夜の帳が下り、蝋燭の頼りない灯りが室内を柔らかく照らし出す。二人きりの部屋でオルベリクは寝台に腰掛け、サイラスを手招きした。隣に腰を下ろした彼の肩に手を回すと、寝間着越しに温もりが伝わってくる。
「サイラス……キスしていいか?」
「ど、どうぞ」
きゅっと目を瞑ったサイラスの喉元を指先で擽り、軽く顎を持ち上げる。緊張しているのか、震える睫毛を見つめながら、ゆっくりと顔を近づけて唇を合わせた。すぐに離れると、サイラスは短く息を吐いた。
「……まだ緊張するか?」
「ああ……。なかなか、慣れそうにないよ」
二人がいわゆる恋人という関係になって、十日が経つ。互いの想いをつまびらかにし、指を絡ませ合って唇を重ねた。今のところはまだそれだけの、清い関係であった。
サイラスは落ち着かないようで、しきりに瞬きをしている。普段は凛としていて涼やかな笑みを崩さない彼が、頬を赤らめて動揺している姿はなんとも可愛らしく映る。うぶな恋人を気遣ってやりたいと思う反面、もっと困らせてやりたいと思う卑しい自分もいた。色づいた耳朶を軽く指で摘み、また唇を寄せる。
「っ……」
「……息は止めなくていいんだぞ?」
「わ、分かっているのだが、つい反射で止めてしま……っんむ」
言葉ごと吐息を飲み込むように、サイラスの唇を自分のそれで覆った。律儀に閉ざされた瞼を眺め、柔らかな唇の弾力を味わう。暫しそのままでいると、息が苦しくなってきたのか、胸板を押し返される。素直に解放してやると、サイラスは大きく息継ぎをした。
「また止めていたな」
「はぁ……っもう、からかわないでくれ」
「からかってるつもりはないがな……」
――開いた唇から僅かに覗く赤い舌に、しゃぶりつきたくて仕方がない。オルベリクがそんなことを考えていると知ったら彼は驚くだろうか、それともまた恥じらいながら受け入れてくれるだろうか。理性が働いている内に不埒な妄想を頭から追い出し、拳一つ分距離を空けて座り直した。
「まあ、こればかりは幾ら理論を説いたところで意味がない。慣れてもらうしかあるまい」
「すまないね、面倒をかけるが……」
「いや、寧ろ楽しいくらいだ。これからも、時間を見つけて練習していこう」
そう言って薄い背中を撫でると、サイラスは僅かに不満げに眉を寄せた。年長者ぶった物言いが癪に障っただろうか。事実オルベリクの方が歳上ではあるのだが、サイラスも充分に知識と経験を積んだ成人男性であり、双方仲間達からは頼られる立場だ。そんなサイラスがオルベリクにだけ甘える姿がなんともたまらず、つい年下扱いしてしまうのが癖になっていた。
しかし、次にサイラスが発した言葉はオルベリクの予想を裏切るものだった。
「練習という言い方は好きではないな。恋人とするキスは、ずっと本番だろう?」
「……」
「しかし、回数を重ねることが大切だという意見も理解できる。そういう意味では練習という言葉も間違ってはいないが……やはり違和感があるので、訓練と呼ぶのはどうだろうか」
さも名案だという顔でそう宣う姿は、キスをした時の照れっぷりとは大違いだ。オルベリクからすれば、臆面もなくそんなことを言ってのける方が恥ずかしいと思うのだが。言葉を失ったオルベリクを見上げて、彼は小さく笑った。
「ふふ……耳が赤いよ、オルベリク」
「……お前ほどではない」
「そうかな? ……あなたもそんな風に照れるのだね、初めて知ったよ」
満足気に笑う姿を見ていたらまた無性に触れたくなり、色付いたサイラスの頬に手を添える。訓練の開始の合図に、彼は瞼を下ろして応えた。
早く先に進みたいという気持ちはあるが、こんなに可愛い恋人が見られるのだから、もう少しこの状態を楽しんでもいいかもしれない。そんなことを思いながら、またその唇に軽く吸い付いた。
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