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雪華
2023-04-04 21:33:43
3464文字
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オルサイ
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【オルサイ】たった一言
※しれっとサ4章や無印裏ボスのバレあります。大昔にもらったお題『文通で遠距離恋愛をしているオルサイ。サイラスからの手紙に寂しいと書かれていてアポ無しで会いに来るオルベリク(要約)』を書きました。先生がオルベリクのこと大好きです。
辺獄の書を探す旅が終わり、サイラスはアトラスダムに帰ってきた。
イヴォンとルシアの企てを報告し、ダスクバロウの遺跡で発見した書物を提出すると学院内は大いに混乱した。調査の結果、サイラスの供述は真実であると認められ、再び学院で教鞭を執ることが許された。辺獄の書や門の研究と並行して教師としての仕事を為す日々は、忙しないが充実している。
「さて
……
」
仕事を終え、就寝の準備を整えてから書斎の机につく。ランプの灯りを頼りに便箋を取り出し、ペン先をインク瓶に浸ける。そして恋人の名を綴り、彼に宛てた手紙を書き始めた。
自分が恋をしていると気付いたきっかけは、彼に触れてみたいと思ったからだった。手足のかたち、額に走る傷跡の深さ、薄い唇が持つ熱を
――
もっと、もっと知りたいと。そして不思議そうな顔をしたオルベリクが差し出した手を握ってみて、この渇望が単なる知識欲ではないと理解したのだ。
同性にそういった感情を向けている自分に戸惑わなかったと言えば嘘になるが、驚くべきことに、オルベリクもまたサイラスのことが好きだと告げてきた。斯くして二人は恋仲となり、旅が終わって離れ離れになってもこうして手紙の遣り取りを続けている。
とはいえ、手紙の内容は恋文と言うには程遠い。互いの日常であったことや相手の様子を慮ることなどを記した、色気のないものだ。いつものように仕事のことや、他愛も無い生徒たちとの交流のことを書き連ねる。
(そういえば
……
)
ふと、昨夜見た夢を思い出す。今の今まで忘れていたくらい、ありふれた内容だった。オルベリクと二人で平原を歩いているだけで、唇を交わすどころか、手を触れ合わせすらしていない。何を話していたのかも曖昧だが、オルベリクはいつものように穏やかな表情でサイラスを見つめていた。
四六時中傍にいた頃は夢にオルベリクが現れることは殆どなかったが、ここのところはよく見る気がする。願望が夢に出るとはよく言うが、それが本当ならば、サイラスはただ彼に会いたいと思っているのだろう。
(
……
たまには、恋文らしいことでも書いてみようか)
大の大人が弱音を吐くとは情けないが、オルベリクの前ではなるべく自分を偽らないと決めてある。失敗しても、不格好でも、彼ならその全てを受け容れてくれると信じているからだ。
会えない寂しさは彼も大なり小なり感じているはずだ。何か良い気晴らしを教えてくれるかもしれないし、もしかすると次に会う日取りを提案してくれるかもしれない。そんな打算的な下心を膨らませながら文章を綴った。
――
時々、夢の中にオルベリクが現れること。自分が存外、寂しがり屋であることを知った、と。
そうして文字で埋まった便箋をもう一度読み返してから、丁寧に畳んで封筒に収める。封蝋をして、宛先と自分のサインを書いた。
明日の朝一番に郵便屋に持って行けば、天候にもよるが三日から四日で届くだろう。手紙を書く間はもちろんだが、反応を想像しながら待つ時間も楽しいものだ。封筒に記した愛しい人の名前を指の腹でなぞり、眠りに就くべくランプの灯りを消した。
***
手紙を投函してから五日が経った。今日の授業は終わり、学院から宛てがわれた執務室内でサイラスは小試験の問題作りをしていた。作業の目処がついた頃には空は紅く染まり、夕陽がゆるやかに沈みかけていた。
(明日は授業がないから、早めに夕飯を取って読書をしようか)
今はまだ研究に関連しそうな書物を収集している段階で、なかなか内容の精査まではできていない。ここから読み込んで更に分類するのだから、また相当の時間がかかるだろう。しかしサイラスは気落ちするどころか、寧ろこの状態を面白がっている節すらあった。読んだことがない書物を前にして胸を躍らせるのは、子供も大人も変わらない。
作成した試験問題は鍵のかかる引き出しにしまい、机上を軽く整理してから部屋を後にした。既に生徒たちの殆どは帰宅したようで、しんと静かな廊下を通り外に出る。空は端から徐々に夜に侵食されていて、門を潜り抜ける足が自然と速まる。
(夕飯は何を食べよう。提供が速くて、食べやすいものを
――
ん?)
そんなことを考えていたが、階段を下った先に見えた人影に思考が吹き飛んだ。
見間違えるはずがない。青いサーコートを纏った男はサイラスに気がつくと、軽く手を挙げて見せた。
「オルベリク?! どうしてここにっ
……
」
「サイラスッ」
慌てて階段を駆け下りようとしたら、見事に足を滑らせた。伸ばした手が虚しく空を掻き、不安定な体勢で宙に投げ出される。目を閉じて相応の痛みに備えたが、実際に訪れたものは地面に叩きつけられた激痛ではなく、愛しい人に熱烈に抱き留められた衝撃であった。
「っ
……
!」
「お前というやつは、本当に
……
目が離せんな。肝が冷えたぞ」
「オルベリク
……
」
「足は痛めていないか? 捻ったようには見えなかったが、変な転け方をしていたからな
……
」
そう言ってオルベリクは体を離そうとする。サイラスに怪我がないか確かめるためだと分かっていながらも、そのたくましい首に抱き着いて、今度は自らの意思で身を寄せた。珍しく機敏な動きをした学者に、彼は戸惑いの声を上げた。
「お、おい
……
」
「
……
一体、どうしてアトラスダムに来たんだい?」
「急に訪ねてすまん。手紙を読んで、お前が寂しがっている姿を想像したら
……
居ても立っても居られなかった」
予想通りの答えに、きゅうと胸が締め付けられた。手紙を出したのはほんの五日前だ。読んですぐにコブルストンを発たなければ、こんなに早くに会いに来られない。道中もかなり急いで来てくれたことは想像に難くなかった。
「無論、お前の仕事の都合もあるだろうから、もてなしてもらうつもりはない。せめて顔だけでも見たくてな」
「たったそれだけのために、態々会いに来てくれたのかい?」
別にサイラスは怪我をした訳でも、病で寝込んだ訳でもない。寂しくて死にそうだと乞うてもおらず、ただ少し寂しいと綴っただけだった。それなのに、オルベリクは自分の生活の全てを後回しにして駆けつけてくれたのだ。そう思うと、胸中で温かいものが込み上げて目元が熱くなる。
――
会いたいという言葉に、自分も同じと言うだけなら誰でもできる。しかしオルベリクは上辺の慰めを告げることはなく、行動で示してくれた。実直で誠実な彼のことを、サイラスはますます好きになってしまった。感動に打ち震えるサイラスの背を擦りながら、オルベリクは穏やかに微笑んだ。
「
……
普段はそんなことを言わない恋人が、寂しいとこぼしたんだ。充分な理由だろう」
「オルベリク
……
っ嬉しいよ、会いに来てくれて
……
ありがとう」
「ああ」
彼の肩口に額を付けて、ゆっくりと深呼吸をする。そうでないと、往来であるにもかかわらず落涙してしまいそうだった。オルベリクはそんなサイラスをからかうことはなく、落ち着くまで抱き締めてくれていた。
暫くそうしていると徐々に動機が収まり、平静さを取り戻す。軽く目元を拭い、静かに体を離してみせた。
「
……
ん、すまない。取り乱してしまった」
「構わんさ。ここまで歓待してくれるのなら、冥利に尽きる。今夜は何か予定が、」
「ないよ、何もない。ちょうど今から食事を取ろうと思っていたところだから、あなたもどうだい?」
質問が終わるのすら待てずに被せて回答すると、オルベリクは苦笑いを浮かべた。
彼の前ではサイラスは教師でも学者でもなく、恋心に踊らされる一人の愚者となる。さぞ滑稽に映るだろうに、オルベリクはいつも目を細めて愛おしげに見つめてくれるのだ。
「そうさせてもらうか」
「美味い店を知っているから任せてくれ。ああ
……
酒場で食べてもいいが、包んでもらって私の家で食べようか」
「
……
それは口説き文句だと取って良いのか?」
「うん。
……
早くあなたと二人きりになりたいんだ」
「可愛いことを言ってくれるな」
グローブを嵌めた手が紅潮したサイラスの頬を撫でる。そんな風に触れられると、ますます素肌を重ねたくて堪らなくなってしまう。言葉では語り尽くせない程の愛を伝えるにはそうするのが最も効率的で、且つとても気持ちが良いことだとサイラスは既に知っていた。
そうして連れ立って早足で大通りへと向かう。後に、月光すら届かぬ室内で、二人は離れていた時間を埋めるように求め合ったのだった。
***
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