雪華
2022-11-13 20:15:09
3686文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】特別な笑顔

先生ってモブと目が合っても微笑んでくれるだろうけど、好きな人と目があったらもっと分かりやすくにこっとしてくれるといいな~という妄想です。できてない頃とできた後の話。

ウッドランド地方のとある街。その一角にある露店前で、旅人達は足を止めていた。街にはつい先程着いたばかりで、二手に分かれて買い出しをすることになった。オルベリクは装備品の買い替えを担ったトレサの方に付いてきていた。

「うーん……。なかなか良い品を扱ってるわね……
「そうだろう、そうだろう。ま、じっくり見ていってくれや」
「このネックレスにはどんな効果があるんですか?」
「お、神官様はお目が高いねえ。これは……

トレサが脳内で算盤を弾く横で、オフィーリアが店主から装備品の説明を受けている。その様子を少し後方で眺めていると、隣に立つサイラスが鞄から地図を取り出した。
トレサから助言を求められれば応えるが、そうでなければ彼女に任せると決めてあるので口を挟まない、というのが年長者同士の共通認識だった。そのため商談の行方は視界の端で見守りながらも、自分たちのするべきことに着手し始める。

「オルベリク、今の内に少し良いかな。これからの旅程について今夜皆に提案しようと思うのだが、まず先にあなたの意見を聞いておきたくて」
「ああ、構わんぞ」
「ありがとう。私達が次に向かうのはフロストランド地方の……

ペンより重たいものなど持ったことがなさそうな、細く優美な線の指先が地図をなぞる。――こうして七人の仲間達と旅をするようになったのは、サイラスの働きかけによるものが大きい。そのためか、旅の指針を決める役割も自然と彼が担うようになっていた。

「これまでのように気軽に野営ができる気候ではないから、余裕を持った日程を組むことが重要だ。たとえばこの町から町に辿り着くには、どれくらいの日数を要すると思う?」
「そうだな……。装備や気候次第だが三日はかかるだろう。地図上では確かに目的地までの最短距離ではあるが、ここは安全を取って少し西に迂回することも視野に入れるべきだ」
「ふむ、なるほど。では……

これまでの経路や仲間達の様子を思い返しながら、経路や日数について話し合う。
サイラスは基本的に皆の意見をよく聞き、時には優先事項が食い違いそうな部分も上手く調整している。しかし彼自身の本来の気質としては集団行動は得意ではなく、また長期に渡る旅をすることは初めてだという。そのため、従軍経験を持ち、かつ旅慣れているオルベリクを頼ってよく相談を持ちかけてくる。

……うん、よく分かったよ。ありがとう。やはりあなたの意見はとても参考になるね」
「俺の方こそ、お前の知識には助けられている。こういうことくらい力になれてよかった」
「私は知識はあるが経験に乏しいし、初めての旅で、つい自分のことだけで精一杯になってしまう部分もある。その点あなたは集団を率いた経験を持ち、普段から冷静に皆のことを見てくれる。私とは異なる視点を持つからこそ、あなたの話は非常に興味深いよ」

サイラスはいつも真っ直ぐにオルベリクを見つめ、大仰なほど称賛を浴びせてくる。大したことはしていないのに、敬意を込めた眼差しを向けられると胸の辺りが擽ったくなってしまう。

……まあ、天候については俺よりもオフィーリアやハンイットに聞いたほうがいいだろう」
「そうだね。後で二人の意見も聞いてみるよ……
「どうした?」

地図を畳みながら、ふとサイラスが視線を外したかと思うと、口の端に微笑みを浮かべる。彼の視線の先には頬を赤らめた若い女性がいて、彼女は面を伏せるとそそくさと立ち去っていった。

「知り合いか?」
「いや、目が合っただけだよ。長く見つめられていたようだったから、もしかしたら知人かと勘違いされたのかもしれない」
……。気配に聡くなったのは良いことだな」

短い付き合いの中でも、サイラスについて分かったことは幾つかある。その内の一つが、色恋沙汰には極端に鈍いということだ。通りすがりの女性は決してサイラスを知人かどうか確かめようと思っていたのではなく、その秀麗な横顔に見惚れていたのだろう。ただそれを指摘したところで彼が理解するとは思えなかったので、言葉を飲み込んだ。

「相手が隠れようとしていなければ、多少はね。尤も、あなたほど鋭敏に感じ取れるようにはなれそうにないが」
「こればかりは経験の差だな」

自分が尾行されていると知っても、泳がせておくという決断を躊躇わずに下すサイラスは、見た目よりずっと剛毅だ。その心の揺るがぬ強さと魔法の腕前を知りながらも、オルベリクはつい願わずにはいられない。この美しいひとが、戦場など知らない生活を送れることを。
そうしている内に話が乗り始めたのか、トレサの声が弾みだす。ぽんぽんと店主と交渉を繰り返し、満面の笑みで振り返った。

「オルベリクさん、先生、おまたせ! 話がまとまったわ!」
「ああ、ありがとう。納得する買い物ができたかい?」
「もちろんよ!」

胸を張る若き商人の姿に目を細める。買い取った品の説明を受けながら、荷物持ちとしての役割を果たすべくそれらをまとめて持ち上げた。

***

そんな出来事が遥か昔に感じるほど、様々な苦難があった。旅の終着点が見える頃には道のりは更に険しくなったが、膝をつかずにここまで来られたのは独りではなかったからだ。それに、辛いことの数以上に嬉しいことや楽しいことがあった。
晴天の空の下、疲労により大振りになった相手の剣を内側から叩いて弾き飛ばす。いつの間にか足を止めていた通行人たちが、勝負の決着にわっと歓声を上げた。

「参った! 俺の負けだ。あんた強いなぁ……
「いい試合だった。感謝する」

握手を交わしてその場を立ち去ると、見物人たちもまばらに散り己の生活に戻ってゆく。
旅人達は昼過ぎにこの町に辿り着いた。特に誰かの目的地というわけではなく、その中継地点となる場所である。いい機会だからたまには自由時間を設けようということで、一時解散に至ったのであった。

(動き足りんと思っていたところだったから、ちょうど良かったな)

旅程が順調であるのは良いことだが、剣を振るう身としては少々物足りなさを感じていたところだった。体が温まったからもう一試合交える相手を探そうか、それとも外で魔物でも探してくるか。
そう思いながら宛もなく歩いていると、見慣れた学者のローブが視界の端に映った。サイラスは仲間であり大切な友人だったが、いつの間にか二人の関係は恋仲と呼ばれるものに変わってしまった。――その変化を起こした張本人である自分が、いつの間にか、などというのは少し白々しいかもしれないが。

……相変わらずだな)

どこぞで買い求めたのか見覚えのない本を腕に抱え、三人の女性に囲まれる姿を微笑ましく見守る。嫉妬心というものはないでもないが、当のサイラスが自分に向けられる好意に気付いていないのだから妬いても仕方がない、と最近は思う。彼の心に、真っ直ぐに好意を届けられるのはオルベリクだけだと自負しているからかもしれない。
声をかけようかと暫し逡巡していると、不意にサイラスがこちらを向いた。オルベリクはずっと彼を見つめていたのだから、当然視線が交わる。その瞬間――サイラスは頬を薔薇色に染め破顔した。心の底からの笑顔は、言葉よりも雄弁に彼の恋心を伝えてくる。

……!」
「すまない、旅の連れ合いが来たからもう行くよ。貴重な話をありがとう」
「あっ……

女性達の残念そうな声には見向きもせず、彼はこちらに歩み寄って来た。自分のほうが照れくさくなってしまって、つい目を逸らしてしまう。

「奇遇だね、オルベリク! 聞いてくれ、面白そうな本を手に入れたんだ。この地方周辺の、季節による魔物の分布について記されたもので……
……それは良かったな」
「? 何故、口元を隠しているんだい?」

怪訝そうに覗き込まれるので、手で顔半分を覆ったまま顔を背けた。きっと今の自分は情けない顔をしているだろう。好きな人からこんなにも直接的に愛情を向けられて、嬉しくない訳がない。

「いや、少し……。お前は俺を喜ばせるのが上手いと思ってな」
「どういう意味だい? あなたもこの本に興味があるということかな」

本当に、なんと罪作りな男だろうか。気紛れに微笑みかけて女性の心を揺らしたかと思えば、とびきりの笑顔で恋人の心を掴んで離さない。自分だけが特別だと言外に語りかけられているようで、優越感に胸が満たされてゆく。不思議そうに瞬きをするサイラスの肩を掴んで、軽く引き寄せた。

「そうではない。……惚れ直していただけだ」
「っ……い、いきなり、何を言うんだい……?」

形の良い耳にそう吹き込むと、ぽっと首まで赤く色づく。弱りきった表情をしながらも、大人しく抱き込まれている姿に愛しさはますます募るばかりだった。

それから集合時間になるまで、恋人達がどう過ごしていたかは、彼ら以外には知る由もない。買ったばかりの本の冒頭に挟み込まれた栞は、その日は差し替えられることはなかった。




***

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