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雪華
2023-02-18 10:20:18
5159文字
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テリサイ
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【テリサイ】最初の一通
既刊『いつか思い出になる日まで』のテリオン視点のスピンオフSSです。最初の一通を書く時、彼が何を思っていたのかの話。サイラスは出てきません。
岸壁に囲まれ、土埃が舞う街。その入り口で、最後まで残っていた仲間に別れを告げた。
「じゃあな」
「ああ、また。テリオンも、暇があれば是非シ・ワルキに来てくれ」
「気が向いたらな。
……
あんたの師匠は、酒が入ると話が長そうだ」
「ガウ」
ハンイットより先に、その通りだと言わんばかりにリンデが鳴いた。それから一言二言と言葉を交わすと彼女達は故郷へ向かって歩き始めた。
(さて
……
これからどうするか)
――
遡るほど半月ほど前の話だ。テリオン達はフィニスの門をくぐり、リブラックの手によって復活した魔神ガルデラと対峙した。熾烈な戦いを紙一重で制し、囚われたクリスと共に無事生還した。そして数日ほどエバーホルドで療養した後、サイラスの口から解散宣言があった。テリオンはひとまず故郷へ帰るというアーフェンとハンイットと共に西へ向かい、たった今独りになったところであった。
テリオンを竜石探しの旅に駆り立てた屈辱の証はもうない。しかし、サイラス達と出会う以前の自分とは最早決定的に異なる。あの旅の中で、テリオンは再び人を信じられる強さを得た。だからこそ、これからどう生きるかという命題と向き合ってみたくなったとも言える。
「
……
」
ボルダーフォールに立ち戻ったのはその一環であった。この街でテリオンはサイラスと出会い、ヒースコートの罠に嵌められて旅をすることになった。今でも、薄汚れた街に立つ彼の姿は鮮明に思い出せる。朱い陽がサイラスの整った顔を照らしていて、まばゆい男だと思ったものだ。
街を暫く見て回り、酒場へと足を運ぶ。バーテンダーはいらっしゃい、と声をかけた後、テリオンの姿を認めると肩を竦めた。
「おや、お客さん。まだ準備中ですよ」
「
……
他にも客は入ってるだろ」
「はは。うちより先に、行くところがあるのではないですか? あなたを見かけたら、屋敷に寄るように言付けてくれと依頼されています」
そんなことをする人間はこの街には一人しかいない。そもそもテリオンがレイヴァース家に忍び込むことにしたのは、このバーテンダーが『盗賊殺しのレイヴァース家』という噂話を持ちかけてきたからであった。結果としては後悔していないが、未だにあの老齢の執事は油断ならないと思っている。
「正当な報酬を準備している、とも仰っていましたよ」
「
……
はぁ、分かった。酒も出してもらえんなら仕方がない」
「是非、面白いお話をお待ちしております」
背中にかけられた声に返事はせずに、酒場を後にする。あちら側の思い通りになるのは癪に障るが、どうせ街にいる間の行動は筒抜けだろうと諦め半分で屋敷へと向かう。警備の人間も犬もテリオンの姿を見るとすんなり通すものだから、腑抜けたものだと呆れた。しかし、盗賊である自分が顔を覚えられているのもまた同じくらいには間抜けではある。
「テリオンさん!」
「ほら、わたくしの申し上げたとおりでしょう」
金髪の髪を揺らしながら走り寄ってくるコーデリアの後を、ゆったりとした仕草ながら決して離れることはなくヒースコートが追う。変わりのない二人の姿にどこか安堵した。
「お望み通り来てやったぞ」
「ええ、いらっしゃると思っていました。よくぞご無事で」
「まあな。
……
竜石に変化はないか」
「はい、お陰様で。実は
……
テリオンさんに折り入って相談したいことがあるんです。話を聞いていただけませんか?」
その殊勝な物言いに、バーテンダーにまで手を回したのはヒースコートの独断であったことを悟る。盗賊風情とも真摯に、そして対等に向き合おうとするコーデリアと、主のために幾重にも予防線を張っておくヒースコートの関係も相変わらずである。ここまでやって来たのだから話くらいは聞いてやるつもりで頷くと、屋敷の中に通された。
コーデリアに案内されるまま布張りの椅子に座ると、瞬きをしている内にヒースコートがティーセットを携えてやって来る。湯気が立つ紅茶を見下ろし、自分の訪問時刻を正確に予測されていたことに寒気を覚えた。
「では早速、依頼の話をさせていただきますね」
そう言ってコーデリアが向かいのカップに口をつけたのを認め、初めてテリオンはカップを持ち上げた。
――
彼女が語った依頼とは、平たく言うと闇市に流れそうになっている盗掘品を奪い返して欲しい、というものであった。レイヴァース家に直接関係のある仕事ではなく、ゆかりのある貴族から持ちかけられた話だそうだ。その貴族は古物収集が趣味で、遺跡採掘にかかわるパトロンをしているが、支援している正規の調査団より先に盗賊に遺跡の中を荒らされてしまったらしい。
「
……
遺跡の持ち主なぞ分からんのだから、後も先もないんじゃないか?」
「確かに遺跡自体に持ち主はいませんが、その土地に持ち主はいますよ。しかも今回はその所有者が国であったため、手続きにかなりの時間をかけたそうです」
「ええ
……
。そうして許可を得た正式な調査だったのに、遺物どころか遺跡内もかなり荒らされていたそうです。せめて持ち出されたものだけでも無事に見つけたい、というのが先方の願いです」
「なるほどな。
……
それで、報酬は? 今度は正当な報酬を出すと聞いたぞ」
「あなたほどの腕前の方に依頼するのですから、もちろん用意してあります」
勿体付けるような言い方をしてヒースコートが提示したのは、確かに悪くない金額であった。日銭を得ることで精一杯な日々を送った経験がある身からすると、ただ古めかしいものにそれだけの価値を見出すなど道楽も良いところだと思う。
その時ふと脳裏に過ったのは、やはり仲間の学者の姿であった。珍しく渋い顔をして、闇市に対して嫌悪感をあらわにしていた。サイラスであればきっと一も二もなく引き受けるだろう。元々断るつもりではなかったが、彼へ語って聞かせたら面白がりそうだという思いが背中を押した。
「
……
分かった、引き受けよう」
「ありがとうございます! テリオンさんならそう言ってくださると思っていました」
「では、より詳しい話は後ほどわたくしからいたしましょう。何か準備しておくものがありましたら、お申し付けください」
「準備、か
……
」
「ええ、何でも言ってください!」
ヒースコートの口振りだと大体調べは付いていて、後は実行するだけというところだろう。そしてさほど急いている様子もないから、日程には余裕があるはずだ。それならば、一つやっておくことがある。
「大したことじゃないが、ペンとインクを貸してくれるか」
「分かりました。ヒースコート、お願いします」
「すぐにお持ちいたします」
一礼して退室すると、言葉通り数分も待たずにペンとインクを持って戻ってきた。ペンには複雑な装飾がされていて、ひと目で高価なものだと分かる。盗むつもりがなくとも、この一本に幾らの価値があるかと値踏みしてしまうのが盗賊の性だ。
「何か書き留めておくのですか?」
「手紙をな。ここで書いていってもいいか?」
「構いませんよ。よろしければ、わたしたちの方で配達の手筈もしておきます」
「そうしてもらえると助かる」
「では、紅茶のお代わりをお持ちしましょう」
するとコーデリアまで、手伝うと言って共に部屋を出ていった。手紙とは一般的に第三者に見られながら書くものではないが、かといってそこまで気を使ってもらうほど重要なものではないのだが。
懐から、予め受取人の住所と名前が記されたレターセットを取り出す。形も色もまばらのそれらの中から、無地の封筒を選んだ。中に入っている便箋は枠線すらなく、ただの紙と言っても差し支えがなさそうだ。
(
……
何から書くか)
これらのレターセットは、別れの朝にサイラスから託されたものであった。彼は暫くアトラスダムを離れるつもりがないらしく、その間に旅の話を聞かせて欲しいと言っていた。
――
サイラスのことは、初めは合わないやつだと思っていた。どれだけ邪険に扱っても性懲りもなく話しかけてくるところに正直辟易していたが、旅を続ける内にいつしか彼を受け容れている自分がいた。寧ろ、最後には隣にいると不思議な心地良さすら感じていた。そんなサイラスが別れ際に見せた表情は深く印象に残っている。笑っているのにどこか哀しげな姿に、彼も別れを惜しむという人並の感性を持ち合わせていたのかと意外に思ったものだ。
手紙の作法などはあいにく知らないが、気にするたちでないことくらいもわかっているので、とりあえずエバーホルドを出てからのことを時系列に沿って書き記すことにした。
(アーフェンは最後まで、また一緒に旅をしようと言ってきかなかった
……
と)
アーフェンは一度クリアブルックに戻り、数日間休んでから再び旅に出る予定らしく、テリオンに同行してくれと度々言ってきたのだ。それも悪くはないが、今はひとりになってもう一度自分を見つめ直したかった。まあ、そうは語らなかったので、理由も告げずに断られて余計にアーフェンも意固地になっていたのだろう。
はじめは手紙など上手く書ける気がしていなかったが、ひとたびペンを持つと意外にも詰まることはなくさらさらと綴れた。変に飾ろうとせず、それこそサイラスに話しかけるように書いているからだろうか。しかし普段であればテリオンが一つ言葉を発するのに対して三つも四つも言葉を返してくるサイラスが、今は黙って話を聞いていると思うと奇妙な感覚だった。
ペンを反対の手に持ち替え、二枚目の便箋にまた書き始める。三行ほど書いてから部屋の入口に顔を向けた。
「
……
おい、いつまでそこに立っているつもりだ?」
「す、すみません
……
紅茶と軽食をお持ちしたのですが、邪魔になってしまうのではないかと思ったんです」
おずおずと入ってきたコーデリアの手にはサンドイッチが載った皿があり、その後に続くヒースコートの手にはティーポットがあった。両方ヒースコートに持たせれば良いのに、自分も手を動かそうとするところに彼女の優しい人柄が出ている。
「別に、見られて困るもんじゃない」
「えっ
……
?」
「
……
一体なんだ。何が言いたい?」
困惑げな反応に、今度はテリオンの方が眉を顰めた。コーデリアは答えに窮して、助けを求めるようにヒースコートに視線を遣る。彼は優雅な仕草で空になったカップに紅茶を注ぎ入れながら、主人の代わりに口を開いた。
「お嬢様は、あなたが恋文をしたためておられると思っているようですよ」
「はぁ?」
「ヒースコート、そこはもっと上手く言ってくれないと
……
!」
「いきなり何を言い出すかと思ったら
……
。全く、深窓のお嬢様は世間を知らなすぎる」
空想するのは結構だが、そこにテリオンを当て嵌めないでもらいたいとため息をつく。するとコーデリアは慌てて首を横に振ってみせた。
「だ、だって、テリオンさんがあまりにもお優しい顔をされていたので
……
」
「顔
……
?」
「ええ。穏やかで、どこか眩しげで
……
だからきっと、とても大切な方へのお手紙だと思ったんです
……
」
思わず口元に手を遣ったのは、完全に無意識だったからだ。書くことに、記憶の中のサイラスになんと伝えるかに集中しすぎていた。しかしいくら表情を取り繕えていなかったとしても、コーデリアの言う優しい顔などしたつもりはない。自分でも信じられない思いであった。
「さ、さあヒースコート、いつまでも邪魔してはいけませんよ! わたしたちはテリオンさんへ依頼の詳細を伝える準備をしましょう
……
!」
「かしこまりました。どうぞごゆるりと、お寛ぎください」
失言したと焦るコーデリアと対照的に、やはりヒースコートは淡々とお辞儀をして去っていった。また一人きりになった部屋で書き綴った便箋を見下ろす。
恋文などとは冗談ではない。これを受け取るのはサイラス・オルブライトであり
――
彼は自分にとって仲間で、友人で、確かに特別に大切な人であるが、恋だなんて。そう思うのに、じわりと頬が熱を持った。
「嘘だろ
……
」
サイラスの笑顔や自分の名前を呼ぶ声が、そして別れの朝に触れた手のひらの温度が鮮明に思い起こされる。好感を持っている自覚はあったが、言われて初めてそれが恋情と呼ばれるものだと気がついてしまった。
片手で顔を覆って大きくため息を付く。弾みでペン先から滴ったインクが、じわりと便箋に染みを作った。二度と消えないそれは、どれだけ口先で否定したところで、知る前の自分には戻れないと突きつけているようでもあった。
――
後にテリオンはこう語る。その手紙こそが、二人の新たな旅路の始まりであったと。
***
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