雪華
2023-07-31 21:42:25
5013文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】碧落に身を焦がす【パロ】

すいとんさんのお誕生日祝に、すいとんさんの日本昔話パロのイラストやツイートをもとに独自解釈を加えてプロローグ的なものを捏造しました。お祝いしたいという気持ちだけはあります!おめでとうございます!

これはオルベリクという男が、生涯の伴侶を得るまでの物語である。

オルベリクは集落から離れた山中に居を構え、自ら狩りをして食い扶持を稼いでいた。季節や獲物に寄って当然狩りの手法や時間帯は変えるが、暮らしに大きな変化はない。そんな平凡な日々が一転したのは、彼と出会ってからだった。

今でもありありと思い出せる。それはある日の夕暮れ、狩りに失敗して収穫なく帰路についている時だった。
もうすぐ日が落ちるというのにやけに小鳥が囀っていることが気になり、音色に誘われるまま普段は通らない方角へと足を向けた。すると自宅や村からも離れた獣道の先に、この世の者とは思えないほど美しい男が倒れているのを見つけた。

……!」

咄嗟に駆け寄り、その人物の腕に触れる。肌は幽霊のように真っ白で冷えていたが、細い手首を握り込むと確かな脈動を感じた。――生きている。速くなった脈拍を落ち着かせようと、深呼吸をした。

「おい……大丈夫か?」

軽く肩を揺すっても反応はない。長い睫毛を見つめていると頭がぼうっとしてきて、慌ててかぶりを振った。男はオルベリクよりも小さく、華奢であった。そしてひと目見たら忘れられない整った容姿をしている。この辺りでは見かけたことはなく、その割には荷物も殆ど持っていない。
倒れ伏す男の周りには小鳥が集まっていて、逃げもせずに鳴き続けている。その中の一匹は、まるでオルベリクを見定めているかのように静かにこちらを凝視していた。

……このまま放置して死なれても、寝覚めが悪いか……

倒れている男の膝裏に手を入れ、抱え上げる。そのまま踵を返し、自宅へと向かった。薄暗い中、両手が塞がったまま歩くのは難儀するかと思ったが、不思議なことに想像していた時間の半分ほどで家の前まで辿り着いた。いつの間にか小鳥の声は聞こえなくなっていた。
ひとまず男を布団の上に寝かせ、夕餉の支度をする。今日の狩りでは収穫はがなかったが、そういう時のために食材はある程度蓄えてある。かまどに火を入れ飯を炊き、鍋で肉と野菜を煮込んで味噌を溶かす。そうしていると、布団に横たわっていた男が身動いだ。

「ん……ここは……?」

体を起こしてゆっくりと瞼を持ち上げると、青空のような流麗な瞳が顕になった。その人並み外れた美しさにまた目を奪われ、暫し無言のままでいたが、問いかけられてはっと我に返った。

「ここはあなたの家かい?」
「あ、ああ……。お前は山中に倒れていたのだ。見ない顔だが、どこから来た?」
……麓の町から。あなたが助けてくれたのだね、感謝するよ」
「猪などに遭遇したら危険だからな……。腹は空いているか? よければ、飯にしよう」

すると彼はおもむろに自分の腹を撫で、考え込むように口元に手を当てた。俯いた拍子に、艷やかな黒髪がはらりと彼の頬にかかる。どうしたかと思っていると、やがて満足気に頷いてみせる。

「なるほど、私は空腹だったのだね」
「は……?」
「頂こうかな。そういえば、あなたの名前は?」
「オルベリクだ。お前は?」
「サイラスと呼んでくれ」

サイラスは人懐こく笑い、オルベリクが差し出した飯と味噌汁を美味そうに食べた。誰かとともに食事を摂ることは、随分久し振りに感じる。人との接触を避けて山で暮らし始めてからは、忘れていた温もりだった。

「温かくて美味しいよ。ありがとう、オルベリク」
「いや……。口に合ったのなら良かった。……それにしても、随分軽装で来たのだな。山には何か用事があったのか?」
「散歩のつもりだったのだが、久し振りで勝手が分からなくてね……気付けば体力を使い果たしていたようだ」

彼は味噌汁に入っている大根を箸で持ち上げるとしげしげと眺め、口に含む。足を組んで座るオルベリクとは違って正座をしていて、箸を持つ仕草は洗礼されている。その仕草や口振りからやんごとなき身分の者なのかと思ったが、それにしては一人で山に入る行動は不可解だ。話せば話すほどサイラスはどこか危なっかしく奇妙だというのに、不信感を抱くどころか、徐々に好感を寄せつつある自分がいた。

……とにかく、明日になったら町まで連れて行ってやる。ちょうど用があるところだ」
「助かるよ。あなたは町に何をしに行くんだい?」
「少し買い物をな」

基本的には、近くの村の者と野菜や肉などを交換することで生活できる。ただ偶に山を下りて町に行き、獣の皮などを売って銭に替え、物々交換では手に入りづらい日用品を購入している。空になった茶碗を置き、サイラスは穏やかな笑みを浮かべた。

「オルベリク、あなたはとても親切な人だね。見ず知らずの私に、こんなにも良くしてくれてありがとう」
……通りがかったついでだ。大したことではない」
「ふふ、あなたのついでは随分たくさんあるのだね」

鈴を転がすように笑う姿がなんとも可憐で、急に心臓が痛いほど脈打ち始めた。いくら相貌が整っているといっても、サイラスは決して女性的ではない。だというのに何故、自分の耳の先が熱を持っているのか――オルベリクには分からなかった。
夕餉を終えて片付けを済ませると、同じ布団に二人で横たわった。一人暮らしのオルベリクの家には当然、寝具は一組しかない。そうサイラスに説明をしたが、彼はけろりと『一緒に寝よう』と宣ったのだ。あまりの危機感のなさに唖然としたものの、よく考えれば当然である。同性の二人が同じ布団で寝たところで、一体何の間違いが起きようか。

……と思っていたのだが……

眠りについたまでは良かった。朝日が登って目覚めた今、とある問題がオルベリクの身に起きていたのだ。

「ん……

小さくこぼれたサイラスの吐息が首筋にかかり、足先が緊張で引き攣る。仰向けで並んで眠ったはずなのに、気付けば二人は向かい合って手足を絡めていたのだ。昨夜は冷えたから、互いに暖を求めたのだろうとどこか他人事のように考える。
敷き古した布団は薄くて固いのに、腕に抱いたサイラスの体は柔らかい。オルベリクの着物の裾から侵入した彼の足は、温かくなめらかであった。意識すると更に下半身に熱が籠もり、オルベリクはますます懊悩した。生理現象に久方振りの人肌が加わり、なかなか収まりそうにない。何とかサイラスを起こさないようにその腕から抜け出そうとしたが、折り悪くぱちりと彼が目を覚ましてしまった。

……お、おはよう」
「おはよう、オルベリク。ああ、よく寝たよ……

止める間もなくサイラスが起き上がり、二人の体を覆っていた布団が捲れる。サイラスの着物は完全に肩から落ち、日に焼けていない素肌が朝の光に照らされて眩く映る。その薄い胸元に赤い飾りを認めると、またも下半身が張り詰めた。サイラスは着物の上からでも分かるほど膨らんだオルベリクのそこを見下ろしたが、気にした様子もなく立ち上がって自分の髪を手櫛で梳いた。

「うん、今日もいい天気だね。暫くは晴れ間が続きそうだから、畑の水遣りは気をつけたほうがいいだろう」
「そ、そうか……。俺は用を足してくる」
「いってらっしゃい」

着物を整えるサイラスを横目に、そそくさとその場を離れる。サイラスの能天気さに救われた、とほっと胸を撫で下ろしたのだった。



――それがオルベリクとサイラスの出会いだった。
以降サイラスは度々尋ねてきて、共に食事をしたり、談笑する間柄になった。サイラスはいつもひょっこり現れては、手を振って帰ってゆく。世間知らずかと思いきや、歴史や物事の仕組みにはやけに詳しい。サイラスと一緒にいると楽しいが、引っかかる点も多いため、もしや狐に化かされているのではないかと思うことすらある。

「ふーむ……オルベリクさん、この毛皮はかなりいいね。傷も小さいし、大きい。高く買い取らせてもらうよ」
「感謝する」

今日は町に買い出しに来ていた。毛皮を売った金で、味噌などの調味料や日用品を買う。そういえばサイラスは町に住んでいると言っていたが、会うのはいつもオルベリクの家やその近くだ。すれ違うこともない場所に住んでいるのか、それともたまたまだろうか。彼の顔を思い浮かべていると、ふと店頭に並んだ櫛に目が留まった。

……

小さく、持ち手側が丸く湾曲している櫛は、女性が身嗜みを整えるための物だ。赤い椿の絵がひとつだけ描かれたそれは奥ゆかしい雰囲気がある。サイラスの白魚のような手がこれを取り長い黒髪を梳く姿を想像すると、妙にしっくり来た。すると店の主人がオルベリクの視線に目敏く気付いた。

「おや、オルベリクさんにもついに良い人ができたのかい?」
「い、いや……そういう訳ではないが……
「隠すこたぁないって! この櫛、良いだろう? 丁寧に磨き上げられていてるし、櫛歯もきれいに揃ってる。贈り物にはちょうどいい。おまけに巾着も付けるから、一緒に贈ってやったら良いさ」

遠慮なく詰め寄られて視線を宙に彷徨わせる。突然贈り物をしたら困るのでは、幾ら美しくともサイラスは男なのに、などと立ち止まるための言葉が浮かんだが、結局押されたふりをして首を縦に振ってしまった。何よりも、これがサイラスの手元にあるところを見てみたかったのだ。
巾着に入れてもらった櫛を懐に入れ、山へと戻る。空の端が紅く染まりだした頃ようやく家が見えてきて、長く伸びた影の先には今日何度も思い浮かべた人物が座り込んでいた。彼はオルベリクに気づくと顔を上げ、にこやかに手を振った。

「おかえり、オルベリク」
「サイラス……すまん、今日は町に行っていたんだ。随分待ったか?」
「ううん、散歩していたからあまり待ってはいないよ。入れ違いになってしまったのだね」
「勝手に上がってもいいと言っておいただろう? 入ってくれ」

オルベリクの家の戸には鍵がない。以前もそう言ったが、サイラスはいつもこうして戸外で待っているのだ。オルベリクが戸を開けてやると、彼は入り口をくぐった。

「そうは言っても、あなたが不在な中勝手に上がるのは気が引けてね」
「野盗も入らんような、金目の物もない家だ。気にすることはない」
「しかし、あなたが大切にしている物もあるだろう。ところで、町で何を買ってきたんだい?」
「まあ、調味料などをな……

買ってきた物を戸棚にしまい、懐の中に手を入れる。いざサイラスを前にすると、どのように渡すか悩ましい。サイラスは固まっているオルベリクを訝しみ、オルベリクの背中越しに戸棚を覗き込もうとしていた。

「オルベリク? どうかしたかい?」
「そのだな……お前に、渡したい物がある。よかったら受け取ってほしい」

誤魔化すように一つ咳払いをし、サイラスに巾着を差し出した。彼は両手でそれを受け取ると、好奇心のまま巾着に手を入れる。そして、梅の絵が描かれた櫛を取り出した。内心汗を掻くオルベリクの顔と櫛を見比べ、首を傾げる。

「これは……櫛だね。どうして私に?」
……お前に、似合うと思ったんだ。家に泊まった時、いつも手で整えているだろう? それがあれば、きれいな髪を簡単に整えられると思って……

最後の方は萎むように小さな声であったが、サイラスの耳には十分届いたらしい。不思議そうな表情から一転して、ぱあと顔を輝かせた。頬は薔薇色に紅潮し、ふっくらとした桃色の唇が柔らかく弧を描く。

「ありがとう、オルベリク! こんなに素敵な贈り物は初めてだ。とても……とても嬉しいよ」

噛み締めるようにそう言って、櫛を胸元に押し当てる。その目の端にきらりと輝くものを見つけ、心臓が高鳴った。多少大仰でも、喜んでもらえることは素直に嬉しい。そしてオルベリクの見立通り、櫛はサイラスの手元に馴染んでいた。

「そ、そうか……。喜んでもらえてよかった」
「大切にするね……

こんなにも愛らしい笑みを浮かべて傍に居てくれるのなら、狐につままれていても構わない。そう思えるほど、オルベリクはサイラスに想いを寄せていた。
――しかしオルベリクはまだ知らない。サイラスが抱える重大な秘密を、そしてそれが二人の間に暗い影を落とすことを。そう遠くない未来に決断の時が迫っているとは露知らず、一時の穏やかな幸福に浸っていた。




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