼の剣を素早く弾き、再び剣に持ち替えると、追撃の炎を斬撃の風圧で斬った。それでも殺しきれない熱風に包まれながら、大股で詰め寄って構える。――サイラスは剣を取り落としたまま、体勢を崩している。千載一遇のチャンスであった。
そう思ったのに、オルベリクの腕はびたりと止まった。己の意思によるものではなく、本能がサイラスに剣を向けることを拒んでいた。何故か。サイラスを弱いと思っている訳ではない。時にはオルベリクを下せるほどの実力の持ち主だと認めているのに、何故振り下ろせないのか。

「雷よ!」
「くっ……!」

オルベリクが葛藤している間にサイラスが顔を上げ、短く呪文を唱える。鋭い雷撃に全身を貫かれ、思わずその場に膝をついた。こちらが無防備であることを悟って威力を弱めてくれたからか、手足の痺れはすぐに消えた。短く息を吐き、敗北を認める。

……俺の負けだ」
「絶好の勝機を逃すとはあなたらしくないね。どこか具合でも悪いのかい?」

サイラスは手を差し伸べ、オルベリクの顔を覗き込んでくる。つい先程まで好奇心に煌めいていた瞳は、一転して心配げに揺らいでいた。降り注ぐ碩学王の日差しが、彼の精悍な輪郭を柔らかく浮かび上がらせる。その整ったかんばせに見惚れていたことに気がついた時、ようやく腑に落ちた。オルベリクは、いつしかサイラスを愛していたのだ。



心の中に巣食っていた靄がすうっと晴れた。本能的に傷付けることを拒むのも当然だったのだ。彼が自分と同等以上の実力を持ち合わせていたとしても、愛するひとに剣は向けられない。命を賭してでも守りたい相手を、どうして傷付けられようか。

「オルベリク?」
……ああ」
「やはり、調子が悪いのではないかね?」
「そうだな。……病なのかもしれん」

サイラスの手を借り、立ち上がる。途端に慌て出したサイラスの背中を、笑いながら軽く叩いてやる。冗談だと言ってみても、子犬のように不安げな顔をしているから余計におかしかった。原因が彼自身だと知ったらどんな顔をするか興味があったが、今は何も言わぬまま、想いを胸の中にしまい込んだ。




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