町に着いてから数時間が経つ。いつの間にか夜は更け、満席で賑やかだった酒場は空席が目立つようになった。仲間達と談笑しながら郷土料理に舌鼓を打っていると、時間はあっという間に過ぎる。
「ふふ、気持ち良さそうに寝てるわ」
「どうやら、今日の勝負は引き分けのようだね」
円卓に突っ伏して寝息を立てるテリオンとアーフェンを眺め、プリムロゼと微笑み合う。飲み比べをしようとアーフェンから誘われ、テリオンは嫌々というポーズを取りながらも結局付き合っていた。先に眠ってしまったのはアーフェンの方であったが、飲んだエールの数は同じだった。
「それにしても、お勘定はどうするつもりかしら。旅の資金からは出さないわよ~?」
旅の資金管理を担っているトレサは不満げに頬を膨らませ、アーフェンの頭をつんつんと指先で突く。八人という大所帯での旅を継続するにはそれなりの資金が必要だ。道すがら行う魔物討伐や収集した素材を売却することで収入を得て、食費や宿代を捻出している。金を工面するのも楽ではない。旅の必要経費ならまだしも、個人的に楽しんだ分は個人で負担すべき、というトレサの考え方はよく理解できた。
「ここは私が持とう。気持ち良い飲みっぷりを見せてもらったからね」
「え~? まあ、サイラス先生が良いって言うのならあたしは良いけど……」
「甘いわねえ、先生」
「そうだろうか」
「彼が楽しんでいたから、でしょ?」
プリムロゼの瞳が態とらしくテリオンを見て、再びサイラスに視線を戻す。――テリオンと交際していることは、仲間達に態々説明してはいない。ただ敏いプリムロゼは二人が纏う空気感が変わったことにすぐ気付いたようだったし、トレサ達からも問われれば偽りなく答えた。だから特にはぐらかすことはせず、素直に肯定した。
「まあ、そうだね」
「否定しないのね。でも、甘やかしてばかりいたらダメよ? 恋愛は平等じゃないと上手くいかないわ」
エメラルドグリーンの目を細め、何もかもを見透かしたような台詞を告げられて内心ぎくりとした。平等と言葉で言うのは簡単だが、それを実現するのはなかなか難しいものだ。サイラスとテリオンの天秤が釣り合っているかというと、それは否と答えるべきだろう。
ショットグラスを呷り、短く息を吐く。呼吸の合間につい本音を零してしまったのは、自分もそれなりに酔っていたからということにした。
「……過度に甘やかしているつもりはないよ。ただ、恋愛においては惚れた方が負けだともよく言うだろう? 私の方が先に惹かれて、より彼のことを好いているのだから……差がついてしまうのは当然だ」
隣で眠るテリオンの髪をそっと指先で梳く。平時であればすぐに目を覚ますだろうが、彼は僅かに身動いだだけだった。それ程までに自分や仲間達に気を許してくれていることが嬉しくて、愛おしかった。
「……驚いたわ。それ、本気で言ってるの?」
「まあ、人に聞かせるような話ではなかったね。忘れてくれ」
「構わないけど……報われないわね」
彼女が態とらしくついたため息に、緩く首を横に振った。彼が同じ気持ちを向けてくれている、それだけでもう充分報われている。たとえそれがサイラスのそれと比べて小さな気持ちでも、一時的なものでも。
「いいんだ、不満に思っている訳ではないから」
「そうじゃなくて……」
「お客様、すみません。そろそろ店じまいの時間なんですか……」
「もうそんな時間か。会計を頼む」
いつの間にか、店内に自分達以外の客はいなくなっていた。申し訳無さそうに頭を下げた店員にオルベリクが首を横に振り、トレサが支払いの準備をする。酒代をトレサに渡しながら、プリムロゼは何と言いかけたのかと気にはなった。しかしこの話題を深掘りするのは気恥ずかしく思えて、結局その夜は彼女に声をかけることはなかった。
「テリオン、宿に戻るよ。起きられるかい?」
「……」
肩を掴んで軽く揺さぶると、言葉は発しなかったもののゆっくりと顔を上げた。頬はすっかり上気していて、瞼も重たそうに半分閉じている。気の抜けた様子に微笑ましくなりながら、とんとんと背中を叩いてやる。
「立てるかい? 肩を貸すよ」
「……悪い……」
「そう思うなら、酒量は考えたほうがいい。さあ……」
テリオンの腕を取って自分の肩に回す。身長差があるから少し屈むようにして、彼の体を支えながら歩き始めた。酒場を出る前に一度振り向くと、同じく酔い潰れたアーフェンを半ば引き摺るようにオルベリクが連れ出すところが見えた。後は任せてしまっていいだろう。
昼間の内に予約しておいた宿は、酒場の真向かいに位置している。近場で良かったと内心胸を撫で下ろした。テリオンは体躯を隠すように外套を羽織っていて一見しただけでは分かり辛いが、その実かなり筋肉質で体重も重い。自力で歩いてくれているからまだ良いが、完全に意識を失っていたら運んでやれなかっただろう。そうしている内に部屋の前に辿り着き、懐から鍵を出して扉を開く。
「ほら、開いたよ……っと、」
ぐっと肩にかかる体重が増し、軽くよろめいた。どうやらもう限界が近いらしい。そのままなんとか寝台の前まで連れて行き、彼を寝かせることに成功した。
「ふう……。大丈夫かい? ストールくらいは外したほうが……」
そう言って、横たわったテリオンの襟元に手を伸ばす。指先が布地に触れた時、反対に彼の方から手首を掴まれた。驚いて軽く身を引いたが、意外にもしっかり握り込まれていて振り解けなかった。
「テリオン?」
「……さっきの」
「ん?」
「本気で言ったのか」
据わった目に見つめられ、首を傾げる。なんとも端的で要領を得ない問いかけだが、プリムロゼにも同じ言葉を投げかけられたことを思い出した。
「ああ……聞いていたのか。すっかり眠っているものだと思っていたよ」
「質問に答えろ……」
「はいはい。そうだね、私の方がキミを好きだと思っている。別に不満に感じているわけではなくて、事実としてそうだというだけの話だよ」
これだけ酔って前後不覚になっているなら、きっとこの会話は記憶に残らないだろう。眠りたくないと駄々をこねる子供を宥めるように静かに答えると、彼は大きくため息をついた。呼気に交じったエールの匂いが鼻先を掠める。
「あんたはまた、そういう……」
「テリオン?」
「いや、いい……どうせ、言ったところであんたには……」
続く言葉は声にならず、もごもごと口を動かした後にテリオンは瞼を閉じてしまった。脱力した手がシーツの上に滑り落ちる。そのまま規則的な寝息を立てだしたところを見るに、今度こそ完全に眠ってしまったようだ。
「やれやれ……」
彼の首からストールを外してやり、布団を掛ける。乱れた白髪を手櫛で整えて、赤らんだ目元を親指の腹でなぞった。
おやすみ、と小さく呟いても返事はない。一方的な挨拶に満足して、つい先程まで握られていた自分の手首を擦った。まだ少し、テリオンの指のぬくもりが残っているような気がした。
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