ろうどくげき見て、あれを経たオルサイはこうなるのでは?!という妄想を書き散らしました。デキてるけどまだ致したことがないオルサイの話です。※劇のネタバレがあります。
石鹸の香りが鼻孔をくすぐる。同じ物を使っているはずなのに、サイラスからその香りがすると落ち着かなくなるのは何故だろうか。湯上がりで水分を含んだ濡羽色の髪がはらりと頬にかかり、彼はゆったりと優雅な仕草で髪を耳にかけた。いよいよたまらなくなり、喉奥から声を絞り出す。
「……サイラス」
「なんだい?」
「読書なら、こうも密着せずともできるだろう?」
二人は今、宿の個室で寝台に並んで腰掛けている。サイラスはオルベリクの体に自分の身を寄せて腕を絡めたまま、膝の上で本を開いて読み耽っていた。サイラスは不思議そうに瞬きをして、オルベリクの肩に頬を付ける。
「何か問題があるだろうか?」
「問題と言うか……読み辛いだけではないか」
「そんなことはないよ。学院にいた頃も、よく片手で食事を取りながら読書をしていたからね」
平然と的はずれな解答をされ、ため息をついた。そんなオルベリクの様子にサイラスはますます疑問を深め、問うてくる。
「恋人の傍で過ごしたいと思うのは、間違っているかい?」
「いや、間違いではないが……」
そう、オルベリクとサイラスは友人であり、仲間であり、そして先日恋仲になったのだった。好きな人に触れたいと思うのは当然の欲求であり、オルベリクとてそういう思いは人並みに抱えてある。ただ、触れ合うという行為にも程度はある。オルベリクが渋面を作っているのは、サイラスが望む程度のスキンシップで抑えることに苦慮しているからだ。
風呂に入って血行が促進され、サイラスの頬はほのかに赤らんでいる。色白い首筋を伝うのは拭き残った湯か、それとも体が温まって滲んだ汗か。良からぬ考えばかりが膨らみ、煩悩を振り払うようにがしがしと頭を掻いた。
(まあ、説明しないと伝わらんか……)
サイラスは色恋沙汰にはとことん鈍い男だ。それはもう、オルベリクは身を以て知り尽くしているところである。察しろという方が無理であるということは分かり切っているため、湾曲表現を交えて説くことにした。
「恋人だからこそ、俺の前であまり無防備に振る舞うな。男は狼――そんな言葉くらいは知っているだろう」
「ふふ、あなたが狼かい? 同じ動物に喩えるなら、熊の方が似合いそうだ」
「はぁ、お前な……俺は真面目に話しているんだぞ」
「分かっているとも。しかし仮にあなたが狼だとしても、私に無体は働けまい」
くすくすと余裕の笑みを浮かべて、サイラスはオルベリクの腕に縋りついたままでいる。それはつまり――強引に手を出されても、返り討ちにする自信があるということか。サイラスとは初対面の時に一度試合をしたことがあり、その時はオルベリクが敗北を喫した。もちろん体調が万全の状態であったり、命が尽きるまでの勝負であれば結果は違ったかも知れないが、あの場では確かにサイラスが勝利を収めた。その結果がこの無防備さに繋がっているのなら、少々怖い目を見てもらった方が話は早そうだ。
「……それはどうだろうか」
「ん?」
「戦いの時に頭を使うのは、何もお前の専売特許ではない」
細い肩を掴んで、サイラスを寝台に押し倒す。落とした本へと伸ばされた手を取り、彼の頭上で両手をまとめて掴んだ。はっと丸くなった目を覗き込むように、顔を寄せる。
「オル、んむ」
喋りかけた小さな唇を自分のそれで覆う。両手を拘束し、更に言葉まで奪ってしまえば、学者は抵抗などできない。自分の下で身動ぐサイラスを見ていると更に欲が刺激され、細い手首を捕まえた手に僅かに力が籠もった。
「っ……は……」
「お前の戦術はよく知っている。そしてそれは、対処法を理解しているということだ」
「オルベリク、待っ……」
焦りが滲んだ顔に気分が良くなった。涼やかな表情を乱してやったという達成感を味わいながら、再び唇を合わせた。暫く柔らかな唇の弾力を堪能していたが、サイラスが息苦しそうに眉間に皺を寄せるのを見て、一旦顔を離す。そして、短い呼吸を繰り返す彼の耳に吐息ごと言葉を吹き込む。
「大切なのは弱点を突くこと、だったな。……お前の弱いところを探らせてもらおうか」
「え……っお、オルベリク、ひぅ」
色付いた耳に唇を寄せ、無防備な脇腹を寝巻きの上から擦ると、華奢な体が大袈裟に跳ねた。美しい眼を大きく見開き、顔を真っ赤にして身を縮込める姿に興奮しなかったと言えば嘘になる。――しかし今日のところはあくまでも警告が目的だ。体を離し、両手を開いて肩の高さに掲げてみせて、終わりだと示す。
「……と、このようにお前の長所を封じるのは、今となっては容易いことだ。お前に実力があることは認めているが、調子に乗って煽らないようにしてくれ」
最後にぽんと頭を一撫でして、立ち上がるつもりだった。そのまま部屋を出て、頭を冷やすために水でも飲もうと思ったのだ。サイラスの指が、オルベリクの寝間着の裾を掴んでいなければ。
「や、やめてしまうのかい……?」
「っ……サイラス、俺の話を」
「聞いているとも。何か勘違いをしているようだが、私はあなたに抗うつもりなど毛頭ない」
未だに耳の先まで朱に染まっているが、オルベリクに訴えかける彼の表情は真剣だった。それは、つまり。都合の良い考えが頭の中を占拠し始めたのを見計らったかのように、サイラスは畳み掛ける。
「オルベリクは優しいから、私を傷付けはしない。そんなあなたにだからこそ、触れられたいと思っているんだよ」
「しかしだな……先程はさすがに怖かっただろう? 遠慮なく触れるというのは、今以上の行為をするということだぞ」
「確かに驚きはしたけれど、恐怖は微塵もなかった。……あなたが私を求めてくれるというのなら、差し出す覚悟はとうにできている」
サイラスはオルベリクの手を取り、首筋へと導く。硬直した指先が襟ぐりから衣服の下に潜り込み、なめらかな素肌の持つ熱を感じた。ドクドクと自分の心臓の鼓動が耳に響き、柄にもなく緊張していることを自覚した。
「あなたともっと触れ合いたいんだ。……私なりに態度で示していたつもりだったが、やはりこういうことは言葉でなければ伝わらないね」
そう言って、サイラスは眉を下げて照れ笑いを浮かべた。――そこまで言われて身を引けるほど、オルベリクは達観していない。一瞬の後に、再びサイラスの体の上に覆い被さっていた。
「……恐ろしくなったり、嫌になったら言え。俺が強行しそうであれば、魔法を使っても構わん」
「いや、流石にこんなところで魔法は使えないよ。ふむ……では万が一逃げたくなったら、あなたの弱点を叩いてみようかな」
「……!」
細腕がオルベリクの腰を抱くように回され、指先でつうとそこを撫でる。ぐっと下半身に熱が籠もり、短く息を詰めた。やはり肝心なところが分かっていない男の喉元に軽く歯を立て、囁く。
「残念ながら……それは夜の試合では逆効果だ」
戸惑いの声を飲み込むように口付け、今度は優しくサイラスの手を握る。――勝敗はなく、互いにただ高め合うだけの試合の様相は、当人達と、立ち会った白い満月だけが知ることとなった。
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