雪華
2023-09-03 20:53:27
6955文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】愛する覚悟

デキてるオルサイです。流血描写等がありますので苦手な方はご注意願います。
お題箱に頂いたお題『サを守って大怪我をしたオルの治療のために、色々無茶するサの話』(要約)でした。たぶんお題のニュアンスはこれとはちょっと違うと思ったのですが、自分が書きたい話に寄せてしまいました。すみません……!なかなか自分では書き始められないタイプのお話なので、お題いただけて嬉しかったです!ありがとうございます。

若草に覆われた大地に、魔物達の咆哮が響く。悍ましい声色に一瞬身が竦んだが、すぐに杖を構え直した。
――端的に言えば運が悪い日だった。リバーランド地方を移動中に、ツバサトカゲとフロッゲンの縄張り争いに巻き込まれたのだ。彼らは別種の相手を一体でも屠ることしか考えていないようで、旅人達にも容赦なく牙を向けた。紫のストールが宙を舞い、踊り続けるプリムロゼが苛立たしげに声を上げた。

「ねえ、こんなのきりがないわよ……!」
「しかし、どうやら簡単には逃してくれなさそうだ」
「それにしたって……うおっ!」
「大丈夫か、アーフェン!」

サーコートを纏ったアーフェンの槍が弾かれ、体制を崩したところにすかさずオルベリクが割り込んで彼を庇う。狩人の心得を身に着けたオルベリクの腰元の矢筒は、既に空になっていた。旅の中で見つけた十二神を祀った祠で手に入れた『心得』は、身に着けた者に別の生業の力を与える。同時に衣装も変化するようで、サイラスも常の漆黒のローブではなく、純白の神官のローブを肩にかけていた。
後方で支援しているサイラス達はもちろんだが、特に前衛にいるアーフェンの消耗が激しい。彼が戦えなくなったら、オルベリク一人で前線を維持しなければならなくなる。そうなる前に突破口を作る必要があった。

……アーフェン君、私が魔法を放ったら毒草を使えるかい? プリムロゼ君は支援を頼む」
「分かった! 今日は風があるし、あんまり効果はねえかもしれねえが……いつでもイケるぜ!」
「いいわよ、見逃さないでちょうだい」

周囲の群れの一点を狙って強力な魔法を放ち、アーフェンの放った毒草で敵の動きを鈍らせている間に駆け抜ける作戦である。敢えてオルベリクに指示を出さなかったのは、彼の臨機応変な動きを期待してのことだ。どうしても敵の数が多い以上、不測の事態は起こり得る。一行の中でも実戦経験がずば抜けて多い彼なら、上手くやってくれるだろう。
深く息を吐き、頭上に輝く陽を見上げる。太陽と知恵を司る神、学者にとっての守護神の力を借り受けるべくその真名を呼んだ。

「碩学王アレファンよ――
「! サイラス……!」

魔力が収束するその直前、無防備になっていたサイラスの身を影が覆った。集中力が途切れ、祈りは神に届くことなく霧散する。

「オル、ベリク……?」

オルベリクの肩越しに、にたりと厭らしく笑うフロッゲンの表情が見えた。鮮血が噴き出し、オルベリクは短く苦悶の声を漏らす。――唖然としながらも、瞬時に状況を理解した。本来ならサイラスが受けるべきであったはずの一撃を、オルベリクが身を挺して庇ってくれたのだ。
再びフロッゲンが血に濡れた斧を振り上げる前に、オルベリクの斬撃が走った。フロッゲンが倒れると同時に彼は膝を突き、短く息を喘がせた。

「オルベリク!」
「っ……怪我は、ないか」
「あなたが庇ってくれた、傷ひとつないよ。そのまま動かないで……癒やしの奇跡を与えたまえ!」

ともすれば震えそうになる手に力を込め、出血している彼の腹部に手をかざす。そのまま回復魔法をかけ始めると、目視で確かめずとも傷の状態を把握することができた。魔物の斧は肉を抉っていて、腹部に走った裂傷はかなり深い。癒やし切るには暫く魔法をかけ続けなければならないだろう。

(すぐにでもアーフェン君に容態を確認してもらいたいところだが……

オルベリクが抜けた前線は崩壊するのも時間の問題だ、ゆっくり治療する隙はない。自分のせいだ、という後悔が込み上げてくるが、奥歯を噛んでそれを押し殺した。悔やんだところで状況は好転しない、今は先のことだけを考える。
するとオルベリクに肩を掴まれ、軽く身体を押された。まだ傷は癒えておらず、相当の苦痛を抱えているはずだというのに、彼はゆっくりと立ち上がろうとする。

「オルベリク、動かないでと言っているだろう!」
「もう十分だ、感謝する……
「馬鹿な……!」

オルベリクの顔色は蒼白で、少し身動ぐだけでもまた血が地面に滴る。こんな状態で前に立たせるわけにはいかず、彼を止めようとする自分の声色には焦りが滲んでいた。

「傷口を塞ぐのにはまだ時間が要る。頼むから、座って」
「サイラス」
「オルベリク、お願いだから言うことを聞いて!」
「すまん」
「どうして、謝るんだ……

押し問答を繰り返していると、バキンと硬質な音が響く。見るとアーフェンが構える槍が真っ二つに折れていて、彼は息を弾ませながら手斧を構えてゆっくりと後退してくる。刻一刻と悪化していく状況に、全身の筋肉が強張る。オルベリクは薄く開いた瞼から戦況を観察し、ぐっと剣を持つ手に力を込めた。

「時間がない。……いいか、俺が隙を作る。その間に三人で逃げろ」
「何を馬鹿なことを! そんなことをしたら、あなたは……!」
「それしかないんだ」

――オルベリクには命を捨てる覚悟がある。サイラスのために、仲間のために、次に傷を負えば助からないことを承知の上で、彼は戦場に飛び込むと言うのだ。愛する人の命の灯は揺らぎ、今にも消えかかっているというのに、サイラスにできることはないのか。

「ックソ、ダメだ……! このままじゃ保たねえ!」
「は、……聖火神に祈ろうかしら」
「縁起でもねえこと言うなって……!」

願うだけで奇跡は起こせない。奇跡と呼ばれるものは、その実これまでに積み重ねてきた事象が拓いた道に過ぎないのだ。自分が身に着けてきた知識が何の役にも立たない状況に絶望しかけたが、はっと思い直した。
サイラスはこれまで数々の魔導書を読んで来たが、今思いついた一手は恐らく誰も到達したことがない領域だ。サイラス自身幼い頃に試みたが、失敗して家の塀を吹き飛ばしてしまい、それきりになっている。理論上不可能と断じられている訳ではないが、可能であると言えるほどの根拠もない。失敗すれば自分だけではなく、オルベリクまでも命の危機に晒してしまうだろう。それでも、これしかない。

「オルベリク、私にもう一度チャンスをくれ。……これに失敗したらあなたの好きにするといい」
「何を、するつもりだ……?」
「見ていたら分かる」

片手をオルベリクの体にかざしたまま、反対の手を地面に突く。扱い慣れた氷結魔法を放つため手に魔力を込めるが、普段よりも杜撰な魔法に指先が氷に包まれる。

「サイラス……!」
「黙って!」

回復魔法を維持しながら、氷結魔法を放つ――それがサイラスが起こそうとしている奇跡であった。延焼の危険がある火炎魔法よりは、多少範囲が広がっても被害は抑えられるという算段である。

「氷嵐よ……

地面からせり上がってくる氷はサイラスの二の腕までを包み込み、止まった。発動の一瞬までしっかり周囲を見ていたいのに、二種の魔法の術式が体内で反発し合い、視界が歪む。異変を察知したプリムロゼ達が傍まで走り寄ってくれたのは都合が良かった。遠退きかける意識を必死に手繰り寄せ、力のある言葉を舌に乗せた。

「巻き起これ――!」

冷気の嵐が巻き起こり、地面から生じた氷柱が魔物を残らず貫いた。同時に全身に鋭い痛みが走り、咳き込みながらその場に蹲る。頭が燃えるように熱く、息がくるしい。全ての音が遠く、自分の不規則な呼吸音以外に何も聞こえない。

……、先生!」

ようやく耳が正常になり、真っ先に飛び込んできたのはアーフェンの声だった。飛び起きてまず、彼の姿を探す――オルベリクは座った状態から倒れ込んだかのように横になっていて、瞼を閉じていた。一瞬ひやりと喉元が冷たくなったが、その胸が浅く上下していることに気づいて安堵した。

「っは、はぁ、オルベリクは……
「気を失ってるだけだ。先生の魔法が効いて、傷は塞がってる」
「すぐに、町に運ぼう。担架を借りてくるから……
「待って。そんな状態じゃ走れないでしょ、私が行ってくるわ」

プリムロゼはサイラスにハンカチを押し付け、駆け出した。未だにどくどくと心臓が激しく脈打っているが、いくらか体は楽になっていた。ハンカチで顔を拭うと汗とともにべったりと血液が付着する。どうやら鼻血まで出してしまっているらしい。

「アーフェン君……キミが、私に応急処置をしてくれたのだね……
「いや、プリムロゼが先生に魔力を分けたんだ。見たことねえくらいの魔力酔いを起こしてたからな」
「そうか……

言われてみてはじめて、自分の中に巡る力に気づく。プリムロゼのお陰で激痛からは開放されたようだが、そんなことにも自分自身で気がつけなかった。アーフェンはオルベリクの脈拍や傷を確かめている。

「悪い、先生の怪我も治してやりてえけど……
「構わない、彼を優先してくれ」
「ああ……

険しい顔をしたままのアーフェンに不安が込み上げ、手持ち無沙汰に自分の腕に触れると鈍く痛む。見ると氷結魔法を放った腕は大小いくつもの裂傷ができていて、流れる血液を熱いと感じるほどに冷えていた。それでも、この程度で済んでよかったと胸を撫で下ろした。

***

その後、プリムロゼが仲間達を連れて戻ってきれくれたためオルベリクを宿屋まで運び、改めてアーフェンが診察をした。傷口の状態は良好だと確かめた上で、感染症対策等として幾つか薬を処方した。

「出血が多かったのが心配だったけど、今んとこ容態は安定してる。暫く様子を見る必要はあるが、大丈夫だと思う」
「そうか……良かった」
「アーフェンさんもお疲れでしょう。オルベリクさんにはわたしが付いていますから、少し休んでください」
「悪いな、任せてもいいか? 俺はここで仮眠取ってるからよ……

アーフェンは部屋の隅に移動すると、毛布に包まって瞼を閉じる。他の仲間達も静かに部屋を出て行き、室内で起きている者はサイラスとオフィーリアだけになった。

「サイラスさんも、良かったら休んでください。大変だったと聞きましたよ」
……。いや、私はもう少しここにいることにするよ」
「分かりました。ではこちらにおかけになってください」

親切を無下にする言葉であったが、オフィーリアは気にした風もなくサイラスに椅子を勧めた。ベッド傍の丸椅子に腰掛けると、彼女はサイラスの隣に椅子を置いて座り、片手を差し出してきた。

「怪我をされているのでしょう? 癒やしますから、腕を見せてください」
「大丈夫だよ。これくらいの傷は大したことはない」

早速寝息を立て始めたアーフェンを起こさないよう、声を潜めて会話する。ベッドに横たわるオルベリクの顔色はまだ生白く、呼吸以外の全ての活動を停止したかのように深い眠りに就いていた。自分より重傷で、かつまだ意識を取り戻さない彼を差し置いて、治療を受ける気にはなれなかった。

「それに、回復魔法なら彼にかけてあげてほしい。私はいいから……
……サイラスさんのお気持ちは分かります。ただ、はっきり申し上げますが、オルベリクさんに回復魔法でできることはもうありません」
……
「サイラスさんの回復魔法は完璧だったんです。後はアーフェンさんの薬が効いて、オルベリクさんの意識が戻ることを待つだけですよ」

オフィーリアの声は穏やかに優しく響く。焦燥感に駆られていたサイラスの肩からふっと、力が抜けた。彼女はにこりと微笑み、内緒話をするように更に声量を落とした。

「オルベリクさんが目を覚まされた時に、サイラスさんが怪我をしていたらとても心配しますよ。……もしかしたら泣いてしまうかもしれません」
……そうだね、それは可哀想だ。頼んでもいいだろうか」
「はい、お任せください」

気を遣わせてしまったことに申し訳なさを抱きながら、左腕を出す。ろくに手当をしていない腕には血液が固まってこびりつき、酷い有様であった。それでも多少の処置で止血できる程度の傷であったことを喜ぶべきだろう。
オフィーリアはぬるま湯で濡らした布で手早くサイラスの腕を拭い、回復魔法をかけ始めた。冷え切っていた腕が内側から温まり、ゆっくりと傷口が塞がってゆく。サイラスの回復魔法は完璧だったとオフィーリアは言ったが、それは買い被りだ。彼女の回復魔法は更に上をゆき、付いたばかりの傷であれば時間を戻したかのようにきれいに治すことができる。

「さあ、治りましたよ」
「ありがとう。……これでオルベリクを泣かせずに済みそうだ」
「ふふ、そうですね」

袖が激しく裂けてしまったシャツを着替えて、そのまま数時間を過ごした。たまに眠ってしまって意識が途切れ、頭が揺れたことで目が覚めるを繰り返す。オフィーリアは静かに聖典を捲り、サイラスとオルベリクの様子を窺っていた。
気付けばすっかり日が暮れ、窓の外には夜空が広がっていた。オフィーリアが手元の聖典を閉じ、立ち上がる。

「夕飯を用意してきますね。サイラスさんもこちらで召し上がられるでしょう?」
「ああ、すまないね」
「いいえ。大丈夫だと思いますが、何かあれば大きな声で呼んでください」

オフィーリアはそう言って、音を立てないように静かに扉を閉めた。アーフェンの言葉通りオルベリクの様子は安定していて、寝顔も心なしか穏やかに見えた。掛け布団の中に手を入れてオルベリクの指を握ると、ほのかに温かい。温もりを共有するように指を絡めて握ると、ぴくりと僅かに彼の眉が動いた。

……オルベリク?」
「ん……サイ、ラス……
「良かった……! すぐにアーフェン君を、」

起こそう、と言おうとした時にはオルベリクが勢いよく体を起こし、繋いだ手を強く引かれて抱き竦められていた。痛いほどの抱擁に、傷に障るのではないかと焦って彼の服の肩口を握る。

「ま、待って、オルベリク」
……無事で良かった。本当に……

噛み締めるように呟かれた言葉に、目の奥が熱くなった。無理をしたのはお互い様だが、それでも言わずにはいられない。

「それは私の台詞だよ。どれだけ……っ心配したと……
「すまん。お前を守りきれなかった……
「違う。あなたが守ってくれたから、私達は危機を脱したんだ。だが、あなたを失うかと思うと……
「そうか、怖い思いをさせたな……

そっと髪を梳く指の優しさに、たまらず涙が溢れた。仲間の前で泣くまいと耐えていたが、他ならぬオルベリクの手によって涙腺は決壊した。

「っわたしは、礼など言わない。あなたの選択は間違っていなかったかもしれないが……許せない」
「ああ」

しゃくり上げながら告げた言葉には可愛げの一つもなかったが、オルベリクは真摯に聞いて頷いた。誰かのために命を捨てる覚悟――騎士であるオルベリクがそれを捨てることはないのだろう。遺されたサイラスの痛みは想像し得るはずだが、それでも彼は命を救うために立ち上がらずにはいられない。そんなオルベリクが嫌いで嫌いで、それでいてどうしようもないくらいに愛しているのだ。

「次は……次も、私があなたを守る。必ずだ。だからもう二度と……自分を置いて逃げろ、なんて……言わないでくれ」
……善処する」
「次に言ったら、頬を張ってあげようか」
「ふ、……それもいいかもしれんな」

冗談だと思って笑っているようだが、いつか本気だと知らしめてやる必要がある。血色を取り戻した頬をツンツンと指で突くと、彼は困ったように眉を下げた。
そうして戯れている二人の背後で、態とらしい咳払いの音が響く。腕を離して解放され、振り返るとアーフェンがばつの悪そうな顔をして立っていた。慌てて目元を袖口で拭う。

……取り込み中のとこすまねえ」
「こ、こちらこそすまない。起こしてしまったね。いや、起こそうと思っていたのだが……
「あーうん……旦那、傷の具合を確かめるから横になってくれ。おーいオフィーリア、もう入っていいぞ」
……失礼します。すみません、声をおかけしようか悩んだのですが……

既に薄く開いていた扉を押して、頬を紅潮させたオフィーリアが部屋に入ってくる。オルベリクが目覚めた衝撃で、すっかり彼らの存在が頭から抜け落ちていた。なんとも居た堪れない思いでアーフェンに椅子を譲り、オフィーリアから食事が乗ったトレイを受け取って机に置く。ミルクを使ったスープは湯気が立っていて、空っぽの胃を擽った。

「美味しそうだ。安心したらなんだかお腹が空いてきたよ」
「良いことです。体が温まると、内側から気力が湧いてきますから」
「ありがとな、オフィーリア。先生も出血してたから、しっかり飯食ってくれ」
「オルベリクさんが目を覚まされたこと、みなさんに知らせてきますね」

オフィーリアが再び部屋を出て行き、アーフェンはオルベリクの診察を始める。年少の仲間にみっともないところを見せてしまったという気恥ずかしさを誤魔化すように、バスケットに盛られたパンを取って一欠片ちぎって口に入れる。じんわりと味蕾に広がる麦の香ばしさにようやく、生き延びた喜びを実感し始めた。




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