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雪華
2023-06-24 23:50:14
6182文字
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その他
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【パルソロ】あなたこそが私の
※メインストーリー・クロスストーリー・エピローグまで全てのネタバレを含みます。 あさきさんのお誕生日祝いに、以前あさきさんが話されていた首輪にまつわる話を書きました。お誕生日おめでとうございます!
焚き火が穏やかに揺らめく。空には無数の星が瞬き、時折優しい夜風が頬を撫でた。
七人と一匹の仲間が炎を囲み、めいめい好きに過ごしていた。ヒカリが笛を吹き、アグネアが踊る。マヒナとオーシュットは同じ肉を分け合い、キャスティとオズバルド、テメノスは談笑している。
夜が世界を覆い尽くす直前の日と似ているようで、違う。ソローネ達は大陸に聖火を灯し、明日を取り戻したのだ。激闘の末に見た朝日は、蛇の巣で見上げた時とは異なり、圧倒されるほど美しかった。自分にすら盗めない光は、これからも世界を希望で照らしてゆくのだろう。
「なぁソローネ、あの話
……
考えてくれたか?」
隣に座るパルテティオが、真剣な眼差しで問いかけてきた。鮮やかな黄色のコートとマニッシュハットがトレードマークの男は、いつもただ直向きに歩んでいる。その眩しい姿を傍で見ていられるのも今夜で最後だ。明日からはみんな、それぞれ別の道を進むことになる。
「私はいいけど
……
。本当に、こんなもの買い取る気?」
そう言って荷物から取り出して見せたのは、かつてソローネの首に嵌っていた首輪だった。ただの装飾品ではなく、蛇への忠誠の証。正しい鍵で外さなければ毒が染み出し、装着者を死に至らせる枷。この首輪を外すためにソローネはマザーとファーザーを殺め、そして自身の本当の父親まで手に掛けた。自分を蛇の巣に囚え続けた首輪は忌々しい物であると同時に、幼少期からの数少ない所持品であった。
全てを語った訳ではないが、パルテティオも大凡の事情は知っている。それでも彼は強く頷いた。
「言ったろ? どんな代物にもいい使い道ってのがあるって。あんたさえ良ければ、俺に買い取らせてくれ!」
「
……
まさか本気だとは思わなかったよ。欲しいならあげる、身内だしタダでいいよ」
「そういう訳にはいかねーよ。身内だからこそ、約束は守らなきゃな。何より一度買い取るって言ったもんをタダで受け取るなんて、俺の商人としてのプライドが許せねー
……
!」
「そんなもの? まだ中に毒も入ってるし、価値なんてなさそうだけどね」
この首輪を別の誰かに着けて脅すならいざ知らず、良い使い道などソローネには全く見当がつかない。パルテティオはソローネの手の中にある首輪を見ながら、ブツブツと材質がどうのと呟く。そしてひとつ唸った後に、懐から銀コインを一枚取り出した。
「よし、それならこれでどうだ!」
「これ
……
パルテティオの名刺?」
「ああ。オアーズラッシュ産の純銀だ、綺麗だろ?」
オアーズラッシュにいるパルテティオの友人達が持っているところや、オリに名刺だと言って渡すところを見たことがある。決して高価ではないが、彼の信念が宿ったものだ。そしてパルテティオは更に言葉を重ねた。
「俺はこれから世界中に幸せを届けて、もっともっと名前を売るぜ。そしたらこの名刺を持ってるあんたは、俺の友達だってすぐに分かる。もしいつかあんたが困って
……
俺が傍に居られない時でも、必ず誰かが助けになってくれる。これはそういうもんだ」
夜空の端と同じ色をした瞳は、ソローネの眼を真っ直ぐに見据える。まるで心の奥まで見透かされたようで、小さく心臓が跳ねた。
――
やっと自由を手に入れた。何でもできるはずなのに、どこにも行けないように感じる空寂さ。その孤独に寄り添うような言葉が、嬉しかった。
「
……
フフ、パルテティオの名前が売れるまで大事に持ってないとね」
「そうしてくれ。もちろん、俺が行ける時はいつでもどこでも駆けつけるからな!」
「期待しとくよ。じゃ、交渉成立ね」
「
……
おう、ありがとさん!」
互いの手にあるコインと首輪を交換し、念のために首輪を外す鍵も共に渡す。パルテティオの手の中にある首輪は随分小さく見えた。マザーから着けられた時は緩いと感じていたくらいなのに、いつの間にか窮屈になっていた。それがなくなった開放感には未だに少し戸惑うが、いずれは慣れるだろう。
「
……
私の方こそ、ありがと」
これで良かった。帰る場所、両親、そしてかつての友人も失って、ようやくソローネは羽ばたける。邪魔なものは全て、過去に置いていけばいい。自由という言葉の意味を求める旅が、また明日から始まる。
するとパルテティオは目を細め、穏やかな微笑を浮かべた。普段は大きく口を開けてはつらつと笑うのに、珍しいこともあるものだ。またひとつ、彼の好きな表情が増えてしまった。つられるように、ソローネも口角を上げて笑った。
***
そして翌朝、最後に挨拶をしてみんなと別れた。故郷に帰る者もいれば、ソローネと同じように旅を続ける者もいる。もう会えなくなる訳ではないが、それでも今までのように八人で集まることは簡単ではなくなるだろう。正直なところ後ろ髪を引かれる思いはあったが、それでもソローネは独りで旅立った。
――
そしてそれから一年後、ソローネはニューデルスタに帰ってきた。
久方振りに訪れた街は相変わらず華々しく賑わっている。そういえば、頭を失った蛇は他の組織に喰われ散り散りになったと、一人旅の最中に出会った男が恨めしげに語っていた。その言葉通り空っぽになっているアジトを一瞥し、ピルロが眠る墓に花を供える。
「ただいま、ピルロ」
ピルロを殺したことは悔やんではいない。立場が反対であれば、彼も後悔などしなかったはずだ。自由を手にしたことでソローネは変わったかというと、実のところそうでもない。しかし蛇としての生き方を強いられることはなく、自分自身で道を決められる現状には満足している。瞼を閉じて黙祷し、踵を返した。
「
……
さて、これからどうしようかな」
墓参りはついでであり、今回の本命はアグネアの大舞台だ。まだ少し時間があるので、アジトの屋上へと続く梯子を登った。ここからごみごみした街を見下ろすことがソローネは好きだった。眺めていれば、街や人の変化が分かる。蛇がいなくなった街は、前より少しだけきれいに見えた。
そうしていると、鮮やかな黄色が通りを歩く姿が見えた。ソローネが声をかける前に、不思議な引力に導かれたかのように彼が顔を上げる。目が合った瞬間、パルテティオはぱっと弾けるような笑顔を見せた。
「ソローネ! そこに居たのか、探したぜ!」
「久し振り。まだ時間は余裕あるんじゃない?」
「ちょっと話したいことあったからよー! 待っててくれ、すぐ行く!」
自分が行こうか、と言いかけたが、帽子を押さえたまま走り出すパルテティオがおかしかったので、そのまま見守る。パルテ&ロック・カンパニーの噂は各地で聞いてきたが、事業はすこぶる順調らしい。それでもパルテティオは富や権力に溺れて自分を見失うことはなく、親切で優しい彼のままだ。
梯子を登り、顔を見せたパルテティオはにかりと人懐こく笑う。その表情に胸の辺りがじんわりと熱を持った。相変わらず、可愛らしいひとだ。
「よっ! 元気にしてたみてーだな」
「まだ何も言ってないのに、分かるの?」
「へへ、顔見りゃ分かるぜ」
「それもそうだね。パルテティオも元気そうでよかった」
共に旅をしている間、苛烈な戦闘は何度もあった。繰り返す度に連携は巧くなり、最後にはアイコンタクトで互いの言いたいことが分かった仲だ。
――
肝心なところは、今も内緒のままだけど。
「すごいじゃん、パルテ&ロック・カンパニー。色んなところで話聞いたよ」
「ありがとさん、まだまだこれからだけどな! ソローネの話も色々聞いたぜ。テメノスとまた組んだんだって?」
「ちょっと手を貸しただけ、というか
……
あれはあいつに一杯食わされたって感じかな。利用するだけしてポイなんだから、酷い男だよ」
「はは! テメノスは褒めてたけどなー。ソローネ君は頼りになります、ってよ」
「フフ、全然似てないね」
テメノスの口調を大仰に真似る姿に笑みをこぼす。一人旅の間は実に様々なことがあった。蛇の元構成員に付け狙われたり、オーシュットやキャスティと共にトト・ハハ島で過ごしてみたり、アグネアの招待で村の木いちご祭りに参加もした。テメノスの助手として振る舞ったのもその一端だ。テメノスは事件の全容に気付いてもなかなか教えてくれず、その割にはこき使ってくるからたまったものではなかったが。
暫く仲間達や自分の近況を報告し合う。定住していないソローネと違い、パルテティオは仲間達とこまめに手紙などで連絡を取り合っていたらしい。話は尽きないが、一瞬話題が途切れたところで自分から切り出した。
「そういえば、話って何?」
「おっと、そうだな。実はよ、ソローネに渡したいものがあんだが
……
受け取ってくれるか?」
珍しい言い回しに目を瞬かせた。パルテティオは日頃から割りと押しが強いというか、持ち前の明るさと気前の良さでどんどん話を進めてしまうところがある。それが心地良いから良いのだが、受け取りの可否を尋ねられるとは奇妙なこともあるものだ。
パルテティオは鞄からおもむろに薄い箱を取り出し、ソローネに渡す。白い箱には赤いリボンがかかっていて、軽い。大きさからして衣服ではなさそうだ。本が入っているほどの重量は感じないから、スカーフやアクセサリーだろうか。
――
そう当たりをつけた自分が、柄にもなく高揚していることにソローネは気付いた。
(
……
いやいや、そんな。ないない)
この大きさなら間違いなく指輪ではない。旅の間は身体能力を向上させるアクセサリーをよく身に着けていたから、そういった類のものであるはず。
「何か分からないと、受け取りようもないんだけど
……
開けていい?」
「ああ」
リボンの端を摘んで軽く引く。しゅる、と音を立てて解けたそれを指に引っ掛けたまま、箱を開く。化粧箱に納まっていたのは
――
ソローネが人生の大半を共に過ごしてきた、首輪であった。一瞬息を呑んだが、よく見れば紐部分や留め具はデザインが似ているだけの別物だと分かる。しかし、飾りの石は間違いなく首輪に付いていた物だ。小さな傷ひとつひとつに覚えがある。
「これ、首輪の
……
? なんで
……
」
「買い取った時にソローネが少し
……
寂しそうに見えたからよ。やむを得ない事情があったとはいえ、ずっと身に着けてきたもんだからな。ダチとの絆だってある。本当は、手放すのはまだ早いんじゃねーかって勝手に思ってな」
「
……
そんな顔してた? 私」
「ちょっとだけな。俺にしか分かんねーかもしれねーけど
……
あ、いや、キャスティやテメノスも分かるかもな」
照れ臭そうにそう付け加える姿に、小さく吹き出す。そこは自分だけだと啖呵を切ればいいのに、しないところがパルテティオらしい。些細なことを覚えていて、こうしてソローネの手元に返すべく準備を進めてくれたその心意気に胸が一杯になった。そっと、箱ごとチョーカーを抱き締める。
「
……
ありがと、パルテティオ。過去を全部捨てなきゃ、自由は手に入らないと思ったけど
……
違ったんだね」
「ああ。もちろん、辛いことは捨てたっていい。けどよ、自分の中に留めておきたいものがあっていいと思うぜ」
「ん、そうだね。
……
マザーに首輪を着けられた時は嫌だったけどさ、パルテティオに縛られるのなら悪くないかも」
「それは違うぜ、ソローネ」
パルテティオの手が肩に置かれ、その手袋越しの温もりと神妙な面持ちに、鼓動が速まった。いつだって平静を保てるように訓練してきたのに、パルテティオの前では呆気なく崩れてしまう。
「今度はあんたが好きな時に着けて、好きな時に外すんだ。誰にも、もちろん俺にだって、口を出す権利はねーよ」
いとも簡単に、パルテティオはソローネの自由を認めてくれた。陽の光の下で生きてきた人にとっては、それは普通の反応なのだろうか。それとも、パルテティオが特別なのだろうか。どちらだって構わない。パルテティオがソローネの血塗られた過去を知ってもなお、当たり前をくれることが嬉しかった。
チョーカーを取ると、パルテティオが空き箱を持ってくれた。その間に紐を首にかけ、鍵穴のない留め具を留めた。首元で輝く石と、懐かしい重み
――
ああ、しっくりくる。髪を軽く掻き上げて微笑むと、パルテティオはぐっと親指を立ててみせた。
「似合う?」
「ああ、前のよりずっと似合ってるぜ」
「ありがと。プレゼントしてもらったし、お礼しないとね」
「別にいいって。そうそう、あの首輪の有効活用方法なんだけどよ! キャスティにも相談しようと思ってんだが、毒じゃなくて薬を入れたらって
……
ん? どうした?」
わざと静かな動作で身を寄せ、パルテティオの肩に手を置く。不思議そうに話を中断するが、彼は手を伸ばそうとはしない。ソローネがこうして触れてもその気にならない男は、パルテティオを始め共に旅をした仲間達くらいだろう。
――
他の三人は良いとしても、パルテティオまで同じ反応なのは少々複雑な気分になる。自分ばかりが恋い焦がれているみたいで、悔しい。
「
……
私ね、あんたのそういうところが好きだよ。いつも真っ直ぐで、私に『普通』をくれるの」
「ソロ、」
近付く時はゆっくりと、そして奪う時は一瞬。それがソローネの流儀だ。
素早く頬に口づけて顔を離すと、パルテティオはあんぐりと口を開けていた。そしてぎこちなく頬を擦ったかと思うと次の瞬間、火が点いたかのように顔を真っ赤にした。
「そ、ソロ、ソローネッ
……
! い、いい、今、今
……
!」
「ん? これだとお礼じゃなくて、私がまた貰ったことになるのか
……
」
「え、いや、お礼としては十分
……
っじゃなくて! な、なんで、キスなんか」
「したくなったから。それじゃダメ?」
「ダメってことはねーけど
……
」
ごにょごにょと、パルテティオの語尾が小さくすぼまって消えてゆく。もう少しからかおうと思っていたが、ふと視線を下ろすと通りを歩くヒカリとキャスティの姿が見えた。まだこちらには気付いていないが、気配に敏いヒカリのことだ。すぐに二人を見つけるだろう。
「残念、時間切れ。迎えが来たみたい」
「あ、ああ
……
」
「待たせちゃ悪いから、行こっか」
「待ってくれ、ソローネ!」
先に梯子を降りようと歩き始めると、パルテティオに手首を掴まれた。耳まで真っ赤にして必死の形相でソローネを掴まえている姿を見ると、やっぱり犬みたいで可愛いと思ってしまう。
「さっきの
……
告白ってことで、いいんだな?」
「
……
ん、いいよ」
「じゃ、じゃぁさ、アグネアの公演が終わったら、ちゃんと返事させてくれ! いい言葉、考えとくからよ
……
」
もうそれだけで十分、返事に値するのではないか
――
そう過ったものの、素直に頷いておいた。せっかくパルテティオが好意を言葉にしてくれると言うのだから、無下にすることもない。
「分かった。
……
楽しみにしとくよ」
「お、おう
……
!」
握っていた手を解放され、一人ずつ梯子を降りる。ヒカリ達と合流する前に火照った頬を冷ましたかったが結局それは叶わず、『二人とも熱でもあるのか』と心配される羽目になったのはまた別の話である。
***
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