雪華
2023-01-08 20:53:12
2246文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】きみは目の毒

お題ガチャより。テリオンの無防備な姿に目のやり場がないサイラスの話。

ぺた、と濡れた素足が床に吸い付く音がして、サイラスは本を覗き込むように俯いた。風呂場の方から石鹸の香りが漂うが、気づかないふりをする。

「安宿の割には、清潔な水場だったな」
「そうだね」

視線を本に固定したまま敢えて素っ気なく相槌を打つ。テリオンはいつものように髪を拭きながら、空いている方の寝台に身を投げる。首は動かさずにちらりと瞳だけずらして姿を確かめるが、予想通り彼は下着以外身に着けておらず、慌ててまた視線を落とす。
――テリオンの裸など今まで何度も見てきている。今更何を動揺しているのかと、自分でも呆れるものだ。しかしこの頃、そういう行為中以外の彼の無防備な姿が目に毒だと感じるようになってしまった。

……早く服を着て欲しいところなのだが)

サイラスとテリオンは恋仲であり、既に何度も体を重ねてきた。肌を見るのが恥ずかしいなんて気づかれてしまったらきっと面白がられるだろうし、それだけでは済まない可能性もある。色恋事に疎いとは知人や仲間達、テリオンにまではっきりと言われたことがあるサイラスだが、それくらいは予見できる。
風邪を引くから着替えろ、と尤もらしい説教を聞くようなら、最初からそんな行動は取らないだろう。そもそもテリオンが湯上がりにこのように寛ぎ始めたのはつい最近のことで、以前まではいつでも行動できるようにすぐに身支度を整えていた。その心境の変化も不思議ではあるが、指摘して藪蛇を突きたくはない。
ということで今夜もまた、テリオンが寝支度を始めるまでこの膠着状態が続く――かに思われた。

……

隣の寝台が小さく軋む。テリオンが床に足をつけ、サイラスが腰を下ろす寝台に近づこうとしている気配を感じる。盗賊という生業をしている彼は普段なら足音一つ立てないが、流石に気が緩んでいるのか、床板を踏みしめる音が鳴った。緊張で指先が強張り、瞬きの回数が増える。

「サイラス」
……なんだい」

いつもなら、名を呼ばれるとすぐにテリオンの顔を見る。けれど今はそうしない。
湯上がりで赤らんだ頬を見たら。自分のそれと違い、研鑽され筋肉で引き締まった体を見たら。逞しい腕に抱かれたことを、鍛え上げた胸筋に押し潰されながら胎内を暴かれたことを思い出さずにはいられないのだ。

「サイラス」
……
「どうせ、読んでないだろ」
「あっ」

手元の本を取られ、思わず顔を上げる。すると否応なしに日に焼けた浅黒い肌が目に入り、それだけでさっと頬に熱が集まった。サイラスはもうその皮膚の感触すら知っているのだから、想起しないほうが無理な話であった。
テリオンは濡れた髪の間から覗く翠眼を細め、僅かに口角を上げる。そのからかうような声色に、自分の些細な抵抗は無意味であったことを理解した。

「そう恥ずかしがるなよ、先生?」
「う。……そんなことは」
「今更、隠し事はなしだろ」

それはそうだがと、もごもごと言い訳がましく口の中で言葉を転がす。視線を泳がせながら無意味に自らの髪の毛の先をいじっていると、その手を握られた。触れた肌の生々しい温度に心臓が跳ねる。

「っ……こんな私を、軽蔑するかい?」

テリオンの何気ない一挙一動に惑わされ、肉欲すら抱いてしまうなんて。短く吐き捨てると、彼はため息をつく。その眼差しは平時と変わらないように見えて、ほんの少しだけ柔らかかった。

……俺は嬉しいがな」
「どうして……あ」

握られた手を、彼の胸元に導かれる。皮膚の下に感じる鼓動につられて、自分の呼吸も浅くなる。

「俺との情事を知ったからこその反応だろ。恋も知らなかったあんたが、今や俺の裸を見るだけで抱かれたくなるなんて……たまらなく愉快だ」

にやりと笑う意地悪い表情に見惚れている隙に、顔を覗き込むように唇を重ねられる。サイラスが慌てて胸板を押し返すより早く、肩を掴んで寝台に押し倒された。頭上に落ちる影から逃げるように、片腕で目元を覆って声を絞り出す。

……いつまでもそんな格好でいると、風邪を引くよ?」
「じゃあ、温めてくれ」
「もしかして、最初からそのつもりだったのかい?」

返事はないが、それが答えであった。見事に彼の術中に嵌められたということか。釈然としない気持ちになりながらも、腕を掴んで引かれるので素直に顔を見せる。サイラスを見下ろすテリオンの頬は上気し、美しい瞳は熱を孕んで色味を濃くしていた。

「嫌なら抵抗すればいい、できるだろ?」

囁かれた言葉とは裏腹に、僅かに眉を顰める表情は、受け容れられたいとありありと告げていた。熱の篭もった眼差しを向けられるとどうにも弱い――テリオンがそう乞うて求めるのは自分だけだと知っているから、尚更。
はしたない自分を悟られることに怯えていたが、彼も同じように求めてくれるのなら意地を張る必要はないのかもしれない。柔らかい頬に手を添え、鼻先に口付けた。

「いいや。……今日のところは、キミの誘惑に負けてみることにしよう」
「そうこないとな」

機嫌よく口付けを返され、堪え切れずに笑ってしまった。可愛いね、とついこぼすと、また唇を塞がれた。
昼間はサイラスの話を黙って聞いてくれる彼だが、行為が始まるとこうして態と遮られてしまう。とはいえ嫌だと言えば律儀に止めてくれるので、実のところ邪魔されることを承知の上で口を開いてしまうところはある。何故なら、そうすればするほどキスの回数が増えるからだ。




***

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