ウッドランド地方有数の交易の街であるヴィクターホロウは、いつ訪れても人が多い。人混みは盗賊にとっては悪いものではないが、仕事をする気がない時は煩わしく感じる。大きな鞄が人波に引っかかり、流されそうになっているトレサの鞄を掴んで前へと押し返す。
「あっ、ありがとう」
「しっかり歩け」
「武闘大会の時以上の人だな。何かあるのか?」
テリオンがボルダーフォールを発ってから三ヶ月が経ち、一行がこの街を訪れるのは二度目だった。一度目はオルベリクとトレサのために足を運び、二度目となる今回は物資の調達のために立ち寄った。主にアーフェンが扱う薬草などの他、野営の時に必要となる食料や道具を過不足なく揃えるのは意外に苦労する。しかしこの街であれば、消耗品の他に武器の調達も容易い。
「催し物があるのかもしれないわ、あとで商店で聞いてみましょ。まずはアーフェンの薬の材料を買いに行くわよ」
「おう、よろしく頼むぜ」
「もちろんよ! 価格交渉はあたしがするから、品質は確かめてね」
旅の資金管理を担っているのは、最年少のトレサである。まだまだ若く、時には経験不足にも感じるが、商人を名乗るその目利きは確かなものだ。商人と盗賊は正反対の生業と言えるが、物の価値を量れなければならないという点は共通している。互いの領分には手を出さないというのが不文律である中、テリオンは密かに彼女の手腕を買っていた。窃盗は必ず片側が損をする行為だが、トレサの商談は最後には両者が笑顔になって終わる。良くも悪くも、自分には真似のできないことだと思っている。
仲間達の会話を聞きながら、行き交う人々に目を遣る。普段なら笑みを浮かべる学者が熱視線を浴びているところだが、今日は珍しく最年長の男が視線を集めていた。オルベリクは口をへの字にして、気まずげに腕を組む。
「みなさん、オルベリクさんを見ていらっしゃいますね」
「ふふ、武闘大会王者の顔はまだ忘れられていないみたいね?」
「……物珍しいのだろう。こうも目立つと居た堪れん」
「旦那、手くらい振ってやったらどうだ?」
「茶化すな」
それにしても、あの学者の存在が霞むほどオルベリクが目立っているとは――そう思いかけて、見慣れた姿が傍にないことにようやく気付いた。はぐれたというよりは、興味をそそられる物を見つけて自ら離れたのだろう。何度咎めても悪びれていない気の緩んだ顔が脳裏をよぎり、舌打ちをした。
「踊子。……サイラスがはぐれたらしい。探して来るから先に行ってくれ」
「あら、いってらっしゃい。よろしくね」
「確か、そろそろ杖を買い替えると言っていたはずだ。武器屋に行く前に見つかるといいが……」
「大丈夫だ」
心配したのか呆れたのか、狩人の足元でひとつ鳴いたリンデに軽く手を振ってみせ、来た道を戻る。サイラスがどこで足を止めているか、おおよそ見当はついていた。並び立っている露店の中に、本を扱う店があると目の端で捉えていたのだ。
すると、予想通りの場所でサイラスを見つけた。彼は本を手に取り、店主と話し込んでいる。声をかけると、驚きもせずにこちらを向いた。
「サイラス」
「おや、テリオン君。どうしたのだね?」
「呑気にしてる場合か。装備の買い替えをするのに、持ったまま消えるな」
「すぐに戻るからいいかと思ったんだよ。……では、この本をもらおう。いくらだい?」
提示された金額をサイラスが払い、本を抱えてその場を後にする。十分に店から離れたことを確かめ、呟くように話しかけた。
「……盗賊の前で金を払うとはな。言えば盗ってやったのに」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうだろうな」
「断られると分かって言っているだろう?」
闇市を疎む彼が、正当でない手段で本を手に入れることを拒むのは想像がついていた。問いかけには肯定も否定もしなかったが、テリオンが承知の上だと理解したのか、サイラスは笑っていた。
「キミは優しいね」
「……は、どうだか」
誰にでもこんなことを言うわけではないのだが、この朴念仁には全く伝わらない。先んじて好みそうなものを探したり、不在に気がついたり、態々迎えに来たり。どれもがテリオンにとっての特別扱いだというのに、サイラスは平然とそれを受け入れている。そういうところが少し憎らしくて、それでもやっぱり可愛く見えてしまうのだから、恋というものは恐ろしい。
「それにしても、思ったより早く見付かってしまったな。もう少しゆっくり来てくれても良かったのに」
「トレサにどやされるよりはいいだろ」
「確かにそうだが……私を探すのが、随分上手くなったと思ったんだ」
そう言って微笑まれると、まるで下心を見透かされたようでひやりとした。いつもの思わせぶりな台詞の一つだと分かっていても、彼の言葉にいちいち動揺してしまう。黙ったままでいると、サイラスは何も言わずに隣に並んだ。
サイラスを連れてトレサ達の足取りを追いかけると、見知った背中は武器屋で見付けた。商談はかなりヒートアップしているようで、こちらまで熱気が伝わってくる。武具の取り扱いに長けたオルベリクが意見を求められていて、それを少し後方からプリムロゼとハンイットが眺めていた。
「戻った。アーフェンとオフィーリアはどうした?」
「通りで急病人が出たそうだ。アーフェンが飛び出して、オフィーリアも手伝うと言って付いていった」
「それは大変だね」
すると、呑気な声が聞こえたのかトレサが振り返った。彼女の視線はもちろん、サイラスが身に着けたままの杖に注がれている。
「あっ先生、どこ行ってたのよ!」
「ああ、実は面白い本を見つけてね。この本なのだが……」
「外して悪かったな。ほら、杖の買い替えだろ」
長くなりそうな話を遮り、杖を渡せと指で示す。サイラスは合点がいったように頷き、トレサに杖を渡した。殴打や防御にも使われる木製の杖には大きな亀裂が入っていて、あと一度でも振り下ろせば割れてしまいそうな状態だった。
くす、と小さな笑い声が聞こえて視線を遣ると、プリムロゼが口元を押さえていた。エメラルドグリーンの瞳を猫のように細めて、彼女はテリオンの傍に近付く。
「あなたが代わりに謝るのね」
「その方が話が早いだろ」
「そうかもしれないけれど、それだけかしら。……まるで、恋人気取りにも見えるわ」
「……」
「あら、逃げなくてもいいじゃない」
こっそりと耳打ちをされた言葉に、態とらしく渋面を作って一歩離れた。人の心の機微に敏い彼女に隠し通せるとは思っていなかったが、かといってからかわれるのは面白くない。二人のやり取りを見上げるリンデの耳が、ぴくりと小さく揺れた。
***
砂漠の町を去ってから早半年が経過した。仇敵を全て手に掛ける日はそう遠くない。短剣に刻まれた家訓を胸に唱え、プリムロゼは進み続けるだけだ。
――そんな中で、仲間達と過ごす他愛もない時間はプリムロゼの心を温めた。傾く夕日を眺め、花壇脇に座り込んだトレサがため息をつく。
「はあ……サイラス先生、どこに行っちゃったのかしら」
「まあ、テリオンが探しに行ったんだからすぐ見つかるだろ」
「先に宿を探しておくか?」
「うーん……町に宿は何軒もあるし、置いてけぼりにするのもね……」
数時間前に町に着いた一行は、一時解散して各々自由行動を取っていた。指定の時間にこの広場に集まる約束で、殆どの面々は時間通りに集合した。しかしサイラスだけは現れずにいて、先程テリオンが探しに向かったところだ。地面に伏せるリンデの頭を指で掻くと、彼女は心地良さそうに目を細める。
「みなさんは今日はどこに行かれていたのですか?」
「あたしはもちろん、商店よ。そうそう、この間バーディアンと戦った時に羽根を拾ったでしょ? あれが結構良い値で売れたの!」
「一体何に使われるものなんだ?」
「羽根ペンにするみたいよ。大きくて状態が良いものは人気なんだって。オフィーリアさんは何してたの?」
「わたしは教会で……」
暫く穏やかな会話に耳を傾けていると、二人の長い影が近づいてきた。トレサは弾みを付けるように足を上げてぴょんと立ち上がり、彼らに向かって手を振る。
「やあ、お待たせ」
「悪い。こいつがごろつきに絡まれていてな……」
「大丈夫でしたか?」
「ああ、テリオンのお陰で魔法を使わずに済んだよ。待たせてしまってすまなかったね、行こうか」
「ええ。宿泊先の候補はもう絞ってあるから、まずは大通りの宿から当たってみましょ!」
サイラスの声かけにより、トレサが先導して歩き始めた。最後尾を歩くテリオンを、またいつぞやと同じようにからかってやろうと振り返る。すると彼はサイラスと顔を寄せ合い、ひそひそと何かを話し合っているようだった。その親密な雰囲気に加え、サイラスの耳の先が赤らんでいるのを認めて確信を抱いた。
(あら……恋人気取りとからかうのはもう間違いみたいね)
それにしても、口下手な盗賊がどうやってあの朴念仁を落としたのかは気になるところだ。テリオンに聞いても口を割りはしないだろうが、サイラスの方を攻めてみるのはいいかもしれない。
純粋に己が楽しむための算段を立て始めていると、テリオンがプリムロゼの視線に気づいてにやりと笑った。どこか勝ち誇ったような笑みに肩を竦め、前を向き直す。――本当に、見ていて飽きない人達だこと。胸中でそう呟くプリムロゼの足取りは軽かった。
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