テリオンの食事についてと、彼氏に甘い話です。食べ方や料理は捏造です。 テリオンが早食いである可能性については隙あらば書きまくってますが、今後も積極的に擦っていきたいです。
酒場の様相というのは地域や町によって様々だ。アトラスダムで行きつけの酒場は小ぢんまりとした閑静な店構えで、馴染みのバーテンダーが厳選した酒がずらりと棚に並べられていた。しかし今日、リバーランド地方の町で訪れた酒場は食堂も兼ねているようで、人の出入りが多く和気藹々としている。
そんな店の奥にある長テーブルに腰掛けた一行は、それぞれメニュー表を覗き込んでいた。
「お腹空いたわ~。何食べようかしら」
「リバーランド地方といえば魚料理が有名ですよね。最近はニジジャケの養殖が成功して流通量が増えたと、お祈りに来た方から聞いたことがあります」
「じゃあそれにしましょ! ねえアーフェン、他におすすめはある?」
「そうだなー。このサラダはどうだ? この辺りでしか獲れねえ野菜を使ってるらしいぜ」
経緯としては紆余曲折あったものの、サイラスは自分の意志でアトラスダムを発った。一人きりではじまった旅路は往く先々で同行者を増やし、いつの間にやら八人と一匹の大所帯になっていた。得意なことも旅の目的も様々だが、互いに手を貸し合える良い関係だ。
一行の財布を握るトレサがいつものようにまとめて料理を注文し、暫し待っていると次々に皿が並べられる。仲間の内大半が食べ盛りの若者であり、また体を動かせば当然腹は減る。そのため食事時にはいつも圧巻の量が眼の前に並ぶのだ。瑞々しいサラダ、貝類がたっぷり入ったスープ、主菜は魚と肉の二種類、狐色の焼き目が付いたバゲットからは麦の香りが立っている。
「美味そうだな」
「ええ、美味しそう! 食べましょう!」
「では……。聖火を司る神エルフリックよ――」
神官であるオフィーリアが聖火神に祈りを捧げ、食事を始める。旅先での食事は実に刺激的だ。腹を満たすと同時に、その地方特有の食材や味付けを知る絶好の機会でもある。知識としては頭に入っていても、いざ体験すると思わぬ発見があるものだ。
大皿に盛られた料理をまずは一口分ずつ皿に取り、スープやサラダなどあらかじめ小皿に分けられているものと共にゆっくりと楽しむ。ちょうどニジジャケの漬け焼きを口に運んだ時に、トレサが首を傾げた。
「ん? 何かしらこれ……食べたことないような、不思議な味がするわ。アーフェン、何に漬かっていたのか分かる?」
「いや、俺も初めて食べる料理だな」
「どれの話だ?」
「この魚料理ですね。わたしは……少し苦手な味付けかもしれません」
生まれも育ちも違う八人だから、料理への反応もそれぞれ異なる。舌に自信があるわけではないが、サイラスはこの料理に使われている調味料には心当たりがあった。以前に一度だけ、珍しいものだからと勧められて口にしたことがある。
「ああ、これは東国の発酵食品に漬け込んでいるのだろうね。大豆を発酵させて作る調味料だそうだ」
「へえ~! さすが先生!」
「私達の舌には少し馴染まないから、好みが分かれるのは当然だろうね。酒にはよく合う味だよ」
「ふーん、そうなのね。確かに、噛めば噛むほど旨味を感じるような気がするわ……」
むくむくと咀嚼しながら、トレサは浸るように腕を組んだ。スープを口に含み、隣に座っている青年の様子を横目で窺う。テリオンは相変わらず淡々と食事を続けており、皿に盛った食事を次々と口に運んでいる。しかし、件の魚料理に口をつけた形跡は見られなかった。
「テリオン君も良かったらどうだい? 取ってあげるよ」
「いらん」
「そう言うなってほら! 俺はこの味好きだぜ」
アーフェンが半ば強引にテリオンの手元の皿に、魚料理を盛り付ける。テリオンは小さく息を吐くと、そのままの流れで料理を口に入れた。眉一つ動かさずに咀嚼し、飲み込む。
「お味はいかがかしら?」
「……食えん味じゃない」
「それって、美味しいってこと? それともそうじゃないってこと?」
「苦手なら残しても良いんだよ」
「別に」
素っ気なく答え、テリオンは残りも一定のペースで口に入れてゆく。彼は常に早食いで、自分の皿に載せたものは決して残さない。あまり好き嫌いがないタイプなのかもしれない。その時は特に気に留めず、自分の舌と胃を満足させるために食事を続けた。
***
――それから時は流れ、いつしかサイラスはテリオンと恋仲になった。互いの気持ちを確かめ合うまでにはかなり回り道を要したものだが、今ではその過程も懐かしく思える。
そして共に過ごす時間が長くなるにつれ、仲間達の旅の終着点も視えてきた。道程はより過酷となる中で、食事は共通の楽しみの一つだった。
「わあ、美味しそう! いただきまーす!」
「今日も一日歩き通したからな。しっかり食べて英気を養ってくれ」
「ああ、疲れた体にしみるぜ……」
一行は今、サンランド地方の酒場で食卓を囲んでいた。場所が変われば料理も異なる。葉物野菜は栽培が困難なためメニューになく、日持ちがする根菜を中心としたスープや平たくて硬いパンが主流だ。食材が傷まないよう様々なスパイスが用いられているのも、サンランド地方の料理の特徴である。
「ふむ、なるほど……」
まずはいつものように一通り口をつけてみて、風味を確かめる。注文した二種類の主菜の内、豚肉の香草焼きは高温で揚げているためか、スパイスは香り付け程度で食べやすい。しかしもう一種類の鶏肉料理は、薄く伸ばした鶏肉で数種類の香草を巻いて焼いてあるようで、独特の風味が鼻を抜ける。かなり好みを選ぶ味付けだと感じた通り、仲間達の反応も色々だった。
「これは……かなり刺激が強い味だな」
「あら、そうかしら。私は好きよ? これくらいの方が美味しいじゃない」
「うーん……あたしは苦手かも……」
「ふふ、確かに子供にはまだ早い味かもしれないわね」
「むむむ……! どうせあたしは子供舌よっ」
プリムロゼにからかわれ、トレサは態とらしくむくれてみせる。それを見てプリムロゼは鈴を鳴らすようにころころと笑った。
そんな光景を微笑ましく眺めていると、突然隣からサイラスが使っている皿に手が伸ばされた。テリオンは無言で、手元の皿の上の鶏肉料理をサイラスの皿へ移動させる。余程口に合わなかったのだろう。
「……」
「テリオン、こちらの豚肉料理は食べやすくて美味しいよ。取ってあげよう、お皿を貸してごらん」
「……ああ」
端の席に座っているテリオンより、少し内側にいる自分の方が大皿料理に近いためそう提案した。素直に渡された皿を受け取り、料理を載せて返す。そして自分は押し付けられた鶏肉料理を口に運んだ。
以前まではテリオンには好き嫌いがないと思っていたが、そうではないのだと最近理解した。これまで彼が食事を選り好みしなかったのは、偏に生まれ育った環境によるものだろう。飢えへの恐怖により、食べられる時に食べることが習慣づいていたのだ。早食いも子供の頃からの癖だ、と以前深酒をした時にこぼしていた。
「……」
「……なにか言いたげな顔だな」
「おや、そんな表情をしていたかな」
「ここに書いてある」
頬を軽く摘まれ、くすりと笑う。――サイラスには、テリオンの変化が嬉しくて仕方がないのだ。苦手なものまで食べなくとも、飢える心配はないと安心してくれていることが。だからこそ、少し幼稚に見える行為も愛おしくて堪らない心地になる。本当は年上としては残さずに食べるべきと指導する必要があるかもしれないが、彼がこういう振る舞いをするのはサイラスに対してだけだということも知っているので、つい甘やかしてしまう。
「みんなで食べる食事は楽しいと思っていただけだよ」
「……へえ」
「あ、デザートメニューにアップルパイもあるようだ。口直しに注文したらどうだい?」
「いや、今日はいい」
「好物だろう? 遠慮することはないんだよ」
嫌いなものを食べないのなら、その分好物で胃を満たせば良いのに。なんとも世話焼きな発想をテリオンは一笑に付し、サイラスの唇を親指で拭った。あっと声を出す間もなく、その指の腹を見せつけるように舐める。いつかの夜が頭を過る姿に、じんわりと頬が熱を持つ。
「食後のデザートは部屋でもらうからな。……だからあんたも、食わなくていい」
「……そうだね。そうしようか」
テリオンなりに苦手なものを押し付けている罪悪感はあるらしく、こういう日はうんと甘やかしてもらえるのが二人の定番だった。期待に疼く指先を軽く握り込んで、何でもない風を装ってみせる。一言だけ、楽しみだよ、と応えてぬるい水を呷った。
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