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雪華
2023-03-19 21:20:20
3825文字
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オルサイ
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【オルサイ】三段飛ばしの告白
告白のつもりがプロポーズしちゃったオルと先生の短い話。こういう、先生に振り回されてるオルも好きです。
今にして思えば、一目惚れだった。
碩学王の光の下で出会った男は、青空と同じ色の澄んだ瞳にオルベリクを映した。その視線に貫かれた瞬間、息が止まったかのような心地になったのだ。
――
その時は気付かずにいたが、共に長い時間を過ごす内に、この心に芽吹いたものは恋情だと理解することになった。
一度悟ってしまえば、もう知らなかった頃には戻れない。その所作や、声色、眼差しがますますオルベリクを惹き付けた。サイラスという人物は知れば知るほど魅力的で、オルベリクの胸に巣食う感情は日増しに膨れ上がるばかりであった。そしてとうとう、その想いを胸に秘めておくことができなくなってしまった。
「それで、話とはなんだい?」
話がある、と自分から持ち掛けるのは珍しいからか。既に宿の寝間着に着替えていたサイラスであったが、夜半の訪問を拒むことはなかった。しかし訪ねておきながら扉の前に立ち尽くすオルベリクの姿に、不思議そうに首を傾げた。
「オルベリク?」
「
……
その、お前に大切な話があってだな
……
」
「それにしては、随分言いづらそうだ。あなたが何か私に伝えたがっているということは薄々気付いてはいたが
……
余程の内容なのだろうか?」
「! 知っていたのか
……
」
ただでさえ早鐘を打っていた心臓が大きく跳ねた。サイラスは他人の感情の機微には敏いが、色恋沙汰に関しては信じ難いほどの鈍感さを発揮するというのに。目に見えて動揺したオルベリクを諭すように、サイラスは穏やかに語りかけた。
「ここのところ、私の顔を見て考え込むような素振りをしていたからね。ただその割には、酒場などで隣りに座っても話し出そうとしなかったから気になっていたんだ。あなたがこの場を設けてくれるのがもう少し遅ければ、私なりに探りを入れようと思っていたよ」
「そ
……
そうか
……
」
そうなる前で良かったと言うべきか、いっそ知られてしまった方が楽だったのか、どちらが良いかというのは所詮仮定に過ぎない。結果としては今、オルベリクは自分で打ち明けることを選んだのだから。ぐっと拳を強く握った時、サイラスが一歩こちらに歩み寄った。
「あなたが一体、何に悩んでいるのか教えてくれ。私に出来ることなら、力になるよ」
「っ
……
」
真剣な表情で真っ直ぐにこちらを見上げる彼があまりにも綺麗で、思わず喉奥から妙な呻き声が漏れかけた。冷静なサイラスとは反対に、自分と来たら視線を彷徨わせて汗顔しているのだから情けないことこの上ない。
――
戦場にいる最中ですら逃げたいと思ったことはないのに、今もまだ逃げ道を探している。サイラスの前ではオルベリクは騎士ではなく、ただの男になってしまう。本当は、せめて胸を張って誇れる自分でありたいと思うのに。しかし同時に、彼の瞳になら自分の本質を見抜かれるのも悪くないとも思えた。
「
……
サイラス」
深く息を吸って、吐く。漸く視線が交わった時、サイラスは珍しく唇を引き結んでいた。
「俺は
……
お前のことが、好きなんだ」
「それは
……
私も、」
「いや、俺の気持ちは純粋な友愛ではない」
退路は断たれた、もう前に進むしかない。一筋縄で伝わらないことはよく理解しているので、畳み掛けるように続ける。
「あ
……
愛しているのだ。許されるのであれば、生涯お前を守る剣となりたい」
事前にどう告げるかと考えていた。しかしいざ現実に事を起こすと、焦りや緊張で頭が真っ白になった。それでもせめて、沈黙だけはすまいと必死になって言葉を探す。
「初めて出会った時、お前の瞳に魅せられた。今は、お前が進もうとしている未来を傍で見たいと思っている。だから
……
」
「オルベリク
……
」
「だから、俺と
……
添い遂げてくれないか、サイラス」
サイラスの長い睫毛が震え、頬にさっと朱が滲む。ゆっくりと瞬きした次の瞬間、淡く色づいたかんばせに浮かんだのは
――
柔らかな笑みだった。その笑顔はこれまでに見たことがないほど優しく、華やかで、胸が締め付けられるくらいに愛らしかった。
「ありがとう、オルベリク。
……
私も同じ気持ちだよ。未熟者だが、これからよろしく頼む」
「あ、ああ。俺の方こそ」
いつの間にか脱力していた拳が、傷一つない彼の手に包まれる。
――
今、サイラスはオルベリクの告白を受け容れたのか。現実味が全くなく、床に立っているはずなのに妙に足元が覚束ない。これ以上の醜態を晒す前にと、名残惜しくはあったが手を引いた。
「
……
では、俺はそろそろ部屋に戻る。
……
おやすみ」
「おやすみなさい。いい夢を」
棒のような足をぎこちなく動かして部屋を出て、隣の部屋の鍵を開けて中に入る。偶然だが隣室で良かった。今階段でも下りようものなら、踏み外して落ちてしまいそうだ。よろめきながら寝台に倒れ込み、深く息を吐いた。
一人になって考えてみると何とも酷い告白であった。交際の申し込みのつもりが、まるで求婚のような言葉選びになっていた。そもそも承諾されたこともまだ実感がない。
意味もなく手を握ったり、開いたりを繰り返し、サイラスの肌の温もりを思い返す。不思議な高揚感に包まれていて自然と目が冴え、その晩はあまりよく眠れなかった。
***
そして迎えた翌朝、オルベリクは珍しく寝過ごしてしまった。慌ただしく身支度を整えて宿の食堂へ向かうと、既に仲間達は揃って食事を取っていた。テーブルの上にはパンやサラダなどがまだ半分以上残っているので、食べ始めてあまり時間は経っていないようだ。
「すまん。遅れてしまった」
「いいえ、お先に頂いています」
「珍しいな、オルベリクが朝寝坊とは」
「まあな
……
」
八人でも十分座れる長テーブルの端に空席を認めると、その隣りに座っていたサイラスと目が合った。サイラスは人懐こく笑い、オルベリクを手招きしてみせた。昨日の今日で少々気恥ずかしさはあったが、素直に腰を下ろした。
「オルベリクさん、お水どうぞ」
「悪いな、トレサ。何か話していたところか?」
「そうそう! 今日はサイラス先生がご機嫌だから、どうしてかしらって話していたところなの」
「機嫌が良いのか?」
改めてサイラスに目を向けるが、彼はいつものように微笑むだけだ。パンをちぎり、口元に運ぶ手付きは相変わらず品が良い。ぬるい水を飲みながら、特段代わりはなさそうに見えると内心首を捻った。
「朝も珍しく早かったようだからな」
「そうですね。普段なら早朝はお見かけしませんが、今日は朝のお祈りの時にご挨拶しましたから」
「へー、なんか面白いことでもあったのか?」
「
……
面倒事は御免だぞ」
集団行動を取っているため自然と八人の生活リズムは揃うが、宿でゆっくり休める時などはそれぞれ時間の使い方が異なる。早朝の活動を好むのは主にオルベリク、オフィーリア、ハンイットであり、逆に深夜の活動を好むのがサイラスやプリムロゼらであった。今朝はオルベリクが寝過ごし、サイラスの起床が早いという滅多にない逆転現象が起きたらしい。
「キミ達に迷惑をかけるようなことではないよ」
「それなら笑って誤魔化していないで、教えてほしいわね? 気になるじゃない」
「まあ
……
私的なことだがね。実は、オルベリクと婚約したんだ」
「ぶっ」
「オルベリク?!」
その言葉が耳に届いた瞬間、派手に水を噴き出した。噎せながら口元を押さえていると、サイラスが背を擦りながら机を拭いてくれた。
「だ、大丈夫? オルベリクさん
……
」
「ああ
……
す、すまん
……
」
「あたしたちは良いけど
……
」
対面に座るトレサが、ちらりと横目でサイラスを見遣る。オルベリクもぎこちなく顔を動かして彼女の視線を追い掛けると、サイラスは代わりの水を差し出してくれた。ゆっくりとそれを呷り、短く息を吐く。
「
……
悪いな」
「落ち着いたかい?」
「何とかな
……
。それにしても、婚約とは一体
……
?」
「昨日の話はそういうことだと思ったが、間違っていただろうか
……
」
すると不思議そうな様子から一転、サイラスは眉を下げて困惑げに問うてきた。確かに結婚の申し込みのようなことを言ってしまったが、まさかサイラスがそこまで含めて肯首したとは思っていなかった。ゆくゆくはそうなりたいことは間違いないが、ここまでとんとん拍子に進んでしまうと却って焦ってしまう。
「い、いや、間違ってはいないが
……
。お前はそれで良いのか?」
「どういう意味だい?」
「その
……
交際という過程を飛ばすようなものだろう。実際に付き合ってみたら、俺という人物に幻滅するかもしれないとは考えないのか?」
「なるほど、それは思い至らなかった。だが、私もあなたが最後の人だと考えていたから
……
添い遂げて欲しいと言われて、断る理由がなかったんだ」
大真面目に語られると、何も言えなくなってしまう。実際、オルベリク自身も同じ考えなのだから。赤面して黙り込んだオルベリクの背をサイラスは軽く叩いて、笑顔でフォークを渡してきた。
「さ、分かったのなら食べよう。今日も頑張らないとね」
「
……
そうだな
……
」
これが惚れた弱みと言うのだろうか、どう引っ繰り返ってもサイラスには勝てそうにない。先が思いやられるわ、との踊り子の呟きは聞こえないふりをして、自分と同じ顔色をしているトマトにフォークを突き立てた。
***
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